2.謎の負傷者
(―――どうしてこんなところに、貴族が行き倒れてるの!?)
エマはその場に固まった。
プラチナブロンドの髪を見れば、貴族の…さらにもっと上、王族の可能性がある人物だということが嫌でも分かる。
王女の人生のとき、エマは全く同じ髪色だったのだ。
「………」
エマは気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を繰り返した。
もしかしてあれは人ではなく、人形なのでは?と楽観的な思考で近付いてみる。周辺は暗いので、見間違いかもしれない。
けれど、ゆっくりと近付けば近付くほど、それが人形などではないということが分かってしまった。
一目で上質だと分かる生地の服。腰に下がっている宝石のあしらわれた長剣。
さらりと風に揺れるプラチナブロンドの髪の隙間から、驚くほど端正な顔が見えた。
(まつ毛、長い。絶対に私より長い…)
年齢は二十代くらいだろうか。
それにしても、どうしてこんな森の奥に倒れているのかエマには分からなかった。
この村に用があったとしても、それこそどうしてだろうかと疑問が浮かぶ。
そこまで考えたところで、エマはふと原因に思い当たる。つい最近ケガをして村に担ぎ込まれた、貴族の男だ。
ケガの原因は木の枝に引っ掛かったと言っていたらしいが、手当てを手伝った姉のミリアは、「あれは刀傷だと思うんだけど」と不思議そうにしていたのだ。
(刀傷…この人が斬ったとか?それでまた、あの貴族を探してこの森に…?)
ぐるぐると思考を巡らせてみても、今の状況で確かめることはできない。
とりあえずエマは、目の前で倒れている青年の周囲を観察してみた。
すると、外套を羽織っている背中…腰の辺りに、血のような染みが広がっていることに気付いた。
(まさか、この人もケガを…?)
エマはごくりと喉を鳴らし、失礼します、と呟いてから外套を捲る。
「!」
エマは思わず目を見張る。ナイフか何かで刺されたような傷が見え、服は血でべっとりと染まっていた。
青年が自分で処置をしたのか、破れた服の隙間から包帯が見えていたが、その包帯も真っ赤だ。
(年に一度のお祭の前に、どうしてこう立て続けに問題が起きるの…!今世で私は、平凡な人生を生きるって決めてたのに…!)
ぎゅっと奥歯を噛み締めながら、エマは一度瞼を落とした。
目の前のケガ人を放り出して逃げ出すことなんて、できるわけがない。
パッと目を開き、エマは覚悟を決めて青年の頬を何度か叩いて呼び掛ける。反応はない。
脈はあるので、おそらく気絶しているだけだ。
どうにかして運びたいが、エマだけでは無理だ。一度村に帰ろうかと振り返る。
「―――エマ!」
ちょうどそのとき、ランタンを片手に向かってくるセインの姿が見えた。その後ろに、父親のマークの姿も見える。
「エマ、帰るぞ。さすがに森に一人は危険……って、ええ!?誰だよ!?」
「セイン、大声は響く…ええ!?誰!?」
「二人ともうるさい。ちょうど良かった、運ぶの手伝って」
呆然と立ち尽くしているセインとマークに向かって、エマは言葉を続ける。
「もう、早くしてよ。腰の辺りにひどい傷があるの」
「……待てよエマ、そいつどう見たって貴族だろ?これ以上村に貴族は…」
「そんなこと言ってられないでしょ!このまま放置したら、助からないかもしれないじゃない!」
「エマの言う通りだ、セイン。彼を家へ運ぼう。とりあえず今夜は家に泊めて、明日村長に報告へ行こうか」
落ち着きを取り戻したマークが、慣れたように青年の体を支えて持ち上げる。
セインも少しの葛藤の末、マークに手を貸した。
それでこそ、自慢の家族だとエマは満足げに頷く。
エマがランタンを持ち、マークとセインが謎の青年をなるべく丁寧に運ぶ。
家へ戻れば、母親のリディと姉のミリアが、慌てたように駆け寄ってきた。
「エマ!もう、心配したんだから……って誰!?」
「私も誰だか知らないけど、たぶん貴族…王族?分からないけど」
「おおおお王族のお方!?なんでこんな辺ぴな村に…」
「森で倒れてたの。母さん、ケガしてるから診てもらえる?」
両手で口元を覆っていたリディは、ケガだと聞くとすぐに顔つきを変えた。
リディはこの村に来る前、王都で医師の助手をしていたのだ。
「ミリア、奥の部屋から清潔なシーツと包帯を。エマ、桶に水を用意して」
「母さん、俺と父さんは?」
「邪魔だから、シーツにその方を寝かせたらあっちへ行っててくれる?」
にこりと微笑んだリディの無言の圧力に、セインとマークは苦笑いを浮かべる。
シーツの上に青年を降ろし、そそくさと離れて行った。
エマがケガの場所を教えると、リディは血に染まった包帯を切って外す。
「これは……刺し傷ね。ご自分で処置されたのかしら?状況は酷くはないけど、出血が多いわね」
「……息してるよね?その人」
「ええ、大丈夫よ。…少し熱があるかしら。冷やしてあげましょう」
リディがテキパキと手当てをしている間、ミリアはずっと不安そうな顔をしていた。
「姉さん、大丈夫?」
「……助かったのは、素直に良かったと思うけど…この人の目が覚めたとき、私たちはどうなるの?あの貴族と一緒だったら?」
ミリアの心配は、エマにもよく分かる。助けたところで、“平民のくせに”と不快がられる可能性は大いにあるからだ。
―――それでも。
「なんとなくだけど、この人は大丈夫な気がする」
根拠のない自信をエマが口にすれば、案の定ミリアは眉を寄せた。
「どうして?顔が良いから?」
「あははっ、そこ?確かに綺麗な顔立ちだけど…この人がただの貴族じゃなくて、王族の可能性があるから…かな」
それは、ただのエマの願望のようなものだ。
前世で王女だったときの家族はみんな、性格が最悪だった。
だからこそ、今世で生きる時代の王族は、髪の色なんかで他人を差別しない人柄であってほしい。そんな願望があっての言葉だった。
エマの言葉にミリアは首を傾げ、リディは少し嬉しそうに笑う。
「そうね。貴族や王族だからといって、みんながみんな、同じ考えを持っているわけじゃないものね」
「……母さんが王都にいたときも、良い貴族はいたの?」
「もちろんいたわよ?…よし、これで終わり」
リディは話しながらも手当てを終え、ふぅ、と息を吐いた。
「二人とも、もう寝なさい。明日は村長さんのところへ一緒に行ってもらうわよ。それに、お祭りの最終準備もあるしね」
「はぁい」
ミリアは返事をしながら、欠伸を噛み殺した。エマは目の前で眠る青年をじっと見てから、口を開く。
「……私、ここにいる」
「え?」
「もし夜中に目が覚めたら、知らない場所で慌てるかもしれないし」
ミリアが「どうするの母さん」と言うようにリディに視線を向ける。リディは口元に手を添え、考える素振りを見せてからアッサリと頷いた。
「そう、分かったわ。エマがやりたいようにやりなさい」
「ちょ、ちょっと母さん!?いくらケガ人だからって、男の人と同じ部屋にいるなんてエマが…よし、私も一緒に…」
「姉さん、心配しすぎ。大丈夫、私の腕知ってるでしょ」
ふふん、とエマが得意気に言ってみせれば、ミリアはしばらくの葛藤のあと、渋々頷いてくれた。
男一人くらいなら、相手の力を利用して倒せる腕がエマにはあるのだ。
リディとミリアに笑っておやすみの挨拶をしたあと、エマは壁を背に膝を抱えて座る。
綺麗に輝くプラチナブロンドの髪を見つめながら、不思議な気分になっていた。
目の前で眠っているのは、会ったこともない人だ。それなのにどこか、エマは懐かしい気分にさせられる。
(……前世で見慣れた髪色だからかな。今日はやけに、王女のときの自分を思い出しちゃう。家族に笑われ続け、王族として何の役にも立てなかった自分を…)
やがて、だんだんと瞼が重くなっていくのが分かった。こくりこくりと、エマの頭が傾く。
静かに落ちていった眠りの中で、エマは幸せな夢を見た気がした。
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