甘い執着
放課後の教室に差し込む夕陽が、教え子であり高校の後輩でもある白石さんの横顔を優しく照らしていた。
机に向かう彼女の表情は真剣そのもので、僕の説明に頷くたびになびく黒髪が、深紅に輝いている。
放課後に勉強を教え始めて一ヶ月。
この時間が、最近の僕の楽しみになっていた。
「高橋先生、このように解けば良いのでしょうか?」
白石さんが差し出したノートには、整然とした文字で解答が書かれていた。
さすが学年トップの彼女だ。
僕なんかが教えることなど、本当はほとんどないのかもしれない。
「うん、完璧だよ。だけど、さっきから言ってるように、先生なんて呼ばなくていいんだよ? 同じ高校生なんだから」
「でも、この時間はれっきとした先生ですから」
彼女は柔らかな微笑みを浮かべた。
「それに……実は私、高橋先生のことが好きなんです」
唐突な告白に、私は言葉を失った。彼女の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「あ、あの………白石さん」
「美咲でいいです」
彼女は静かに言った。
「先生と呼ぶのを止めたら、私のことを美咲と呼んでくれますか」
その瞳に宿る何かが、私の背筋を凍らせた。
しかし同時に、不思議な温かさも感じた。
それが全ての始まりだった。
この日以降も放課後の授業は続いたが、明らかに空気が変わった。
美咲の態度は以前と変わらず親切で礼儀正しかったが、時折見せる笑顔には、どこか別の意味が込められているように感じる。
変わったことはそれだけではない。
僕のスマートフォンに誰かからのメッセージが届くと、美咲の表情が一瞬だけ曇るようになった。
他にも、女子と話していると次の日には、妙に冷たい態度を取られるようになっていた。
そんなある日、同級生の女子の佐々木さんから数学の質問を受けた。
放課後の図書室で教えることになり、美咲との放課後の授業を一度だけ休むことにしたのだが……その夜、佐々木さんから慌てた様子でLINEが届いた。
『高橋くん、ごめんなさい。明日の質問は大丈夫です。自分で解決できそうだから』
違和感を覚えながらも、その日は気にしなかった。
しかし、翌日の佐々木さんの様子が明らかにおかしい。
僕と目が合うと慌てて逸らし、できるだけ距離を置こうとしているように見えた。
「白石さん……もしかして」
放課後、僕は彼女に向き合った。
「何かしたの? 佐々木さんのこと」
美咲は、いつもの優しい笑顔で首を傾げた。
「何のことでしょうか? どちらにせよ、どうでもいいことじゃないですか。私たちの間に入ろうとする人のことなんて」
その表情は完璧すぎた。
まるで練習したかのような自然さで、しかし、どこか人形のように作り物めいていた。
……曖昧にしていたままの白石さんとの関係を、はっきりとさせる時が来たのかもしれない。
僕は彼女に歩み寄り、ゆっくりと口を開いた。
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