女執事の喜悦

 数か月前、俺の住む屋敷に新しい女執事が着任した。

 それが全ての始まりだった。


 最初は他の執事と同じように、淡々と仕事をこなしていた彼女。

 だが、次第に俺への態度が変わっていった。


「ご主人様、お茶の時間です」


 彼女は他の執事より十分早く現れ、必ず俺の横に座って給仕をする。

 その指先が意図的に俺の手に触れるのに、俺は気付かないふりをしていた。


「大変僭越ながら、お菓子を作らせていただきました」


 休日に手作りのお菓子を持ってくることも増えた。

 断る理由もなく、俺は黙って受け入れていた。


「失礼ですが、お襟が少し曲がっています」


 些細な理由をつけては、必要以上に近づいてくる。

 整えるだけでいい襟に、温もりのある指が必要以上に長く留まった。


 ある日、書斎で作業をしていると、突然後ろから抱きつかれた。

 首筋に彼女の吐息を感じ、俺の身体が硬直する。

 俺は穏やかに制止しようとしたが、彼女は抱きしめる力を強めるだけだった。


「申し訳ございません。ですが、ご主人様にお仕えできる喜びだけが、私の全てなのです」


 耳元で囁かれる切実な願いに、俺はただ黙って天井を見上げた。

 この歪んだ愛情を、どう扱えばいいのだろう。

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