女上司の搦手

 あの日、部署異動の辞令を受け取った時には想像もできなかった。

 整った黒髪、凛とした佇まい、そして誰もが認める実力を持つ彼女が、まさか私にこれほどの執着を見せるようになるとは。


「お疲れ様。今日も頑張ってるわね」


 彼女との関係は、最初は些細な声かけから始まった。

 机の横を通るたび、彼女はさりげなく肩に触れる。

 そして、休憩時間には必ず私の元へ。


「この資料、一緒に確認しましょう」


 彼女は常に理由を作って、私の隣に座った。

 他の社員たちの視線が気になったが、仕事ぶりは完璧で、誰も何も言えなかった。


「今夜は付き合って。部下との懇親も大切な仕事よ」


 上司でもある彼女の頼みを、断れるはずもない。

 週に一度は必ず、二人きりの食事に誘われて付き合うことになった。

 そして今日も終業後、エレベーターの中で誘われる。


「ねぇ、もっと私のこと見ていて」


 狭い空間で、彼女の指が私のネクタイに絡まる。

 一歩引こうとすると、私の背中が壁に触れた。


「逃げちゃダメ」


 吐息が耳に触れる。

 困惑する私の表情を楽しむように、彼女は微笑んだ。


 これは、私と彼女歪な関係の始まりに過ぎなかった。

 拒絶することもできず、かといって全てを受け入れることもできず、ただ彼女の熱量に押し流されるように、この関係は続いていく。

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