第5話 邪神の神殿ダンジョン

「ターンアンデッド!」

「マリーウェザー様、早く走って下さい」

「むっ…」

「無理じゃない!走れ!あんた早く走れるだろ!」


カヤックがマリーウェザーの手をグイグイ引っ張って走る


「胸がっ、このアバターの胸が大きくてっハァハァ、胸が揺れて痛いの!何でノーブラなの!全体的に肉がついて早く走れなくなったの!」


「はあ!?……ゴクリ」

カヤックはポヨンポヨンゆれるマリーウェザーの胸に釘付けになった


「カヤック前っ!ターンアンデッド!カヤック、ヤバい、MPが残り半分くらいよ!」

「その、ピカーって光るのやめたらいいんじゃないですか?」

「ゾンビ相手に素手で戦えと?」

「あいつら殴っても切っても動くんですけど何なんですか?」

「脳天かち割るのよ!それか脊髄…首を切るのが早いわ!」


角を曲がったら正面に一体のゾンビが出現する

マリーウェザーは落ちてる剣を拾って構える


「体がボロボロのゾンビは走るのが遅いって定番なのよ、おりゃ!」


手を伸ばして助けを求めるような仕草のゾンビの両腕を切り飛ばしてから、その勢いのまま剣を斜めに振り上げて袈裟斬りにした


「切れ味の悪い剣だけど何とかなった、ただ両手で持たないと上手く剣が振れないわ…日本刀はないのかしら」

鍛えてない15歳の女子はこんなもんよね?


更に進み角を曲がった所で迷宮の奥に扉が見えた

「カヤックそこの扉よ、すすめ!」

「え?扉なんてどこにもないですよ」


カヤックには扉が見えないらしい

一般人を迷宮の奥に入れないためのギミックなのかもしれない。

カヤックの手を引いてドアに手をかける


ガチャッと開いた先は階層(ステージ)が変わる、奥には神殿が見えた


「こっちよ!入ったところは安全地帯セーフティゾーンだったはず、敵が出てこないと思う」


迷宮ステージから脱出した


「…マリーウェザー様、剣使うんですね」

「いや、さっきので手が痺れた…剣も重くて切れ味悪いからもう使わない」けど持ち歩く。

「しかも容赦なく切りましたね、化け物とは言え人だったのに…怖くないんですか?」


カヤックは震えていた


「ゾンビは人じゃないよ?土から作られた呪人形だから土に還ってるでしょ?あれはAIえっと人工知能だから人っぽく動いてるだけ。もしかしてカヤックって10代?アブドゥル様を見てたらアルラシード人の年齢わかんなくてさ…」


「隊長と比べないで下さい俺は17ッス…生きて帰れたら来月で18です」


「私と誕生月が一緒じゃん!来月一緒にお祝いしようよ。離れて暮らしてるお母さんこっちに呼べないの?」


「俺んち、貧乏子だくさんですけど?」


「全員連れておいでよ、開拓村に大きな家を建ててみんなで暮らせば?マンション建てれば賃貸収入で食べてけるよ?そうだ1階に食事処とか作ってさ、自分たちで育てた野菜使って料理してお客にだすの、楽しそうでしよ?

ハインツは雪が積もらないから温室栽培で冬でも野菜が育てられるよ?」


「言ってる意味がほとんど分からないけど…無理なんです。俺の母さん病気なんですよ…

本当はハインツに来るつもりなんてなかったんですけど、父ちゃん死んで弟達まだ小さくて、稼ぎが欲しくて軍に参加したんです。給料前借りして借金もあって……俺、本当は金目当てでマリーウェザー様に近づいたんですよ」


「カヤック…」


「幻滅しました?俺はあんたの友達になれるような奴じゃないです。貴族の奥様は貴族と友達になるべきです!俺なんかに構わないで下さい」


「カヤックの借金も払ってあげるから家族で引っ越して来なさい。お母さんはこっちの田舎で療養すればいいよ、長旅で疲れさせないようにベッドが入る馬車を作るから!ガタガタ揺れるベッドだと休めないかもしれないけど…弟達も連れてきなよ。まあ、ダンジョンに連れてこれるならスキルで病気は治せるけど難しいよね?

あ、私はダンジョン内でしかこの奇跡が使えないからね?他言無用だよ。バラした所で外では、私は無力な一般人だから!」


「は?……なんで、マリーウェザー様が俺の借金払ってくれるんですか?金目当てって言ったのに、意味分かんないですよ!俺を騙そうとしてるんですか?」


「じゃあどうしてカヤックは私を助けるために川に飛び込んだの?」


「それは…その、たまたま飛び出したら川に落ちました」


「どうして追いかけて来てくれたの?」


「……何となく体が動いて。理由なんて特にないです。面白そうだったから追いかけました、そんな大した理由なんてないです」


「同じだよ、私も大した理由なんてないです。お金持っててパーッと使いたい気分だから気まぐれに使うの!恩着せがましいこと言ったりしない!そんな事で恩を売ったとか、みみっちいこと気にしないの!」


「何だよそれ…」


「友達だから側にいて欲しいし、友達の家族は大事にしたい。それだけ!」


「…普通、友達の借金肩代わりしないからな」


「友達の定義は人それぞれでしょ?」


「俺、何も返せない、施し受けるばっかの友達なんて友達じゃない」


「カヤックは私を追いかけて川に飛び込んだじゃん、普通そんなこと出来ないよ」


「結局2人ともアブドゥル隊長に助けられました、俺が助けたんじゃない。俺は足を引っ張っただけだ…無駄なことして大怪我して勝手に死にかけて、あんたの凄い奇跡のチカラで助けて貰って。もう十分すぎるほど良くしてもらったんだ、これ以上を望んだら罰が当たる」


「それを言うなら私は川に落ちて怪我の原因作った馬鹿だよ?今更だけどごめんね、痛かったでしょ?」


「アハッ!確かにあんた馬鹿だな…なぁ、本当になんで助けてくれるんだ?聖女だから?裏があるってわけじゃないんだろ?」


「ってかねカヤックのおかげで奇跡に目覚めたんだよ?…巻き込んで死にかけたんだから怒ってもいいのに、カヤックいい奴じゃん!

知っての通り私は貴族の子として育ってないから!社交界デビューもしてないし、今更貴族の友達なんてどうやって作ったらいいか分からないの。私はカヤックと友達になりたい」


「友達になんてなれない、俺たち違いすぎるよ」


「…男女の友情は成立しない派なの?」


「正直それもあるけど…貴族と平民なんだ、肌の色も違う、あんたは美人で俺は三角つり目のガン飛ばしてるってよく言われるし…一緒に歩いてると誘拐犯と被害者に見られる。

俺、借金まみれのクズですよ?箱入り娘のあんたには想像もつかない汚れ仕事もしてきました、生きてる人間だって殺したこともある。俺は軍に入ってなかったら犯罪奴隷になってたかも。だからあんたに釣り合わない」


「カヤックって我儘なんだね」


「はあ?」


「釣り合いがとれる同じレベルの人間同士でしか友達になれないって事なの?釣り合いが取れなかったら利用してる事になるの?

私の何が不満なの?自慢じゃないけど私っていい奴じゃない?ちょっと変わってる自覚はあるけど…読み書き計算、掃除、洗濯、ご飯だって作れるわ!庭木の手入れに、縫い物も出来るのよ?金銭感覚は小さな農村の商店で買い物してたからド庶民だし!」


「お、おう(あれ?これ俺が口説かれてる?良嫁アピールしてるつもりか?)」


「私ってグイグイ攻めすぎて引かれてる?今までまともに友達いなかったから加減を間違えた?

…軍にいて前線に立ってたら、まあ敵を撃ったりするのが仕事だもん。カヤックは優しすぎるから、いまだに色々と後悔してるんだね?私が許す!気に病むな!

カヤックは出会ったばかりの私のために追いかけて川に一緒に飛び込む凄い奴じゃん!もしかして、友達にしたくないほど私が嫌いなの?だったらごめんね…」


「俺のどこが我儘なんだよ…あーもう!何なんだよ分かれよ!じゃあ白状するけど、俺あんたのこと好きなの!人妻なのに好きになって、しかも隊長の奥さんなのに…はぁー、勘違いしそうになるからもう優しくしないでくれよ、構わないで下さい!色々言ったけどあんたとは友達になれないの!分かったか?あーもう最悪!言うつもりなんてなかったのに…チッ」


「え?…え?!えぇー!それ本気?えー…押して引くがうますぎ!天然でやってるの?いやえっと、うん。カヤックって見た目よりガッシリしてるし人懐っこいし優しいし、切れ長の一重もカッコいいし…なんか私まで好きになっちゃいそう」

(※美の基準がお嬢様)


マリーウェザーは胸が弾んで顔が熱くなった


「え、マジ?スゲー可愛い顔してるんだけど、あんた顔真っ赤だよ?肌が白いから耳や首すじまで真っ赤なの分かる、スゲー…(ズキュン)え?アリなの?俺の好意気持ち悪くないの?引かれると思って言ったのに?マジか!」


「アリよりのアリだけど…いやダメよ!浮気とか出来ない、そんな器用じゃない。バレたら2人ともアブドゥル様に殺されるよ。来世でやり直しましょうとか言ってキュッと殺されそう」本当に!


「いやいや未練が残らないように、お前は無理だってハッキリ振ってくれよ!」

「あー…気持ちはうれしいけどお友達でいましょう?」

「いやだから友達になれないって!…あのさ、そんな真っ赤になって照れながら言われたら男はみんな勘違いするから!

えー、マジでめっちゃ可愛い…いやいやこの人は駄目だ!隊長の奥さんだ!」


「可愛い可愛いって褒めないでよ照れるじゃん、こっちも舞い上がっちゃうからね。カヤック青春してるね甘酸っぱいよ私まで照れるよ」


「そのちょいちょい挟む上から目線何なんですか!」


「照れ隠し?カヤックが私の事好きなんだ、とか思ったら……ふぅ熱い」パタパタと手で扇ぐ


「あーもう!あんたのその表情を引き出したの俺なんだよな?…つまりそう言う事で合ってる?」


「合ってるけど…浮気とか大それた事出来ないよ。冗談抜きでカヤックが殺されそう。友達として好きだよ?」


「いやそう思ってる時点で駄目だろ…隊長何やってんだよ!俺が言えた事じゃないけど、可愛い奥さん口説かれてるぞ!」


「口説いた張本人が言うセリフじゃないよね。

カヤック……言いにくい事を言ってくれてありがとう、今日の事を思い出にこの先も生きていける、私の事を好きになってくれてありがとうね。

本当は友達になりたかったけど、なんか無理っぽいの分かった気がする…

いつかアルラシードに帰っちゃうんでしょ?その日まで普通に接してくれるとありがたいかな」


ちょん、とカヤックの服を摘んて、うつむき加減に言う


カヤックが抱きしめてきた

「ぐっ…俺が振ったみたいに聞こえる。そんな泣きそうな顔するなよ、抱きしめたくなる。あれぇ?俺なんで振ったんだった?」


「押して引く…を私もしてみたんだけど大根演技なのにカヤックがチョロすぎる!ダメダメ離しなさい」


「男にしがみついといて何言ってんだよ聖女様。うわぁ俺が悪女に弄ばれてる」


「誰が絶世の美少女やねん!」


「…その通りだから洒落になってないッスよ、あんたマジでめちゃくちゃ可愛いから…あっ女の子のいい匂いがする、ふわぁ柔らかい、うぉぉ」


「カヤックだってカッコイイじゃん」


男の人にこんなふうに抱きしめられたのは生まれて初めてで…だけど、前世の記憶がところどころあって抱き合う意味もちゃんと知ってる


知識として知ってたけどたった今体で理解した


若い2人が無謀な恋に突っ走ってるだけなのも、ちゃんと分かってるけど愛に飢えた心と体にカヤックのくれる温もりは心地よかった


カヤックの胸に顔をうめる


お風呂に入ってなさそうなのに、水に落ちて多分、生乾きっぽいのに嫌な感じの臭いはしなかった…


カヤックがマリーウェザーの頭を優しく撫でる

「なぁ、懐いてくれるの嬉しいけど…やっぱり駄目だ。隊長に殺される」


スッとお互い少し離れた


ぴったり抱き合ってお互いの温もりで暖かった熱が空気に溶けていく

カヤックはマリーウェザーの腕を未練がましく掴んだままだった、マリーウェザーもまたその温もりが名残惜しいと見上げ視線が絡まる


カヤックの熱の乗った瞳とマリーウェザーの潤んだ瞳が交差する


マリーウェザーが視線を少し下げた、長いまつ毛が影を落とす、その仕草が色っぽくてカヤックは目が釘付けになった。もっと俺を見ろとカヤックはマリーウェザーの瞳から目が離せない


まつ毛が上がり再び視線が合った時、マリーウェザーの瞳には自分と同じ熱が乗っていた。見つめ合うだけでカヤックの全身を電気が駆け巡るようにしびれた。心臓がギューッと握られるように心地よい締め付けにあう


よく女どもが胸が苦しいって言ってるけどこう言う事か…自分には一生縁のない世界だと思っていた


照れてはにかんだように視線が彷徨うマリーウェザー

カヤックは、こっちを見てとマリーウェザーの髪を撫でてそっと頰に触れた。間近でマリーウェザーをじっくり見る、白銀に輝く絹のような髪と象牙のように白く滑らかな肌に朱がさす、自分の褐色肌の手は酷く汚れて見えた


その自分の手に、白い手が重なる

宝石のようにきらめく青い瞳はカヤックを映していた、気がつけば細く柔らかい腰に手を回して、再びマリーウェザーを抱き寄せる


カヤックがマリーウェザーの視線の先に気付く

マリーウェザーの長いまつ毛が影を落とすたびに、唇を強請られてるのだと胸が高鳴った


カヤックもまたマリーウェザーの唇を見た、ぷっくり赤くて柔らかそうで美味しそうだった


どちらともなく唇が近付いていく



一方その頃アブドゥルは――

壁を破壊しながら何処かに爆走していった

アブドゥル本人は冷静になる為に少し1人なりたかっただけだ

マリーウェザーとあっという間に仲良くなったカヤックに嫉妬と殺意の炎を燃やして、思い通りにいかないマリーウェザーにどうやって自分のこの煮え滾る熱い気持ちを分からせようか考えて周りが見えてなかった

迷宮を力任せに真っ直ぐ進むアブドゥル、それはまるでドラゴンが通った後の道のようだった。※ゾンビは爆風で吹き飛んでる

音に反応したゾンビが集まってきて、マリーウェザーとカヤックはアブドゥルと反対方向へ逃げて違う階層にたどり着いた


そしてアブドゥルの目の前にも扉が現れた


「ここは?ハッ!マリーウェザー様とはぐれた!」


引き返そうか進もうか…何となくだが、この先にマリーウェザーがいるような気がする


アブドゥルは自分の直感を信じて先に進んだ


ガッシリ大きな扉は、物語の中の魔法使い学校の門のように重厚感があった


ギィィと扉が開く、中は異国の神殿のような大ホールが広がっていた。アブドゥルも迷宮ステージを抜けて、神殿ステージへたどり着いた


「神殿の抜け道か隠し通路から中に入ったのか…むっ!誰かいるな!」(※中ボスのアンデッド)


緑や紫や茶色の肉の塊がぶよぶよ動き、醜悪な腐った臭いを放って、触手を縦横無尽に伸ばしていた


「ギィ゙ィァ゙」


人間の言葉は発さない、アブドゥルを見つけると埋もれていた目玉が飛び出てグリンと開いた


アブドゥルは闘気を手にまとい全身に力を入れた

体がぐわっと一回り大きくなった※身体強化

アンデッドが触手をアブドゥルに向ける


「邪魔だどけぇぇ!はぁっ!」


触手など触れた所で大した事はないとばかりに突っ込んでいき、肉の塊の顔とおぼしき部分にストレートパンチを繰り出した

まとった闘気がスクリューのように渦巻き拳が当たった瞬間、アンデッドの頭が爆散した


ヒクヒクと動く肉片を素足でブチュッと踏み潰し進む


アブドゥルのずば抜けた身体能力で神殿の外に人の気配を感じた

「この香りはマリーウェザー様だ!」


アブドゥルは走った。少し離れてる間にマリーウェザーに何かあったら後悔してもしきれない


やっと巡り会えた奇跡だ、もう来世は結婚できないかもしれない…同じ時代に生まれ、2人とも前世の姿そっくりに育った。神が与えた最後のチャンスかもしれない


「マリーウェザー様ァ!今行きます!」

叫びながら走る、アブドゥルが思った通りマリーウェザーは神殿の外にいた


「キャッ!アブドゥル様!」

「隊長!何で神殿の中から出てくるんですか!」


一瞬2人が抱き合ってるように見えたが、警戒したカヤックがすぐにマリーウェザーを背中に庇った


「私がいない間、カヤックに護衛を任せてしまって申し訳ございませんでした!あなたから離れるなど、夫としてあってはならない失態です!私が来たからにはもう安心です。もう二度と離れたりしません永遠に!」


アブドゥルは2人の間に入ってガシッとマリーウェザーの両腕を掴んだ


「ひっ…ありがとう存じますアブドゥル様」


ふわりとマリーウェザーから女の香りがした。顔色も赤くなったり青くなったりと忙しなく、その潤んだ瞳は不安に揺れていた


ゴクリと喉が鳴る

「私がいないから不安にさせてしまいましたね、安心して下さいもう大丈夫です。全ての敵を叩き潰してやりましょう!最愛の妻である貴女に指一本触れさせません!だから私だけを見てください!」

「キャッ!?」

アブドゥルがマリーウェザーを抱き上げると、今更ながらマリーウェザーが成長してる事に気がついた


こんな服だったか?こんなに足が見えていたか?屋敷で抱き上げた時より背も伸びている、ほんの少しだが体重も重くなっている


「むむ!おっぱいが大きくなったのですね!太もものむっちり具合も増しました!何があったのですか!」


「降ろして下さい!…それ今気づいたの?ダンジョンの聖女アバターですよ。神殿のあるじに15歳の体にしてもらいました」

(※ダンジョン・コアの事)


「なんと!マリーウェザー様は神殿に住まう神にお会いしていたのですね!…あっ15歳と言うことは、約束の前倒しが出来ますね!!夫婦のまぐわい!夫婦の愛の証しを帰ってすぐに致しましょう!愛していますマリーウェザー様!私の熱い思いを受け取って下さい!」


「待っ、ちょっと、洞窟から出たら12歳に戻りますから、体は成長しても中身は変わってません!待ってください!ひっ力強い!カヤック助けてっ!この人マジだわ!」


「隊長!落ち着いて下さい!こんな所で何やろうとしてるんです、時と場所を考えろっていつも言ってるじゃないですか!」


「そうだった…死者がうろつく邪教の洞窟だったな」


「とりあえずマリーウェザー様を降ろしてあげてください、急に抱えられると女の子はビックリしますから」


「いや、もう愛する妻を離してはいけないのだ!…あっ!私の嫁はいい匂いがする、スーハースーハー…ふぉぉぉ!このままでいい、この匂いを瓶に閉じ込めて持って帰りたい」


「他人から見たらドン引きする

抱えてたら敵が来た時に動けないじゃないっスか!」


「そんなもの、カヤックが倒せばいいだろう?マリーウェザー様の盾となって死ね!」


「ちょっとカヤックを盾にしないでよ!3人で帰りましょう!来月一緒に誕生パーティーするって約束したの!」


「夫である私ではなく、なぜカヤックと祝う必要があるのです!」


ぐわっと高圧的に言う


「あ、あの、カヤックが親元から離れてハインツにいるのってアブドゥル様が呼んだからでしょ?

一緒にお祝いしても罰は当たりませんよ?」


「私の誕生月は春です!」


「え?そうですか…みんなでお祝いしようね?」


「夫婦2人だけで祝いましょう!私はマリーウェザー様に祝っていただけたら幸せです!他に誰もいらない!夫婦水入らずで祝う!なぜなら夫婦だからです!」


「え?あ、はいわかりました」


「うぉぉぉぉぉ!」

アブドゥルが感極まってマリーウェザーの豊かな胸に顔を埋めて喜んだ


ギューッ ミシミシミシィ

「うぎゃぁ!ぐ、る、じぃ…た、すけっ、息が、できなっ」

締め付けられたマリーウェザーは悲鳴をあげた


「隊長!潰れる!潰れてる!マリーウェザー様が潰れてる!離せよ!ぐっ、力強い!」


マリーウェザーが無詠唱で自分にヒールをかけて光り、アブドゥルは驚いて力を緩めた


「オホッハァハァ…アブドゥル様、ごめんなさい…もうしないから許して下さいっ、うぅぅ…」


「アブドゥル隊長!もう降ろしてやって!」


「あぁ、すまない…マリーウェザー様どうしたのです?何故泣いてるのですか!…泣き顔も美しいですが、カヤックに見せないで下さい勿体ない!」


「うわぁ、無自覚だったの?アブドゥル隊長が締め上げたんですよ。女の子は花のように扱わないと死にますよ、この馬鹿力!」


アブドゥルが羽のようにマリーウェザーを扱い、ふわりと降ろす。マリーウェザーはよろけた風を装ってカヤックの後ろに隠れた


「もう無理!一刻も早くダンジョンから脱出しましょう!神殿の中のモンスターを倒すと帰る出口に繋がる扉が出現します、来た道を戻ってもいいですけど、アブドゥル様がいるなら神殿のボスを倒したほうが早いです」

「…肉の塊なら討ち取りました!」

「宝箱出ました?」

「確認する前に外に飛び出しました」

「回収します、まだあるはずです。カヤック行くわよ!神殿の中は敵がいるから!安全地帯セーフティゾーンは神殿前の広場までなの!」


マリーウェザーはカヤックの手を引いて走り出した


「マリーウェザー様なんで楽しそうなんです?ボスって?宝箱?ここの神殿は人がいるんですか?敵って?」


「古の邪教の神殿よ、呪いによって生み出されたゾンビがいたり、科学者が実験によって作り出したクリーチャーやモンスターがいまだに徘徊してるの、邪教はとっくに滅びたのに皮肉な話よね」と言う設定だったかな?


「あ、それでお宝が放置されたままなんですね?

宝の部屋にモンスターがいて、隊長が倒したって事ですか?」


「そうなの!さあアブドゥル様、倒した敵の場所に案内して」


アブドゥルはマリーウェザーとカヤックの間にグリグリ入って、マリーウェザーの腰や背中をペタペタ触りながら進んだ


「ひっ」←カヤック


そしてカヤックを鬼のような形相で睨みつけ、嫉妬の炎を燃やす。グリンと顔をマリーウェザーに向けた時には無表情に戻った


「ひっ!」←マリーウェザー※無表情でも怖い


「こちらですマリーウェザー様…やはり私が抱えて走ります!スカートの裂け目から太ももまで丸見えじゃないですか!

その綺麗な足を見て良いのは夫である私だけだ!ここには他人の目もあるのに、破廉恥です!妻は夫以外に素肌を晒すものじゃない!!」


そう言うと器用に走りながらマリーウェザーを抱き上げた。マリーウェザーを抱えて走ってるのにアブドゥルは少しもスピードが落ちなかった


カヤックは自分も鍛えねば、こんな芸当は無理だと改めてアブドゥルの凄さを実感した。そして、やたら夫婦を強調して自分を牽制してる事も理解していた。

自分はアブドゥル隊長に恋敵だと認められてる!

カヤックは少しだけ自信がついた


――宝箱には、ただの棒が1つだけ入っていた


カヤックは落胆して「ゴミしか入ってませんでしたね」と呟いた

アブドゥルは「申し訳ございません」と詫びてうなだれた

だがしかし、マリーウェザーは喜んだ

「やったー!【賢者の杖】初級だわ!アブドゥルでかした!きゃぁー(ハート)」


【賢者の杖】初級

大昔の大賢者が見習いの弟子のために作った杖

装備条件は清い人(※童貞or処女)であること

魔法&錬金術の初級が使える


「アバターとダンジョンボードとスキルはダンジョンの外では使えないけど、アイテムはダンジョンの外でも使えるのよ!これで初級魔法と錬金術が外でも使えるわ。凄いやった大当たりよ!」


「え?ただの汚い棒ッスよ?」


「例えるなら…金貨20枚出しても買えるかわからない高価な香木から削られた一級品って言われたら?これはそれ以上の価値があるのよ」


「私はマリーウェザー様に喜んで頂けて感無量です!くぅ〜…マリーウェザー様のこんな可愛い笑顔は初めてだぁフォォ!」


「基本は倒した人の物だけど……アブドゥル様、ちょっと早いですけど来月の誕生日プレゼントにコレ下さいな?来年の結婚記念日のお祝いの品でもいいですよ?

そう言えばー、あなた、結婚の結納品とか何も用意してませんでしたよね?グロステーレでは立場が上の人が支度金とか渡したりするんですよ!

身一つで来て良いって社交辞令ですからね!

これ私に下さい、それでチャラにしてあげてもよろしくてよ?」


「……無知で大変申し訳ございませんでした。結納の品も支度金も誕生日プレゼントも来年以降の結婚記念日の品も改めてご用意致します」


「うわぁ、強奪がえげつねぇ…そんなに欲しかったんですか?条件付けなくても黙ってたってアブドゥル隊長は渡してましたよ?」


カヤックの条件と聞いてアブドゥルは思いついた


「私がモンスターを倒したから出てきた宝ですが、マリーウェザー様に差し上げます」

「ありがとう存じますアブドゥル様」

「ただし条件があります!」

「え?」


「愛してると言って口付けして下さい!」ドーン!


カヤックは驚愕してアブドゥルを見てからマリーウェザーを見た。心臓が跳ね上がり嫌なドキドキがカヤックの胸を締め付けた


「なんだそんな事でいいの?とっとと跪いてよ!アブドゥル愛してるチュッ」


「え、軽っ…」

カヤックは慌てて自分の口を塞いだ、先ほどの自分との、あの甘い雰囲気の蕩けるような熱い口付け(※未遂)と比べてしまったから


しかもほっぺたにチュウ


「やったー!カヤック見てて ウォーターボール!」


顔ほどの大きさのぷよぷよした水の玉が杖の先から出てきた


マリーウェザーが杖の先をスッと動かすと、水球がビュンと飛んでいき壁に当たってバチャっと弾けた


そして念動力サイコキネシスだよとカヤックを空中に浮かせた

「おわっ?!何だ!浮いてる?わっ!」

驚いたカヤックは手足をバタつかせたが、慣れると大人しくした


アブドゥルが期待の眼差しでマリーウェザーを見た


マリーウェザーはアブドゥルにもサイコキネシスをかけたが浮き上がらなかった

「重量オーバーかな?それとも自分よりレベ上の人には効かないとか?賢者の杖中級なら浮かぶと思います、中級が出たら私に下さいね(ハート)」


「必ずや手に入れてみせます!!その時のご褒美は私の唇に口付けをして下さい!濃いやつで!」


「…ふふっ頑張って下さいね?それまでキスは一切お預けですよ。無駄なスキンシップも禁止にしましょうね、そうだ上級杖を手に入れたあかつきには同じベッドで寝ましょうか?アブドゥル様のやる気は出ましたか?」


「うぉぉぉぉぉ!!必ずや期待に応えて見せます!ふぉぉぉぉ!」


「マリーウェザー様?!そんな約束していいんスか!」


マリーウェザーは知っていた

「賢者の杖に上級は存在しないのよ、賢者の弟子が清い人(※童貞)じゃなくなったから」コソッ


「ひでぇ…隊長は存在しない杖の為に必死に頑張るって事なのかよ?」ヒソッ


「…ひどいかな?キスを強要される身にもなってよ。緊張してるのかなんかあいつ生臭いのよ…カヤックが私の代わりにアブドゥル様にブチュっとしてくれるの?」コソッ


「うっ…ごめん何でもないです」


アブドゥルがカヤックとマリーウェザーの間にグイッと入ってカヤックを押しのけた

「マリーウェザー様、次はどこへ向かいますか」


「帰還の扉が出てないのでおそらく中ボスでしょう、先に進みます」


マリーウェザーは、そう言ってボロ剣を取り出すと手をかざした。光る錬成陣が浮かび上がりボロボロの剣が形を変えていく


「わっ!剣が!…何したんですか?」

「錬金術のスキルだよ、ボロボロだったし再錬成してレイピアにしたの。初級じゃ強度はそこまでないから真横から受けとめちゃ駄目よ?斜めに受け流すのでも折れちゃうかもしれないから、上手く攻撃を躱してね?ハイ、カヤックあげる」


「え!俺にこの剣くれるんですか?!」


「武器無しでボス戦は嫌でしょ?私はこっちの賢者の杖で戦うから。私は後衛だから援護は任せて!前衛は2人に任せるから頑張ってね!ボスはアンデット系だといいなぁ」


「マリーウェザー様、あなたの愛する夫の私には?」


アブドゥルがカヤックとマリーウェザーの間にグリグリ入ってくる


「アブドゥル様は下手な武器いらんでしょ…素手で戦えば?」


アブドゥルはダンジョンボードを表示させる

聖女の加護の欄一番下のまでスクロールした

「聖女の口付けでパワーアップ」を指差した


「クッ…さっき無駄なお触り禁止したじゃん!分かった!手を出してください!」


マリーウェザーは跪くように腰を低くしてアブドゥルの手の甲に口付けを落とした

「貴方の上に勝利の女神が微笑みますよう祈ります」


「私の女神は貴女以外にいない!必ず私の女神に勝利を捧げます!ふぉぉぉ!」

アブドゥルは自分で誓いをたて、身の内から輝き出した

※アブドゥルはスキル【騎士の誓い】を習得した。一定時間ステータスUP


マリーウェザーはアブドゥルの思い込みの力にドン引きする

カヤックは絵になる2人のやり取りを見つめていた、輝く2人は物語の1ページのようだと思った

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