~Chapter Two~
最初のベル
長い休みが終わりに近づき、不安定な天気を避けて家にこもる日々を過ごしていたが、数か月ぶりに聞く早朝のアラーム音で、薫は無理やり目を覚ます。ついに学校初日がやってきた。意外なことに、彼は再び日常のリズムに戻れるのが少し楽しみになっていた。
ひんやりとした空気が、開けた窓から流れ込んでくる。山の向こうから昇る早朝の太陽。これ以上ないくらい爽やかな朝だ。
今日はいつもより少し身だしなみに気を使う必要があると、自分に言い聞かせる。何しろ、まるで再び第一印象を作るようなものだからだ。前日に制服にアイロンをかけ、靴も磨いたのに、今見たらすでにしわと擦れた跡が目立っている…。「ついてないな…」
「坂を登って学校まで行くんだから、先生! 制服が乱れてても仕方ないでしょ…」と、もし叱られたときのための言い訳を考える。
学校が始まることが、なんだか妙に変な感じがした。これまでは、ただ時が過ぎるのを確認するだけの出来事だった。けれど今回は、どこかしら期待感があるような気がしている。あの子も同じ学校だったよな? たぶん、そんなことがこの気持ちの原因だろう。
「いやいや、こんなことじゃただの恋する男子みたいじゃないか。そんなわけないだろ! まったく、変なこと考えてないで早く学校行けよ、薫!」
洗面所で顔に水をかけ、鏡の前で自分の姿を最後に確認する。今日の自分はちゃんとして見えるだろうか。まあ、少なくとも数少ない友人たちと比べれば大丈夫だろう。あいつらはみんな洗濯もろくにできないオタクだしな。うん、大丈夫だ。
だが、どんな日にも必ず嫌なことはあるものだ。おせっかいな教師たちもいるし…何より、何かにつけてちょっかいを出してくるあの女子グループを忘れるわけにはいかない。「うぅ…いつも通り静かにしてれば、きっと絡まれないさ…」
家を出る前に、電気を消し忘れていないか確認し、必要なものが全て揃っているかチェックする。毎日のように掃除する廊下を駆け抜け、同じく掃除している玄関にたどり着く。そのとき、あることを思い出した。
仏壇だ。具体的には、祖母のためのもの。この家は祖母の家でもあり、ちゃんと挨拶をしなければならない。それに、きっとあの世でも彼女は初登校の日を送り出してくれるだろう。
少し廊下を戻り、壁に掛けられた小さな仏壇の前に立つ。木の表面を手で軽く撫でるように拭いながら、「おばあちゃん、今日から学校が始まるよ。ちょっと運を分けてくれないかな? たぶん必要になるからさ。二年生になって、なんだかおばあちゃんと同じくらい年を取った気分だよ。…まあ、それは言いすぎかな。とにかく、遅れるからもう行くね。」
小さな写真に向かって一礼をし、急いで玄関に戻る。黒い学校用の靴を揃えて履き、外で待つ愛用の自転車に乗り込む。
学校への道のりは、これまで何度も通ったいつもの景色。少しの上り坂と古い建物たち、そしてそれぞれの学校に向かう他の生徒たち。
だが、普段なら空っぽの頭でただ一日をぼんやり考えるだけなのに、今日はまたあの子のことを考えてしまう。「もし彼女が同じ道で登校してたら? それって近くに住んでるってことだよな? それなら、やっと話せるかもしれない…」
ペダルを漕ぎながら、顔が少し熱くなるのを感じる。「…なんでだよ…なんで恥ずかしい気持ちになるんだよ…!」
きっと実際に会ったらまた固まってしまうだろう。それなのに、なんでこんなくだらないことを想像してるんだろう。そう考えながら、坂道をさらに力強く漕ぎ進め、頭からその考えを振り払おうとする。
学校の門にたどり着くまでの道のりは、ほとんど覚えていないほどの速さで過ぎ去った。自転車を降りて学校の建物を見上げる。年季の入った建物ではあるが、この町の規模にしてはかなり大きい。他にもいくつか学校があることを考えると、なおさらそう感じる。
息を整え、中庭に足を踏み入れる。昨年と変わらない光景だ。踏み固められた土の地面に、所々に配置されたベンチと木々が、無機質な雰囲気を少しだけ和らげている。
周囲では、生徒たちの話し声が静かに響いている。「久しぶり!」や、他にも賑やかな声が飛び交う中、羨ましさを覚える。自分には、あんなふうに呼びかけてくれる人がいないからだ。
しかし、どうしようもない。友達を作る絶好の機会だった小学校時代に、上手くやれなかったのだから。「まあ、仕方ないか……」
校舎の横手に回り込み、同じ制服を着た生徒たちの流れに紛れながら進む。自転車置き場にはぽつぽつと数台の自転車が停まっており、自分のもそこに加わることになる。
しゃがみ込んで自転車の車輪に鍵をかけようとしていると、背後から大きな足音が聞こえてきた。最初は気にも留めず、ゆっくりと振り返る。
視界に飛び込んできたのは、よく分からない服のぼやけた姿。そして次の瞬間、体ごと地面に押し倒された。自分の足が宙に浮くのを見て、「きゃっ!? な、なんだ!?」と叫ぶ。
呆然としながら地面に仰向けになり、制服が埃まみれになった状態で見上げると、馴染みのある顔が自分に抱きついている。「はぁ!? 涼真、てめぇ何やってんだこのバカ! しかも抱きつくのやめろ!!」
その少年――富永涼真。同じく2年生である彼は、まるで無邪気な表情を浮かべて、自分の「攻撃」が許されるとでも思っているようだ。「えっ? だって薫くん、休み中全然連絡くれなかったじゃん! ソウスケとしかアニメの話できなかったんだぞ! 絶対離れないから!」
「害虫め!」薫は数分間転がりながらもがき、教師に見られたら叱られそうなほど騒ぎながらも、なんとか涼真の手を振りほどく。
すぐに立ち上がり、服の埃を払いながら、ふくれっ面の友達を見下ろす。「なんでそんな挨拶の仕方するんだよ!? これだからソウスケのほうがマシって言われるんだ!」
涼真とのじゃれ合いが通りかかる生徒たちの注目を集め始め、薫は運動と恥ずかしさで赤くなった顔を隠すように急いで鞄を手に取り、涼真を立たせる。「早く起きろ、変な噂立つだろうが…… もし女子が俺たちのBL描き始めたら、お前を消すからな……」
涼真はにやりと笑う。「ぐふふ! 遅いよ、薫ちゃん~。これで薫の孤高の狼キャラがますます輝くね! 邪悪な涼真の襲撃を退けるなんて、超かっこいい! もし僕が友達って思われたら、僕もカッコよく見られるかも!」
薫は大きくため息をつき、こんな奴と関わるんじゃなかったと後悔する。「お前妄想激しすぎるんだよ…… 妄想だ! てかなんで俺の名前に『ちゃんとちゃゃゃん~』つけて、そのふざけた顔してんだ! うわぁ…… それに俺は孤高の狼なんかじゃなくて、選り好みしてるだけだ。」
「選り好みして孤独になってるんでしょ?」
薫がこのしつこいからかいに反論しようとしたその時、他の生徒たちのざわめきを越えて、別の声が聞こえてきた。
「おーい! おいおい…… 俺を仲間外れにするなよ!」 互いに言い争う二人が顔を上げると、汗をかきながら中庭を歩いてくる聡介の姿が見える。
「聡介! 俺をこの悪党から救え!」 薫は涼真のテンションに合わせるように、やや大げさに叫ぶ。
「お前ら、恥ずかしいな、」 聡介創介は頭を振りながらつぶやく。西村聡介も2年生だが、どちらかと言えば大柄な体格をしている。
「よく坂道登って転がり落ちなかったな、聡介くん!」
薫は涼真の頭を叩き、彼から甲高い悲鳴を引き出す。そして自転車をようやく固定し、肩に鞄をかけながら嘆く。「なんで朝っぱらからこんな馬鹿なことに巻き込まれなきゃならないんだ? 聡介、涼真を食べてくれよ!」
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