九、「アビパメダ」
なぜこんな言葉を覚えていたのか、いつ聞いたかすら覚えていない。ただ、小学生時代、同級生のAがこんな話をしていた。
「『アビパメダ』って言葉を30歳まで憶えていると、不吉なことが起こるらしいよ」
当時Aはそんなことを言っていた。なかなか耳なじみのない言葉なので、すぐに忘れるだろう、と本気にしていなかったが、耳なじみのない言葉だからこそ、その言葉の響きは鮮明に残ってしまった。
ただ、生きていると世界史の長い横文字の王朝名や、カタカナ英語なんてものはたくさん出会うわけで、そうしているとそれまで馴染みがない響きの代表だった「アビパメダ」がだんだんと薄れていった。すると今度は自分から忘れないように、「アビパメダ、だよな」とことあるごとに上書きをしていった。子どものときは思わなかったけど、そりゃ30年も生きていたら当然「不吉なこと」というのは「アビパメダ」を覚えていようがなかろうがどうやったって起きるものだ、とある時から思うようになった。
先日、30歳になった。30歳の誕生日を友人と恋人が祝ってくれた。蝋燭の火を消して、真っ暗になった部屋に電気を点けたとき、目の前に、この世のものとは思えない存在が立っていた。私はそれを見たとき、なんとなく「これが、アビパメダか」と察した。
今もさまざまな瞬間、その存在が眼前に現れる。何をするわけでもないが、それが余計不安を煽る。今月はAの誕生日。あいつは覚えているかな、「アビパメダ」。忘れていたら嫌なので、どうにかして「アビパメダ」を思い出してもらおうと思っている。
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