第5話 お前は誰だ

 ユルゲン少尉の狙撃銃がアラタを再び襲うことはなかった、射程外となったのか、少尉が移動したのかは不明だ。

 歩兵隊に短機関銃で威嚇射撃、魔王たちを意図的に逃がしたのは本体にバレているだろう。

 アラタは墓石群を抜けると魔王たちとは反対側の林の中に身を潜めていた。

 「みょうなことになっちまった」

 拳銃自殺する寸前で、仲間を裏切り魔王たちを逃がした。

 子供を抱く魔王イーヴァンの姿が、妻アンナの姿に重なった。

 アンナはもういない、転移前に空襲で死んだ、葬儀にも行けなかった。

 狂った政権の暴走の巻き添えになるのは市民だ、兵士が死ぬのは仕方がない。

 しかし、銃を持たない女、子供に爆弾の雨を降らせるのはどういうことだ、人間のすることなのか。

 何が人の命をそんなに軽くするのか、それは人が人ではなくなっているからだと思っていた。

 自分は違う、人の心を失うことはない、誇りをもって戦い、そして人として死ぬ。

 そう思っていた。


 しかし、転移した世界で我々がしたことは悪魔の侵略、人のすることではなかった。

 いつの間にか悪魔になっていた。


 「追撃者がくる、警察ならシュワルツ少尉か」

 中隊に一人だけいる内務調査官、ヘルマン・シュワルツ少尉。

 掴みどころのない変人、その捜査能力は確かだ、追われたら逃げ切れない。

 もっとも、シュワルツ少尉一人だけなら射撃も武道も最低レベルなのでどうとでも出来そうだが一人で来るはずはない。

 (あなた、中途半端はだめよっ)

 底抜けに明るくて、快活だったアンナならこう言うだろう。

 彼女の笑顔が眩しく心に焼き付いている、彼女に対して恥ずかしい死に方は出来ない。

 「君が諭してくれたのか」

 (そうよ、自殺なんて許さないんだから)

 「俺かそっちに行くのはまだ早いんだな」

 (あの人たちを助けてあげて)

 「そうしたら、会ってくれるか」

 (そうねぇ、ちょっとは考えてもいいわ)

 彼女なら肩をすくめて笑うだろう。

 

 手の中で鈍く光るワルサーPPKを見つめる。

 「どこまで出来るか分からんが、やってみるか」

 アラタは腰を上げて威容を誇るサガル神山に向けて歩きだした。


 第25山岳猟兵師団、Me232ギガント輸送機ごと異世界に転移して二年が経過した。

 その間に人族の国、ローマン帝国と手を結び隣国である魔族国に戦争を仕掛け、近代武器を持って中世の鎧武者か、それ以下の原始人レベルの魔人を殲滅した。

 当然この戦争には資源確保の狙いがある。


 「赤い琥珀石、主に魔属領で産出される石、無煙火薬以上の爆発力を持っている」

 

 Me232は巨大すぎて移動させることは出来ない、転移した状況のまま、草原の中に壁を築き、仮の隊本部として使用していた。

 機体の周囲には木造の宿舎を建築し、沢水を引いて煮炊きもしている。

 これらの物資や作業はローマン帝国に支援させたものだ、そのかわり帝国には銃を持った兵士、武力を提供した。


 「この石はいったい何なのでしょうか」

 「さあな、この赤石の爆発力は凄まじいが、着火剤が問題だ」

 「青い琥珀石ですね」

 「緩やかにしか燃えない赤石が、青石を混合させるとニトロ以上の威力で爆発する」

 

 Me232の腹の中に作られた研究室でヴォルフ大佐と研究主任のワグナー少尉は向き合っていた。

 「赤石は比較的手に入れやすいが、青石は魔属領にしか存在しないという」

 「これが何なのかはローマン帝国の人間にも分からんらしい」

 「爆発することも知らなかった?」

 「そのようだ、赤石はマッチ程度にしか考えていない」

 「無知な人間には無用の長物ですね」

 「これを発見したのが変人シュワルツの奴なのが気に入りませんが」

 「あの穀潰しもたまには役に立つということだ」


 「弾薬はあとどれくらい残っている?」

 「はい、MP40用の9mm弾が千発ほど、MG81機銃の7.92mmが二千発、クルツ狙撃銃用が千発程度です」

 「いよいよ、底が見えてきたな」

 「はい、新しい弾薬の製造が急務です」

 「我々は、この異世界において最小で最強の武装国家だ、武装が無ければ現地人に呑まれ奴隷に堕とされるやもしれん」

 「未開の現地人がやることはエゲツありません」

 

 「今日で魔族国の侵略作戦は終了する、青石が豊富に手に入れば弾薬の研究もはかどるだろう」

 「はい、弾丸自体は既に製造出来ています、火薬が決まれば、あとはカートリッジの工夫次第です」

 「現地人に圧倒的なアドバンテージを持つために銃は絶対に必要だ、ワグナー、頼むぞ」

 「はっ、お任せください、大佐」


 ユルゲン少尉は魔王に逃げられた旨の報を聞いて、魔城の四方が見渡せる通路から周りを伺っていた。

 途中で兵隊の一人がサボっているのを見つけたが、人代までは判別出来ない、百人程度の中隊であっても、ユルゲンは人に興味がなかった。

 他人が何をしていようが知ったことではない、緑色を殺すのが任務だ、その事に集中する。

 暫くすると案の定、緑色が現れた、連絡があった魔王様ご一行に違いない、独り占めできるチャンスだ。

 初弾を胸中央に着弾、倒れたところにヘッドショット。

 いつも通り。

 二人目のボディショットを決めた後で、予想外な出来事が起きた。

 サボり兵士が緑色をかばって逃げた。

 面白い、簡単すぎる緑色を殺すのは飽きていた。

 敵前逃亡か裏切りか、いずれにしても殺してしまっても罪には問われない。

 「くっくっくっ」

 意図せず笑いが漏れる、何ヶ月ぶりかに笑った気がする。


 予想以上に奴はこちらの戦術を知っている。

 揺さぶりをかけたが逆手を取られた、地上部隊も邪魔だ。

 奴に気を取られている隙に本命が網から逃げた。

 林の中に入るところで一撃を入れる。

 手応えはあったと思う、奴は姿を消した。


 「残念、弾切れだよ」

 つまらない世界だと思っていたが、以外に(ごちそう)は近くにいたことにユルゲンは気づいた。

「上等じゃないか、お前はだれだ?」

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