第9話 貧国の野望

 ローマン帝国は魔族国に隣接し、長らく領土問題で争ってきた。

 紛争の原因は領土内にあるラライ山脈ガザル神山から湧き出る水と日照問題。

 南向きの斜面を有する魔族国は、豊富な水と日の光が満ち、作物が良く育ち豊だった。

 反してガザル神山の北側に位置する人族の国ローマン帝国は、標高一万メートルを誇る威容の日陰に隠れて十分な日照を得られずに岩と灌木に覆われた貧しい国となっていた。


 貧しかったローマン帝国に異世界人転移の知らせが届いたのは二年前。

 当初転移した場所が魔族国内であったため敵性転移者かと思われていたが、人族であり魔獣を魔法で殺している報を受け、急いで特使を派遣して国交を結んだ。


 日陰となっているローマン王城の間は日中でも、灯のための火を絶やさずにいる。

 王の間にも赤石の炎が幾つも灯され、ひときわ小さな体躯のバルドー王の影を伸ばしていた。

 背が低い事がコンプレックスのバルドー王は厚底靴を履き体裁を保とうとするが厚すぎる靴は違和感が半端ない。

 (竹馬王)が国民が国王を揶揄する隠語となっていた。

 もちろん、聞こえたら晒し首となる。

 

 

 「二年とは早かったな」

 「はい王様、やはり異世界人の武力は凄まじいものがあります」

 棒のように細く、口髭を伸ばしている男が宰相ママルだ。

 「でも、よろしいのですか、魔国をそっくりくれてやるようなものです」

 「かまわん、百人そこそこで国を治めることなど出来はしない」

 「官庁役人にしろ、何かの事業を始めるにしろ人族は必要だ、我が国民を高給で雇用せざるを得ない、税は間接的に我が国にも落ちる」

 

 目立った産業の無いローマン王国の民は一様に貧しい、隣国の豊かさが妬ましかった。

 魔族国には肥沃な土地だけではなく、内陸には川と湖、そして南は海に面して漁業も出来る、港を整備すれば開運も可能だ。

 

 「異世界人の勇者など、所詮は一過性の輩、全員が寿命で死ぬのも三十年とかからんだろう、我らの次の代には、あの土地と武器、知識と技術も全て飲み込んで我らのものとするのだ」

 ローマン国王は不敵に笑う、その瞳には繁栄した将来の帝国の姿があった。

 「投資は長い目で、ということでね、さすがはバルドー王、我が国の歴史に永遠に刻まれる事でしょう」 

 「とはいえ、これ以上の財政支出は、さすがに痛い!これから勇者様方には技術移転も加速してもらわねばならん」

 「とりあえずは農業と畜産分野、後は医療だな」

 「我が国で事業のリーダーシップをとり、そこに異世界勇者を招いて教練して頂くのだ」

 

 大扉の脇の通用口が開き、馴れた様子で秘書官が出てくる。

 「バルドー王、大法務官がしらっしゃいました」

 「うむ、通せ」


 大扉が護衛兵士二人により仰々しく開かれると、王様に負けない金ぴか衣装の禿げた恰幅のいい男が入ってくる。

 両手の半分の指に宝石の指輪、ピアスの宝石も耳たぶを千切らんばかりの大きさがある。

 極めつけはアイシャドーと口紅まで引いていた。

 「ご機嫌麗しゅうございます、王様」

 「大法務官ヨーマ、待っていたぞ、リストは出来上がったか」

 「これにお持ちいたしました」

 封に綴じられた紙は、名簿だ。

 名簿にはローマン王国領内の下級貴族の婚期を迎えた娘たちの名前とプロフィールが記されている。

 封を解きバルドー王は数枚喚くると大きく頷いた。

 「領内の跡継ぎ貴族から不平が出ると思うか」

 「多少は止むを得んでしょう、それに領地が増えれば新たな貴族も増やさなければなりません」

 「転移勇者の中には比較的高齢の方もおるようだ、できれば後家も探しておいた方がよいかもしれん」

 

 王家主催の祝勝会に抱き合わせた婚活パーティー、勇者に領内の女と婚姻を結ばせ縛ってしまう考えだ。

 「結婚して子を授かれば我が国に逆らうことも、他国へ流失することも防げるというもの」

 「いずれは爵位を与えれば、名目ともに王の家臣となりましょう」

 「ふっふふ、さすがは恋多き大法務官、むさくるしい男では到底考えつかぬ策略」

 「お褒め頂き感激ですわ、王様」

 太い腹を捩じって品を作ると、王に向かってウィンクを送る。

 「おうおう、相変わらず憂い男じゃのう」

 意外にも王は満更でもないようだ、宰相はドン引きしている。

 「それでは来月の祝勝会の段取と仕切り、大法務官ヨーマ殿にお願いする」

 「喜んで拝命いたしますわ、王様、ハートッ」


 二メートルはあるだろう巨大なヒップを揺らしてヨーマは王の間を出ていった。

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