濡れた空

 一日中、雨は静かに降り続けていた。夏の終わりの温かな雨。窓を叩き、外の街を打つその音は、かすみが食卓に座っている間、耳に心地よく響いていた。


 カーテンの向こうに何があるのかよく見えないけれど、隙間からでも空は曇り、どんよりとしている。また、季節が変わり始めた。いつものように。


 今日の自然の灰色と相まって、壁の感じが一層心地よくない。濡れるだけで意味がないから歩き回っても仕方がない。町のバスに乗って、行くあてもなく街を回るのもいいかもしれない。あるいは、電車で数駅向こうまで行ってみるのも...いや、そんなことをしても変な感じがする。


 今日は、家の中でじっとしているしかない日なのかもしれない。


 それで、ただ無意識にテーブルの上のマグカップに指を滑らせる。中身は何も入っていない。ずっと前に飲み終わったのに、もう一杯入れようとは思わなかった。お茶をもう一杯淹れようかとも思うが、気持ちを整理する間もなく、家のドアが開く音が聞こえてきた。


「かすみ! 洗濯物取り込んだのか? 雨が降ってるぞ。」


 兄の声が家の中に響き渡った。鋭く、責めるような口調。ドアがバタンと閉まり、靴を脱ぎ捨てる音が聞こえる。


「あ、あの...お兄さん、早く帰ってきたんだね...?」


「いや、今日は仕事が休みだった。でも、洗濯物、取り込んだか? 明日使う服が干してあったんだ。」


 また忘れていた。考え事か何かで、うっかりしていた。椅子から飛び立つと、音を立てる。言葉もまともに出ないまま、ただ兄を見つめる。


 彼はうんざりしたように頭をかきながら言う。「本当にかすみ! 一日中家にいて、何してるんだ? ただ一つ、やるべきことがあっただろ? 家の中で俺だけがやることがあるのに、あんたは...ああ、もういい。どっか行け。」


 不公平だ。自分もここに住んでいるのに。ただの一つのことじゃない、彼はいつも自分に過度に期待している。でも、できるのは、うつむいて謝りながら、急いでベランダへと向かうことだけだった。


 ドアを閉め、冷たいガラスに寄りかかる。風が雨の粒を顔に当ててくる。まあ、これだけ風が強ければ、雨が屋根の下まで吹き込むわけだ。服はすっかり濡れている。白い服は湿気で灰色に変わり、重く、乾いていないのは明らかだ。


 スライドドアの外からでも、兄が自分について小言を言っているのが聞こえる。とても痛い。自分の背後でもそんな風に話しているなんて。そんなことが、いつも心に重くのしかかる。自分が兄の悪口で他の人に悪く思われていると知ることが、辛い。


 時々、彼が言っていることが正しいように感じる—自分は役に立たない、迷惑だと。でも、そう感じたくはない。


 洗濯物を取り込んだ後、ベランダから戻ると、兄を避けながら、洗濯物を洗濯室に持って行き、今度は室内に干す。これこそ最初にやるべきことだった。


 でも、この後、兄と一緒に一日を過ごさなければならないと思うと、気持ちが悪くなる。それとも、緊張するのだろうか。自分がわかっているのは、雨に濡れるほうが、あの人と一緒にいるよりましだということだけ。


 最後のハンガーを掛け終わると、そっと兄を避け、玄関へと向かう。コートを取り、そっと羽織ると、できるだけ音を立てずにアパートを出る。どこへ行くつもりなのかは、またしても決まっていない。やはり、行く先など考えていないのだ。


 兄が自分が部屋にいないことを知っているのかさえ、わからない。あるいは、自分が何をしていようと、彼が気にしないのかもしれない。ただ、自分が邪魔にならない限り。


 雨の中を歩くことなんて、彼にとっては何でもないことだろう...


 やがて、服はすっかり濡れて、コートも役に立たなかった。メガネにも水滴がついている。ここでも、建物が風を防いでくれるとはいえ、寒さがしみてくる。


 空の上の雲の渦のような動きで、時間を計るのが難しい。時々、日が差すこともあるが、ほかの時は空は白と灰色に塗られている。


 ある意味、こんな天気は心地よい。暑い夏の後、冬の雪が来るまでの中間のようだ。雨に濡れながら街を歩くことが、これを楽しむ正しい方法だとは思わないけれど...でも、室内にいるからといって、見逃すこともできない。


 ふとしたことで、無意識に歩いていたかすみは、あの風力発電所の横の海岸線にたどり着いた。風車の音が波の音に溶け込んでいく。


 いつも見ていた静かな海ではなく、今日は遠くから吹く風でかき回されている。波が浜の石やテトラポッドにぶつかって、雨粒が砂やコンクリートに落ちる音が響く。


 それは、写真を撮るのに完璧な光景だった。けれど、カメラを持っていなかった。今のこの瞬間は、時間に流されて消えていくだろう。どんなに空がここで自らを描いていたこと、海が浜辺を舐めていたことを覚えていても、忘れればその光景は二度と戻らない。


 それでも、風が音を運び、雨がそれを隠してくれるおかげで、ここには誰もいない。自分が泣いていることに、誰も気づかない。

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