第28話 サオトメクォリティ(真なる強者の場合)
俺と岩田先輩の間に不穏な空気が流れる。俺と綾女を取り囲んでいる岩田先輩以外の生徒も固唾を飲んで見守っている。
ここから先は恐らく一瞬。俺がざらついた覚悟を決めようとした、その時。
「あら、何ですか? 騒々しいですね」
後方、綾女より更に後ろから声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
岩田先輩を視界に保ちつつ、視線をずらす。
そこに堂々と立っていたのは、お嬢だった。
「あら? 騒ぎの中心は相原さんと根本君じゃないですか。どうかしましたか?」
お嬢はわざとか素なのか分からないが、殺伐とした空気に全く臆すことなく声をかけてくる。そのままつかつかと歩みを進め、俺の真横までやってくる。
「お嬢、今、取り込んでるんだけど……」
ギリギリのところで吐き出すように声を絞り出す。しかし、お嬢は気にした様子がない。
「そのようですね。ああ、コチラは柔道部の岩田先輩ですね。お久しぶりです」
お嬢は恭しく岩田先輩に軽く会釈した。どうやら顔見知りのようだ。
しかし、そのお嬢の優雅な振る舞いに対し、岩田先輩は実に気まずそうに、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「弓道部の、早乙女……。久しぶりだな。俺のことを覚えていたのか……」
「ええ。私、男女ともにアプローチされることは多いですけど、そのほとんどは覚えているんですよ? 特に岩田先輩のアプローチはとても情熱的でしたね」
お嬢が「おほほ」と口元を手で隠しながら微笑する。
岩田先輩は益々渋い顔になる。
「違うぞ。俺はアプローチなんざしてねえ。お前は柔道部に勧誘したんだ。早乙女咲良と言えば、この付近じゃちょっと名の通った力自慢だからな。柔道部に欲しい人材だったんだが、結局、弓道部に入ったらしいな」
「ええ。でも一つ訂正を。『力自慢』ではなく『技自慢』です。私、腕力はそれほど強くないんですよ? 一手、試してみますか?」
お嬢は柔らかく、優雅な口調だが、その言葉に少し棘があった。まるで、岩田先輩を挑発するような口調だった。
「ちょ、お、お嬢!」
俺の後ろから綾女がひょっこりと顔を出し、お嬢を窘める。お嬢は柔らかな微笑をたたえたまま俺と綾女に視線を移す。
「大丈夫ですよ。相原さんと根本君。ええ、ええ。私は落ち着いています。ただ――」
しかし、お嬢の目は笑っていない。
「私の御学友に突っかかってくるような野良犬に、容赦はしません。ただ、それだけです」
お嬢は完全にヤル気だった。この場で、最も冷静かつ優美かと思いきや、最も苛烈な考えをしているのがお嬢だった。
俺は慌ててお嬢と岩田先輩の間に割って入る。
「タイム! お嬢、クールに行こう。ほら。俺も綾女も何もされてない。無事だ。だから、ここは穏便に――」
「根本君。それは負け犬の考え方です。ダメですよ。私のポリシーの一つに反します。『狼は生きろ。豚は死ね』です。あら? ちょっと違うかしら? うふふ……」
ダメだ。俺じゃ止めれねえ。
身体を反転させる。俺より数十センチメートル大きい岩田先輩を見上げる。
「い、岩田先輩も。こんな些末ごとでケガをしても、させても、損ですよ。大会とか受験とか、もっと大事なものがあるじゃないですか」
争うべき双方がいるのなら、その片方でも戦意を削げばいい。お嬢が無理なら、岩田先輩だ。
しかし、岩田先輩もテンションが上がっている。
「お前の言うことは正しいかもしれん。だが、その理屈で言えば、ここで逃げるほうが、よっぽど俺のメンツが潰されちまう。売られた喧嘩を買わなければ、俺が俺を許せないね」
岩田先輩は両手で道着の襟を正す。こっちもすっかりヤル気だ。
一触即発の空気が広がる。お嬢と岩田先輩の視線が交錯する。間に割って入った俺にも緊張が伝わり、俺はそっと二人の間から後退する。
「もう! 太一!」
しかし、そんな俺の弱気を叱責したのは綾女だった。
そのまま綾女はお嬢の後ろに回り込み、お嬢を抱き留める。
「お嬢。ダメだからね。喧嘩はダメー」
綾女に抱きつかれ、お嬢はふらりと一歩後ろに下がる。
お嬢は困ったように、柔らかい視線を綾女に向けた。
「……はあ。分かりました。相原さんがそう言うのなら、ここは収めましょう」
お嬢はストンと腕を体側に沿わせ、脱力する。そのお嬢を見て、岩田先輩もファイティングポーズを解いた。
「シラケたな。今日はここまでだ」
岩田先輩はまるで強キャラのように捨て台詞を吐いて、その場を後にした。俺と綾女を囲んでいた他の生徒も、岩田先輩を追うように散った。
教室の扉の横に、俺と綾女、お嬢が残される。
「ほら、いつまで抱きついているんだ? もういいぞ、綾女」
綾女はお嬢に抱きついていた両手を解き、「あははー」と笑って誤魔化した。
その綾女の様子に、お嬢も笑みをこぼす。
「ふふふ。私はずっと抱っこされてもよかったんですよ?」
お嬢はいつものお嬢らしく余裕が見れた。
まあ、色々ごたごたはあったものの、とりあえずは穏便に済んでよかった。
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