炎の記憶
春の陽気が魔法学院の中庭に差し込む午後、僕は空き教室で魔法の練習をしていた。
治癒魔法だけは得意だったが、それ以外の魔法は今一つの僕は、こうして自主練をしないとすぐに置いて行かれてしまう。
攻撃魔法の授業では、いつも焦げ臭い失敗作を生み出すばかり。
そんな日々を送る僕、レイン・ブルームの運命が大きく動き出したのは、その日の放課後のことだった。
「レイン先輩、お時間よろしいでしょうか」
振り向くと、そこには学院きっての優等生、リリア・クリムゾンが立っていた。
燃えるような真紅の髪と漆黒の美しい瞳を持つ彼女に、廊下にいる誰もが目を奪われる。
「あの、僕に何か?」
「少しお話があります。屋上までご一緒していただけませんか」
その声には、どこか切迫した響きがあった。
屋上に着くと、夕陽が街並みを赤く染めていた。リリアは僕の方をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「先輩は、七年前の冬の夜のことを覚えていらっしゃいますか?」
「七年前……? 申し訳ないけど、僕、幼い頃の記憶があまり……」
「やはり」
リリアの瞳が悲しみを帯びる。
「あの夜、私は街外れの森で襲われたんです。闇の魔法使いに。瀕死の重傷を負った私を救ってくれたのが、先輩でした。まだ子供だった先輩の治癒魔法が、私の命をつないでくれた」
「そんな、僕が? でも覚えていない」
「ええ。後で聞いたのですが、その直後に先輩は高熱を出して寝込んでしまい、その時の記憶を失ってしまったそうです」
リリアが一歩、また一歩と近づいてきた。
「でも、私は決して忘れません。先輩の温かな魔法の光も、私の手を握りしめてくれた優しさも、全て」
その表情には、有無を言わせない何かがあった
それは純粋な感謝や好意を超えた、激しいものだった。
その日以来、リリアの存在が僕の日常に色濃く入り込んでくるようになった。
廊下で会えば必ず声をかけてくれし、休み時間にはいつもの空き教室に顔を出し、僕の魔法の練習を見守ってくれる。
しかし時として、その親切は度を超えていた。
事態が決定的に動いたのは、年に一度の魔法大会の組み合わせを決める時だった。
「あらレイン。攻撃魔法が苦手な人って、大会じゃお荷物よね。でも、私が組んであげてもいいわ。私と組めるなんて、あなたにとって最高の栄誉でしょう?」
同学年で一番の才女を自負するミランダが、周囲の笑い声を誘うように声をかけてくる。
その瞬間、教室の空気が凍りついた。
異様な気配に目を向けると、リリアが教室の前の廊下に立っている。
それから間もなく、廊下の窓ガラスが一斉に轟音を立てて粉々に砕け散った。
リリアの周りで渦巻く炎の魔法が、制御を失って暴走し始めている。
その炎は、ミランダの方へと向かっていった。
「リリア!」
僕は咄嗟に駆け寄り、彼女の肩に手を置いた。
温かな光を放つ治癒魔法が、彼女の荒ぶる魔力を徐々に鎮めていく。
その時、断片的な記憶が蘇った。
雪の降る夜、森の中で血を流して倒れる少女。
必死で魔力を注ぎ込む小さな手。
「やっと……思い出してくれたんですね」
リリアの頬に涙が伝う。
「でも、まだ足りない。先輩の全てを取り戻すまで、私、そばにいさせていただきます」
その言葉に、僕は返答できなかった。
これから先、僕たちはどうなっていくのだろう。
窓から差し込む夕陽に照らされて、リリアの髪が赤く輝いていた。
その光は、僕の失われた記憶の中で見た炎の色と、どこか重なっていたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます