五、馬が走った


私が体験した数日間の奇妙な出来事ですが、あまり信じてはいただけないのも承知ですし、驚きもしません。

ですが、あくまで私の中では本当にあったことだし、感じたことなのです。



秋のある晩、非常に疲れていました。

日頃の労働による肉体疲労が、その日の晩に一気に降りかかり、帰宅後気絶をするようにベッドに突っ伏して寝てしまいました。


異変を感じ取り目を覚ましたのは夜中の3時頃だったと思います。

というのも、私の住むアパートの前は交通量の多い道で、特に夜中は運送業の方たちの車が行き交うような道です。

大型車両の走行音というのは最初こそ気になりました。慣れというのは怖いもので、今ではクラクションの音ごときでは起きないほどです。ところが、その「異変」というのは、まるでアパートの目の前を馬が走るかのような音が聞こえたのです。


疲れてもいましたし、深い眠りから目覚めて寝ぼけていた、と言われたらそこまでなのかもしれませんが、確かに家の前を複数の馬が何往復もするかのように蹄の音がよく聞こえてきました。


また次の日も。今度は4時半ごろですかね、目を覚ますと、またしても馬の蹄の音が何重にも聞こえてきました。ですが、その日も疲れが取れず、身体を起こすのも辛く、そのまままた深い眠りについてしまったのです。


そして次の日の晩。その日は朝から「今日は馬、走るだろうか」と考えていたものでして、金曜日だったこともあり、夜中まで起きていようと意を決していました。


夜、せめて最初にあの音が聞こえてきた3時までは起きていようと思っていたのですが、その時はたちまちやってきました。

ベッドで横になりながらその時を待っていると、1時45分頃でした。あの蹄が地面を力強くける音が聞こえてきたんです。


私は急いで身体を起こし、窓を開けました。

すると、驚くことに馬が4匹、前の道を行ったり来たりを繰り返しながら駆けていたんです。その非日常の光景は圧巻でした。あまりの唐突な出来事でしたので、呆気にとられました。

その間、日ごろあれほど走るトラックはおろか、車一台通りません。


栗毛の馬が二頭と白馬と、まるで闇夜に溶けるかのような漆黒の馬。

煌々とした月光に照り輝く馬体。全身に纏う筋肉の細やかな流れ、動き。どうどうと吹く風を切るようにして駆け抜けるその様は、まるで野原の中にぽつんとこの部屋だけがあって、野生の馬を眺めているような気分でした。


そんな絶景と流れる風に身を預けるように、私はまたうたた寝してしまいました。

ふと目が覚めたときには、いつもの大型車両や普通車が走っているだけでした。


アパートの住人と話をする機会があり、恐る恐るこの話をしたことがあったのですが、さすがに誰もその光景は見ておらず、音も聞こえなかったそうで。


嘘をついていると思われてもいいです。

あの景色を見られたのは何にも代えがたいものですので、私だけが堪能できたという優越感すらありますからね。


気付けば秋も深まったこの季節。

「天高く馬肥ゆる秋」という言葉もありますが、私は日頃の疲れを理由に季節のことなど忘れていました。

澄み渡る星月の空、彼らが私にそれを思い出させてくれたと、今でもそう思っています。

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