第7話 天空の破片

 「彼も元の世界で兵隊でした、回天という水の中を進む船に乗っていた時に、嵐に遭遇して気がついたらこちらの世界にいたそうです」

 「回天だと!知っている、とち狂った日本軍の特攻兵器のことだ」

 「特攻とは何だ?」

 マリッサがイーヴァンから目をそらさずに聞いた。

 「自爆兵器だ、爆弾を抱えたまま敵に体当たりをするんだ」

 「えっ、でもそれじゃ乗っている兵士は・・・」

 「そうさ、死ぬことを前提にして出撃するそうだ、馬鹿げた話だ」

 イーヴァンが可笑しそうに目を細める。

 「あの人もそう言っていました、まるで他人事のように、死ぬのは自分なのに」

 「日本人というのは独特な人たちなのさ」

 「あの人と暮らした二年間は私にとって宝物です、魔族も人族も関係なく彼は私を愛してくれました、疑いようもありません」

 「彼のお陰なのです、彼が命を使わなければ、ムトゥスは生きて今ここにいません」

 「それは何のことですか、イーヴァン様?」

 マリッサにも心当たりはないらしい。


 「冥界の神殿の奥にシンの武器があります・・・どうかムトゥスを頼みます」

 「まて、お前は必ず迷宮まで連れて行く、爺さんと約束した」

 「そうです、一緒に、みんなで一緒に・・・」

 「私はもう・・・不出来な魔王でした、向こうにいったら謝る相手が多くて大変そう・・・シンにもきっと叱られる」

 「そんな、だれもイーヴァン様を悪くは思いません」

 「冥界の迷宮にはムトゥスを狙う魔獣がいるかも知れません・・異世界の武器を使うあなたなら、二人を守って天界の迷宮までいけるはず・・・」

 「どうか・・・」

 「えっ!?」

 呼吸が浅く早い。

 「イーヴァン様!イーヴァン様ぁ!!」

 イーヴァンは目を閉じるとそれきり話すことはなかった。


 明け切らぬ早朝にムトゥスが激しく泣きだした声でアラタはうたた寝から現実に引き戻される。

 ベッドには昨夜と変わらない姿のイーヴァンがいた。

 その顔はまるで夢見る少女のように美しい。


 「今、亡くなったわ」

 「そうか・・・」

 胸の上で両手を上下に合わせている。

 「ありがとう、あなたのお陰でイーヴァン様は苦しまずに逝けた」

 「・・・」

 「アラタというのね、名前」

 「ああ、アラタ・シュミンケだ」

 「私はマリッサ・・・ただのマリッサよ」

 少し様子がおかしい、目が泳いで指先の震えが大きい。

  ハーハーと呼吸が荒くなってくる。

 「おい、どうした?」

 「だっ、大丈夫・・・ヒッ、ヒッ、ヒイィィィー」

 引き攣った呼吸音を最後に白目を向いて昏倒してしまう。

 「!!」

 過呼吸だ、不安や恐怖が大きすぎた時、若い女性に起こりやすい発作のひとつ。

 アラタはマリッサの身体を抱えて深呼吸を促す、手を握り安心出来るように背中を摩る。

 「ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐くんだ、大丈夫怖がるな、俺が付いている」

 震える手がアラタの手を痛いほどに締め付ける。

 よく見ればマリッサは二十歳そこそこだろう、多くの惨劇と別れを経験し今最愛の主人を看取った、その心情は察するに余りある。

 その心は壊れる寸前、アラタは父親が子供を抱くようにマリッサを包んで落ち着くのを待った。

 少しづつ呼吸は正常に戻り、極度の緊張と疲労から意識を失うようにアラタの腕の中で寝息を立てた。

 

 小さな猫のように丸まって眠るマリッサをベットに寝かせるとアラタはスコップを手に穴を掘る、イーヴァンの遺体はこのままには出来ない。

 獣に掘り返されないように深く掘る、王の墓所にはふさわしくはないが仕方がない。


 掘り終わったところにマリッサがやってきた、鼻と目が赤い。

 「ありがとう、アラタ」

 「いいんだ、まだ寝てろ」

 「イーヴァン様のところにいてもいい?」

 「ああ、それがいい」

 牧場の柵を壊して穴の床と壁に打ち付け、小屋の中にあった寝具を床に敷く、棺桶を用意出来ない代わりにする。


 小屋に戻るとマリッサがムトゥスを抱いてあやしていた。

 あんなに大声で泣いていたのが嘘のように眠っていた。

 「あやすのが上手いな」

 「いつもリーナ姉さんと抱いていたから」

 「姉さんがいるのか」

 「墓所で最初に撃たれたのがリーナ姉さん」

 「悪いことを聞いた」

 「いいの、私がみんなの分まで頑張る・・・」

 几帳面で真面目すぎる人間は自分で自分を殺してしまう、この娘はまだ危険領域にいる。

 

 「何か形見はあるか」

 「あれを・・・」

 マリッサが指したのはイーヴァンの首に光るネックレス、青く光る真珠の琥珀石が連なっている。

 「天空の破片、魔王の証」

 「いつかムトゥスが大きくなった時に渡してあげたい」

 イーヴァンの首からそっと外す。


 「爺さん、約束を守れなかった、お前の主人がそっちに逝った、許してくれ」

 「日本では両手の平を合わせて祈るのだそうだ、母がやっていた」 

 埋葬した土の上に目印となるように花の種を蒔いていく、何の花かは知れない。


 「後で必ず、魔王にふさわしい立派な墓石を建てます、それまで少しお待ちください」

 「そっちでシンに会えたら、よろしく言ってくれ」


 昼を待たずにアラタとマリッサはムトゥスを連れて冥界神殿に向けて出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る