第8話 サイドカー
バタタンッ、バタタタタッ
機械音の正体、丸い車輪が三つ付いた機械の馬、
BMW R75 サイドカー付きのオートバイだ。
「これは、いったい! なっ、なんなのですかぁ!」
バァッオォォッン
「ぎゃぁうっ、お尻いたーい!!」
未舗装道の凸凹が車体を突き上げる。
アラタは揺れるにかまわずアクセルを開ける。
「どうだ、オートバイというものだ、まだまだスピードでるぞ」
ドタタタタッ ガッツッ
「アウーッ、ムトゥス様を落としちゃう!もっとゆっくり」
「おっと、すまん、調子に乗りすぎたな」
悲しい別離のまま旅立てば、マリッサの心は破滅に支配されてしまう、少しでもその事実を忘れさせる必要がある。
「魔城から脱出するときにユルゲン用の車両を盗んでやったのさ、ざまあみろだ」
アラタは少し無理な演技でアウトローを気取った。
「これなら馬の方が良かったわよ!」
「だめだ、俺は馬に乗ったことはない」
「こんなに揺れないわよ!」
「俺はこっちの方がいい、水平対向エンジンの鼓動が魂を揺さぶるぜ」
生涯で口にしたことのないセリフだが様になっているように思う。
また、アクセルを開ける。
「何訳の分からない事言っているよ、スピード落とせよ、バカァ!」
「このロマンが女には分からないかなぁ」
「わかんないよっ!!」
少しだけマリッサに笑顔が戻った。
アラタが操るBMW R75は草原を疾走してサガル神山に向かった。
「ヴォルフ大佐、アラタさんが逃走したのは本当ですか?」
「シュワルツ少尉、彼を敵前逃亡と敵
「アラタさんと魔王たちは一緒にいると言うことですか」
「不明だ」
「アラタさんが裏切った原因に心当たりがおありですか」
「私には分からん」
大佐は書類に目を落としたままだ。
「おや、そうですか、ご存じだと思っていました」
「どういう意味だ」
眼光鋭い上目遣い、若者ならこれだけで気圧されそうな迫力。
室内の温度が変わり、同室している副長たちが緊張する。
「おっと、失礼、軽口でしたねぇ」
シュワルツはスルリと怒気を受け流してしまう。
「捜索は可能ですが、アラタさんが本気で向かってきたら、この世界に一対一で彼を拘束出来る人間がいるとは思えませんねぇ」
「一人でやれとは言っていない、何人か連れて行け」
「いえ、結構です、見つけたら連絡しますから」
シュワルツ少尉は踵を返して本部長室を出て行った。
「まったく、変人が!」
大佐は異世界産の葉巻に火を付け、二階の部屋から自転車に跨って本部敷地を出ていくシュワンツ少尉の姿を追った。
大柄な兵士が多い山岳猟兵団の中では小柄な男だったが、徴兵される前の職業が警察官、そのしつこさは折り紙付きだ。
ヴォルフ大佐は魔王などどうでも良かった、魔族の領地から赤と青の琥珀石の
採掘場所は現地人が神の山と
どうどうと採掘すれば火薬としての価値や利用方法を知られる、やがては銃を持つことのチートがなくなってしまう。
そのための戦争だった、都合よく人族と魔族はお互いに小競り合いを長年続けていたのを利用させてもらった。
「副長、捕虜の中から魔王と人代が似たものを吊るして晒せ」
「魔城への本部移転準備の方はどうだ、報告してくれ」
ヴォルフ大佐のデスクの周りは参謀たちで埋まり、アラタ逃亡の件は重要性を失っていった。
魔属領の街中から外れた畑に、人族が大きな穴を掘っている、虐殺した魔族を埋葬するためだ。
掘り終わるのを待つことなく遺体が投げ込まれて埋まっていく。
その作業を行っているのは全て現地の人族だった。
手掘りで掘削作業を行っている者たちの腰には袋がぶらさがっている、出土する赤石をつめるためだ。
「何だって異世界人は赤石なんて欲しがるんだ」
「ストーブとかいう暖房器具の燃料にするんだそうだ」
「へぇー、暖房なんて必要かな、高地にでも行かなけりゃ一年中寒い季節なんてないだろ」
「寒がりなんじゃないか」
「なんにせよ、この袋一杯の赤石で魔属領にある庭付き一戸建てが貰えるっていうんだ、夢のマイホームがだぞ」
「美味しすぎる話だ、その後の税を差し引いてもお釣りがくるぜ」
掘削は掘る係と運搬する係、五人一組で行われる、報酬は五等分だ。
同様に死体の片付けにも報奨金が掛けられると儲け話を聞きつけた人族が大量に押しかけ、人族は争って死体を探し回り金に換えていく。
虐殺の限りを尽くした街と魔城から魔族の痕跡は消されていった。
半年も過ぎれば街は平穏を取り戻してしまう、変わったのは行き来する人型の色が緑から白になったことくらいだろう。
しかし、以前のような清潔さは戻らない、利益を優先する人族の街はゴミが散乱し、荷を引く動物の糞で汚れている。
綺麗に咲いてた花壇は踏み潰され、種は発芽の時を先延ばしにすることを決めた。
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