第2話 ヤンデレストーカー
「マリーウェザー様、庭の散歩の後どちらにいらしたのですか?」
「肖像画を見てから図書室へ行きましたわ」
「誰とですか?」
「リタと行きました…メイドから私の専属侍女に取り立てましたの。今は侍女長の下で学んでおりますわ」
「専属侍女をお決めになったのですね、採用基準をお聞きしても?」
「えっと…手際良くて、真面目そうで、話して気が合いそうだと感じました。いけませんでしたか?」
「いえ、気になっただけですから…ちなみにどのような会話で気の合う合わないと判断されたのですか?」
「素直な物言いと、率直な意見をくれるところ?」
「具体的には?」
「あの、近いです…」
夕食時にテーブルの座る位置が変わった
アブドゥル様は真横に来た、本当に横ピッタリ。アルラシードではコレが普通なのかしら?
そして、まるで取り調べを受けてるかのような…実際の取り調べがどのように行われてるかは知らないけど、きっとこんな感じだわ
威圧感たっぷりに見下ろされるのは嫌な感じね
「私達は夫婦になりました、近くて何か不都合でもありますか?」
「……恥ずかしいのであまり見ないで下さいと言えば伝わりますか?夫婦になりましたが私達は出会ったばかりの他人です」
「そうですね、お互いを知っていく必要がある…マリーウェザー様は私に見られると恥ずかしいのですか?」
「…アブドゥル様だけでなく、他人からジロジロ見られるのは落ち着きません」
「ジロジロ見てはいませんが、そう感じられたなら失礼しました。それと私達は正式に結婚した夫婦です!他人ではない夫婦ですお間違いなく」
ひっ!「…はい承りました」
カタンとカトラリーを置く
「あの…もうお腹いっぱいなので失礼します」
「少食なのですか?まだ全然食べてませんが?倒れてしまいますよ!」
「お気遣いなく…失礼します」
広い屋敷の廊下を1人で歩く…1人は寂しいのね。別邸ではいつもお嬢様かお母さんといたから1人がこんなに心細くて寂しいなんて知らなかった
部屋に戻るとメイドが湯浴みの用意をしていた
「奥様?申し訳ございません、まだ準備が整っておりません」
「いいの、早めに夕食を切り上げて来たから。準備してくれてありがとう…ねぇ、湯浴みをしたら、私はあの広い寝室の大きな寝台でアブドゥル様と一緒に寝なきゃ駄目なの?
私は、まだ12歳なのに初夜をしなければいけないの?」
「奥様12歳ですか?!…旦那様に今おっしゃった事をお話して心と体の準備が整うまで待って欲しいとお伝えしては?
せめて15歳まで待って欲しいと言えばよろしいのです。奥様はもうすぐ13歳ですから実質2年ですが…貴族の結婚は3年そういった事がなければ白い結婚として離縁を申し出れます…
グロステーレの法律なのでアルラシード国領になったから、通用しないかもしれませんが」
「貴女の名前は?」
「私はアニーです」
「侍女は1人しか作れないの?アニーも私の侍女になってくれる?」
「よろしいのですか?」
「別邸から誰も連れてこれなかったの…アニーお願いよ、私の味方になって」
「かしこまりました、このアニーが奥様の盾となりましょう。リタと派閥が違いますが、これから先は奥様が新しい派閥のトップでございます」
「え!既に派閥が出来てるの?働き始めたのってつい最近じゃない?
そして貴女は元いた派閥を抜けて私に乗り換えたの?ありがたいけどそれは大丈夫なの?
まだ私じゃ何かあっても守りきれないわ…抜けるより居座って情報収集した方が安全ではなくて?」
「…奥様、意外と賢いですね。大勢味方につけると自然と派閥が出来上がるものです」
「アニーって読み書き計算も得意でしょ?」
「得意とまでは…何故お解りになったのでしょうか?」
「話し方が商家のお嬢さんみたいよ」
「っ!?気をつけていましたが、出ていました?」
「冗談のつもりでカマかけてみただけなの。当たってたなんてびっくりしたわ。商家のお嬢さんなのね?」
アニーが面食らった顔で驚いていた
「アニーと仲良くなれて嬉しいわ、今後ともお世話になります」
「お引き立て感謝いたします奥様」
それからリタとアニーの派閥の現在のトップが誰なのか聞いたら、リタは侍女長の派閥で、アニーは執事頭だった。
アニーの話では執事頭は以前、横領してた噂がある人で事件が発覚する前に領地が割譲され横領に加担していた数人が退職させられたのではないか?賢くて落ちぶれたハインツ伯爵よりアルラフマーンに着いたほうがいいとこの館に残ったそうだ。
「旦那様に取り入るのが上手だと思いました。以前のお抱え商会も南部に押し付けたのだとか」
アニーはトカゲの尻尾切りだと揶揄していたけど、今はアブドゥルが怖いから様子を伺ってるのではないかと笑ってた
「もしそれが本当なら派閥から抜けた方がいいけど…あえてスパイとして情報収集しましょう!」
「…奥様、面白がってますね?」
「え?そんな事ないわよ」
「奥様のそんなワクワク楽しそうなお顔初めて見ました。元気になられたのなら良かったです……思いつめた顔をしてらしたし、音もなしに部屋に入ってこられたので、その…失礼ながらお化けかと思いましたわ」
「フフ私って全体的に白いもんね?せめて服だけでも明るくしたいわ。あの肖像画の聖女風な雰囲気、正直いらないわ」
「かしこまりました。奥様はまだお若いので明るいオレンジやピンクのドレスも似合いそうですね」
「いつもグレーや緑や紺の服だったから想像もつかないわ」
「落ち着いた色がお好きなのですね?」
「そう、なの…かしら?」
汚れが目立たない色で平民のシャツとエプロンを着てたのよ…洗濯してだんだん色が薄くなるのよね
アニーが湯浴みの用意のついでに侍女長に話を通して来ると部屋から出ていった
すぐにまたドアが開いたからアニーだと思ったらアブドゥル様だった
ガチャと扉が閉められ退路を防がれた、メイクルームに逃げようか?…そう考えていたら険しい顔のアブドゥルがズンズンと距離を詰めてきて遥か高みから見下ろしてくる
「何をしていたのですか?」
「…湯浴みの準備を待っていました」(ガクガク)
「まだ準備できてなかったのですね、怠慢だ」
「いえ、食事が早く終わったせいです!…アブドゥル様も早いですね食べ終わったのですか?」
「私も切り上げました。貴女がいないのにノロノロ食べる必要は無いですから」
「…すみません」
「何を謝ってるのです?」
「え?」
「何に対しての謝罪ですか?」
「私がノロノロ食べて…?」
「違う!一緒に食事せず部屋に戻った事を謝って下さい!」
「ひっ……一緒に食事せず部屋に戻って申し訳ございませんでした」
震える声を絞り出して言われた通り謝ったのにアブドゥル様は険しい顔を更に眉間にシワを刻んで見下ろしてくる
怖い
「違う!そうじゃない!謝って欲しいわけじゃない」
「ひっ!」
急に怒鳴られて怖くなったから逃げ出した
メイクルームに駆け込んでドアをしめると、窓をバンと開いてから服がかけてあるクローゼットに入り込んだ
服にぶら下がって地面から足を隠して息を殺す
昔、クローゼットで遊んでてお嬢様から隠れきった事があった
すぐにドアがバンっと開く音がしてドスドスとアブドゥルが入り込んできた音がする
すぐに開いた窓に気付き
「マリーウェザー様!…逃げられたのか?クソッ!」
またドスドスと部屋から出ていく音がした
心臓がバクンバクンとうるさくて息が上手く出来ない
力いっぱい握りしめた手がなかなかひらなくて動けなかった。
待ってたらアニーが戻って来るかな?
すると、音もなくアブドゥルがドアの所に立ってたのに気付いた
キョロキョロと見回してるような感じで…行ったふりして戻って来たことがわかった
そしてこっちを見た…私はレースの布越しに見てたから多分あちら側からは見えないはず
クローゼットの前に立ったアブドゥルがしゃがむ、きっと足を探してるのだ
そして衣装の真ん中に手を入れて左右にぐわっと押し広げてクローゼットの奥を確認した、アブドゥルは私ごと押してるのに気付かないらしい
貴族令嬢の衣装って大きくて分厚くて重いもんね
髪も肌も白くて良かったと、この時ばかりは思った
何をしてるのかと思ったらクンクンと匂いを嗅いでる…ひぇ
バレる!誰か助けて!
すると部屋に侍女長とアニー達が何か話しながら入って来た声が聞こえた
リタの明るい声に思わずクローゼットから飛び出さそうになった
目の前のアブドゥルが「チッ」と舌打ちして顔が凶悪に歪んでゾッとした
「キャーッ!…だ、旦那様?いかがなさいました?」
「マリーウェザー様が窓から逃走した!探せ!」
「え?」
「は?」
「あっ、今すぐ!」
3人がバタバタと部屋から出ていく音がして、執事頭がアブドゥルを呼びに来て今度こそ部屋から出ていった
その時、掴んでいた衣装がビリっと破れて私はようやく地面に足をつけることができた
握りしめた手が真っ白になっていて、だんだんゆっくりと握ったところが赤くなってきた
クローゼットの中で三角座りしてひとしきり泣いた
死ぬほど怖かった
その後すぐにメイドが見つけてくれて騒ぎは収拾した。みんなにどこにいたのと聞かれてクローゼットと答えた
アブドゥル様が同じ事を聞いてきたけど本当にクローゼットにいたから嘘もつけない
「本当はどちらにいらしたのですか?」としつこくてしんどい
だけど今なら言い返せる、だってここには侍女長やリタやアニーがいるから
「…あなたに私が見つけられなかっただけではなくて?アブドゥル様、私は今まで気付かなかったのですが1人じゃないと眠れないようです。
誰かの寝息や気配で起きてしまいます…初夜も体の成長が整う15歳まで待っていただけませんか?
実質2年程です
この館の西側にある塔に来客用の部屋がありますよね?今日から私はそこで寝ます」
毅然とした態度がとれているだろうか?怯んではダメよ!
手足が私の意思に関係なく勝手に震える…力を入れて震えを抑えようと必死だった
「…初夜の件は了承しました。約束します2年待ちましょう」
私の訴えは届いたようで取り敢えずホッとした
「ですが西の塔?そんなものは認めません!貴女はここで寝てください。一緒に寝れないなら私が部屋を移るので貴女はここにいて下さい!
女主人である貴女が来客用の部屋で寝るなど、外聞が悪いにも程がある!認めるわけにはいかない」
「…仰せの通りにいたします。アブドゥル様がどこで寝ようと私は文句を申しません。ご配慮ありがとう存じます。アニー湯浴みして寝たいわ、準備を」
目配せするとアニーが弾かれたように動いた
侍女長がアブドゥルを部屋から追い出して、執事頭に押し付けた
私はその場で膝から崩れ落ちた
「奥様!」
リタとアニーが駆け寄って来てくれた
「足が震えて…大丈夫よ、ふぅー……私がんばれたかしら?」
「旦那様を相手に、はっきりおっしゃられて凄かったです」
「アニーの言った通りアブドゥル様にちゃんと言えたから今晩から身の危険の心配は減ったかしら?……結婚なんかするもんじゃないわね。私にアブドゥル様の相手が務まるとは思えないわ。外に愛人でも作って来てくれないかしら?3年、白い結婚だったら離縁が出来ないかアルラシードの法律も調べなきゃ」
「奥様…3年白い結婚でも離縁は難しいかもしれませんよ?奥様の結婚は王命によるものです、しかも和睦の条件なので…実情はともかく離縁は難しいと言わざるおえません。
お互い愛人を持って別邸で暮らすのが限界です。書類上の縁は切れませんよ。王家主催のパーティーも夫婦として参加の義務があります」
侍女長が同情の眼差しをむけて、現実を教えてくれた
「奥様…申し訳ございません、私が余計な事を言ったばかりに期待させてしまいました」
「アニーが奥様に入れ知恵をしたの?」
「リタ、アニーは一般論を言っただけよ、いずれ図書室で仕入れる知識よ。王命じゃ離縁は無理ね…私は諦めるしかないのね?」
「奥様…」
部屋にメイドがいないのを確認して侍女長とリタとアニーと私の4人だけなのを確認する
侍女長は内緒話だと気付いたようだ「奥様?何を言うつもりですか!」
「本当のマリーウェザーお嬢様を探して!」
リタとアニーが驚愕した
「私はメアリー…本当は乳母の娘なの。結婚式当日の朝に乳母とお嬢様が逃げ出して、私は替え玉として置いていかれたの」
「お嬢様それは違います!貴女は本当にマリーウェザーお嬢様なのです!」
「侍女長と執事頭の設定だけど、もう無理!何で私がお嬢様の責任を背負うの?貴族として生まれたなら責務を果たすべきなのはお嬢様よ!
確かに母のした事は重大な罪よ?だけど王命の遂行のほうが大事でしょ!
ハインツ辺境伯の娘と結婚する事の意味を間違ってはいけないわ。この地を治める上で、住んでる民に領主の娘がいるのと居ないのでは心の持ちようが違うのではなくて?
肌の色も違う余所者のアブドゥル様では暴動が起こるから領主の娘が必要だったのでしょ?」
侍女長「マリーウェザーお嬢様!違います」
「私はメアリーよ!マリーウェザーお嬢様じゃないわ!あんな髭面のおっさん怖くて嫌よ!」
「奥様も侍女長も落ち着いて下さい!」
「2人とも声が大きい、静かにしないと会話が漏れます…マリーウェザー様は本当に乳母の娘なのですか?」
侍女長「違います!奥様がマリーウェザー様なのです」
「侍女長…私は別邸で暮らすマリーウェザーお嬢様の乳姉妹のメアリーよ。ドレスだってコルセットだって生まれて初めて着たのが結婚式の時よ」
「別邸の人間はみんな知ってるのですか?」
「口封じされたわ…ハッ侍女長!リタとアニーを殺したら全てアブドゥル様に言ってやるんだからね!」
「奥様、落ち着いて下さい!アブドゥル様に言ってはいけません!2人とも絶対に他言無用ですよ!喋ると私ではなくアブドゥル様の手で処刑されるでしょう!それに本当に奥様がマリーウェザー様です!」
「まだ言うの?私はメアリーよ…結婚式の当日に母がした事は申し訳なく思ってるわ、娘の私が責任を取るのは当たり前だと思うもの。
でも王命のご褒美が偽物の花嫁の方が重罪よ、本物のマリーウェザー様を探して!それまではちゃんとマリーウェザー様を演るわ」
「わかりました、乳母本人を必ず探し出して真実を説明させます。アニー、リタ、奥様の湯浴みを…その後話があります、夜中に見られないように私の部屋に来るように…もし見られたり声をかけられたら侍女の心得の説教とでも言いなさい」
「わかりました」
「湯浴みの手伝いはいらないわ…いつも1人でさっと入ってたから。長く入ると手がふやけて気持ち悪いし」
アニーとリタが見守る中さっと湯浴みして自分で洗って着替えも髪を拭くのも自分でテキパキ済ませた
「本当に自然に違和感なくやってる…乳母の娘って本当なんだ」
「リタ!他言無用って言われたでしょ!その単語は死ぬまで口に出しちゃだめ!貴女はポロッと出そうで怖いわ」
「2人とも巻き込んでごめんね…お嬢様が見つかるまでお給料こっそり増やすから許して下さい」
「その…どういった経緯でこうなったのですか?」
「お母さんは、あらかじめ知ってたんだと思う…手紙が届いたのが多分…1週間前かな?ソワソワしてなんか思い詰めてるみたいだった。
どうしたのか何度も聞いたけど、大丈夫とかごめんね…とか変だったもの。
ある日、いつも通り起きた朝に2人と、あと馬車と庭師のお爺さんが消えてて…
2人を探し回って、もしかしたら家に帰ってるかもと部屋に戻って来た時に金目の物が全部無い事に気付いて、置いていかれたんだって気付いて呆然としてた。
そこに侍女長と執事頭と騎士が迎えに来て、聞かれることにただただ答えてたら……庭で悲鳴が上がって血まみれの剣を振った騎士が出てきたの。
多分、悲鳴は庭師のお爺さんだったのかな?
それを見せられながら"最初から貴女がマリーウェザー様です、ご理解頂けましたか、よろしいですね?"って言われて
ハインツ辺境伯が負けて、王様が和睦で領地が割譲されたとか…意味がわからなかったわ、結婚式があるから迎えに来たって、誰の?って感じ
後は2人も知ってると思うけど湯浴みされてサイズの合ってないドレスを着せられて、言われたままバージンロードを1人で歩かされたわ」
「てっきり結婚に戸惑っていただけかと…」
「午前中にそんな修羅場があったなんて、よく耐えられましたね」
「何いってんの?私、限界きて倒れたじゃない」
「私たち使用人は、アブドゥル様が抱き上げて颯爽と駆けて行ったところしか見てませんから」
「それに、部屋に入ってから2人とも籠もられて…その昼過ぎに奥様の泣く声が響いて侍女長と部屋の前で待機してましたし」
「……え?一晩中同じ部屋にいたの?
私は他人がいるのに昼過ぎまで大爆睡してたのに、他人がいたら寝れないとか言い訳してアブドゥル様を部屋から追い出したの?……私やってしまった?」
「そうですね」
「だから不機嫌に怒って怒鳴られたのね…仕方ないけど、他に言いようがあったかしら?夫婦が同じ部屋で寝るなんて誰が決めたの?」
髪も1人で乾かして寝台に座る…色んな事が頭を巡って寝れない
「眠れないなら読書でもいかがです?聖女物語です」
「リタ、奥様に渡すなら他になかったの?」
「アニー、私がリタに頼んだのよ、別邸に聖女物語なんて無かったから。有名な本なのでしょ?」
「過去に実在した人がモデルのおとぎ話です…有名だと思ってましたが、ご存知無かったとは失礼しました」
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