第14話 シュワルツ・ファイル
ギィーコ、ギィーコ、ガチャンッ
「あちゃー、また外れましたぁ」
シュワルツが跨る自転車のチェーンが外れた、本日三回目だ。
その度に手を黒くしながら入れ直すが調整一杯に伸ばしてあるため、チェーン自体を詰めなければ根本的な解決はしそうにない。
自転車のフレームには釣り竿のようにクルツ銃が括りつけてある、荷台には銃弾をつめた箱が乗っていた。
血糊と足跡を追って牧場の小屋を見つけた、潜伏の跡が残されていた。
アラタらしくない、まるで見つけてくれと言わんばかりだ。
「ひょっとすると期待されていますかねぇ」
シュワルツは室内に残るベッドの血と小屋裏に誰かを埋葬した痕跡を見つけて手を合わせた。
誰が亡くなったのかまでは分からない、ただアラタでないのだけは確かだ。
小屋裏からはサイドカーのタイヤ痕がサガル神山に向けて伸びている。
これは確実に後を追って来いと誘われている。
「誘導されているようでちょっと癪ですねぇ」
シュワルツとアラタは特別仲が良かったわけではない、シュワルツは人と群れるどころか友人という概念を持っていない、一人でいることに何の苦痛も感じないからだ。
アラタはシュワルツにとって特に興味をそそる人間ではなかった、アラタは正常な思考と常識、道徳を持ち合わせた人間、変人ではなかった。
それ故、シュワルツにとって分かりやすい人間、興味を引かれることはない。
そんな常識人のアラタが今回に限り非常識この上ない行動、理由は理解出来る、しかし何がトリガーになったのか、そしてどこへ向かおうとしているのか。
「是非とも聞いてみたいですねぇ、きっと僕の知らないことを知っているのでしょうねぇ、ええ、気になりますねぇ」
「気になることがもう一つ、付近の家畜魔獣だけでなく野生鳥獣まで消えていることですねぇ」
「戦争の騒音でこんなにも消えるものでしょうか、なにか理由があるはずです、興味をそそられますねぇ」
シュワルツの頭の中には気になる案件のファイルが積み重なる、完結するまで探求は続く、頭の中のファイルラックはまだまだ隙間がある。
隙間が埋まるまで欲求はつきないのだ。
ブロロロオオオッ
牧場の南側の道をトラックが荷台に人族の兵士を乗せてサガル神山方面に北上していく。 「あれは・・・?」
運転を部下に任せて助手席にいるのは狙撃手ユルゲン少尉。
「俺は狩り損ねた獲物は逃がさない」
「元仲間、こちらの手の内をしっているアラタとの死戦、ヒリヒリするぜ」
ハンドルを握るのはユルゲンに次ぐ狙撃隊ナンバー2のリベラ。
「俺たちはハンターだ、動かない家畜同然の魔族などいくら狩っても高揚しない、沸き立つものが無い、俺たちが望む戦いはアドレナリンが出まくる死合いだ」
「そのとおりだな、アラタは理想的な獲物だ」
狙撃隊に属していたアラタの戦果は下の下だ。
アラタは意識的に外している、リベラはそう思っていた。
とくに民間人や子供は足下を撃ち、逃げ道へ誘導している。
殺さないスナイパー、それは兵士ではない。
(とんだ甘ちゃん野郎だ!)
ひとつの事実にリベラは気づいていた、自分以上の正確さと、速さ。
真似できない、ついて行けない。
淡々と射撃を繰り返すその動作には寸分の隙が無く洗練されていた。
その動きに魅了されている自分に気づいた。
許せなかった。
(殺せないスナイパーに俺が負けるだと!?)
間違いだ!間違いは正さなければならない。
緩い大地をトラックはゆっくりと進む。
ユルゲンとリベラは転移してから、その指で数千の命を奪ってきた、その感覚は既に麻痺して新たな刺激を渇望する。
麻薬がごとき殺人中毒者。
「奴はあの樹海の中だ、必ずいる」
ユルゲンの感、獲物を追うハンターの嗅覚はシュワルツの推理を凌駕していた。
「チッ、これは先を越されてしまいそうです」
シュワルツは覗いていた双眼鏡を外すと、珍しく舌打ちをする。
「おっと、僕としたことがはしたない」
双眼鏡をバッグにしまうと自転車に向かって走り出す。
サイドカーの轍を追ってサガル神山を目指してペダルを踏む。
「寄り道している暇はなさそうです」
シュワルツは頭の中のファイルラックにアラタのファイルだけを残し、あとはしまい込むことを決めた。
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