それで十分
薫は彼女の答えに首を少しかしげ、唇に小さな笑みを浮かべた。「そうだよね…わかるよ。」
霞の指がカメラの上でピクリと動き、唇をきゅっと引き結ぶ。やがて小さな声でつぶやいた。「私…祭りってあまり得意じゃないんです。人が多すぎて…うるさくて。」彼女の視線は人混みへと向かい、笑い声や音楽が静かな岸辺に押し寄せる波のように空へと広がっていた。「でも…」
薫も彼女の視線を追い、首を少しかしげた。「でも…?」
一瞬、二人の間にまた静寂が訪れる。霞はカメラをいじりながら、どこか遠くを見るような目をしていた。「なんでもないです…」最終的にそう言ったが、その声の柔らかさから、薫はそうではないと感じた。
薫は軽く頷き、ポケットに手を突っ込んだ。「わかるよ。」
昔なら答えを聞き出そうとしたかもしれない。でも、今こうして彼女の隣に立っていると、言葉にしなくてもいいことがあると気づいた。その静けさが、言葉よりも大切なものに思えた。
背景には祭りのかすかなざわめきが、活気に満ちた音色となって続いていた。薫は再び彼女に目を向けた。遠くの提灯の明かりに縁取られた彼女のシルエット。大したことではないかもしれない。でも、それだけで十分な気がした。
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