悪魔の種

光星風条

プロローグ

 頭が痛い。

 耳鳴りがする。

 何の臭いだ。土臭くて……、血か? 

 地響きがする。怒声も。

 目がぼやける。一面が緑だ。草原かな。でも、何か立ってる。木? でもウネウネト動いてる。いや、ただ風に揺られているだけかもしれない。


 どうしよう。なんだか、頭がふわふわして何も思いつかない。もしかして、死んだのかな。


「シャル! おい、シャル! 起きろ」


 その男の声が矢のように耳から入り込み、頭の靄を晴らす。


 どうやら自分は横たわっているらしい。

 そして、すぐに思い出した。


 自分が今、戦場にいることを──。


 耳鳴りが抜けていくように治まり、僕はすぐに上体を起こした。


「──え⁉」


 目の前には巨大な穴が開いていた。奥は真っ暗で何も見えず、手前側には深緑の地面と真っ赤な細切れになった何かが転がっている。そして、その穴の縁に沿って、灰色のギザギザとした棘が並び、その間には赤黒いものが挟まり、紫色の液体が棘を伝って流れ落ちた。その雫は風に吹かれて、内部の何かの破片に触れ、ジュッと焼けるような音を立てた。と、同時に鼻を麻痺させるような腐臭が押し寄せてくる。


 頭は瞬時に理解していた。しかし、体はまったく動かなかった。


 ああ、僕も死ぬのか……。

 あんなに訓練したのに、やっぱり僕は肝心な時に動けない……。

 ごめん父さん。みんな……。


 僕は穴の奥を見つめる。底深い闇が大きくなって、僕をのみ込んでいく。しかし、穴は途中で止まると、ぐるりと回転して落ちた。そして、視界が開ける。


 赤や緑、紫の噴煙が立ち上る平原に、一人の男が立っていた。男は銀白色の鎧を身にまとい、剣を片手に下げて持っていた。剣からは暗緑色の液体が流れ落ちている。そして、その男は僕の足元に転がった怪物を見下ろした。男の真っ黒の瞳は、僕がさっき見ていた怪物の口内よりも、どこまでも深く、暗い、闇だった。

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