不遇の天才
僕の幼馴染である彼女は、正真正銘の天才だった。
教えられたことを決して忘れず、覚えた知識の使い方を探求し、応用することのできる人間だった。
物事の表面だけを見ず、本質を見抜き、本当に重要なことに気づける人間だった。
だが……環境には恵まれていなかった。
彼女の両親は貧乏であり、人柄も良いとは言えない人間で、彼女はしょっちゅう放置されていたと聞いている。
家に帰ってもご飯がないのは当たり前で、給食代すら出してもらえないこともあったそうだ。
当然、文房具など買ってもらえるはずもなく、授業では借り物ばかりを使っていたのを覚えている。
小学校にいる間ずっと、彼女が苦心しながらそうやってやり繰りしていたのを、僕はよく知っていた。
中学校に入学しようとすると、制服や体操着など、買わなければならない物がさらに増える。
必然的に、彼女は金に困ることとなった。
やろうと思えば金を手に入れることはできたはずだが、彼女は道徳的にも優れた人間であったから、ズルをして金を稼ぐことを良しとしなかったのだ。
だから、中学校の入学式の前の週に、僕は彼女にお金を手渡した。
小学生の小遣いなんてたかが知れているわけで、確かこの時の僕は一、二万円程度しか渡していないはずだ。
ただの同情が、最初の理由だった。
お金を受け取った彼女は、確か呆然とした表情で固まってから、一言だけ「ありがとう、幼馴染君」と返してくれたんだったか。
僕は照れくさくなって、この時は軽く返事だけをして家に帰った。
……中学生にもなると、次第に自分の身の程に気づかされるようになる。
それと同時に、僕は彼女の才能と優秀さに気づき始めた。
それが大きな転機となった。
大層な夢など持ち合わせておらず、ただ傷つかず平穏に生きていたかった僕に、目標ができたのだ。
彼女の限界が見たくなった。
あの劣悪な環境でさえ、読書感想文や科学論文で結果を出し続ける彼女が、どこまで大きな存在になれるのか見たくなったのだ。
そんな理由で、俺は彼女に投資することにした。
小遣いはもちろん全投資したし、お弁当を作ってあげたり、家事もやってあげたりして、彼女の時間を作るためにも労力を割いた。
彼女の生活全てを支え続けた。
そして、僕たちが中学を卒業する頃には、目を見張るような結果が積み重なっていた。
「最年少での司法試験合格に、炭素繊維よりも強靭な化学繊維の開発ですか。一体どこを目指してるんですかね?」
「幼馴染君が期待してくれるから、目についたところから結果を出したくなっちゃうんだよね。研究開発はともかく、試験なんて教材さえあったら内容を覚えるだけだし、別に大したことないよ。それよりもさ、昨日相談したことの返事、考えてくれたかな?」
中学校の卒業式の帰り道にて、制服を着た彼女は僕の顔を覗き込んでそう聞く。
確か、"研究開発で稼いだお金で自立するから、新しい家でボクと同棲を始めて欲しい"、というような相談だったか。
「そもそも僕と貴女はまだ付き合ってすらいないはずですが」
「じゃあ告白するから付き合って? あれだけ尽くしておいて、今更振るとか無理があると思うんだよね。ボクの脳味噌はもう幼馴染君に焼かれちゃってるし、拒否権を与えるつもりはないけど……ねぇ、ボクがどこまでやれるのか見てみたいんでしょ? 一番近くで見ててよ、ボクの活躍。今になってすり寄ってくる奴らは結構いるけど、ボクは幼馴染君に支えてもらいたいんだ。……愛してるから」
「……拒否権があろうと無かろうと、僕の返事は変わりません。貴女を支え続けると、前から決めていますから」
僕がそう言うと、彼女は表情を綻ばせて僕の手を強く、強く握りしめた。
僕はそっと、彼女の手を握り返した。
「もう離せないからね、幼馴染君」
「分かっています」
自覚したのはわりと最近なのだが、僕はずっと前から彼女の才能に魅せられていたらしい。
強い光に魅せられた虫は、力尽きるまで飛び続けるのみだ。
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