王女の過去

「さて、マリー姫がある時を境に素行が悪くなったことはご承知でしょう。

それには訳があります」


そこからソフィアが語ったことはこんなことであった。


王と王妃に愛されて育ったマリーは望みを全て叶えられ、天真爛漫に育つ。


美しい少女に育った彼女が野遊びに出かけた際に、武装した賊に襲われるが、護衛の近衛騎士が必死になって防戦し、彼女をなんとか守ることができた。


「証拠はなかったですが、おそらくは側妃の仕業。自分の子を王太子にするため、兄の第二王子と仲のいい王女を排除しようとしたのでしょう」

憎々しげにソフィアは語る。


丁度恋物語にハマっていた王女は近くで守ってくれた近衛騎士に恋をした。


そして彼に恋を囁くと、はじめは拒んでいた近衛騎士も何度も愛を告げる王女に次第に心を惹かれ、相思相愛となった。


「王女を相手になんて馬鹿な男だ!

近衛騎士であれば尚更身の程を知るべきだろう。

その大馬鹿者の名は?」


吐き捨てるように言うビルにソフィアは言いにくそうに小声で言う。


「ビル・エヴァンズです」


「ちっ!」

同名の男と聞き、ビルは舌打ちをし、話を促す。


そして王女は父母にエヴァンズとの結婚を願ったが、当然のことながら外国の王族又は大貴族との婚姻を考えていた父母に厳しく叱責され、軟禁されることとなる。


もちろんエヴァンズは近衛騎士をクビとなり、故郷に返される。


しかし二人の気持ちは燃え上がり、仲間の近衛騎士の助けを得て、ある夜、その手引きで王女は脱走し、エヴァンズと駆け落ちを決行する。


それは直ちに近衛隊長の知るところとなり、追跡の結果、王都近郊で捕まり、二人は連れ戻された。


激怒した王の沙汰は苛烈であった。

王女は座敷牢で厳重な警備のもと、一日中監視され、反省を促される。


王女はそれに屈せず、王や王妃にエヴァンズとの愛を訴え続けた。


怒った王は周囲の責任を問い、王女の教育係や侍女長は死罪とされた。


「乳姉妹でマリー様に一番親しかった私も死罪になるはずでしたが、マリー様が我が身に代えてもと必死に庇って頂き、鞭打ちで済みました。

まだ背中に傷跡がありますが」


ソフィアはそう言って苦く笑った。

そして、後はマリー様から聞いた話ですと言って話を続ける。


側近達が処罰されてもエヴァンズとの愛を訴えて、一向に態度を改めない王女に剛を煮やした王はある日彼女の座敷牢を訪れた。


「お父様、エヴァンズと会わせて。

王族だって人間なのよ。

犬や猫のようにいきなりこの相手がつがいだなんて、私は嫌よ。

お願い、平民に落ちても構わないわ。

彼と一緒になるのを認めて!」


「この馬鹿娘が!

我らが何故税金で贅沢な暮らしができているのか考えてみろ!

この国を安んじる為に王族は働かねばならん。

王とは体のいい生贄、国をうまく治めねば我らの身の上とて危ないのだ。

王族と生まれた以上、平民のような幸せは望むべくもない。


そんなこともわからないとは、女だからと余が甘やかしすぎたか。

荒療治をしても性根を叩き直さねばならん」


王はそう言うと、彼女を連れ出すように刑吏に命じた。

連れて行かれたのは地下室であった。


「見ろ、あれを!」


父王の指差す先には、痩せこけ血を流し傷だらけの白髪の老人が気を失って転がっていた。


「あの男が何。

それよりエヴァンズに会わせて!」


「会わせてやっているだろう」

王はニヤリとする。


まさかと思う王女が転がる男をよく見ると、確かに愛する男であった。


彼は激しい拷問に加えて、最低限の食事と睡眠も与えられず、別人にしか見えない姿となっていた。


彼が捕らえられた後に、その地下牢の前に両親と弟妹、そして仲間の近衛騎士達、可愛がってくれた近衛隊長が縄で縛られて並べられた。


「お前の行いのせいで、コイツらは酷い目に合うのをよく見るが良い」


刑吏長が薄笑いを浮かべて、エヴァンズの家族に鞭打ちを始める。


「きゃー!やめて!」

「ビル、何故こんな目に合わなければならないんだ!」


「止めろ!

俺になんでも罰を与えればいい。

家族や仲間に何もしないでくれ!」


エヴァンズの悲痛な叫びは無視され、家族と友人、恩人が拷問を受けた挙句に一人一人首を刎ねられた。


彼らを許して自分だけ処罰してくれと叫び続けたエヴァンズは、彼らの処罰の途中で何度も気絶した。

その度に剣で突かれて起こされ、また拷問と斬首を見せられる。


まだ年若い妹が絶叫しながら殺されるのを見た時、彼の美しい金髪は真っ白になった。


「奴を起こせ」

王の命令で刑吏が寝込んでいるエヴァンズを蹴り起こす。


「死ぬ前にマリーに会わせてくれ!」


蹴られて気を取り戻したエヴァンズは叫んだ。


王女は何かを言う前に背後から猿轡をされ、言葉を出せなくさせられる。


「王女を呼び捨てとは不敬の極み。

まあいい、もうすぐ死ぬお前が何をいう気だ?」


王がエヴァンズに話しかけた。


「陛下、おられるのですか。

最後のお願いです。

王女に恨み言を言わせてください。

私は駆け落ちなど嫌だと言ったんだ!」


あらぬところに顔を向ける彼はどうやら目も潰され、何も見えないようだ。


「王女は居らぬが、お前の言葉は伝えてやろう。ここにマリーがいると思って最期に言いたいことを言え!」


王の言葉にエヴァンズは切れ切れに話し出す。


「マリー王女、

あなたのせいで私は言うもおぞましい拷問にかけられ、家族と友人は殺されました。

私は褒め称えられた容貌も健康な身体も身分も家族も失い、まもなく生命も無くす。

全ては愛の甘言を囁いたあなたのせいなのに、あなたは何も傷つくことない。

せめてこれからあなたが誰も愛せないように呪ってやる!」


エヴァンズは人の声ではないかのような、どす黒い唸り声をあげる。


「わかった。

王への謀反人に最後の温情をかけてやろう!

コイツの首をはねろ!」


そして王女に小さな声で言う。

「これがこの男の本性だ。

お前と釣り合うような男ではないのだ!」



「え、今なのか!今は死にたくない!

俺は王女に誑かされただけなんだ。

命ばかりは助けてくれ!」


ここで首を刎ねられると知り、最後にジタバタと抵抗するエヴァンズをむりやり座らせ、首を掴むと刑吏はその首をはねた。


王女は顔を背けようとするが、王の命令で刑吏に無理に前を向かされ、目を開けられ、一部始終を見て、気を失う。


ソフィアはそこまで語ると、疲れたように肩を落とした。


「あとはご存知でしょう。

生きる希望を失い自暴自棄になった姫は王陛下への当てつけとばかりに男遊びなど奔放に振る舞いました。


無理に嫁がされた公爵とはもちろんうまくいかず、離縁を申し出た公爵は激怒した王に取り潰されました。


その後は王陛下に放置されてご存じのとおり何も成さずに無為に遊び呆ける日々でした」


「そこに王から俺との結婚を押し付けられたのだな。

そこまではわかったが、オレを慕うかのような言動はなぜだ?」


ビルの疑問にソフィアは答える。


「姫様は王陛下や刑吏達をはじめとする男への憎悪と、ビル・エヴァンズへの愛と後悔が入り混じった感情があります。


男を甚ぶり痛めつけて、うさを晴らしていたのですが、あなたに一喝され、同名であることもあってビル・エヴァンズとあなたを同一視したのではないかと思います。


エヴァンズも姫様の前で賊を数名斬り殺しており、あなたがベッドで男を殺したのと同じようなシチュエーションであったことも手伝っているかもしれません。


更に信頼していた王妃と兄の第二王子も殺され、心が依存の対象を求めているのでしょう。


いずれにしても姫様は今あなたを愛し、頼りにしておられます。

妻として大切に扱っていただきたい」


長い話のすべてを聞き、ビルは大きくため息をつく。


「同名とはいえ、そんな別人のことを俺に被せられても困る。

近衛騎士と言えば名門出の眉目秀麗な奴ら。貧乏男爵出身で戦うしか能のない俺とは大違いだろう。


すぐに化けの皮が剥がれて、嫌気がさすに決まっている。 

もちろん王女やあんたを保護はするが、王も亡くなったのだから暫くして離縁するのが賢明だ。

他にいい男を探してくれ」


そして小声で「女はうんざりだ」と独り言を言う。


しかしソフィアは引き下がらない。


「国一番の将軍が何を気の弱いことを。

俺が昔の男を忘れさせてやるくらい仰ってください!」


その上に付け加える。


「うちの姫様は見ての通りの素晴らしい美貌、政治的にも今やマリー様が王族の正当な唯一の生き残り。

その夫であれば王家の仇討ちの大義名分もできます。

リッジス将軍も王位を狙われているように、他の将軍もそれぞれ国を握るチャンスと色めき立っているでしょう。


とりわけ長老格のブルック将軍は王の妹を娶っていて、リッジス将軍に勝るとも劣らぬ有力者。

王陛下がいないとなれば、王を狙うのではないですか。

あの方に対抗する為にはマリー様が必要でしょう」


美貌はともかく、大義名分という最後の一言はビルの頭に響いた。

確かに親殺しの簒奪者とは言え、相手は第一王子。

何か大義名分が欲しかった。


更にブルック将軍はビルが若手の頃に既に将軍として功をあげていた。

その実績や勢威を厭われ、王から干されていたが、その声望はリッジスよりも大きいだろう。


近年、ビルが王に引き上げられ、筆頭将軍となったことに不満を持ち、面と向かって、貴様みたいな若僧がわしの上などチャンチャラおかしいわと喧嘩を吹っかけてきたところだ。


(あの髭オヤジが相手なら不足はない。

存分にオレの力を見せてやろう)


ビルはやる気が湧いてきた。


「アンタは賢い女だな。わかった、取引しよう。

王女を妻として大切に遇する。

そしてまずは王家の婿として舅である王の仇を討つ」


言外にその次はブリックだとは匂わせる。


ソフィアと手を結んだ後、寝ていた王女を起こして、改めて夫婦となることと第一王子を相手とする復讐戦への誓いを立てる。


「ビル、ありがとう!

父はともかく、母と兄は私の味方だった。

あの第一王子を討ち取り、その復讐して欲しい。

私が旗頭になろう!」


抱きつく王女を抱き返して、ビルは頭で考える。


とにかくここで勝ち抜かなければ自分も兵も未来はない。

使えるものはなんでも使わねばならない。

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