思いもよらない裏切り
ビルが幸せな日々を送る一方、内戦による農地の荒廃から飢饉は全国に広がり、あちこちで民衆の蜂起が起こる。
その背後には全国に広がる邪教団がいるようだ。
「悪王を倒せ!」
「神に捧げよ!」
「教祖様の言うがままに!」
スローガンを掲げ、進めば天国、退けば地獄と怒号して貴族や代官を襲撃していく。
そして副官が王の命令書を持ってやってきた。
「将軍、体調が良さそうですね。
以前は疲労の色が濃かったですが、すっかり顔色が良くなっています」
愛する女と家族を得たことでビルは精神的に落ち着いていた。
「ああ、随分休ませてもらったからな」
ビルの部屋に入った副官は机の上の書類の山を見る。
「これは何ですか?
軍の書類は私が整理していますが、それ以外のものですね」
「お前には関係ない。
これはオレの領地の経営報告だ」
パラパラと見た副官は言う。
「いくら将軍でも一人では捌けない量です。
どうせ兵の動員が終わるまでの間、私はやることがありません。
お手伝いいたします」
これはお前の仕事ではないと固辞するビルを放っておき、副官は猛烈な勢いで処理を進める。
貴族の子弟らしく幼い頃から領地経営を教育されてきたためか、ビルとは桁違いのスピードである。
夜半まで二人でチェックしていたが、疲れを覚えた副官は、散歩に行って来ますと気分転換に外に出る。
「今晩は満月か。
煌々と月が照らして村の景色がよくわかる。
よく整備された家と農地。実った作物。
この豊かで平和なところにいると、外の騒乱が嘘のようだ。
櫓や堀もしっかりして、外敵への備えも万全。
退役兵や遺族への将軍の思いやりがよくわかる。
彼らもさぞや将軍に感謝していることだろう」
月夜の中、初めての土地をぶらぶらと見ながら彷徨っていると、迷子になったのか森の近くに踏み込む。
道を探して帰らねばと思ったところで人の声が聞こえた。
緊迫した声を聞き、賊か?と木に隠れてそちらを見てみる。
そこには、修道士の服を着た男と数十名の男女がいた。
女の中には、今日ビルから家族のようなものだと紹介されたローザとエリスもいた。
「聞け!
いよいよ教祖様は神の国を作るために立ち上がれた指令を出された。
各地で同胞の信者達が悪王の手先と戦っている。
我らの最大の障害はここに住むリッジスだ。
奴がこちらに付けば大きな助けとなり、敵となれば悪魔の化身ともなろう。
それはローザ、エリス、そしてこの村に住むお前たちの働きにかかっているぞ。
奴を味方にできなければ、お前達が排除するのだ」
皆、真剣な顔で頷く。
伝道師は言葉を続けた。
「エリス、リッジスを誑し込むのに成功するとはよくやった。
神もお前の働きをお認めだ。
次には神への信仰に奴を目覚めさせねばならぬ。
しっかりとやれ」
「ありがとうございます。
お言葉ですが、誑かしたのではありません。
私は彼を愛しており、彼にも神への信仰に目覚めてもらいたいと思ったのです。
全ては神の栄光の為、彼を信仰に導くように全力を尽くします」
エリスの言葉を聞いて、伝道師は笑った。
「わかった。
まずはリッジスのことはお前に任せよう。
くれぐれもうまくやれ。
では、今宵も神への信仰を更に高めよう!」
それを聞くと男も女も服を脱ぎだした。
(これは噂の邪教の悪魔崇拝の宴か。
リッジス将軍が狙われている)
副官はすぐに駆け出し、ビルを呼びに行く。
幸いよく見れば、付近にビルの家はあった。
「将軍、すぐに一緒に来てください!
ローザ殿やエリス殿に関わることです」
不審な顔をするビルを無理に連れ出し、先程の場所に行くと、神らしき像を掲げた前で乱交が始まっていた。
「これはなんだ!
ローザやエリスはどこにいる?」
ビルはこの有様を見て驚愕した。
まさかエリスも加わっているのか、またオレは愛した女の不義を見るのかと思いながら、よくその場を観察する。
エリスとローザは衣服を着て離れた場所にいて、乱交には加わらず、傍観者のようであった。
「エリス、ローザ、貴様達も神への信仰を高めるために参加せよ」
そう言いながら厭らしく笑って手を引いて連れて行こうとする裸の男に対して、エリスは手を振り払っていう。
「わたしの身体はビルだけのもの。
他の男は触れないで!」
「私も亡き夫に操を捧げています。
神は信仰していますが、このようなことには加わりません」
ローザも拒絶する。
参加しない者は信仰心が足りないのだと怒る男を伝道師がたしなめた。
「エリスやローザの言う通りにしろ。
エリス達は帰っていいぞ。
お前たちには大きな仕事がある。
しっかりやれ」
帰路につくエリスとローザを見て、ビルは少し安心する。
今度は浮気はされていないと。
そして、副官に言う。
「ここで奴らを捕らえても全貌はわからない。
泳がせて一網打尽にするぞ」
そしてエリス達をどうやって邪教から引き離すかを考える。
翌日の朝、何事もなかったようにエリスはビルを起こして、キスをする。
いつもの平和な日常が始まる。
しかし、ビルの頭の中は戦闘態勢であった。
軍の間諜を使い、村の様子を探らせると驚くほど邪教が浸透していることがわかった。
副官の話では、各地での民衆の蜂起もその陰に邪教の教祖がいるらしい。
その頃からエリスとローザはしきりとビルに不可思議な神の教えを説き始めた。
「ビル、今の王国の混乱は王の悪政のせいよ。神とその代理人の教祖様に従えば国も落ち着き、人々も豊かになる。
ビルも伝道師様のお話を聞きに行きましょう」
命を狙われている今、相手の手に乗っているように見せなければ危険だ。
ビルは伝道師の説教を聞き、さも感心したような振る舞った。
それを見たエリスはとても嬉しそうであった。
副官はもはや猶予を置かずに信徒らしき者を捕えるように進言するが、ビルは孤独を救ってくれたエリス達と離れたくはなかった。
なんとか彼女やその家族を救えないか、更に出来れば信者となった戦友も助け出したい。
苦渋するビルに、軍の動員が終了し、いつでも戦闘可能との知らせが来る。
ビルはまずは軍に戻り、この村を包囲して、伝道師達を排除し、村の信者を隔離して洗脳を解こうと考える。
しかし、ビルがエリス達に翌日出かけると告げたその夜に事件が起こった。
何度も宣教し、教団に付けと説いても煮え切らない返事しかしないビルに、報告を受けた教祖は業を煮やした。
教団の叛乱は全国に燃え始めている。
ビルが敵になると厄介であり、その前に処分せよとの命令書が届く。
その夜遅く、エリスとともにベッドで休んでいたビルに間諜が報告する。
「将軍、村に信者が集まっています。
武器を持った者もみえます。
将軍を襲うのが目的でしょう」
「何かの誤解よ。私は何も聞いていないわ!
ビルを神の味方にするようにと言われていたのに」
エリスが泣きそうな顔で言う。
「奴ら、先手を取って蜂起したか。
狙いは俺の命だろう。
くれてやってもいいのだが、エリスや戦友を騙す奴らには鉄鎚を下してやらねば気が済まん」
エリスと弟のデイヴットを連れて、外に出て様子を見ると、村人達がビルの館に押し寄せてきていた。
その中には、ローザも飲み仲間の戦友もいた。
「いたぞ!
悪王の腹心、リッジスだ。
奴を殺してしまえ!」
先頭に立つ男が興奮したように叫ぶ。
戦いで大きな傷を負い、退役して、行く先がないところをビルがここに連れてきた兵士だ。
「何故こんなことをする?
オレはお前たちにここで衣食住を与え、満足に暮らせるようにしただろう!
ここで平和に楽しく生活していたではないか」
ビルは彼を囲もうとする暴徒に訴えかけるが、それを聞いた群衆は口々に言う。
「私の夫を返して!」
「俺の腕を元通りにしてくれ!」
「俺は歩けなくなったのに、リッジス、お前は何故五体満足で将軍になっているのだ!」
口々に罵る彼らの後ろから伝道師が現れる。
「衣食足りて、無くしたものを思い出す。
お前が助けてやったがために、それまで生きるだけで精一杯だった彼らは本当に望むものがわかったのだ。
さあ、皆の者。
リッジスでは与えられないものを神は与えてくれる。
皆、神の御心のために働くが良い。
そうすれば神が現世に姿を現し、お前たちの望みを満たしてくれる。
リッジス、お前も死にたくなければ我らとともに来い」
後ろからはエリスが
「ビル、一緒に神のために働きましょう。
私はずっとビルの横にいるわ」
と囁く。
「エリス、済まない。
オレもお前と一緒にいたいが、裏切られてからどんな神も信じないことにしている。
まして、こんなやり方を良しとする神などクソ喰らえだ!」
そう吐き捨てるように言うビルに、伝道師は予想通りとばかり頷き、
「教祖様の言う通りだな。
貴様は我らの進む道の最大の邪魔者。
では死ぬがよい」
と言い、群衆に奴を殺せと指示する。
剣を振りかざすビルに恐れをなし、群衆はジリジリと輪を縮める。
ビルは背後のエリスとディビットを逃がすために、どこか手薄な所に斬り込もうと周りを探った。
ディビットは信徒ではなく、彼らを嫌っている。素直についてくるだろう。
エリスが逃げるのを嫌がるならば気絶させて運ばねばならないとビルは考える。
その時、一足先に軍に戻っていた副官が兵を連れて駆けつけてくる。
間諜から村の様子の報告を受けたようだ。
形勢は逆転し、伝道師と信者は兵に包囲される。
ローザや顔馴染の戦友を始め、村人の命は取るなと言おうとしたリッジスは、横腹に鋭い痛みを感じる。
振り返ればエリスが短刀を持ってリッジスの腹を刺していた。
「エリス。何故だ?
オレを愛していたのではないのか」
「ビル、あなたが神の為に働こうとしないから仕方ないのよ。
わたしの身体はビルのものだけど、心は神に捧げているから。
一緒に神のもとに行きましょう。
あなたを殺して、私も死ぬわ。
天国でともに暮らしましょう」
痛さに耐えきれずに膝から崩れ落ちるビルの首を狙ってエリスは短刀をかざす。
「姉さん、止めて!」
横にいたディビットが彼女を突き飛ばした。
そこに全力疾走してきた副官が躍りかかり、エリスの首を突く。
血が溢れる中、ビルはエリスに近づいた。
彼女は虫の息の中でも、彼を見て美しく微笑んだ。
「ビル、愛しているわ」
「神の次にか。
オレはお前の為なら命も惜しくはなかったが、神の花嫁とは心中できん。
悪いが一人で逝ってくれ」
そして、エリスが息絶えたのを見届けたビルは痛さを堪えて、兵に命じる。
「一人残らず始末しろ!顔見知りでも容赦するな。
邪神の手先共だ!
ああ、伝道師は捕えろ。
神を呪うような、特別な殉教をさせてやる」
それからは殺戮劇であった。
敬愛する将軍を襲った暴徒に兵は情け容赦なく剣を振るった。
生き残るデイビットの為にと、ビルはローザを救おうとした。
しかし彼女は
「私の夫を犠牲にして出世した悪党!
お前はろくな死に方をしない」
と罵り、自ら喉をついて死んだ。
ビルにできたのはディビットの目と耳を塞ぐことだけだった。
村人が全員が息絶えたのを確認し、ビルは逃げようとするところを捕えた伝道師を拷問にかけて組織の様子を吐かせる。
その後は手足の指を一本ずつ切り落とし、最後はジリジリと火炙りとして、神などいないと叫んだ後にようやく焼き殺す。
全てを終えた後、エリスとローザの墓だけを作り、残る遺体は大きな穴に埋めてしまう。
そして自分が作った安息の地に火をかけて灰と化し、後ろを振り返らずにビルは反乱鎮圧の遠征に出た。
各地の教団の蜂起をすり潰し、特に伝道師などの邪教の関係者は徹底的に探し出させ、捕えたものは火刑に処した。
教祖は姿をくらませるが、ビルはそのための部隊を編成し、草の根を分けても捕まえろと厳命を下す。
愛する女にも戦友にも裏切られたビルは今まで以上に誰も近寄らせずに孤独に過ごす。
副官と孤児となったディビットだけを近くに置き、軍務に精励する。
教団の地方蜂起の多くを鎮圧するが、教祖は見つからない。
どうやら王都にいるらしいとの情報を得て、次の行動を考えるビルのところに副官が血相を変えて飛び込んできた。
「王宮からの急使がやってきました。
王都で反乱が起きて王が殺されたようです」
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