図書館の令嬢

 あの日、図書館で彼女と出会った時のことを、今でも鮮明に覚えている。

 司書として働いていた僕の前に、突然現れた彼女。

 真っ直ぐな瞳で、迷子になった子供のように不安そうな表情を浮かべていた。


「すみません、日本文学全集がどちらにあるかご存じですか?」


 その声は、まるで上品な鈴の音のようだった。

 後で知ったことだが、彼女は有名企業の令嬢で、家庭教師に勧められた本を探しに来たのだという。

 それ以来、彼女は毎週のように図書館に通うようになった。


「今日は何を読もうかしら」

「この本、素敵ですね」

「一緒に読んでみませんか? お願い……」


 彼女の言葉には、いつも甘い期待と切実な思いが込められていた。

 休憩室でお茶を飲む時も、本の整理を手伝ってくれる時も、彼女は常に僕の腕に触れようとしてくる。

 周りの人たちは、そんな彼女を見て羨ましそうな目を向けてきた。


 そして今日もまた、閉館時間が近づいてきた。


「まだ帰りたくないんです」


 彼女は突然、後ろから僕を強く抱きしめてきた。

 柔らかな胸が背中に押し付けられ、甘い香りが鼻をくすぐる。


「ねぇ……もう少しだけ、このままでいさせてくれませんか」


 僕が優しく腕をほどこうとすると、彼女はさらに強く抱きついてきた。

 温かい吐息が耳朶をなぞり、小さな震えが背筋を走る。


「お願い……私の気持ち、わかってるでしょう?」


 これが、僕たちの日常となってしまった。

 優しく拒絶する言葉さえ、彼女の熱い想いの前では意味をなさなかった。

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