ヤンデレ掌編集

書鳳庵カルディ

同族の純情

 高校でイジメられていた彼女のことを助けたのは、彼女がかつての俺によく似ていたからだった。

 心も身体もボロボロになって、視界に入るもの全てに対する憎しみを募らせていたあの瞳。

 感情を押し殺そうとしながらも、抑えられないほどに歪んだあの表情。

 そのどれもが、父親から虐待を受けていた頃の俺にひどく似ていたのを覚えている。


 そんなことがきっかけで、俺は彼女のことを助け続けた。

 他人に対する悪感情をひた隠しにし、折り合いをつける方法を教えた。

 時に媚びへつらい、時に我を押し通し、人間と上手くやっていく方法を教えた。

 いわゆるネグレクトで放置されていた彼女と多くの時間を過ごし、彼女に本来あるべき数々の感情を教えた。


 俺は、俺のように歪んでしまった爪弾き者が世の中に溶け込む過程で、多くのことを痛みと共に飲みこまねばならないことを知っていたから。

 俺は、俺の知りうる限りのそれら全てを、彼女に教えた。

 

 クソ親父から離れて一人暮らしをしている俺は、金欠でバイト漬けの毎日だったのだが、彼女の両親は金だけは出してくれるらしい。

 クソ親なことに変わりはないが、俺よりはマシだと知って、一人暮らしのやり方まで教える必要はないと分かって安堵した。


 悪感情と折り合いをつけ、上手く人付き合いをしていき、感情と分別を身に着けた彼女は瞬く間に世の中に溶け込んでいく。

 そのおかげか、彼女は学業や部活動でぐんぐん成績を伸ばしていき、その活躍は学校中の目を惹いた。

 なんでも、バレーボール部のエースとして県大会で準優勝し、校内模試の点数で学年二位になったらしい。

 大学も国立の名門校を目指すそうだ。


 ……もはや、彼女は俺の同族ではなく、普通の人間をも超える憧れの対象となった。

 もう俺はいらないだろうし、俺は彼女と一緒にはいられない。

 いかんせん、バイト漬けだった俺には学力などあるわけもなく、大学に進学するための金もないのだ。

 だから、俺は高校を卒業したら就職するつもりだったのだが――


「就職するつもりならいい考えがあります。私と結婚して雇われてください。お金ならいくらでも出しますから」

「……冗談のつもりか?」

「本気ですよ。あなたこそ何の冗談ですか?」


 誘われてやって来た彼女の寝室にて。

 彼女は美しい黒髪をたなびかせながら俺に詰め寄り、その整った顔で冷ややかな笑みを浮かべながら口を開く。


「あなたに生き方を、喜びを、愛情を教えられて、私は世の中に溶け込めるようになりました。でも、奥底が歪んだままの私が、全てを安心してさらけ出せるのはあなただけなのに……酷いですよ。置いていこうとするなんて」


 彼女は俺をベッドにはりつけにし、俺の上に跨ってくる。

 彼女のしなやかな身体は見た目以上に力強く、温かだった。


「家族になって、ずっと私の傍に居て、歪んだまま在り続けてください。私の拠り所は、あなただけなんですから」


 そう言って、彼女は俺に覆いかぶさり、痩せた俺の身体を強く抱きしめた。

 その温かさに、俺は溺れた。


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