静かな部屋

 学校の廊下を歩く。授業が終わり、友達と会うためや帰宅を急ぐ生徒たちの間を進むのは、霞にとって決して楽しい経験ではない。端に寄って邪魔にならないようにしても、必ず誰かがぶつかってくる……


 ……そんなに自分は取るに足らない存在なのだろうか?


 そう感じずにはいられない。せめて写真に写る神社のように確かな存在でありたい。変わらず、尊ばれ、人々が目的と約束をもって訪れるような。


 部室は学校内の普通教室のひとつを、放課後だけ借りて使っている。機材も簡素なものしかなく、専用の部屋が与えられることはなかった。


 霞にとってはそれで十分だった。歩いてすぐの場所にあり、人通りの少ない静かなところにあるからだ。ギシギシと音を立てる硬い扉を押し開けながら中に入る。カバンからカメラを取り出しつつ。


 今日はどうやら他の部員は誰も来ていないらしく、いつもなら誰かしらがいるその空間には静寂が漂い、オレンジ色の夕陽が差し込んでいる。ただ、今日は珍しく部長が来ていた。


 白原しらはらなお。同じ三年生で、この学校で唯一霞が知り合いと呼べる存在だった。友達ではない。街で一緒に過ごしたこともなければ連絡を取り合うこともない。それでも、鋭い目つきが少し怖い直だが、自分には優しい。


 直は机に座り、木製の表面に写真を並べて何やらコラージュのようなものを作っている。鋭い視線を霞に向けると、思わずドキッとしたが、癖のようなものだと分かっている。


 まるで殺人鬼のような目つきが、自分を見つめた瞬間に柔らかくなる。「あ、小笠原さん。」小さな写真をそっと置き、ゆっくりと立ち上がる。その表情には似つかわしくないが確かに感じられる温かさが浮かんでいる。「来たんだね。よかった。お祭りはどうだった?」


「あ、えっと……うん……。」カバンの中を探りながら、持ってきた写真の入った封筒を見つけようとする。「まあまあ……かな。」


「他の子たちは休み時間に撮った写真を渡してくれたから、今日は私たち二人だけみたいだね……もし残るつもりなら、だけど。」直は自分のメガネを直しながら近づいてくる。そして霞の手からカメラをそっと取る。「これ、持っておくね、小笠原ちゃん。」


 自分の手から離れていくカメラと、今なお少し怖い直の目を交互に見る。「あ、うん……」しばらくカバンの中を探して、ようやく小さな白い封筒を取り出す。視線を落としたままそれを直に差し出す。「いつも優しくしてくれて、白原さん……あ、ありがとう……」


 直は封筒を指先で回しながらスムーズにポケットへ収めると、いたずらっぽく微笑みながら前かがみになり、霞のメガネの鼻あて部分をつまんで動かし始める。「メガネ仲間だからだよ、かすみちゃん~」


「な―お!」霞は反射的に後ろへ引きながら、不満げな声を上げる。顔を左右に振ると、顔には小さく微笑みが浮かんでしまう。「いつもからかうのやめてよ、なお……!」顔を逃がそうとするが、直のしつこい手にはかなわない。


 それが、霞が直を特別に感じる理由なのかもしれない。確かに頻繁に話すわけではないけれど、話すたびに直はいつも明るく優しい雰囲気を作ってくれる。いくらからかわれても、それが意地悪や冷ややかさではなく、純粋な親しみからだと分かるから。

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