王都に向けて
ビルの前にやってきた使者は疲れ切っており、よほど急いできたようだ。
詳細を聞くが、突如王都で暴動が起き、その鎮圧に近衛兵が出動し手薄になった王宮で武装した兵の反乱があったらしい。
「突然、数十の兵が王宮に入り込んで、王陛下のところに突き進んでいきました。
護衛の近衛兵は斬り殺され、私はその場を逃れた宰相からリッジス将軍に知らせて、助けに来るように伝えろと言われ、反乱軍の誰何を逃れて来ました」
「反乱の手際の良さ、誰か中から手引きした奴がいるな。
第一王子と第二王子が王太子をめぐって争っていたはず。
勝ち目が薄い方が暴発したか。
ところで王陛下は本当に亡くなったのか?」
「私は確認していませんが、王宮から逃げ出す時に、王を討ち取ったぞ!という声を聞きました」
使者の答えにビルはしばらく考える。
(あの王は猜疑心強く、用心深い。
そう易々と討ち取られるか疑問だ。
影武者という可能性もある)
「将軍、どうされますか?」
副官や軍の幹部が集まり、ビルに判断を仰ぐ。
守りたいものを持たないビルには、国の行く末などどうでもいいことだ。
ただ王という鎖がなくなったかもしれないことには解放感を覚える。
(王の為に助けに行くなど真平ごめん。
しかし、放置しておき、もし生きていて再起されれば罪に問われるかもしれない。
死んでいてくれればいいのだが)
「王陛下がご健在か、また他の王族はどうなのか、敵は誰なのかなどを確認する必要がある。
間諜を王都に放ち、情勢を探らせろ。
その間、臨戦態勢を保ち、待機しろ」
隣で難しい顔をしている副官とは気心が知れてきたとは言え、彼は王から派遣されてきた男だ。
王が死んでいればいいなど迂闊なことは言えない。
その副官が口を開いた。
「しかし、王都が戦乱となり王が死んだかもしれないという情報は各地に派遣されている将軍たちにもすぐに伝わります。
もし、王が死んでいれば王都にいち早く入り、鎮圧した者がこの国を握ることになります」
ビルは驚いて思わず口走る。
「お前は王に忠誠を尽くしていたのではないのか?」
「確かに王には実家の弱みを握られ、リッジス将軍の動静を報告するように言われていました。
しかし、将軍にお仕えし、将軍こそ私の忠誠を捧げる主人と確信しました。
何卒我が提言を採用して、この国を握ってください」
(この国などいらん。
オレに余計な荷物を押し付けるな!)
ビルの内心など知る由もない部下たちは副官の言葉を聞き、大きく頷いている。
ビルが国を手に入れれば、自分たちも出世して貴族にもなれる、逆に出遅れれば他の軍に追い落とされて全てを失うと彼らの目が血走っている。
副官の扇動は的確に部下たちの心に響いた。
その目を見て、そんなことに興味はないという言葉を飲み込んだビルの姿に、引き上げてくれた王に遠慮しているのかと勘違いした副官が言う。
「将軍は遠慮深く言い出されないので私が言おう。
これは将軍に国を取っていただく絶好の機会。
他の将軍たちに先駆けて王都を掌握するぞ!」
『オー!』
部下たちは歓喜して叫ぶ。
(オレはそんなことは望んでいない)
というビルの心の声はかき消される。
副官は直ちに兵糧を手配し、部下は兵を行軍できるように整列させる。
兵は拙速を尊ぶ、今は速度こそが勝負の鍵を握る。
準備のできた部隊から出発を始め、ビルも部下達に引きずられるように王都に進軍させられた。
その途中、夜営しているリッジス軍に、みすぼらしい乞食姿の二人連れが訪ねてくる。
「ここはリッジス将軍の軍ですか?」
「ああそうだが、何だお前たちは?」
哨戒兵が答える。
一人の乞食は被っていたボロ布を剥ぎ取り、兵に言う。
「こちらはリッジス将軍の奥方、マリー王女殿下。そして私は侍女のソフィア。
殿下は王都を脱出して来られたのだ。
将軍のもとに案内せよ!」
兵は判断できず、まず副官のもとに連れて行った。
「そのお顔は確かにマリー王女殿下。
よくぞ王都を脱出してこられました。
それで王都では何があったのですか?」
ようやく小汚いフードを外した王女は、窶れながらも美貌を失っていない。
お前ごときに口を開く必要はないとばかりに傲然とする王女に代わり、ソフィアが答える。
「王陛下は後継者について優秀だが庶出の第一王子か、王妃の子の正嫡の第二王子にするか迷っていた。
しかし、リッジス将軍達により、隣国も叩くことができ、大貴族も抑えることができた。
国内が収まれば、凡庸でも正嫡の子である第二王子を後継とする方が国は混乱しないと腹を固められた。
邪教の乱も収まりかけ、いよいよそれを発表しようとしていた矢先に、それに不満な第一王子に邪教の教祖が近づき、陰謀を企てたようだ。
邪教徒が王都で暴動を起こし、その鎮圧で手薄になった王宮を第一王子の息のかかった貴族が襲撃。
そして、宮廷の中で王と王妃、第二王子達を殺害、そのままクーデターを起こし王の与党を皆殺しにしたのだ。
彼らは王達を殺すことに全力を挙げていたため、混乱の中、王女殿下と私は端女に変装して王宮を逃げ出した。
後は女と見られないように、汚い乞食に身をやつし、リッジス将軍を頼って逃亡してきたのだ。
早く将軍に会わせてくれ」
それを無表情に聞きていた王女が涙を流し、「母上、兄上」と嗚咽を漏らす。
ようやく安全なところに来て、緊張の糸が切れたようだ。
「なるほど」
副官は頷き、休んでいるビルの元にまず自分が訪れて事情を説明したあと、王女達を連れて行く。
「ビル!会いたかった。
何故会いに来てくれなかった」
ビルを見るなり王女は抱きつくが、彼は思わぬことに目を白黒させる。
(どういうことだ?
俺は王女に憎まれていると思っていたが、以前会った時以上に固執されている気がする)
頭に疑問符が浮かぶが、ソフィアが黙っていてと目で合図するのでされるがままになっていた。
興奮する王女が落ち着くまで待って、まずは湯浴みして衣服を整え食事を取るように言い聞かせる。
離れ難そうな王女を副官とソフィアが連れて行った後、混乱しているビルのところにしばらくしてからその両者が戻る。
「王女はどうされた?」
「湯浴みして、食事を取られると安心されたのか寝入ってしまわれました」
副官が答える。
「さて、侍女殿。
王女と俺との初夜の有様はご存知だろう。
正直なところ、王女殿下におかれては気に入りの男達を殺した俺を憎んでいるとばかり思っていた。
それを、先程はしばらく離れていた恋人に会うような態度を取られて驚いている。
王女に何があった、何を考えている、正直に話せ」
ビルの射殺さんばかりの視線を受けてもソフィアは平然としていた。
「ご疑問はごもっとも。
私は以前お会いした時にマリー様には心の傷があるとお話ししました。
そのお話をしたいと思います。
少し長い話になりますが、その前にお人払いをお願いします」
王女の秘密に関わることだ、ビルは副官に退室するように命じた。
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