第3話 拗らせ戦鬼

その日の夢は、寝る前に読んでいた物語の続きだった


夢だから物語とちょっと違ったけど、実在した伯爵令嬢の物語だった


夢の中で私は、なぜか聖女になっていて話しが進んでいく

髪と目の色が似てるせいか、まるで本当に自分のように違和感がなかった


夢の中のマリーウェザーは幸せそうだった

両親がちゃんと揃っていて兄も弟もいて、信頼できる従者や友達もたくさんいて、愛し愛されていた


そんな彼女の最後はどうなったのだろう?と思った所で目が覚めた

カーテンがあいていて光が差し込み部屋が明るくて目覚めがとても気持ちよかった



「起きたら夢の内容を忘れてしまいました…けど目覚めがここ数年で一番良かったです。他の本もあったら読みたいわ」


「奥様がお元気そうで安心しました」


「聖女様が書かれた本がいくつかあるんです、後に本人だと証明されたのですが"ペンシル・マリア"の名前で本をいくつか書かれてるそうです。絵本もあるんですよ」


「そんな有名人だったのね全然知らなかったわ」


「意図的に隠されてたかもしれませんね、奥様は村に行かれた事があるのですよね?もしかしたら村ぐるみで隠していたとか?」


「村へは変装してお忍びで行ってたの。私の白髪が目立つからだと思うわ。いつも帽子と布で顔と髪を完全に隠してたもの」


「逆に目立ちませんか?」


「平民の子が着るシャツとエプロンだったし。私は、お嬢様の影武者として二人して同じ格好してたわ、小さい頃は姉妹のふりして楽しかった。ねえ、変装して街に行ってみない?」


「え?普通に行けばよくないですか?」


「本当のお嬢様が帰ってきたときに、アブドゥル様の奥様が違う!

ってなったら街の人びっくりしない?」


「既に結婚式や披露パーティーに来た沢山の貴族に見られてますよ?」


「平民には見られてないじゃん?変装してお忍び気分を味わいたいの、どのみち聖女にそっくりなこの容姿じゃ悪目立ちするわ…

今更だけどお母さんが村でも私を変装させてたのって、そのせいだったのね?

影武者ごっこだと思ってたのに違った事にようやく気付いたわ」


部屋に来たときは微妙な空気だった2人が、今度は困ったような顔をする


「侍女長に伺ってきます」


結果から言うと却下された。リタが侍女長に話してる時にアブドゥルに見つかって怒られたらしい


「そなたらは私に隠し事をしてコソコソと街に出るつもりだったのか?マリーウェザー様の外出は一切禁止とする!行くなら私に許可を得て下さいとお伝えせよ」と、言われてリタが半泣きで帰ってきた。


「奥様がお忍びで出かけたら、その日が私とアニーの命日ですよぅ!」

「ちょっと!私まで殺さないでくれる?」


アニーがリタを押しのけてシャキッと話す


「奥様、この館は山の上の方に建ってますから馬車なしには街へ行けませんよ。

抜け出して迷子になられると夜でなくても狼やコヨーテなどがいます、危険ですから抜け出そうと考えないで下さいませ。山の反対側は崖で天然の要塞と言われております」


「わかったお忍びは諦めるわ」


「では、朝食を食堂でどうぞ。部屋で摂ることはアブドゥル様がお許しになりませんでした」


「なら、せめて席を元の離れた位置に戻してくれる?」


「諦めて下さい、奥様が駄々をこねるとリタがまたお叱りを受けます」


「えっ私ですか?!」


「わかったわ、今度怒られたらリタは確実に泣くわね」


「ちょっと奥様もアニーも私が怒られること前提ですか?」


「大丈夫よ。私が何かしたらみんなが怒られるのは分かってるわ。上手く立ち回るから心配しないで!せいぜいアブドゥル様のご機嫌取り頑張るわよ」



食堂に着くと変化があった…髭がない!


「あなたはアブドゥル様ですか?」

髭がなくなってモサモサの髪もバッサリ短く切られていた。もはや別人ね


なるほど、これならまだ若く見えるわ!清潭な整った顔と鋭い目つきに生傷


うーん…怖いけど幾分マシかしら?


アブドゥルが立ち上がりズカズカやってきた、怒られるかもしれないと体が硬直して目を閉じてしまった


「マリーウェザー様おはようございます…昨晩はよく眠れましたか?」


目を開いて見上げたら手を差し伸べられていた、その手に手を重ねる

なんて暖かい手なの!


私は自分の手が冷たいと気付かされた、丁寧に椅子までエスコートされる


「今日も我らに糧をお与え下さる主に感謝し、大地の恵をいただきます主に祈りを捧げます」


アルラシードの祈りの言葉のようだ

グロステーレの祈りと似てるけど違う。聖霊に祈るのだ


食事が始まっても、チラチラと見てきて私の反応を伺ってるようだった。もしかして私の顔色を伺ってるの?コレじゃ私のほうが我儘令嬢じゃない!私って、そんな我儘を言ってるのかしら?


「その、髪を短くしてみました…髭も、マリーウェザー様のお気に召しましたか?」


「別人と見違えるほどさっぱりしましたね、素敵になられたと思いますわ」


「やはり髭はお好みではなかったのですね」


「髭が好きか嫌いか考えた事も無かったですわ…顔が隠れると思う程度です」


「マリーウェザー様は今日は髪を下ろしてるのですね」


「はい、お気に召しませんか?」


「好きです!あっ、どの髪型もよく似合ってます……貴女はどんな髪型でも美しい」


「ならバッサリ切ろうかしら?その方が楽だわ」


バンとデーブルを叩いて「駄目だ!」と叫ばれた


「ひっ…も、申し訳ございません切りません」


「あっその、せっかくの美しい白銀の髪が勿体ないですから。切らないで伸ばさないのですか?」(あたふた)


「仰せのとおりにいたします」(ガクガクブルブル)


「言い方が悪かったのは謝ります…髪型も好きにしていただいて構いません。そんな目で見ないで下さい…私はどうすれば良いのですか?」


「…仰せのとおりにいたします」震えが止まらない、早く逃げたい


「……貴女は食事を続けて下さい。私は少し出てきます」


アブドゥルが立ち上がって部屋から出た

皿もほとんど食べ終わっていた…いつの間に食べたのだろう


「奥様…」


「リタ…今のは何がいけなかったの?私は何で怒らせたの?」


「…髪を切るとおっしゃったのがよくなかったのでは?」


「今まである程度伸びたら、おかぁ…乳母に定期的にバッサリ切られてたわ。村の女の子だって短い子もいたし。もしかして貴族令嬢は髪を切るのがタブーなの?」


「…言いにくいのですが、その乳母は奥様の髪を売っていたのではないですか?質も良いですし、珍しい白銀の髪なら高く売れそうです」


「そんなっ…」


「奥様、お食事はどうされますか?もう少し食べたほうが良いと思いますが」


「アブドゥル様が出ていったことより髪が売られたかもしれない事の方が衝撃的よ」


「きっと奥様が暮らしていた別邸は予算が少なかったのです、仕方ないからお金に換えたのでしょう。よくある事ですよ、背に腹は代えられない時もありますから」


「そうね…私が知らないだけで家計は火の車だったかもしれないわ。私の髪で何とかなっていたなら良かったのよね?」

 


それから図書室に籠もった。本を読んで気を紛らわせたかったから


今読んでる本は恋人がお互いにプレゼントし合う話で

彼女は自慢の髪を売って彼に懐中時計の鎖を買い、彼は懐中時計を売って髪飾りを買った話し…


「サプライズなんてするからこうなるのね…事前に欲しいものを確認しないから!それに平民は自由に髪を売ってるじゃないの」


別の話でも、お金に困った貧しい家の娘が自慢の髪を売ってお金を作る。その髪でカツラを作った貴族の令嬢が王子様を射止めるのだけど、カツラだとバレて振られる。王子様は本当の髪の持ち主を探し出して貧しい家の娘と結ばれる

「チープな話ね!この馬鹿王子は髪の毛しか見てないの?国の行く末が心配ね」


他にも髪関連の本を読んだけど


「私がアブドゥル様に怒られる理由が無いわね…単にロングヘアーが好きだったのかしら?それともアルラシードでは髪の長さは富の象徴なのかしら?…ふぅ。

日が暮れるのが早いわ、お腹すいたけどアブドゥル様とディナーは気が重い」


昼食も食べずに本を読み漁っていた事に気が付いた。誰も呼びに来ないなんて、え?もしかして忘れられてる?…おかしい、静かすぎるわ


立ち上がり周りを見た…世界に1人だけ取り残されたみたいに静かだった

だけど不思議と恐怖なんて無かった、静かに本が読めて一人になれて頭が冷えた感じがする


「図書室の奥まった場所…誰にも見つからない秘密の場所だわ!」


お腹が空いたから部屋から出ると、出会ったメイドに叫ばれた


「奥様が見つかりましたー!!」


「あわわ、ちょっと叫ばないでよ、ずっと図書室にいたわよ?誰も探しに来なかったのに」


「マリーウェザー様ァ!」


バリィィンバリバリ!


と窓ガラスを割ってアブドゥルが廊下に転がり込んできた!

割れたガラスをバリバリ踏んで駆け寄ってくる

「どこに行ってたのですか!心配しました!」


「キャーッ!」←近くにいたメイド


「キャーッ!…と、図書室にいましたぁー…うわーっごめんなさぁ~い、うぅえーん、ごめんなさいごめんなさい」


「心配しました!馬車も残っていたので、てっきり歩いて逃げたのかと……ハァー、それでいったいどちらにいたのです?誰が匿っていたのですか?」


「うわぁーん…本当に1人で図書室にいましたぁ…嘘じゃないよぅ!本も5冊は読んだし…うぇーん、ヒックうっく」


騒ぎを聞きつけて来た執事頭が唖然としていた

「旦那様、尋問はもうそのくらいで…奥様は見た目はしっかりしておいでですが、まだ年端もいかぬ12歳の少女ですから」


「庇ったと言う事は、執事頭そなたが犯人か?」


「私はずっと旦那様と外を探しておりましたよ…この屋敷は時折子供を隠すのです」


「何だと!そんな危険な屋敷なら早く言え!マリーウェザー様!こんな屋敷は出ましょう!アルラシードの王都に私が王より下賜された屋敷がございます!」


両肩をガシッと掴まれてゆさゆさと脅される


「仰せのとおりにいたします!」


「明日引っ越す!準備せよ!神隠しの屋敷になどマリーウェザー様を置いておけぬ」


「旦那様!グロステーレの春を寿ぐ宴は出ねばなりません、奥様がご結婚された事を王都でも周知せねば。

それに奥様の姉君が嫁がれた親戚の家とも交流もせねばなりません」


本物のマリーウェザーお嬢様ですら会ったことがないのに?「私は姉君達と何の交流をしなければならないの?」


「派閥の為です、ハインツは中立派の筆頭ですから」


「ここはもうハインツではない、アルラシード国王領土だ。春の宴ならアルラシードの方に出れば良かろう?

手紙や招待状が届く前に出る!マリーウェザー様、海を渡るルートと、大回りしてジャングルと荒野を抜けるルートどちらがよろしいですか?」


「え?…海かな?」


「明日出発する!そなたらの異論は認めない!」


「旦那様!お待ちを旦那様!」



それからリタにもアニーにも、どこにいたか聞かれ、本当に図書室にいたのだと答えるが、2人とも図書室を見に来たと言っていた。

奥まっ所で座ってたから見えなかったのよと説明するも納得してない感じだった


「本当は分厚いカーテンの中に隠れてたの、カーテンの中って暖かくて落ち着くでしょ?」

冗談のつもりで適当なこと言ったらそっちのほうが信じてもらえた


静かな夕食…アブドゥルは黙ったままで何も言わなかった。

私も視界に入れないように下を向いて黙って食べた。上から威圧的に刺すような視線が怖かった




「神隠しの屋敷だと知っていたら却下していました!私が守ります!安心して下さい!どんな敵も捻り潰してみせます!」

ドンと胸を叩くアブドゥル


「ではせめて後ろを向いて下さい…」


「後ろを向いてる間に消えたらどうするのです!」


「うん、もう諦めるわ」


「奥様…」


「湯浴みを諦めるのよ?素肌を晒すわけないじゃん、リタ脱がさないでよ」


「寝るにも着替えが必要ですよ?」


「先ほどからコソコソと何を話してるのです!私に隠し事ですか?」


「ひっ…こっち来ないで下さい!夫婦でも妻の湯浴みを覗くなんて変態です!」


「失礼しました、見ないようにします」


「うわぁ…この人薄目開けて見てるわ」

「しっリタ!死にたいの?」


結局湯あみも、着替えも全部見られた…目付きが鋭くて怖かった


そして同じ部屋で寝ることになった。ベッドに運ばれて寝かされて、紅茶を1杯手すがら飲まされて私は病人か?囚人か!


アブドゥルがベッドの横に椅子を持ってきて座る


「え?そこで一晩過ごすつもりですか?本気ですか?」


「披露パーティで貴女が倒れた後もこうしていました」


ひぇ…こんなに見られながら私は昼過ぎまで寝てたの?


「何を心配してるのですか?私がいるから安全です……あぁ、2年の約束は守ります…発育がよくてもマリーウェザー様は12歳ですから。それに無理やり致したりしません。私は貴女を大切にしたいのです」


「それはどうも…」


「マリーウェザー様、眠れませんか?今日も聖女物語を読みますか?」


「ええ。えっと………え?なんでそんな事まで知ってるんですか?」


「昨晩も貴女が心配で見守ってました」


「ど、どこから見てたのですか?」


「ご心配なく、部屋に入ったりなどしていません!窓の外、壁に張り付いて見てました」


だからカーテンが開いてたのね!…ひぇ

「と言うか窓の外って…ここ2階ですよ?」


「昨晩、貴女が消えたトリックと同じです」


「多分違うと思います」


「貴女が消えたトリックを教えて下さい」


「クローゼットの中にいました」


「本当の事を言うつもりは無いのですね。私はそんなに信用できませんか?」


「…もう説明するのが面倒です、実践するのでその目で確かめて下さい」


ベッドからピョンと飛び降りてメイクルームまで走った

そして月明かりの薄暗いクローゼットを開け真ん中を避けて適当なこに入ってからドレスにしがみついた


アブドゥルが一部始終を見ていて唖然とした


「人の事言えませんが服は乱暴にガサガサしてはいけませんよ?あと匂い嗅ぐの変態みたいで笑いそうになりました。

…嘘です、見つかりそうで叫びそうなほど怖かったです」


「本当にクローゼットの中にいたのですか」


「信じてもらえて何よりです」


「では昼間も本当に図書室にいたのですか?」


「夢中になって本を読んでいたので探してるって気付かなくて…だからアルラシードに行かなくていいですよ?」


「アルラシードに行きたくないのですか?」


「もちろん一度は行ってみたいですよ?色んな所に行きたいです。グロステーレでは貴族が集まる春の宴と言うのがあるらしいです。…15歳になる年に王都の学園に通う予定でした。春の宴の時は城で1日中パーティーがあるのですって

デビューした若い貴族達は午前中から昼間に年頃の友達と交流して、夜は大人の時間らしいですよ」


「マリーウェザー様は王都の華やかなパーティーに行きたいのですね?」


「お嬢……物語の主人公はどの女の子もお城の舞踏会に憧れますから。一度は行ってみたいと思います」


「本音を言えば私は貴女をお城の舞踏会に連れて行きたくないです。

どこか塔にでも閉じ込めて私だけのものにしたい…だけどそんな事をすれば貴女に永遠に嫌われそうですね」


「さっさと隙間から出て塔から飛び降りますよ」


「足枷がついてますから無理ですよ」


「なぜ貴方はそんな事をしなければならないのですか?」


「言ったでしょう?私だけのものにしたいと」


「そんな事をしても私はあなたの物になりませんよ?」


「フッ…少なくとも他の誰かの物にはならないでしょう?どうすれば私を見てくれるのですか?せっかく巡り会えたのに……私達は出会う運命だったのです」


「あなたはマリーウェザーの何が良いのですか?ハインツ辺境伯の血筋だからですか?王命がなければ結婚していないでしょう?」


「確かに王命がなければ出会わなかった、でも私達は出会う運命だったのです」


「あなたの運命は別にあるじゃないですか?…きっと運命の相手は私じゃないですよ」


「私の運命の相手はマリーウェザー様以外いない!私は間違ってない!」


「2年以内に見つかるといいですね…冷えてきたのでもう寝ます」



以下アブドゥル視点――


「気が利かず申し訳ない…」


アブドゥルは薄いネグリジェのマリーウェザーを見てその白くて美しい谷間に目が釘付けになった

発育の良いマリーウェザーは幼いながらも、年頃の妙齢の令嬢に見えた


エスコートだと自分に言い聞かせて、白くて華奢な肩に手をやると冷えきっていて、とても冷たかった


こんな薄着の彼女と長々と話し込んでしまった…また間違った事をした


「アブドゥル様の手は暖かいですね…隣国の方は皆手が暖かいのですか?」


「さあ、どうでしょう?比べたことなどありませんでした。グロステーレの令嬢もみな冷え性なのでしょうか?」


「乳母も寒がりでしたわ」


ベッドに潜り込んで丸まって眠るマリーウェザー

彼女はこちらに背を向けてしまった…会話はもう終わりのようだ


アブドゥルは2人きりで会話したかった、避けられてるのは知っていた、怖がらせるつもりなんてなかった、大きな声も自覚してる。

ただ不器用なだけだった…



アブドゥルの夢の中の彼女はいつも親しみを込めて自分に笑いかけてくれた。いつもニコニコと楽しそうに笑ってた


しかし現実は怖がらせてばかりだ


アブドゥルが先ほどのクローゼットの一部始終を見ていて唖然としたのは、月明かりに照らされたマリーウェザーの白髪がキラキラと輝いて見えたから

それがアブドゥルの夢に出てくる白銀のマリーウェザーそのものだった


アブドゥルはいつ頃からか、たまに前世を夢で見るようになった。落ち込んだり辛く悲しい事があっても、たまに見る夢に励まされた


それが前世の夢だとわかったのは、第二王子に誘われてアルラシードの宮殿の夜会に参加した時だった


大ホールに飾られてる聖画を初めて見たときに衝撃で動けなかった


夢に出てくる美しい少女が描かれていたから


第二王子が「白銀の聖女」の物語を語っていた。実在した令嬢をモデルにした聖画だと言うが、アブドゥルは夢に見て知っていた。


なぜならその飾られていた聖画は、かつての自分が聖女本人から貰ったものだったからだ。

自分の死後に献上されたか、売られたか盗られたか…生まれ変わっても、またこの聖画の前に立っている


「泣くほど感動するなんて、そなたは見かけによらず繊細なのだな」

「殿下、私を誘って下さって感謝します。城の夜会など来る機会もありませんから。我が神よ、その御心で祝福を授け給え」


跪いて祈ると聖画が一瞬輝き、描かれた聖女が微笑んだように見えた


その日から前世を毎日のように夢に見た


夢の中で2人は愛し合っていた、国も人種も違うのに互いに想い合い、離れている時も不思議と心が通じていた

贈り物をしあい、愛の言葉を交わし、抱き合い熱い口付けもしていた


夢の中では愛し愛されて幸せだった


だがこの国の人間が聖女と結ばれたなど、どの歴史でも語られていない。…夢でも最後はどうなったか分からなかった


もしかしたら、来世を約束して非恋に終わったのかもしれない。きっとそうに違いない!だって夢であれだけ愛し合っていたのだ。


どこかにマリーウェザー様も生まれ変わってるに違いない!


アブドゥルは宛もなく探した、グロステーレからマリーウェザーと言う名の商人の娘が来ていると知れば会いに行った


当たり前だが全然知らない違う人だった…


歴史上の偉人から名前をつけるのはよくある事だ。現に自分も奇しくも過去の自分と同じ名前だった


今更だが、また女に生まれ変わってるとも限らないのではないか?

先に生まれていれば?平民なら結婚適齢期が15歳だ…貴族でも18歳までには婚約してる

20過ぎれば行き遅れなどと言われる…同じ年齢であればもう結婚してるかもしれない


胸が締め付けられる思いだった


そんな折、辺境で小競り合いがあり自分の隊が駆り出された。

第二王子を旗頭にした派閥が集まり、新しく軍隊を作って戦果を挙げるよう求められた


グロステーレに行けるチャンスだと思った

毎日夢に見た愛しい恋人(※前世のマリーウェザーのこと)に会えるのではないかと期待に胸を膨らませた


夢中で進んで突っ走った、砦を落として街に入り街人を捕まえて白銀の聖女を探した


「どこかの田舎町に白銀の妖精姫がいると噂で聞いたことがある…ここらでは珍しい雪の華の妖精だ」


冬の華とは冬にしか咲かない花で、儚く白い花を咲かせ、春先に食用の赤い実をつけるグロステーレの国樹だ。

グロステーレから輸入されたが、わが国では気候が合わなかったのか50年程前に最後の1本が枯れてから見なくなったらしい。

50年前には薄紅色の花が咲いて小さな実が生っていたとか。食べると、どんな病も傷も癒されたと伝承が残ってる


が、それも前世で聖女様から私が授けられ王に献上した雪の華の実だったものだ。

アルラシードでは育たないと言われていたが奇跡が起きた、いやおこしたのだ。

聖女様は群衆の目の前で光る指先をくるくる回し、あっという間に赤い実を苗木にしてみせた。私の間違いを導いて、飢えに苦しむ民に涙し、奇跡の赤い実を下さったのだ。

あれは忘れもしない、聖女様と初めて会った奇跡の私と彼女の運命の出会いだった


噂のその白銀の妖精姫が聖女様の生まれ変わりに違いない!私はそう確信した。腹の底から熱く燃えるような運命を感じたのだ


それから敵軍を捕虜にしては白銀の妖精姫の話を聞いて回った…が、街人に聞いた以上の噂は見つからなかった


マリーウェザーと言う名は珍しい名前ではなかった、会うたびに落胆した。

気がつけば砦を1つ落としていた、そんな事よりも夢中で探し回っていた


アルラシードでは王が勝手に自分の娘を私と結婚させようと画策していた。

向こうの派閥の者どもが、私の了承してない婚約を推し進め、婚約者から婚約破棄された行き遅れの我儘姫娘を私に押し付けようとしていた。


お世話になった第二王子と派閥も違っていたから、もし私が王女を娶れば国内でも紛争が起こる。

政治に利用されるのは面倒だし、父とも派閥が別れることになる


そんな時に転がってきた逃げ道だった。

グロステーレとの和睦交渉の結果、領地の半分を子爵子息でしかない私にくれると言う

しかも領主館と末娘付きで……その娘の名前もマリーウェザーだった。


どんな娘か聞いても誰もが知らないと言う。生まれてすぐに母親が亡くなって、別邸の乳母のもとで育ったから本館の人間は父親ですら放置していた可哀想な娘だと。


アルラシードの我儘王女より幾分マシだろう


戦果をあげてから第二王子の陣営でも駒として派閥のどこぞの令嬢と結婚させられそうになり嫌気がさしていた。ハニートラップも増えて、道を聞いただけで結婚詐欺扱いされる。


早とちりした父親が結婚おめでとうと手紙を送ってきた。結婚式に出れなかった事が心残りであるとしたためられていた。病気がちだったから長くないと書かれていて急いで会いに行った


父はピンピンしていて、10年ぶりくらいに親子で話した

「お前も良い年なのだからそろそろ結婚して落ち着きなさい…王命なら断ってはいけないのだよ?謀反と言われて一族ごと処刑される。先祖代々続いてきたこのアルラフマーン子爵領を王家に没収されるのは辛いなぁ」


どこかにいるかもしれない聖女様を探すより父親孝行を優先した。それに結婚するなら、名前だけでもマリーウェザーと結婚したかった


アルラシードの王女を娶るより「平和のために辺境伯になった英雄」となる事を選んだのだと、自分にそう言い聞かせた


それでも諦めきれず顔合わせもせずギリギリまで噂の聖女様を探し回ったが、結婚式の日が来てしまった。

おざなりな結婚式が始まってからも客席にいないか探した


「病める時も健やかなる時も―……」


結局見つけられなかった…私の愛する聖女様


「…―では近いの口付けを」


全部ぶち壊して逃げ出したい気持ちを我慢して…隣の女のベールをめくる


小さいな、それに細い肩だ


今になってようやく気付いた…彼女の肩から見えていたのは白銀の髪だった(ドクン)

白い肌、整った顔立ちの妙齢の美少女が目を閉じて震えていた(ドクンドクン)


心臓がバクバクと脈打ち、自分の中の答え合わせを早く正解を!運命を確かめたくて仕方なかった


「女、目を開けよ」


その瞳は夢に見た、恋い焦がれた夜空に輝く星まで同じ色だった


早く自分のものにしなければと勝手に体が動いて唇を重ねた


驚いて開いた瞳も仕草も夢に見た彼女そのものだった。夢では感じられなかった現実の温もりと彼女の味に歓喜した、拙い舌使いは夢よりも男慣れしてなくて心が躍った。白かった頬が赤くなって潤んだ瞳で見上げてくる


…夢に見た運命の彼女だ!


やっと出会えた!巡り会えた!奇跡だ!夢の続きを…今度こそ最後まで貴女のために生きて貴女を幸せにします


そう思っていたのに…彼女は間違いなく私の運命の相手なのに前世を覚えていなかった


前世を打ち明けようか?いや変人扱いされるのが落ちだ。自分だって前世を思い出すまでは、そんな馬鹿げた事を言う輩は、頭のおかしいキチガイだと馬鹿にしていた


信じてもらえるだけの信頼関係もない…よく考えたら私は領地に押し入ってきた略奪者で彼女から父親も領地も館も財産も人生も全て奪ってしまった


どうすれば?


彼女の瞳に夢のような熱はなかった…警戒されて怯えられる。私はこんなにも貴女を愛して恋焦がれてるのに、夢の通りに動いてるのに、なぜ気持ちが伝わらないのだ?


そうだ、あの運命の聖画を見たら彼女も思い出すかもしれない…アルラシードの城に連れていかなければ!


そう思っていたのに、アルラシードからの手紙で貧民や流浪の民を受け入れよと王命が下り、ついでに第二王子の作った軍のうち、邪魔な平民出身の出世者を押し付けられた。名ばかりの階級と役職しか持たない有象無象が緑豊かなこの領地に流れ込んでくる


こちらの準備も返事も無いまま、海を渡って船でどんどん送られてくる。

領地の収穫物が帰りの船に積まれて帰っていく…


アルラシードは乾燥した荒野かジャングルかの極端な土地で農作物が育ちにくい。肥沃のハインツで夢を見たい若者から死にぞこないの貧民まで流れてきた。

小さな小競り合いから暴動まで毎日のように報告される、そんな場合ではないのに!


「隊長…じゃなかった、今はアルラフマーン辺境伯?領主様?アブドゥル様?街の窃盗団を捕まえました!9対1でアルラシードの貧民です」


「殺人、強盗、強姦、放火は直ちに処刑する!」


「犯罪奴隷にしないんですか?」


「グロステーレでは奴隷が禁止されてる…まさか既に奴隷にしてないだろうな?」


「えー、白人の代官がアルラシードの貧民に首輪かけて連れ回してるのは見かけましたけど、奴隷かはわかんねッス」


「代官がやってるのか?ハァー…どこの国にもクズはいるものだな。分かったこっちでやっておくカヤックは引き続き小隊を引き連れて巡回してくれ」


「了解ッス!…んでいつになったら奥方を拝めるんですか?聖画から抜け出した聖女様を閉じ込めてるなんて罪深いですね」


「ぬかせ10年早いぞ!」


最近、カヤックのように聖女様に会わせろと言う輩が沢山いる。グロステーレでは子どもの寝物語程度なのに、アルラシードでは聖女は信仰の対象なのだ


私は、一刻も早くその聖画の前に立たせたいのに――


「そんなにアルラシードの王都へ行きたいならアブドゥル様が1人で行けばよろしいのよ、街で暴れてる犯罪者を返却してきて下さいな。

そうですね、2年程行ってきてはいかがですか?

アルラシードでも白い結婚が認められるそうじゃないですか。むしろ3年石女なら女は問答無用で追い出されるそうですね!世知辛い事…ふふっ」


「白い結婚!?私は貴女を追い出したりしません!」


「アブドゥル様がどう言おうとアルラシードでは当たり前のルールなのですって。貴方の父君も妻と離縁なさってるじゃないですか」


「私は絶対に貴女を手放したりしない!あなた以外いらない!他の嫁を娶るくらいなら切り落とします!」


「(ギョッ!)ナニを切り落とすの!潔すぎない?やめてください!」


「どうしたらマリーウェザー様は私を愛してくれるのですか?貴女が右手を差し出せと言うなら喜んで切り落として差し出しましょう、世界に1つしかない花が欲しいと言うなら世界の果てまで取ってきましょう。海に落とした小石が欲しいなら海竜がいても潜って取ってきます。貴女が死ねと言うなら死にます。私は貴女に愛されたい」


「本当に何一ついらないわ!…それに死なれたら迷惑よ」


「私は何をどうすれば貴女に愛してもらえるのですか?」


「貴方はどうして私に愛されたいの?」


「愛し合う運命だからです」


「運命ね…その運命の相手って私じゃ無いでしょ?ちゃんと他を探してよ」


「私は間違ってない!なぜ私の想いを信じてくれないのですか!」


「私は……貴方の運命じゃないもの…」


「なぜ、あなたはそこまで頑ななのですか?私が信じられませんか?貴女から父親や領地を奪った略奪者だからですか?」


「いえ、別に?会ったこともない父親にそこまで思い入れはないと思います…多分」


「私を愛して下さい」


「…あなたはきっと私の愛では満たされないわ。ごめんなさい」


その寂しそうな横顔を抱きしめたくなった

気がついたら抱きしめていた


「キャーッ!マリーウェザー様が!誰かぁ!」


「ぐる"じぃ゙ー…た す けっ」


ペチペチと腕を撫でられる「すみません、つい…」


「ゴホッゴホッ…私を絞め殺すつもりなの!もうイヤだ!怖いよぅ…おかあさーん!うぇーん」

「奥様先に行かないで!奥様!」


侍女を置き去りに駆け抜ける、その後ろ姿まで夢のやりとりを思い出させた


リタ「…ご主人様のお耳に入れたい事があります…侍女長と執事頭に止められるので素早く内密にお話し出来る場所へ」


「私がそれを聞くメリットがあるのか?」


「マリーウェザー様の出自に関することでございます…奥様はキチンと愛されるべきです」


「聞き捨てならない!マリーウェザー様は誰に愛されるべきなのだ!ふざけるなァ!」


「ひやぁっ!……お嬢様はちゃんと旦那様と想い合ってるのに勘違が邪魔をしてるのです!」


「詳しく聞こう私の執務室へ連行する!」


「キャッ!自分で歩けますっ」


ガシッと掴んで執務室まで全力で走った

人払いをして扉を閉めて鍵をかける


「早く話せ!」


「話してもいいですけど、殺さないで下さいませ」


「約束する、何なら褒美も与えよう」


「実は――…」

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