第2話 魔王と娘
(一年後)
魔の国はイメージと違い清潔で美しい国だった。
城を中心に放射状の街並みと運河が整備され、木々の緑が煉瓦の建物に木漏れ日を落としている。
初夏の日差しが降り注ぐ中、この日は美しい街並みには不似合いな銃声音と悲鳴が街に充満していた。
異世界からの勇者軍団は短機関銃とMe232ギガントから取り外した飛行機銃で街と魔王軍を
魔王正規軍は勇敢だった。
剣と盾、少しの魔法で正面から立ち向かった。
人族と変わらない、見た目は肌の色が多少違うだけだ。
生物であれば音速に近い速さのパラベラム弾を避けることも跳ね返すことも出来はしない。
その肉と命を引き裂かれて何が起こったか分からぬまま死んでいく。
勇者による
踏みつけることの快感を正義だと勘違いしたまま引き金を引き続ける。
その目には、地に伏した者たちの愛も情も映らない、彼らの思いも将来も全てを踏みつけて行くことに憐憫さえ感じない。
美しい街並みに積み重なる
人型のぬいぐるみを抱いた赤い髪の少女の首筋に指を当ててみる、既に冷たく脈はない。
視点の定まらなくなった瞳、瞼を閉じてあげる、これ以上の
「アラタ兵長!なにをしている、進撃に遅れるな!!」
膝を付いて両手を合わせていたアラタをデレク小隊長が興奮した顔で怒鳴った。
「小隊長……子供です」
「ああ!?だからどうした?」
「戦時協定違反です」
「てめぇ、何を言っている、ここは異世界だぞ!前世界の約束事なんて無意味だろうが」
胸ぐらを
「しっ、しかし、この子供に何の罪があるのですか」
「しるかっ、”緑色は全て殺せ”それが命令だろ!」
「貴様も栄光あるウルフ中隊の一員だ、軍人の基本は命令の尊守、そこを疑うと隊全員を危険に晒すことになる、歯車の一つに徹しろ!いいな!!」
「くっ……」
ズゴッ 短機関銃の銃床で額を打たれて地に手を付けた。
「返事!!!」
「は……はい」
これ以上意見すると本気で撃たれそうだ、血と殺しに酔っている。
「さっさと来い、城内を掃討するぞ!」
デレク小隊長は兵を引き連れて城の正門に向かい進撃していった。
再び魔族の子供を見る、思い出が重なる。
「騒がしかったな、ごめんよ」
「間違っている……」
重い脚を引き
正門の前には馬型の魔獣に跨った騎馬隊が待ち構えていたが既にその半数は機能しない。
遥か遠くから98クルツ狙撃銃の的になっていた、仲間が血を撒き散らした後に銃声が聞こえる。
ウルフ中隊の狙撃技術は山岳地帯の複雑な地形の中で鍛えられた一騎当千の兵士ばかり。
平地の市街戦、相手は剣と弓だけ、訓練より
「どこから攻撃されているのだ!?」
「わかりません、敵は見えません」
「異世界の魔法か!
「姿を見せろ、正々堂々と!!がっ」
額に小さな穴が穿がれ、後頭部がスイカのように破裂して
「将軍!!」
統率者を失い魔王正規軍は混乱の極みに達していく。
「まったく、あんな偉そうな衣装で最前線に出てくるとは殺してくれと言っているようなものだ」
「あんまり気持ちの良いものじゃないよな」
「ああ、これは虐殺だ」
正門広場から遠く離れた魔殿の屋根の上に狙撃隊の一隊が配置されていた。
「お前、何人殺った?」
「さあな、正確には分からん、カートリッジの残りからして五十か六十というところか」
「俺もだ」
「アラタ曹長は狙撃隊を外されたらしいな」
「いや、自分から降りたそうだ、きっと虐殺ごっこに嫌気が差しちまったのさ」
「地上部隊の方が生身を肉眼で見ることになる、狙撃ならスコープの中だ」
「ああ、その通りだと思うね、射撃の腕は奴が一番だったが、この安易な環境じゃ誰が撃っても変わらんかもな」
「アラタは前世界の戦争の時から、自分の命に無関心なところがあったからな」
「ベルリンの空襲で奥さんと子供を吹っ飛ばされているからな、自暴自棄になっても仕方ない」
「あっちの戦争に比べたら、この世界の戦いは戦争とは呼べないな」
「これを楽しめる奴は変態だよ」
「もうデレクたちの地上小隊が到着するころだ、俺たちの役目はここまでだな」
「ああ、帰ったら銃の整備が大変だ」
「早く飲んで忘れちまおう」
狙撃隊が撤退した後、地上部隊が掃討していく、短機関銃が先行し、撃ち漏らしを人族の軍が狩っていく。
勝負になどならない、援護の弓隊は早々に狙撃銃の的になり壊滅していた。
デレク小隊は32発マガジンを入れ替えながら進軍する。
「無駄撃ちはするな、弾には限りがあるぞ、外すなよ!」
点射しながら緑色の人間を滅していく。
散りじりに戦意を喪失した者は人族兵士の波に飲まれた。
「魔王様、ここはもう陥落します、お嬢様とお逃げください!」
「いいえ、私が残ります、皆は逃げなさい」
魔王と呼ばれたのは女だ、豊かな赤髪の間から羊のような角が巻いている。
その膝には、まだ小さな少女が膝に乗って眠っていた、しかしその肌は緑ではなく白い。
「執事マイン、ムトゥスを頼みます、さあ、みんな出ていきなさい、今まで尽くしてくれてありがとう、感謝します」
「そんな……討ち死にするなら我らも一緒に!」
「許しません!あなたたちは生き延びるのです、我らが血と誇りを絶やしてはいけません」
「魔王様、くふぅ」
「待ってもらおう、イーヴァン魔王」
幹部の中からひときわ大きな体躯の男が進み出る。
「サラトス将軍……」
将軍と呼ばれた男は体躯に見合う大剣を背から引き抜くと魔王に向けた。
「なんのつもりか、サラトス将軍!?」
「イーヴァン魔王、この城は只今よりこのサラトスが新たな魔王となり引き継ぐ、クーデターだ」
「!?」
「だいたい、あんたは
「今更、何を言う、今まさに陥落する国でクーデターなどと気でも違ったか」
「ふんっ、爺ぃは黙っておれ、一度その椅子に座してみたかったのだ、あんたは用済みじゃ、はよその白い子と共に何処へでも行くがよい」
ずかずかと押かけ、イーヴァンを押しのけて玉座に腰を降ろす。
「サトラス将軍、あなたは……」
イーヴァンの手の中て眠るムトゥスの髪をそっと撫でる。
「イーヴァン王、あなたは魔王の前に母だ、この子のために死んではならぬ」
「将軍……」
スガガガッ パパパンッ 銃声が迫る。
「あれは勇者たちの魔法武器の音!」
「さあっ、行け!」
「爺、あと女官ども、イーヴァンと共に脱出しろ、必ずお守りするのだ!」
「儂と
「もちろんです、将軍、いえ新魔王様!」
「私たちも共に戦います!」
全員が剣を突き上げた。
「その意気や良し、我らここで散ろうとも再び来世で相まみえようぞ!」
「そんな!魔王たる私だけが逃げるなど出来ません」
「良いか、イーヴァン姫、魔王たるもの忠臣たちの忠義、涙を呑んで受けなければならない時もある、それも勤めと知れ」
「サイラス叔父さん……」
ババババハッ バキバキバキッ
分厚い扉を飛行機銃がいとも簡単に撃ち抜き、木片が飛び散る。
「早く行け、無駄にするな」
「……」
「さらばだ!」
「!」
「魔王様、こちらへ、地下道から脱出しましょう」
「みなさん……どうか……」
言葉を繋ぐことは出来きなかった、その角をただ深く下げた。
「ふっ」
サイラス将軍たちの顔はどこか晴れやかでさえあった。
魔王イーヴァンとその娘ムトゥスは魔王城を執事たちと共に後にした。
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