第4話 狙撃

 「!?」

 思わず引き金に掛けた指を戻した。

 少し離れた塔の裏扉が、中から押し開けられた。

 周りを窺うように赤毛の頭が出てくる。

 「魔王様、大丈夫です」

 女兵士が扉の隙間から這い出て、墓石の中に手を伸ばした。

 アラタは直ぐ横にいたが、気が付かれなかった。

 ゴソゴソと数人が這い出てくる。

 「魔王というのは女だったのか……」

 全員が出てくるのを、興味なさそうに横目で追った。

 「あっ!!」

 女兵士の一人がアラタに気づいて声を上げた。

 「しまった!!転移勇者がいるぞ!!」

 女兵士と黒燕尾服の初老の男が魔王と呼ばれた女の前に出て剣を向けてくる。

 「……」

 相変わらずアラタは煙草を咥えたまま、横目で見ていた。

 「神の導きってやつかな」

 このまま切られて死ぬのも悪くない。

 隙間から魔王が抱いている子供が見えた。

 「お前の子か?」

 「!?」

 「抱いている子供はお前の子か?」

 「だとしたら何だというのか、この悪魔め!」

 「そうか……」


 バシュ 女兵士の一人が突然、胸から血を噴き出して倒れた。

 「リーナ!!」

 初老の男が抱き起そうと屈んだところへ二撃目が頭に着弾する。

 「ひああっ」

 ボディショットからヘッドショットで確実に殺すのは狙撃隊長のユルゲン少尉だ。

 冷酷非情の師団最強の凄腕狙撃手。

 「狙撃だ!!塔の後ろへ回れ!」

 「!!」

 敵であるはずのアラタの言葉に全員が戸惑った。

 バシュッ 初老の男の胸に穴が開いた、次弾が頭に来る。

 「あがっ!?」

 「ちっ!」

 アラタは走り出していた、初老の男を抱えて魔王と女兵士へ再び叫ぶ。

 「急げ、向側から撃たれているぞ!塔の後ろは死角になる」

 意図を察した女兵士が魔王を庇いながら、ようやく動いた。

 三人を遮蔽物となる塔の裏側へ隠す。

 「貴様!なんのつもりだ!!」

 女兵士がナイフをアラタに向けた、その顔は憤怒の形相。

 「やめなさいマリッサ、どんな事情かは分かりませんが、助けてくれたのはこの方です」

 魔王と呼ばれた女は、薄く明るい緑の肌、赤い髪に羊の角がある。

 「刺してくれても構わん、どうせ死のうと思っていたところだ、手間が省ける」

 「何勝手なことを言っている、さんざん殺しておいて!!」

 マリッサと呼ばれた女兵士の肌の色は茶に近い褐色、やはり髪は赤く角はない。

 「まっ、魔王様……ご無事ですか……」

 胸を打たれた黒燕尾服の男が弱々しい声を出した。

 「爺、マイン爺、しっかりして」

 初老の男の胸には赤い染みが広がっている、致命傷なのは明らかだ。

 「どうやら私は……ここまで……どうかお逃げください」

 「爺、あなたまで……逝かないで」

 魔王は若い娘のように、初老の男の胸に縋った。

 「マリッサ、そこにいるか」

 「はい、ここに居ります、マイン様!」

 「姫とお嬢様を頼む……サガル神山の麓に冥界への入口がある、そこから天空の迷宮に向かえ」

 「私では……冥界を抜けるなど無理です」

 ゴフッ 初老の男が大量に血を吐く、銃弾が肺を傷つけている。

 「マイン様!!」

 「異界の武人よ、頼む、後生だ、お姫とお嬢様を助けてやってくれ、頼む」

 三人の視線がアラタに向けられた。

 「……分った、引き受けよう」

 返答は届いただろうか、既にマインの目は光を失っていた。

 「マイン様……」

 魔王と女兵士は下を向いて嗚咽を漏らした。

 「マリッサといったか、聞け」

 「なんだ!?」

 「俺が囮になって右側へ走る、お前は彼女たちを連れて左の林の中まで行くんだ」

 「貴様の言うことなど信じられるか!」

 「当然だ、でもやるしかない、このままここにいても歩兵隊がくる!この短機関銃が集まってくる、そうなれば助かる方法はないぞ」

 「くっ」

 睨んでも返す言葉は出てこない。

 「失礼する」

 マインから黒燕尾服を借りて羽織る。

 「信じても良いのですか?」

 魔王イーヴァンの瞳は涙で濡れていた、アンナの顔と重なる。

 「爺さんと約束した、それに子供を殺すのは許せない」

 マリッサの顔が厳しくなる。


 バッキィイッ 墓石が削られる、歩兵隊が近くまで迫っている、ユルゲンの威嚇だ。

 石から僅かに顔を出して見ると建物の向こうに人影が見えた。

 「時間がない、やるぞ!」

 「あなたはこの後どうするのですか?」

 「敵前逃亡に敵ほう助の裏切り行為だ、縛り首か銃殺だな」

 「私たちは、あの山の麓にある冥界の入口、冥界神殿に向かいます、逃げられたなら、そこにおいでください」

 「いけません、魔王様!異界の人間に行く先を教えるなど」

 「ああ、こいつの言う通りだぜ、俺が捕まれば拷問されて、あんたらの事を吐いてしまうかもしれない、重要な事は胸にしまっておきな」

 

 「いいか、俺が先に飛び出す、弾が飛んで来たら走り出せ、ボルトアクションのクルツ銃は装填に時間がかかる、そこがチャンスだ」

 「わ、わかった」

 「良し、サン、ニ、イチ!」

 燕尾服を羽織ったアラタは右側の墓石群に向かって走り出す。

 バアッキィィッ 直ぐに銃弾がくる。

 「今だ!走れ!!」

 マリッサを先頭にイーヴァンたちが走り出す。


 パパパパッンッ MP40短機関銃の発射音、歩兵が来た。

 アラタは振り向くと、歩兵の前に短機関銃を打ち込む、地面が土煙を上げる。

 歩兵隊は自分達が銃で狙われたことに驚き、身を屈めて物陰に伏せた。

 「時間稼ぎにはなるな」

 ジグザグに墓石を遮蔽物にしながら走る、魔王たちが森の中に消えるのが見えた。

 バッキュッュゥゥッ 狙撃銃の音が響く。

 「!」

 「俺を狙っていない!?」

 林の中に撃ち込まれた、偽装を気づかれた。

 「スコープの狭い視界の中で良く見えるものだ」

 ユルゲン少尉はやはり油断出来ない、あの無機質な細い目がアラタは嫌いだった。

 命令であれば、対象が何であれ引き金を引くことを躊躇しない奴だ。

 「まさか……当たってはいないよな」

 

 身を伏せていた歩兵たちが動き出したところに残った弾をまき散らす。

 これで残るはワルサーPPKのみ、マガジンは二つ、計十八発。


 「約束だ、行けるところまで行きましょうか」

 

 アラタは黒燕尾服を脱ぎ捨て、林を迂回するように走り出した。

 

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