六、シミ抜き
高校生の頃、放課後はよくショッピングモールに行っていた。田舎だったため、遊ぶところはそこくらいしかなく、自分以外にも同じ学校の生徒がよく出入りしていた。
一応は「勉強をする」という体で、フードコートに屯し、先生の愚痴や漠然とした将来についての話をよくしていた。
家と学校の往復に使用する道と、ショッピングモールから家に帰る道というのは少し違い、ショッピングモールからなるべく早く帰る場合、必ず通らなければいけない高架下があった。
ある時、友人がその高架下についての話をした。
「あそこの高架下の壁に、なんか人の形みたいなシミがあるよな」
その日の帰り道に高架下を通ってみることにした。
友人が「ほらここ。これが頭でこう右腕が垂れてて」と指を差しながら説明を始めた。
なんとなく、小学生くらいの頃に空を見て「あの雲はゴリラっぽい」とかいう遊びに近いくらいのものだった。
頭のように丸みがあるシミから一連してだらんと垂らしたような右腕、ピンと上に伸ばしたような左腕、そしてしっかりと地面についている二本足、のようには見えた。
ただ、ほぼ毎日のようにこの道を通っていたのに気づかないくらい、「言われてみれば確かにそれっぽい」という程度のことだった。
ただ、そこから少しずつその高架下を通るたびにシミが気になっていた。
もはや定点観測のように通り抜けるたびに必ず眺めていた。
それから2か月後くらい経った頃。梅雨時期のせいか突如通り雨が降った日があった。
ショッピングセンターからの帰り道にその豪雨をもろに受け、なんとか雨宿りをしようとした際、ちょうどその高架下にたどり着いた。
高架下から今来た道を振り返ると、ドラマのシーンのような嘘くさいほどに大きい雨粒が地面に打ち付けられていた。
さてさて、今日のシミは?と恒例行事となった観察を始める。すると、心なしかいつもより人の形が黒くなっているように見えた。
雨水が垂れてきて、壁全体の色が黒くなっているからか、などとその時は思い、雨が上がるのを待ってから高架下を抜けた。
また別の日。いつものようにショッピングセンターからの帰り道。時刻は21時を回っていた。
高架下を通ろうとしたとき、ただならぬものが視界に映り、急いでブレーキをかけた。
壁からぬーっと顔を出そうと何かが蠢いていた。壁の中からシミが必死に出てこようとしている。
声を殺して引き返し、離れた場所から覗くようにして高架下を眺め続けると、頭のようなシミから真っ黒の顔、だらんと垂れた右腕、ピンと上に伸ばした左手、そして地面についた両足。そのすべてが壁から排出されたのだ。
クッキーなどを作るときに使う食品の型抜きのように、あのシミに沿って綺麗に人の形をした真っ黒なものが出てきた。
顔には目も鼻も耳もついていない。
のっぺらぼうのような真っ黒の顔は、辺りをきょろきょろと見渡すと、あの態勢のまま、こちらの方に歩いてきた。
必死に息を殺し、シミに追いかけられるような悪趣味な想像をしながらただ必死に、自転車を漕いだ。
あの日以来、どんなに遠回りをしてでもあの高架下は通っていない。もちろん誰にも話していない。
ただ、当時「あのシミ見えなくなったよね?誰かが清掃したりしたのかな」と友人は言っていた。
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