王女との結婚と初夜の出来事
故郷を捨ててからのビルは、王の命令に従順に従い、以前にもまして戦場に赴き、先頭に立って危険な戦い方を行うようになる。
その戦い方を見た友人や部下からは、自殺行為かと疑われるほどであった。
そんな中、ビルは王に呼ばれた。
「リッジス将軍、余の命に従い、各地でよく働き、功績を上げていること、満足しているぞ。
さすがは余が王女の婿に見込んだだけある。
成り上がり者が王族に加わるなどと、王子や重臣に文句を言う者がいたが、この軍功を見れば何も言えん。
それで、そろそろ結婚式を挙げればどうだ。
余の愛娘と懐刀の将軍の結婚だ。
盛大で華やかなものにしてくれ」
王は満足気に笑った。
信じていた幼馴染に裏切られて女性不信となり、まして男遊びにうつつを抜かす王女に会いたくもなく、ビルは戦で忙しいことにかこつけて婚姻の話を放置していた。
いや、結婚から逃げたいがために戦争に積極的に向かっていた。
婚約者の務めとして一応は王女に面会を求めたが体調不良と会えず、また形式的な手紙を偶に出していたが、彼女からの便りもない。
王女に気にいる相手ができるとかで自然消滅を願っていたが、王は忘れていなかったようだ。
それでもしぶとく引き延ばしを図る。
「お言葉ながら、陛下からは火急の戦闘を立て続けに命じられました。
勝利はえておりますが、まだあちこちで火種は残っておりその討伐に当たる必要があります。当分王女殿下との結婚を行う余裕はありません。
加えて言えば王女殿下からは私に何のご連絡もなく。この婚姻はお望みでないと察します」
暗に取り止めにして欲しいというビルの言葉に王は笑いながら怒りを見せるという器用なことをする。
「この馬鹿者!
王女は照れているのだ。そこを察してやれ。
戦は山場は越えており、お前が行く必要はない。
部下に任せて、お前は結婚式の準備に取り掛れ」
ビルに立つように命じ、王は機嫌を取るように、持っていた短刀をとりあえずの褒美だとして渡す。
どうにでもなれと思ったビルは能面の様な顔で「御意のままに」とだけ述べた。
彼の答えを聞いて、王はホッとしたように言う。
「では婚姻は1ヶ月後としよう。
余からも王女に申し渡す。
うまくやれ」
ビルは無言で頭を下げ、退出する。
王はそれを見て、溜息をつき誰にいうでもなく愚痴をこぼした。
「アイツも昔はもっと素直だったものを、出世して増長したのか不満顔などしよって。
しかし、余の庇護があってこその将軍職と伯爵だ。
その立場は弁えておろう。
まあ念のために鎖を付けておくか」
ビルが軍に戻り、討伐の引き継ぎなどを進めていると、王からの命令として新しい副官が派遣される。
見たところ、身体つきは細く、女と見間違うような優男であったが、軍学校を抜群の成績で出た名門貴族の子息という。
(俺が信用できないとお目付け役を派遣したか)
ビルは不愉快であったが受け入れるしかない。
副官を連れて、敵国との紛争地域に砦を築き、部下に自分が戻るまでそこを守備するように命じる。
そして自分は王都に赴き、婚礼の準備を行うこととする。
しかし貧乏男爵と軍人生活しか経験のないリッジスに王女との婚礼などわかるはずもなく、王女の下に相談に出かけてもナシのつぶて。
困ったビルに助け舟を出したのは監視につけられた副官であった。
名門貴族の出身らしく、儀礼に精通してテキパキと婚礼の支度を整え、王や王女との調整も行う。
(なるほどこいつは婚礼のために派遣されたのか)
ビルは安堵し、副官に感謝したが、彼は冷然と「これも仕事です」と答えたのみであった。
婚礼当日、ビルは副官から事前に渡された詳細なマニュアルに従い、煩雑な手順をきちんとこなす。
成り上がりのビルの失態を嘲笑おうと待っていた大貴族たちは当てが外れてがっかりした。
大司教の進行で、妻となる王女に接吻しようとするが、ヴェールを被る彼女に手で押し止められる。
ビルはどうとも思わずに次の進行に移り、王女の手を取り、招待客に挨拶し、式は終わった。
「リッジス、煩雑な礼儀を見事にこなしたな。よくやった。
さすがは余が見込んだ男。
今後は貴様も王家の一員。
これまで以上の働きを期待するぞ」
王は周りに聞こえるような声でそう言うとともに、ビルの耳元で密かに話す。
「王女とうまくやってくれ。
今は荒れているが、根は良い娘なのだ。
あれを傷つけないならば、周囲への多少の荒事は目を瞑る」
それはどういう意味だ?
式が無事に終わったとホッとしていたビルは意味深な王の言葉にハッとする。
同時に失態のないように気をつけるあまり、新婦である王女をほとんど見ていなかったことに気がついた。
普通は控え室で新郎を待ち、ともに馬車で新居に向かうものだが、彼女は早々に立ち去ったのかもう姿は見えない。
王の言葉の意味に首をひねるが、直ぐにそれは氷解した。
やむを得ず、一人で王宮を退出し、新居として与えられた豪華な屋敷に赴いたリッジスは部屋に通されて侍女と面会する。
屋敷は王女の趣味なのか、豪華な飾り物があちこちに置かれている。
「ビル・リッジス様ですね。
私はソフィア。マリー王女殿下の乳姉妹にして侍女を務めています。
この度は王女殿下とのご結婚おめでとうございます。
恐縮ですが、マリー様との結婚に当たってはいくつかお願いを申し上げたいことがあります」
王女の意を体してよほど傲慢に接してくるかと思ったが、この侍女は低姿勢で好感が持てる。
ビルよりも年下のようだが、キリッとした凛々しい感じの美人である。
「なんでしょうか?
もともと貧乏貴族の出。
王女殿下とは釣り合うことはないのは重々承知しています。
おそらくそれご気に入らないのでしょうが、これまでお会いしたことも手紙もいただいていません」
侍女は言いにくそうに話す。
「いや、マリー様は身分の違いを気にしているわけではありません。
詳細は話せませんが、マリー様は心に傷を負われており、そのために乱行されると思います。
何卒、しばらく広い心で見守り、マリー様との接触を徐々に増やしていくようにしてください」
「よくわからんが、今晩に王女殿下と交わることはしない方がいいということか?」
ビルの端的な問いかけに侍女は顔を赤らめて答える。
「もちろんマリー様が許せば構いませんが、無理強いをされることのないように、当分マリー様の望みを聞いていただくようにお願いします」
「まあわかった」
と言ったビルは深々とため息をつく。
「なんの因果か王女の婿など荷が重すぎる。
あんたは伯爵家か子爵家ぐらいの出身か。
オレの出自では、出世して、あんたみたいな侍女でも嫁にもらうのがせいぜいいいところだよ」
ビルの言葉を聞かなかったように、ソフィアは見事な一礼をして立ち去った。
いっそ王女はあんたみたいな下賤な男は相手にしないと言ってくれた方が気が楽だったと思いながら、ビルは湯浴みをし、衣装を着替えて寝室にて王女を待つ。
あの侍女の言い方ではすぐに立ち去るのだろうが、一言くらい何か言うのだろう、そう思いながらビルは椅子に座って王女を待った。
しかし、いくら待てど王女はやって来ず、この案内された寝室は、よく見れば小さく、調度品も貧相でこの屋敷の主人のものとは思えない。
静かに待っていると、かなり離れたところから賑やかな物音が聞こえてきた。
ビルは寝室を出て、物音のする方に隠れて歩く。
その音のする大広間では乱痴気騒ぎが行われていた。
中央の大きなソファーには王女らしき若い美しい女が座り、周りを跪く若い男達が取り囲み、王女に酒を注ぎ愛想を振りまく。
ソファーの前の一段高い台では、美少年が踊りを披露していた。
「マリー様、何度もお願いしていますが、リッジス将軍が寝室にてお待ちです。
今日は婚礼の夜、せめてご挨拶をしてきてください」
先ほど会ったソフィアが怒っている声で王女に話しかける。
つまらなさそうに酒を飲み、ダンスを見ていた王女は彼女を見もせずに言い放つ。
「何度も言わせるな。
出世を目当てに妾との結婚を父に頼み込んだ下郎など放っておけばいい。
父王からいつまでも王女が独り身など外聞が悪い、形だけでも婚姻しろと言われたから結婚式を挙げたのみ。
もう奴に用はない。従卒の寝室で寝かせておけば身分もわかるだろう。
それより、今晩は誰が妾を愉しませてくれるのだ?」
王女の言葉に周りの男達は一斉に色めき立つ。
「「今晩は、是非私に!
姫を満足させて見せます」」
男達の言葉に王女は嫣然と笑う。
「言うたな。
妾が満足できなければ宮刑だぞ」
そんな嬌声があがる中、ソフィアはまだ言い募った。
「マリー様、リッジス様はそのような方ではありません。
エヴァンス殿に似た、朴訥な方に思えます」
ソフィアの言葉を聞いた王女は激昂した。
「その名前を言うな!
ソフィア、お前でも許さないぞ。
一晩地下牢で頭を冷やせ!」
ソフィアは従卒に引き立てられていく。
そこまで見たビルは与えられた寝室に戻るが、大広間の騒ぎはますます大きくなって男女の笑い声が聞こえてくる。
こんな腐ったところから早く出たかったが、ここまで馬鹿にされるのであれば一矢を報わねばリッジス家の先祖に顔向けできない。
淫らな騒ぎを聞きながら、彼は明け方まで起きて待ち、空が白み始めるととともに帯剣して寝室を出る。
大広間では酔い潰れて寝ている男娼やダンサー、隅のソファーでは裸の男女もいた。
ビルは行く手にいる彼らの首や急所を踏みつけて歩んでいく。
首が折れて死んでいく者、急所が潰れて悲鳴も出せずに気絶する者、骨が折れて悲鳴を上げる者が彼の後ろに放置される。
ようやく気づいて襲いかかる者には一撃で斬り殺す。
ビルは逃げようとする侍女を捕まえて、王女の寝室を聞き出した。
彼は王女の寝室と聞いた豪壮な部屋の扉を開ける。
中には巨大で豪華な寝台があり、王女が数人の男と寝ていた。
「我が妻となられた王女殿下に、急ぎの戦に出立するためのご挨拶に参りました!」
大きな部屋にビルの大声が響く。
「何事か!」
突然の出来事に跳ね起きて騒ぐ王女に近づくと、ビルは言う。
「おや、昨晩寝室にお見えにならなかったのは王家のお仕事で忙しかったかと推察しましたが、暴漢に襲われていたとは。
このリッジス、拙い腕ではありますが夫として妻を守るために立ち向かいましょう」
言うが早いか、寝台にいる寝ぼけ眼の男達の首をたちまちに切り飛ばす。
血が噴水のように飛び散った。
血の海の中を呆然としながら、ビルを見つめる王女に向かってビルは冷然と言う。
「それではこれにて。
なお申しておきますが、私は王女と結婚したいなど一度も願ったことはありません。
ここでのことを王陛下に話されて、離縁いただいて結構です。
まあ離縁を理由に討伐去れるなら、この身をあげて抵抗させてもらいますが。
もはやお目にかからないことを心から祈っております」
そう言うと、ビルは足早に立ち去る。
背後から「待て」という声が聞こえたかもしれないが気にもとめない。
ビルにあるのは、幼馴染に続いて己を馬鹿にした女への怒りのみ。
あとで王女から王に報告されて、処罰されようが知ったことではなかった。
この汚れた場所を一刻も早く出て、仲間の将兵の元に戻りたい、その気持ちが彼を急がせる。
血の匂いが漂う中、殺気の籠もる彼に近づく者はなく、馬小屋に繋いである馬にまたがると、ビルは早朝の王都を疾駆し、自らを待つ軍の宿舎へと帰っていく。
もはや王都に用はない、部下の手に負えない反乱の勃発があったことにして王都を離れようとビルは考えた。
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