ヤンデレ拗らせ戦鬼と白い結婚

ワシュウ

第1話 偽りの花嫁とこじらせヤンデレ戦鬼

「病める時も健やかなる時も――…」


貴族の結婚は政略結婚

愛とかよりも利用価値と金と爵位、虚栄心の強い狸親父に売り飛ばされたのは…私だ――


結婚式が初顔合わせでよかった

隣の男のシルエットがとにかく大きい、ベール越しにチラリと見上げると顔も毛深くて大熊みたいで怖い


ハインツ辺境伯の幻の三姉妹の末っ子

金髪碧眼の深窓令嬢などと噂されてるが、その本人は直前で乳母に連れられて逃げ出した


私は…その乳母の娘だった


この国は南側の隣国との戦争で負けてしまった

結婚が決まっていた後継ぎの王女様は隣国の王子の第二王妃になり

私のいたハインツ辺境伯は領地を分割され、残酷鬼将軍の戦果の褒美として領主の末娘ごと下賜されたらしい…他人事みたいに聞いてたからうろ覚えだわ


ハインツの本邸から迎えに来た侍女長と執事頭が、金目の物がなくなった空っぽの部屋に残された私を見て、何か話していた

そして別邸にいた人間を口封じに殺して私を辺境伯の末娘に仕立て上げた…今も何が何だか頭が回らない


ハインツ辺境伯の妻は3人目の女の子を産んでから産後の肥立ちが悪く帰らぬ人に。

最愛の妻を殺した赤子はいらぬと乳母ごと領地の端の別邸へ追いやって、以降お館様は見に来たことは無かった


そこで私はお嬢様の乳姉妹として育った、将来は専属メイドにしてくれるって約束してたのになぁ


お嬢様のやる気を出させるのが私の仕事で、先に勉強して予習して分かりやすく説明したりマナーもダンスも一緒に頑張った。

お嬢様は甘やかされて育ったから、ちょっぴり我儘に育ってしまった。でも、私がお母さんと作ったお菓子はいつも美味しそうに食べてくれたりする。

お母さんとお菓子を作る時間が楽しかった、美味しそうに食べてくれるお嬢様の可愛い笑顔が私はとても嬉しかった


欲を言えば一緒に連れてって欲しかったけど、ここで今更騒いだ所で私は無駄死して、お嬢様の大捜索が行われて、運悪く見つかればお嬢様は今度こそ監禁されて、お母さんはお嬢様を連れ去った罪で殺されそう―…



「――では近いの口付けを」


ハッと息を飲んで目を閉じた

グルグルと考え事をしてたけど結婚式してたんだった

グイッと肩を捕まれ向きを変えさせられる


ベールがあげられる感覚がある


金髪碧眼の深窓令嬢じゃないとバレてしまった…

私の髪は真っ白で金髪ではない、瞳も碧眼だけどお嬢様のような切れ長の昼空のような薄い色じゃなくて、猫目で暗い青

お嬢様のあの可愛いそばかすだってない

青白くて痩せすぎてて、お嬢様みたいにポチャっと可愛くないのに胸だけ大きくて気持ち悪い…

私もお嬢様のように可愛ければ何とかなったかな?


「女、瞳を開けよ」


え?…私に言ってるの??反射的に片方の目をチラリと開けて様子を伺ってしまった


「…白銀の聖女様」ボソッ


なんて?と聞き返す前に遥か高みから見下ろす相手の顔が迫ってきて唇が重なった


驚いて両目を開けてしまった、目が合ったのは一瞬で舌が入ってきてびっくりして、気持ち悪くて追い出そうと必死だった


チュッと唇が離れる、呼吸を忘れた胸がハァハァと上下する


強面の髭面の壮年のおっさんだった…ファーストキスが!私はこんなおっさんに売られたの!


色々と衝撃だった…頬に大きな切り傷が生々しく残った、隣国の褐色肌の戦の鬼と言われてる男がそこにいた


頭がぐるぐる回って、それから何をしていいか分からず流されるまま連れられて、着替えさせられ髪もほどかれ、結いなおされる、化粧だと分かってても目に筆を向けられるのが怖かった

「お嬢様!動いてはなりません!ズレます!」

「はい」

「喋らないで下さい!はみ出ます!」

「……」

貴族の結婚式って大変ね、お嬢様なら我儘言って抜け出しそうだわ


夜会のパーティー会場まで侍女長に連れられていく


「マリーウェザーお嬢様、これからの予定でございますが隣国から大使もお越しです。挨拶の順番は――」


「ちょっと待って下さい、お館様は」「マリーウェザーお嬢様!お館様ではなくお父様と呼んで下さい。あなたがマリーウェザーお嬢様です」


「…ハイ承りました」


「承りましたではございません!もう本当にあの乳母はなんて事をしてくれたのかしら!

いいですか?誰が何と言おうと貴女がマリーウェザー様です!ご理解頂けましたか?」


「ハイ」

母が申し訳ない事をしましたごめんなさい……なんて言ったら怒られそうだから、もう黙ってるよ。

ごちゃごちゃ言うと私も口封じされそうだわ

一度控え室に通されると、鬼将軍が待っていた


「マリーウェザー様!」


「ひっ…ハイ」


ソファーからざっと立ち上がって目の前まで来た


改めて見ると強面髭面だけど渋めの清潭な顔付き、傷がまだ新しくて痛そうだった


差し出された手も体も顔も大きくてゴツくて、なんかもう無理!とにかく怖い!

別邸にいた庭師なお爺さん、たまに行く町(※ド田舎の村)で見る農夫や商人とは全然違う、肖像画でみたお館様よりゴツい

こんな山賊みたいなの怖すぎるわ、お嬢様も逃げ出したくなるわね


頑張って笑おうとしたけど顔が引きつってたと思う、差し出された手に震える手を差し出した

自分の手と全然違う…褐色肌のゴツゴツした、やたら熱い手と不健康そうな青白く細くて小さな私の手、せめて手袋してればマシだったかな?


山のような巨体が私の手を掴んだままその場で跪いて騎士の礼をした。


私の手の甲をおでこにあてて宣言する


「いついかなる時も貴女を護ると誓います。私は貴女と出会うために生まれてきました、この広い世界で同じ時代に貴女と生まれて、運命の出会いに奇跡に感謝します!私の全ては貴女のもの、唯一無二の私の運命の人よ」


「……」※驚きすぎて動けない


「もしかして私が怖いのですか?……そんなに怖がらないで下さい、決して傷付けたりしません、あなたの事は花より大事に扱います。……折れてしまいそうな細い手だ」


言葉もありません、反射的に手を引っ込めるのを我慢してニコリと作り笑いができた私を誰か褒めて欲しい


え?今のは何の儀式だったの??

隣国のアルラシード王国では結婚式の後でやる風習なのかな?


「握ったら本当に折ってしまいそうで怖いですハハッ」(※笑顔が凶器)


うわぁ…私が偽物だってバレたら絶対に殺されるわ


エスコートしてくれるらしい

ガサツそうに見えたのに思いのほかそっと手を腰に回された。大きくてゴツくて熱い手だった


そのままパーティーホールに入って行く

私の心情とかけ離れた軽快な音楽が流れ、煌びやかな飾りと、知らない人達が沢山いた


私達が姿を現すと音楽が止まり一斉にこちらに注目が集まる


「本日の主役の登場ですアブドル・アルラフマーン伯爵と花嫁のマリーウェザー様です」


結婚式では考え事をしてたから聞きそびれた

私の結婚相手はアブドゥル・アルラフマーンと言うそうだ

司会の声を合図に2階から階段をゆっくりと降りていく


注目が集まる、見られてる、怖い、降りるスピードが早い


「あっ足が震えて歩けない…」と口から溢れてしまった


するとグイッとお姫様抱っこされ階段をすたすたと降りていく

咄嗟にキャッと悲鳴が出そうなのを飲み込んだ


「首に手を回して下さい、パニエが邪魔でどこを支えたらいいか分かりません」


言われた通りガシッと肩に手を回して服の襟を掴んだ


…やるなら先に言ってよ!冗談抜きで投げ殺されるかと思ったわ!

階段を降りたところでスッと立たせてもらった


「ありがとう存じますアルラフマーン伯爵」

スッと生まれて初めて公の場で淑女礼(カーテシー)をした


「いえ、今日は私から離れてはなりません…貴女を狙う者がいます」


ギョッとした、私の命を狙う人がいるの?あ、本当のマリーウェザーお嬢様を狙う人ね…貴族って怖い


それからまた腰に手を回してガッチリしっかりエスコートされ、連れられるまま進むまま相手に挨拶を交わす


褐色肌で恰幅の良い貴族がニヤニヤしながら近づいてきて挨拶してきた


「お初にお目にかかる、マリーウェザー様は噂以上にお美しいですな。まるで聖画から抜け出した聖女そのもの…ほぅ

いやはや元平民の小倅なんぞ…あ失礼。戦鬼と名高いアルラフマーン伯爵には過ぎた褒美ですな?ふむふむ」


ニチャと薄気味悪い顔で笑ってた


褐色肌の隣国から来た貴族達はアルラフマーンを元平民の成り上がりと馬鹿にしていて、白い肌の同じ国の貴族達はジロジロ、ギラギラと睨んでくる


誰が味方で誰が敵か分からない

あっそうだ…私は偽物でみんなを騙してるから味方なんていなかったわ。探した所で知り合いもいないし…

腰に回れさたゴツい手が熱くて、私も汗をかいてきた、ふぅー、と小さくため息を吐くと目ざとく見つけたアルラフマーン伯爵に睨まれた


「マリーウェザー様お疲れですか?」


上から睨みつけられてとても怖かった

花嫁はため息すらつけないの?…そうかお祝いの席で花嫁がため息なんてついたらアルラフマーン伯爵が恥をかくのか

「大丈夫ですわ」


声は怒ってるように聞こえなかったけど顔が険しくて怖くて怖くて仕方なかった

出来ないけど走って逃げたらどうなるんだろう?後ろから斬り殺されて終わるのかな?私が死んだらお母さんは悲しんでくれるかな?お嬢様は身代わりにした事をほんの少しでも後悔してくれるかしら…


そんな事をぼんやり考えていたら、足が震えて歩けなくなった、その事に気付いたら汗が全身から吹き出てくる、自分の手の感覚がなくて指先が冷たかった


「貴女、顔色が真っ白だわ大丈夫ですの?」

声近くにいたご令嬢に声をかけられた


アルラフマーン伯爵が「何だと!」と大きな声を出しながらグイッと腰を引き寄せて、腕を掴まれて正面に向かい合わせになった


なんて怖い顔なの…

朝から何も食べてないのに胃酸が逆流しそう、コルセットも腰は緩いのに胸がキツくて苦しい――



気がついたら見慣れない天井だった

天幕のある広くて大きいベットに寝かされていた


「全部夢だったら良かったのになぁ…」


「申し訳ございません!」


ベッドの脇にあった山が動いたと思ったらアルラフマーン伯爵だった…ひぇ


「ごめんなさーい!」

恐ろしかったから泣きながら謝った

私の独り言が聞かれた、私は詰んだ?

何事もなければ今年13歳になって、15歳になる年にはお嬢様と王都の学園に侍女として付いて行くはずだったのに。私も連れて逃げてよー置いてかないで捨てないでよ、お母さん!


等々、全てぶちまけたかった

私は騙されたから許してくださいって言うつもりは無かった。私が謝った所で逃げた2人に迷惑がかかると思ったから


「うぇーん、ごめんなさーい!」

涙が止まらなかった


だけどアルラフマーン伯爵はオロオロしながら黙ってた。そして私が静かになるまで待っていた


泣き終わった頃にコンコンと音がして返事をする前にドアが開いた


「失礼します、奥様が目覚めたようなのでお召替えをいたします。少し遅いですが昼食にいたしましょう」


「あぁ…わかった」


ものすごく困った顔のままアルラフマーンは出ていった


「侍女長!こっ怖っ怖かったよぅ!何で部屋にあいつがいるの?納屋でいいから一人になりたい」


「お嬢…奥様、アルラフマーン伯爵と何か話しましたか?」


「まだ何も…寝起きに夢じゃなかったって独り言聞かれただけ」


「奥様、貴女はマリーウェザー・ハインツです。そして昨晩結婚したのでアルラフマーン伯爵夫人です。貴女はそれ以外の何者でもないのです。貴族の結婚というのはそう言うものです…

私は亡くなった奥様のエリザベス様の実家から付いてきた侍女でした。エリザベス様も幼馴染の婚約がいましたが政治的理由でハインツに嫁がれました。私にも婚約者がいましたが、破談にしてこちらへ参りました。

泣き崩れるエリザベス様を放っておけなかったのとエリザベス様の父親に指名されては断れませんでしたから…

貴女様も早めに諦めて気持ちに整理をつけて下さい、上手く立ち回りを覚えて下さいませ。

その方が残りの人生楽ですよ?なくなってしまった縁にいつまでもしがみついて私のように人生を無駄にしてはいけません」


侍女長は、私が乳母の娘だからって逃げることは許さないと諭す

本当のマリーウェザーお嬢様は逃げたのに?なんて今も独身のこの人の前では言えなかった


寝室の奥にドアがあってそこがメイクルームらしい、メイドを数人部屋に入れて軽く湯浴みして着替えさせられた


本当のお嬢様に合わせて作られた服は私には小さくて膝が見えてしまった

メイド数人が大急ぎでレースを縫い付けていく、みるみる丈は膝下になった


「今はそれでいいわ、急いで作らせましょう丈は足りないけど身ごろは足りてるわね…本当に大変な事をしてくれたものね」


「あの、お館様…じゃなくてお父様はこの事は知ってるのですか?」


侍女長はメイド達をチラリと見ながら言葉を選んで話してくれた。この場で聞いてはいけなかったようだ


「ハインツ辺境伯は敗戦後に割譲された領地の南側に居を移されました。

使用人も半分以上解雇して、更にその半分を南側の領地に送りました、ここにいるメイド達は新しく迎えた者達でございます

お嬢様が気に入った者は専属侍女に召し上げましょう、よく見て、よく考えてお決め下さいませ」


侍女長の言葉にメイド達がキリッとしたのがわかった

メイドと侍女じゃお給料に大きく差がある

彼女達の期待のこもった視線に私が選ぶ側になったのだと理解させられた


髪を全部結い上げて後ろがスッキリした

数年おきにお母さんが私の髪をバッサリ切っていたから何だか散髪したあとみたいに懐かしい


「ほぅ…肖像画そっくり…あっ無駄口を申し訳ございません」


「?」

なんの話か聞きたかったけど、アルラフマーン伯爵が待ってるから食堂へ急げと連れ出された


「お待たせ致しました…」

「あぁ待った。あ、待ってない私もいま来た所です」


長テーブルの両端に離れて座る

相手の顔を間近で見なくて済む!貴族のこういう配慮は助かるわ


「その、昨日はすまなかった…疲れてるところ連れ回して、それにも気付かず、その、そなたは何歳なのだ?あ、女性に年齢を聞くのは失礼だと解ってるが寝顔が幼かったから気になってだな」


遠い上にモゴモゴ話すから何だか聞こえにくい、この人は普段はこんな感じなのかな?


「秋に13歳になります」


「は?13?本当に?年頃の18ではないのか!」


「…何もなければ15歳でお嬢…王都の学園へ通う予定でしたわ」

ふぅー…ボロが出るから喋るのやめようかな?


「そうか…いや7歳差など些末だな」



「え?!」――その場にいた私を含む全ての人が驚いた



「アルラフマーン伯爵は40過ぎではないのですか?」


「ブファッ!40??は?私はまだ20前です!」


その髭面でまさかの10代ですか!

顔面蒼白のメイドが目に入ったから、この会話を続けたらいけない気がして話題を変えた


「見た目で判断して申し訳ございませんでした、お髭が老けて見えたのだと思います、申し訳ございません

そんなことよりアルラフマーン伯爵の好きな食べ物は何ですか?お菓子は食べますか?

今度マフィンをお作り致しましょうか?」


すると今度は侍女長が顔面蒼白になって睨んできた

私は失言してしまったようだ…何が悪かったの?


「マフィン?!私の為に作ってくださるのですか!お願いします!私は何でも食べます」


「はい……」※失言が怖くて黙る


「……あの、既に聞き及んでると思いますが、私は10歳の頃に実父に引き取られるまで、母親と市井で暮らしていました。

子爵令嬢だった母親の実家が没落して、婚約者だった父の子を身籠っていたのに気づかずに屋敷の馬丁と母が駆け落ちしました」


「はい…」急に何の話しかな?


「箱入りのお嬢様だった母は、没落貴族の行き着く先は娼館しかないと思い込んでいました。

実際、馬丁だった養父の稼ぎでは親子3人食べていけませんでしたから。私が生まれてすぐに母が娼館へ出稼ぎにいき、その金で乳母を雇っていました

養父の稼ぎが安定しても母は娼婦をやめられませんでした、無理をして働き続けた養父は流行り病を拗らせて…

夫に先立たれた母は寂しさを埋めるように娼館から帰って来なくなり…ある日、実父が訪ねてきて私を引き取ると説明しました。

知らない間に母は娼館の裏で野垂れ死んでいたそうです。

実父はずっと探していたそうです、母が駆け落ちした時に自分の子を身籠っていたのも知っていたと…

母は婚約者に捨てられたと語っていましたが、実家の借金の為に、祖父が嘘をついて2人を別れさせたのです。

父が事情を知って慌てて迎えに行ったのですが時すでに遅し、馬丁と逃げ出した後だったと、その時からずっと探し続けていたと。

私はずっと実の父だと思ってた人が養父だった事も衝撃でしたが…引き取られた先の屋敷には実父の妻がいました。ずっと探してると言ってたのに別の妻を迎えていたのです

今なら立場ある貴族は独身でいられないと理解していますが、当時はまだ私もどうしようもない子供ガキでした。

割り切れない思いがあって実父にも養母にも馴染めませんでした。2人の間には子がなく、私は跡継ぎに丁度良かったのです。

ただ、養母の実家には随分と嫌われました。市井に囲っていた娼婦の子を引き取ったと社交界で噂まで流されて…

なので私の噂があれこれありますが、真実は今話した通りです」



ズーンと重苦しい空気になってしまった



「……それは大変な幼少期でしたね…今では立派な騎士になられたのですね」


褒めたつもりは無かったけど、実父に引き取られてからの苦労話が始まってしまった、それもとてつもなく重かった…


要約すると――

引き取られたけど、家に居づらくて騎士になると書き置きを残して家出同然に王都の兵士の募集に申し込んで一般市民枠で受かる

普通の貴族なら士官学校にコネ入学して、上級コースから騎士になるのに、わざわざ一般市民から成り上がったそうだ。

体が丈夫なのが取り柄で、2年で身長が60センチも伸びで12歳で新成人に混ざって初陣に出た。

初陣で目立ってしまったから同期たちからも先輩や上司からも妬まれる。

平民だと思われてたから貴族からも平民からも目の敵にされて、嫉妬で嫌がらせがたえなかったとか

14歳の時に、この国から嫁いできた王妃様の目に止まって王妃宮の護衛騎士に抜擢された。

がしかし、護衛騎士とは名ばかりで実際は見目の良い男達が裸にされ壁際に立たされていた。更にその中のお気に入りの男は王妃と体の関係を迫られていた。

いつ自分の番になるかと戦々恐々としていたが、戯れが王にバレて全員漏れなく拷問にかけられる、密告すれば助けてやると言われたら無実の人間を指名して逃げたくもなる、平民だと侮られていたから自分が王妃の相手だと冤罪をかけられた。

自分の母親ほど年が離れてる王妃に立つわけがないと弁明したけど、言えば言うほど拷問がキツくなった

片方の目と片方の玉を潰され、それでも冤罪だと訴えると拷問官が「次は片腕、最後は片脚だ…無実だろうとお前が認めるまで私も辞めることは許されない。私が辞めても次の人間がお前の腕を潰すのだ、頼むから認めてくれ」

罪の意識に耐えかねた拷問官が元いた騎士隊長の所へ駆け込んで、アブドゥルは冤罪であると証言した。

良くわからないけど、アルラシードには清い人(童貞)に反応する魔法のアイテム【小聖杯】があるらしい

清い人が持つと空の聖杯に癒しの水が湧き出るのだとか…

軽い傷はそれで治ったけど、その時の後遺症でアルラフマーン伯爵は片方の目が黒目じゃなくて濁ったグレーだった


「それ以来、立ったことはなかったのですが…その…昨晩は始めて滾りました!貴女に出会えたからです、この奇跡に感謝いたします」


「…どういたしまして?」

何が立ったことがないの?え?これ私が聞いて良い話なの?結婚したから夫婦だからって、私がこの大男の相手をさせられるの?


イヤー!せめてあと10年は見逃して下さい!無理無理!20年後でもいいです!

歴戦の娼婦でも腰が引けそうな大男なんてムリです!

(※現在12歳)


私の心の修羅場をよそに、アルラフマーンのその後は、元いた騎士隊に戻って16歳で副隊長になった話しが始まった


身長も今と変わらないほど伸びて、そこから筋肉を付ける日々だとか。筋肉トレーニングの話は割愛する


副隊長になったきっかけのエピソード――

剣術大会に出場して名だたる先輩騎士に勝ち抜いて決勝戦までいき、そこで自分の剣が折れたから優勝を逃してしまった。

後で知った事だけと妬みの嫌がらせで、わざとボロ剣を渡されていた。

決勝戦の相手は侯爵家の四男で、武器にかけるお金の差が勝負の差に出たのだとか

「負け惜しみに聞こえますが、支給されてる剣はみなボロかったのです。万が一にも平民が貴族に勝ってはいけないのだと後になってから知らされました」


大会に出たことで父親がたまたま見ていて、その場で手紙を出した事で貴族の出だと周知され、それなら副隊長にならないかと、隊長が自分が引退するから丁度よい機会だと昇進したのだとか


「良い隊長さんでしたのね」


「私もその時はそう思っていました…しかし、引退後に新しい隊長から、随分前から父から手紙が届いていたと知らされました。

最初から私が貴族の出だと皆が知っていたのです。

父からの手紙には頑張っているかと心配する内容から、辛かったらいつでも帰って来て良いと…何枚も。

一番新しい手紙は、去年の剣術大会の時のもので私が出るであろうと2年前から剣を贈っていたようでした。

今回初めて出るから使ってくれるだろうと思っていた父は、私が使っていなかったことで余計な事をしてすまなかったと書かれていました。

私は何も知らなかったのです、実家の事など気かけてませんでした。自業自得ですが、父は少ないながらも仕送りまでしていた事が手紙には書かれていました。

結局妻とは離縁して今は独り身に戻ったと、息子の私の帰りを待つつもりだが、それも重荷なら親戚から養子を取って後を継がせるから、好きな道を選ぶと良いと…

手紙だけでなく、その他の贈り物や仕送りも剣も…全て隊長に取られて他の騎士に横流しされていました。

新しい隊長が親切心から私に手紙を渡したのではなく、虚像にすがりつく私を馬鹿にして笑うためにバラしたのでした。

その時は彼の思惑通り頭が絶望に染まって何もかもが嫌になりました…動いていたほうが気が紛れると思い、汚れ仕事まで全て引き受けていました

。余計な事を考えたくなくて休みの日も体が動かなくなるまで訓練に明け暮れていました。

いつの間にか隊長が死んでいて、私が繰り上がって隊長になりました。

その後、第二王子の派閥が軍を作り私を将軍に就けました

このハインツの地の砦を単身で破ったのも私です…グロステーレ王は和睦が早かったですね。

あと少しで私自らがマリーウェザー様を見つけられたのに…南側の領地から攻めればよかったのか(ボソッ)

しかしあの時は、褒美に領地と屋敷と娘をやると言われて最初は戸惑いましたが、父からの勧めもあり受け入れることにしたのです。

父の勧めがなければ私はマリーウェザー様に会えなかったでしょう。私には足枷となる領地も屋敷も妻も必要ありませんでしたから」


シーン……と静まり返った室内


メイドが紅茶の乗ったトレーを落として「申し訳ございません!」と悲鳴のような声をあげて時間が動き出した


「デ…デザートは庭で食べませんか?お茶もそちらへ運んでくださるかしら?」


「かしこまりました」

無表情になっていた侍女長が返事をした


話が重すぎて胸焼けしそう、少ししか食べれなかったわ


頼んでもないのにエスコートすると近寄ってきた。もはやアルラフマーンに嫌悪感も何も感じなかった。一周回って私も麻痺したのかもしれない


自分の悩みがちっぽけすぎて、いやでも、ご褒美の妻が偽物だって気づいたら流石に怒るよね?それとも抱ければ誰でも良いのかしら?


頼んでもないのにお姫様抱っこして歩き出した


「今日は…パニエではないのですね」


「そうですね、夜会やパーティーにはまた着るでしょうか?」


「ん?…あぁ、12歳ではまだ社交界デビュー前でしたか」


「家庭の事情で別邸で暮らしてましたから」


「幻の白銀の妖精姫の噂ですね、砦の兵士たちから聞いていました」


「その噂は初耳ですわ、金髪碧眼の深窓令嬢の間違い…いえ何でもないです」

危なかった!


自分から偽物だってバラしてどうすんの!

白銀の妖精姫?この国から嫁いだ王女様の事かな?勘違いしてるなら訂正しなくていいかも

私は、曖昧に頷いて笑って誤魔化した


「そうだ、屋敷の使用人を半分は私の部下や知り合いを入れたいのですが、よろしいですか?」


「はいどうぞ。割譲時に使用人を半分解雇されて、更に半分を南側の領地に送ったと聞いています。多分、通常よりも人数は足りないですよね?

詳しくは侍女長と執事頭に聞いて下さい」


「彼らはマリーウェザー様が屋敷の女主人なのだから貴女に聞くようにと…」


「えっと…12歳の箱入り娘ですから不勉強で申し訳ございません。

味方のいないこの屋敷ではアルラフマーン伯爵も心休まらないでしょうから、自分の味方になる使用人を雇えばよろしいかと存じます」


「…分かりました、そうします」


アルラフマーンは探るような目で見下ろしてきた…また何かおかしな事を言ったのだろうか?


アフタヌーンティーセットを庭に出してもらい紅茶とケーキを出してもらった

丸テーブルだったせいで真横にピタリと座られ、手すがらケーキを食べさせられた


「あの、私は赤ちゃんではないですよ?自分で食べれます」


「失礼しました、そんなつもりはないのです…

私は貴女の事を知りません、伝聞ではなく貴女の口からお話し下さい」


「何が知りたいのですか?」何も聞かないで下さい


「貴女の事なら何でも知りたいのです、私に知る機会を下さい」


「私は(お嬢様は)…木苺のクッキーが好きです。勉強よりマナーやダンスレッスンより絵を描くことが好きです。

夏より冬の方が好きです、冬の間は暖炉の前で編み物をする…のを見てるのが楽しみでした

近くの町にしか行ったことがないのでアルラシードにも行ってみたいです…常夏の国なのでしょう?雪が降らないから暖炉もないって本当ですか?」


「上級貴族や金持ちの屋敷には暖炉を特別に設置してますが、私のいた実家の屋敷にはありませんでしたね…今度行ってみますか?

春にはアルラシードの式典がありますから夜会に妻として参加して下さい」


妻って?あ、私のことか


私、この人と結婚したからもうグロステーレの人間じゃないのね…ハインツの半分はアルラシード国のアルラフマーン伯爵領になってしまったのね


城に招集されるって聞いて、グロステーレの王都を思い浮かべたけどアルラシード国の王都まで行くのね


「それと……そろそろ名前を呼んで下さい…私はアブドゥルです」


緊張した雰囲気で勿体ぶって何を言うかと思えばそんな事…


「アブドゥル様とお呼びすればよろしいですか?」


「おお、神よ!マリーウェザー様を妻に迎える事ができて感謝します。あとにも先にも今生が一番幸せです!最後は貴女のために一生を終えたい

マリーウェザー様!死んでもまた貴女と共にありたい」


「……はい」

私は叫びたくなった


私はメアリーよ!本当のマリーウェザーお嬢様じゃないわ!お母さん、どうして私を置いていったの?



それから部屋に戻った。アブドゥル様が町に行かないかと誘って来たけど、昨日の疲れが残ってるからと断って。

南部のあの小さな町じゃなくて、ハインツの本邸の街は大きくて交易も盛んらしい


「王都ほどてはありませんが、ここの街もそれなりに栄えてますよ。今度一緒に行きましょうお嬢様…じゃなかった奥様」


「そうね…」


彼女はリタ、メイドだったけど話し相手が欲しかったから専属侍女に召し上げた


「ねえ、リタ…私は肖像画にそっくりなの?昨日まで別邸にいたから、私は見たことがないの…貴女はそう言ってたわよね?」


「でしたら見に行かれますか?大ホールに飾られてますよ」


リタに連れられて大ホールへ向かった。昨日のパーティー会場の2階に、それはデカデカと飾られていた。

昨日まさにここを通ったのに、来客やアブドゥル様が気になって全然まわりを見てなかった


「これは…エリザベス様なの?」


「これは大昔にこの地に降り立った白銀の聖女様ですよ。ほらここに聖女様と書いてませんか?」


「白銀の聖女 マリーウェザー・コルチーノと書かれてるわ…リタは字が読めないの?」


「う…申し訳ございません。勉強中なのでメイドに戻さないで下さい…弟が病気がちで両親の稼ぎじゃ薬が買えなくて」


「それは大変ね…侍女のままでいいから勉強を頑張るのよ?学んだことは力になるから。薬が買えて弟さんが良くなるといいわね」


「奥様、弟の為のお言葉をありがとうございます…この肖像画の聖女様も慈悲深くてお優しい方だったと言われてます。やっぱり奥様は聖女マリーウェザーの生まれ変わりですよ!だってそっくりですもの、子孫だからってここまで似ませんよ」


「そんなに有名な人なの?他人の空似よ…本当たまたま偶然よ」だって子孫でもないし?


「白銀の聖女様の物語や絵本は有名ですよ?読んだことありませんでした?平民でも寝物語に母にしてもらいました」


「別邸では見かけなかったわ…有名な本なら読んでおかなきなね」


「奥様に祈ってもらったので私の弟も良くなると思います、図書室に聖女物語の本があるかもしれません。後で部屋に届けます」


「図書室があるなら見てみたいわ!行きましょう!」


「奥様、もしかして元気ですね?」


「別邸では風邪1つ引いたことはないわよ?いつも走り回っていたわ」


「倒れたし、儚げな雰囲気ですから病弱なのだと思ってました」


「昨日は朝から何も食べてないのにコルセットで胸ばかり締め付けるのよ!ドレスのサイズが合ってなかったのよ!だってあれ採寸したドレスじゃないもの、コルセットでギュウギュウと苦しかったわ!

それに、さっきのアブドゥル様の話がやたら重たくて胃もたれしたわよ。拷問の下りは思い出すと吐きそうだわ」


「クスッ…奥様も普通の人間なのですね。本当に聖女様の生まれ変わりで天上から降りてきた尊いお方なのだと思ってました。年相応の姿が見れて安心しましたわ」


「たまたま肖像画に似てただけで天井人てんし扱い?リタってメルヘンチックなのね。そういえばリタは何歳なの?」


「安心してください、私は年相応の17歳ですよ!一応婚約者もいます。私が侍女に召し上げられたので話もまとまると思います」


「じゃあ尚更、勉強頑張らないとね」


「はい!ありがとうございます」

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