第2話「第二百九十九層からの使者」

第二話「第二百九十九層からの使者」


 ガコン。


 その物音がやけに響いたから、俺は目を覚ました。


「はあ、はあ、はあ。何だ? ここはどこだ――」


 そう思ったが、すぐに思い出した。どうやら悪夢を見ていたらしい。

 そこは、内部の強力な時間差で移りゆく疑似太陽のある最下層ルロイドの街の一角にある宿屋の二階奥部屋にぽつんと置かれたベッドの上だった。


「ここで平和に暮らしてもいいんだろうけど、それじゃあ、二度と旅行もできなければ、置いてきた仲間たちのことが……」


 ここで、決意をした。俺は絶対にこのダンジョンを攻略し、地上に戻り、仲間たちのもとへ帰る!!

 だが、ひとつあることを思いついた。

 第二百九十九層のボスを倒せば、第二百九十八層のボスはより弱いはずだ。

 つまり、第二百九十九層のボスさえ何とか倒せる実力がつけば、あとはとんとん拍子で、攻略できるはずだ。そこを突破しさえ、すれば……!


「ちょっといいか。寝てたら、別にいいが」


 ドアをノックしたのは、八条レンダ――追放仲間だった。


「ああ。起きている」

「繭村は、ボスと戦ったことあるか? そのことについて話したい」


 いやに冷静な声だった。俺はドアを開けて、中に導いた。

 繭村というのは、俺の名前だった。繭村秋太――それが、俺の名前だった。


「ボス――。俺は、一回も戦ったことはない」

「そうなのか。てっきり、もう戦っているものと思っていた」

「弱い冒険者パーティーだったよ。でも、それで楽しく暮らしてた」

「セクハラをするまでは……か?」


 ぷっ、と彼は噴き出して笑った。


「ちょっと悪癖が祟っただけだよ。それで、どうしてその話を?」


 彼は――レンダは、真剣な面持ちで、続けた。


「俺たちは、何も攻略に後ろ向きな姿勢なわけじゃない。むしろ、外の空気が恋しくなる時だってある」

「つまり、第二百九十九層のボスを倒すってわけか」

「わかるのか」

「ああ。それしかないだろ。俺も考えていたところだ。第二百九十九層のボスさえ何とか倒せれば、実力としては、一個上になる。よって、第二百九十八層のボスは、より難易度は低くなる。ということは……」

「ああ。地上までの、正確には百層くらいまでいけることになる。理論上はな」


 あくまで、理論上は。だが、可能かどうかでいえば、可能だ。


「それで、いつとか、目算はあるのか?」

「それはまだ決めていない。ただ、近いうちに様子は窺っておきたい」


 ボス部屋の中を見るくらいなら、できる。どういうボスかも。

 何も、ゲームのように、ボス部屋に入ったら、出てこれないわけでも、戦って勝たないといけないわけでもない。いつでも、出入りが可能だ。


「そこで、調査隊を作って、見てこようと思っている。そこで、お前だ」

「俺も同伴しろってことだな?」

「そういうことだ」


 深く、レンダは頷いた。


「いいぜ。それより、武器は大丈夫なのか?」

「魔物が落としていく剣や防具がある。それを鉱石で鍛錬すれば、イッパシのものができるだろう」

「最下層の武器なら、通用しそうだな」

「ああ。倒すってわけじゃない。見てくるだけだ。そして、計画を立て、打ち落とす――」


 こいつも、あいつらも、出たくないわけじゃないんだ。

 それが、よくわかった。

 俺と、考えは一緒だ。追放の罪を贖罪し、抜け出す。

 そして、追放した奴らに、でかい顔をする。

 そのくらい強ければ、何でもできる。


「ただひとつ。考えがある」

「何だ?」


 大きく息を吸い込んで、思いっきり、吐いた。


「第三百層のボスを倒し、そのドロップアイテムで、第二百九十九層のボスを倒すという作戦だ」

「そ、そりゃあ……」


 そりゃあ、より高難易度のボスを倒す実力があって、その武器を手に入れれば、さらに低難易度のボスは倒せるというのは、当たり前の話だけれど……。


「そりゃあ、無理じゃないか? だって、最下層のボスなんて、史上最強に強いぞ。それなら、武器を鍛錬して、上の層のボスを倒すほうが早い」

「本当に倒せると思うか?」

「そ、それは……」


 わからない。

 確かに、第二百九十九層のボスさえ、倒せる見込みがあるのかと問われれば、ないと答える。

 でも、可能性としては、まだ――。


「とりあえず、今回は第二百九十九層のボスがどんなもんかを探る程度なんだろ?」

「そりゃあ、そうだ」

「じゃあ、そんなことは考えるな」

「わかったよ。付いてくるってことで間違いないな?」

「ああ」

「じゃあ、今日の正午に、広場に集合だ」

「わかった。そうだ。武器がこれじゃあ、心もとないんだが」


 俺は、短剣を差し出す。

 これは俺が持ってきたものじゃない。追放の作業をした人が情けでつけたものである。


「それなら、武器屋へ行け。俺が言い伝えておくから、好きなものを貰っておくんだ」

「ありがとう。何から何まで」

「同じ追放組だからな」


 はは、と笑った。俺は、短剣を手に取り、立ち上がる。


「俺も稼がないとな」

「ここは貰った土地だ」

「というと?」

「金はかからん。飯は俺が立て替える。攻略に集中してほしい。俺はお前は強いと思っている」

「どこからそんなことを思ったんだ?」

「隠れスキル――」

「ないよ」

「じゃあ、強いじゃないか。ここには、種々様々なモンスターがいる。それらをすべて回避して、安全圏から生きてこの街へ来れた。俺は、お前には実力があると思っている」

「そんなの……」


 大した自慢にはならないよ――と言おうと思ったが、ここは頷いておいた。


「とにかく、正午だな? わかった」

「おう」


 じゃあ、と言って、レンダは去っていった。

 俺は、扉を閉めて、コップに水を注いだ。


「生きるか死ぬか。生きるのならば、別に戦わなくてもいい。でも、あの空をもう一度見たいんだ」


 奥歯を噛みしめ、水を飲み干す――。

 ごく、ごく、ごくん。

 潤う感覚で、生きていることが感じられた。俺は、絶対に死なない。

 そして、生きて帰る。


 武器屋へ赴き、俺は武器を選んだ。


「剣もいいが、銃がいいな。この銃をくれ」

「お安い御用で」


 俺は、でかい銃を手に入れ、それを装備した。弾もつけてくれた。

 軽く装填してみる。

 ガチ……。

 鈍く、バレルの部分が光った。

 これで、攻略してみせる!


 正午になり、広場に向かった。


 そこには、レンダと同じ追放組のアレックス、その他数名がいた。


「来たな。それにしても、剣だと思ったが、お前は銃使いなのか」

「ああ。本当はな」

「へえ。じゃあ、後方から援護って感じか」


 レンダは、少し笑みを浮かべながら、俺の銃を撫でた。


「いいや。前衛だ」

「へ?」


 そう。俺の戦い方は、普通とは違う。ガンナーなのに、前衛なのだ。


「いや、だって、銃だろ? リーチが取れることが、最大の武器の魅力なのに……」

「そんなことはわかっている。だが、フレンドリファイア。誤射がありうる」

「そんなの、気にすんなよ」

「いや、俺は前衛でしか、銃を扱ったことはない」

「まあ、いいか。今回は見るだけだからな。できるだけ、戦わないようにするんだ」

「わかってる」

「みんな、集まったな。これから作戦会議だ」


 パンパンと、手を叩くと、みんながレンダのほうを向いた。


「ボスの見た目も、どういう武器を使うか、それとも魔法系なのかすら、わかっていない」


 誰も見たことはなく、また安全圏から上に登ったことすらないのだそうだ。


「そこで、今回は前衛を俺とアレックスが」

「待て。俺も前衛に入れてくれ」

「じゃあ、俺とアレックスと繭村が進んでいく。そして、ボスを確認したら、攻撃パターンを覚えるまで、何度も安全圏と行き来する。後衛は回復魔法を。それで、いいな? できるだけ、ボスの攻撃パターン、種類を見抜くんだ」

「おう!!」


 全員の士気は最高潮だった。


 そんな時、第二百九十九層のボス部屋の前で目覚めた少女がいた――。


「ここは……? 私は確か、トラップにかかって……」


 そこには、大きな扉が屹立していた。少女はびくり、と肩を震わせる。


「もしかして、ボス部屋? 第何層なんだろう? 百層より前だったら、倒されているから、大丈夫よね……」


 そっと、扉に手をかける。ギギギ、と扉は開かれる。


「グギギギ……シャアッ!!」


 パン、と跳ね飛ぶ音が聞こえたかと思うと、目の前に、巨大な蛇のモンスターが迫ってきた。


「い、いや……! 死にたくない!!」


 走って、逃げる。後ろから追撃されながらも、何とか、その層の安全圏に逃げ込んだ。

 倒れ、息も絶え絶えになる。


「はあ、はあ、はあ。どこなの? 来ちゃったけど、ここって、何層なの?」


 ボスがいたということは、まだ攻略されていない層だということが明らかだった。


「嘘……。もう、戻れないの?」


 そこで、奥から何やら音がした。



 俺たちは、階段を一歩ずつ登っていった。

 カツカツと、鎧の音が響く。

 ボスがどんな奴なのか。それを確かめねば――。


「あれ? 人?」


 そこには、幼い少女がいた。

 だが、頭身が低いだけで、年齢は俺らとあまり変わりはなさそうに見えた。


「君はどこから来たんだ? NPCか?」

「違います。私は、そこのボス部屋の前にトラップでスポーンしたので……」

「じゃあ、地上の人間なんだな?」

「ここはどこなんです? 私は帰れますか?」


 俺たちは無言になる。

 皆、認めたくはないものの、そう簡単に突破できるとは思っていないのだ。


「ここは、第二百九十九層の安全圏だ。下は第三百層。最下層だ」


 俺は、真実を伝えた。

 彼女は、肩を震わせ、泣き出してしまった。


「嘘です!! そんなのは、嘘です! だって、私、まだ冒険者の端くれで、弱いんですよ? 第二層のモンスターで手一杯だというのに!!」

「ここで待ってな。俺たちがボスを見てくる」

「戻れないんですか? 私は……」

「勝算を持つには、俺たちはボスを見なくちゃいけない。それを倒せば、俺たちはきっと戻れる。大丈夫だ。安心しろ」

「安心なんかできますか!! あなたたちは、どうせ追放組でしょう? こんなところに冒険者がいるはずないもの! そんなの、信用できません!」

「あのな。じゃあ、ここからどうやって出るか、言ってみろ!!」


 少し、激昂してしまった。


「ひっく、ひっく」

「すまない。俺もきついことを言ってしまった。ただ、ボスを倒す――これしか、俺達には、できることがないんだ」

「ごめんなさい。ボスは、蛇でした」

「何!? ボスを見たのか!」

「はい。ちょっとしか見えませんでしたけど。尻尾を地面に叩きつけて、瞬間移動をしてました」

「それはいいことを聞いた。蛇なんだな。第二百九十九層のボスは」

「繭村。お前は、この子を安全な街まで連れていくんだ」

「え?」


 それは、つまり、ここから離脱しろ――ってことか?


「何でだよ。俺がいたほうがいいだろ?」

「この子の情報だけでも有益だ。俺たちが確認してくる。見ろ、怯えている。どっちが、大事かかは、わかるはずだ」

「だけど、だけどよ……。わかった。この子を街まで連れていく。お前たちは、絶対に生きて帰れよ」

「ふっ。そんなの当たり前じゃないか」


 そして、俺は、彼女を連れて、第三百層の安全圏に降りた。


「ルロイドって言うんですね。ここ」


 彼女は、泣き止んで、まだ残っていた涙を手で拭きながら、言った。


「俺も、つい最近来たばっかりなんだ」

「何したんですか?」

「ちょっと女の子のおしりを触っただけだ」

「ははは! 酷い」

「笑うなよ。それだけで、この仕打ちだ。やってらんねえぜ」


 そして、彼女は今度は笑い涙を流していた。

 街まで戻ると、NPCの一人が、不思議そうな顔をしていた。


「他のお仲間は?」

「俺はこの子をここに届ける役割を担った。まだ、ボスを見ているはずだ」

「そうですか。では、まだ帰ってないだけなのですね」


 そう言って、安心したように、案内をしてくれた。

 俺は、俺が持つ知識で、案内し、ひとまず、宿屋に彼女を置いた。


「俺は、あいつらのもとへ戻る。街からは出ないように」

「はい。少し寝ていようと思います。ありがとうございます」

「君の名は?」

「そういえば、まだでしたね。茎枝美優。コードネームは、ミューです」

「美優か。俺は、繭村秋太。繭村って呼んでくれ」

「はい。繭村さん」


 それから、安全圏までは、スイスイ進んだ。

 そして、その絶叫を聞いた瞬間、一気に冷静になった。


「うああ!!」


 なだれこむように、アレックスたちがやってきた。


「どうした! みんな、無事なのか?」

「い、すげえ、ボスが!」

「は? 落ち着いて話せ」

「レンダが残って、俺たちを……」

「何!」


 どうやら、レンダはアレックスたちを逃がして、一人でボスのおとりになったようだ。


「ちくしょう!」


 俺は後ろからの「止めろ」という声を聞くこともなく、走り出していた――。



あとがき


どうも。今回もお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、いよいよ、ボスを倒すかどうかというところでした。


ヒロインの一人である、茎枝美優、読み方は、くきえだみゆが登場しました。

彼女は、今後、重要な役割を担います。


ボス部屋の偵察。それをおこなおうとしたところ、彼女が出てきて、繭村たちは、驚きを隠せません。

どうやら、彼女は運よく、ボスをすり抜け、第二百九十九層と第三百層の安全圏に来れたようです。


最後は、レンダが取り残されているというところで、終わりました。


次回も18時ごろ更新ですので、よろしくお願いします。

お楽しみに!

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