貴族連合軍との戦い
ビルはそのまま王都を離れて地方に討伐に赴いた。
現在の王は増税して国王軍を強化し、隣国へ攻め込み、また国内でも有力諸侯を抑圧し、領地の没収や削減をしばしば行っている。
隣国とは今は和睦しているがいつ戦争になるかわからない。
国内は、民衆は重税に不満であり、貴族は王に反抗心を抱いている。
反乱には過酷な懲罰が与えられる。
王の厳しい統治で抑えられているが、国中に不満が溜まっていた。
そして限界を超えた地域ではしばしば反乱が起こっている。
その中央集権政策の中で、旧来の門閥に代わり若手軍人が起用され、国王の手駒として活躍している。
ビル・リッジスはその筆頭と見なされているが、王の要求水準は高く、失態を犯せば即座に解任、降格。下手をすれば追放や死罪であり、油断はできない。
家臣の間での競争も激しく、必死で成果を出し続けるしかない状態であった。
ビルは王に反乱を起こした地方貴族の反乱を理由に子飼いの兵を率いて王都を出て、その討伐を行う。
王女を脅した件について王からいつ詰問が来るかと心配していたが、王からは、早々に討伐に向かうことへの褒め言葉がやってきた。
王女の件はなぜか一言も言われることはなかった。
(働かせておいて、後で王女への件を理由にばっさり斬られるかもしれん)
ビルは王に対して警戒心を高め、その前に出る時には鎖帷子を着込んでいた。
時々ある王への報告に王都に向かった時、もちろん王女の館にビルが立ち寄ることはなかった。
しかし、何故か王女から何度か館に来るように使者が来る。
(どうせ気に入りの男妾を殺された腹いせに、刺客が待ち伏せしているのだろう)
ビルは王女の呼び出しをすべて無視した。
また、ケイトからは何度も手紙が来ていたが見ることもなく焼き捨てる。
彼女たちはリッジスにとってもはや縁なき人たちであった。
王は軍功を重ねたビルを昇進させ、国軍総司令官とする。
そしてこれまで軍のトップであった公爵家出身の元帥を解任、更に怠慢を理由に所領没収の上、追放した。
『リッジス将軍が隣国との戦争で大功をたて、さらに各地に転戦して武功をあげているのに、お前は何もせずに領地でぼんやりしているだけ。
そんな無能は国王軍には不要である』
国王が公表した詰問状である。
元帥からは、戦況全体を見ながら予備軍として待機しており、他の地域の動揺を抑えていたという言い訳が行われたが、王に「見苦しい、功をあげてから物を言え」の一言で切り捨てられた。
これまで国軍トップとして威勢を振るっていた公爵が息子と二人の従者だけを連れて、僻地の修道院に流されるのは哀れな姿であった。
「王女を嫁がせた公爵家の取り潰しに続き、またも公爵家の取り潰し。
もはや王は高位貴族を無くして、リッジス達成り上がり者を使うつもりだろう」
これに危機感を持った大貴族は一斉に立ち上がった。
彼らの蜂起は王の思う壺。
「これで目の上のたんこぶである大貴族をみな潰す。蜂起した貴族軍を殲滅せよ!
リッジス、貴様の働きに期待しているぞ」
王はビルに軍権を委ね、大貴族に当たらせるとともに彼の望む兵力や武装を与える。
愛する女も家族もいないビルは配下の軍を鍛え、敵と戦うことにすべてを費やしており、望みを叶えてくれる王に対してその点は感謝した。
「この身にかけて陛下への反乱を鎮圧いたします」
王に呼ばれたリッジスはそう返事をし、すぐに王宮を退出して、攻め込んでくる貴族連合軍に向かおうとする。
その時、王が少し待てと呼び止める。
何かと立ち止まるリッジスに思わぬ人物が現れた。
形式上の妻のマリー王女である。
何事か理解できずに立ち尽くすリッジスに王女は近づき、彼に相対して言う。
「戦勝の祈念です」
そしてきらびやかな短剣を渡し、伸び上がってリッジスに口づけする。
見守る宮廷貴族が盛大な拍手や歓声を送る。
(オレが王族の一員であることを見せつける茶番だ)
泥を飲まされたような気持ちのリッジスに、王女は囁く。
「貴様にどやされてから、男遊びは止めた。
戦地から帰ってくれば話したいことがある。屋敷に来い」
何を言っているのかわからないが今考えることではない、リッジスは気にも止めず、さっさと城外に出る。
敵はこちらの数倍の大軍のようだ。
ここまで反乱軍が膨れ上がるとは、これまでの王の施政への不満が溜まっていたということだろう。
王は貴族の勢力を侮っていたのではないかと思うが、軍を預けられたリッジスにできることは戦うことだけである。
幸い敵軍は大軍であることに慢心し、もう勝ったとばかりに戦争よりも戦後の主導権争いにうつつを抜していた。
とは言え、相手は大軍。一度でも負ければ、かさにかかって攻めてこられる。
確実に、一度に仕留めねばならない。
数ヶ月の間、リッジスは敵が大軍の時は正面から戦わずに逃げ、少数と見ると撃滅した。
そして補給路を襲い、敵兵の疲労を溜める。
(そろそろ頃合いか)
後方からは王がうるさく、早く勝てと催促し、隣国も不気味に侵攻の準備を始めていた。
決戦のように見せかけて、わざと派手に進軍する。
敵軍がすわ、いよいよ大決戦かと集まったところで、まずは小競り合いをして、わざと敗走する。
しかし、偽りの敗走はしばしば本当の敗走となる。
ビルは精鋭の兵を集めて殿軍としていたが、リッジスを討ち取ろうと勢いづいて追ってきた敵軍に迫られる。
「将軍、危ない!」
乱戦となり、殿軍もバラバラとなる中、3人の敵兵に囲まれたリッジスを護衛兵が盾となり、1人を倒すが、他から斬られて倒れる。
残る2名を手早く斬り倒したビルはその兵に駆け寄ったが、虫の息であった。
「しっかりしろ。
よく駆けつけてくれた。褒美は弾むぞ。
名をなんと言う?」
「私はクラフトです。
将軍を救えたのは我が身の誇りです。
心残りは妻と子供たち。
私の褒美は彼らに渡してやってください」
それだけ言い残すとその兵は息絶えた。
ビルは家族のことは心配するなとその遺骸に語りかける。
その晩のことである。
貴族たちはリッジスは逃げ去ったと思い、明日からの追撃のまえに戦勝祝いだと酒宴を行った。
「リッジスめ、口ほどにもない。
呆気なく負けて逃げていきおった。
明日にでも奴の首を取って王都に攻め上り、王を隠退させるか」
「それはいいが、次の王は国一番の名門たる私でいいな」
「何を馬鹿な。
王家に繋がる縁を持つわししかおるまい」
「いや、最大の兵力を提供しているのは俺だ。言うまでもないだろう」
酒の酔いも手伝い、これまで内々に話していた次の王の件が話題となって口論となる。
その場で殴り合いの後、兵に戦闘準備を命じる者も出てきて、一触即発の雰囲気となる。
もはやリッジス軍を気にする者などおらず、誰もが内部での抗争に気が取られていた。
その状況をビルは偵察兵から報告を受け、奇襲のチャンスと考えた。
「今だ!
声を忍ばして、敵味方わからないようにして襲うぞ」
夜闇に紛れ、近くまで行くと一気に襲いかかる。
「畜生、脅しだと思っていたらまだ国王軍を倒してもいないのに、奴ら、本当に襲ってきたぞ!
こちらも戦え!」
流石に本気で味方同士で戦いはすまいと思っていた貴族たちは仰天して、部下に命じる。
「戦うと言われても、敵はどちらにいますか?」
下士官が戸惑ったように言うが、貴族たちは対立する大貴族の陣に攻め込むように命じる。
リッジス軍は同士討ちで大混乱する敵軍を思う存分に斬り殺して回る。
ビルはその混乱ぶりを見て、半分の兵を後方から迂回させて、脱出しようとする貴族を討ち取ることにする。
「誰が敵で味方かもわからない。
こんな場所にいては危険だ。
一旦移動して立て直すぞ」
冷静な貴族から移動しようとするが、彼らを待ち伏せして次々と討ち取っていく。
残る貴族が仲間割れではないと気づいた時は遅かった。
ビルは包囲して、貴族たちを逃さなかった。
「ただの兵士は見逃してやれ。
高価な服装をしている男は見逃すな」
その結果、反乱に加わったほとんどの貴族は捕らえられ、リッジス軍は大勝利を収めた。
勝ち戦で終わったものの、数に勝る敵軍との長い戦でリッジス軍も死傷者は多い。
ビルは王都に凱旋し、王に戦勝を報告した。
王は数に勝る貴族軍との戦いに不安だったようであり、王宮は逃亡の用意もされていた。
そこに思いがけない大勝利の報がもたらされ、王は有頂天であった。
「リッジス、我が義息子よ、よくやった!
これであとは余の思いのままに政治ができる。
お前は元帥に任じよう。
他に望みはあるか?」
これまでに見たことのないほど王は機嫌のいい。
ビルは、王女との結婚を取り消して欲しいと言いたかったが、それが許されないことは明らか。
代わりに別のことを頼む。
「戦死した兵の遺族や負傷兵の為、彼らが安心して暮らせる豊かな土地を頂けますか」
「容易いことよ。
貴族たちから没収した土地のうち、豊かなところをくれてやる」
王は上機嫌にそう約束し、自分の側近たちと奥に入っていった。
おそらく王の新政に向けての相談だろう。
誰も掣肘しない中、王がどんな政治を行うのか、ビルは不安を覚えながらも最近執拗な王女に捕まる前にと駐屯地に引き上げた。
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