3 ミラ

 わたしは目をこすり、体を伸ばした。時計を見ると、もう昼過ぎだった。図書館には数人しかいない。みんな食堂に行ったのだろう。

 あと少し、ここを読み切ったら食堂に行こう。

 わたしは読んでいた本に再び視線を落とした。


「なに読んでんだ?」

 わたしははっとして顔を上げた。前を見ても誰もいなかった。振り返っても誰もいない。


「もう、もっと声を小さく」

「わりい。昼飯食い行こうぜ」

「そうね。行きましょう」

 声は隣の机からだった。

 二人の男女が並んで図書館を出て行く。わたしはその光景から目が話せなかった。


 二人の姿が、扉の奥に消えた後、わたしは静かに本を閉じた。


 涙が頬を伝っている。


『今度は何読んでるんだ?』


 もうわたしの横には、一緒に本の話をしてくれる人はいない。

 わたしの植物の話に飽きもせずに付き合ってくれたり、どうでも良いことに関して互いの持論を語り合ったり、つまらなかった本の批判をし合ったり……。


 もう、ここにはいない。


 私は図書館を後に、自室へ走った。

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