氷
第5話
凛くんの彼女になった次の日の学校。
今、私は、凛くんと一緒に登校している。凛くんは人に見られるのは嫌かなと思っていたら
『証明したいっす』とか言い出してこっちの心臓が持ったもんじゃない。
学校一のモテ男であり超絶塩対応イケメンと私が並んで歩いているから、やっぱりヒソヒソ言われているのが分かる。
「......ねえ凛くん」
私は唐突に不安になって彼の名前を呼んだ。
「ん?」
「彼女になった実感ないからさ、呼び方変えてよ」
「.....え?」
やっぱりダメか。と思った。その時だった。
「ええええええええ?!?!」
女の子たちの悲鳴が聞こえた。誰だか分かった私はゆっくり振り返った。
「.....凛くん....?!.....な、んで......?」
「その子、関係ないって.....」
「....嘘だったの......?」
この前凛くんを取り囲んでいた女の子たちだった。
彼はゆっくり振り返って口を開いた。
「彼女っす」
その言葉を聞いた彼女たちの顔は今にも泣きそうな顔をしている。
「.....ありえない..。ありえないよ凛くん!!なんでこの子なの?」
「そうだよ。なんでこんな人を」
「........こんな人って、なんっすか..」
彼の顔が静かに怒りに満ちた顔になった。また言い合いになるのが怖かった私は彼にそっと声をかけた。
「..凛くん、私は大丈夫だから....行こ?」
すると凛くんは私の手を取って彼女たちに向かって「俺の咲笑ちゃんに構わないでもらえますか」と言い、学校まで後ろを見向きもせずに速歩きで向かった。
「.....え....」
咲笑ちゃん....?名前を呼んでくれた。このタイミングで呼び方変えるとかどんだけイケメンなんだ。しかも、ちゃん付け。やばい、心臓やばい。
ドキドキしすぎて、学校に着くのが早く感じた。
着いてもなお、彼は私の手首を掴んでいる。
「....凛くん...さっきさ、私の名前...」
「呼び方変えてって言われたんで」
彼の耳が少し赤い気がする。もしかして、手を繋いでる感じになってるから嫌なのかもしれない。
「ああ、ごめん、手、離すね」
私はそう言って離そうとすると、彼は手首ではなく、私の手を握った。
「....凛....くん...?」
「......なんで、離すんすか..」
目の奥が悲しい色をしている。新しい瞳の色だ。
「......嫌かと思って..」
そう私が言うと、彼は私の手を更に強く優しく握りしめ、教室まで続く階段を一緒に上がった。何も言わないのはなんでかなって思ったけど、彼の目元が少し緩んでいるのが見えて、安心した。
そして私の教室前まで一緒に来てくれた。
「....じゃ」
そう一言だけ言って凛くんは自分のクラスに帰ろうとした。その時。
「....さ、さーちゃん?!」
梨花ちゃんが全速力で私達のところに駆け寄ってきた。実はまだ梨花ちゃんには言っていない。
「....さーちゃん」
梨花ちゃんが凛くんと私の離しかけた手を見てから、私と彼の顔を交互に見た。
「....空先、さーちゃんのこと....もしかして..」
梨花ちゃんが期待を込めた声色で彼に言った。
「はい、俺の彼女にさせてもらいました」
「ひゃーーーーーーー!!!!!!やったーーーーーー!!!!」
さーちゃんが私をジャンプしながら抱きしめた。梨花ちゃんがほんとに嬉しそうにするから嬉しい気持ちがまた蘇ってきた。
「空先、見る目あんじゃん!」
梨花ちゃんは凛くんの腕をバシッと叩いた。結構な強さだ。
「..痛..」
「さーちゃんの好きなとこは?!」
梨花ちゃんが飛び跳ねながら聞いた。そういえば私も聞いていなかった。すごく気になる。
「えっと」
「ええええ?!」
せっかく聞けるチャンスだったのに、駿河が私達の輪に飛び込んできた。
「え、待って待って。なに。二人、もしかして」
「恋人です」
凛くんが素早く答えた。その瞬間、駿河の瞳孔が開いた。
「えええええ!!!俺、まだ咲笑に告ってねえのに!!」
「ちょ、駿河!なんでここで好きバレすんのよ」
梨花ちゃんが少し小さめな声で駿河に言った。梨花ちゃんは、私が駿河の好意に気づいていないと思っているのだろう。
「だって多分咲笑知ってるもん」
「はー!?」
駿河の言ってることは正解だ。でもこんなに堂々と言ってくるなんて。しかも横に凛くんいるのに。
「...やっぱり好きだったんすね」
あの時のことを言っているのだろう。凛くんは私よりも先に勘付いていたんだ。
「....お前、勘、良すぎなんだよ!」
「誰でも分かるでしょ」
「俺はあれでも隠せてたほうだ」
「バレバレっす」
あのピリピリした関係以降、二人が和解したのかは知らない。でも、なんだかんだ言って二人は仲が良さそうで安心した。
「そろそろチャイムなりそうだね」
梨花ちゃんがスマホの画面を気にしながら言った。
「ホントだ」
駿河が梨花ちゃんのスマホの画面を覗いた。
「...じゃ、俺、教室行きますね」
凛くんが私の目を見て言った。
「....うん。じゃあ、バイバイ」
私は小さく手を胸の横で振った。
「.....はい。じゃ」
これでも恋人なのかというような去り際の挨拶だ。それを梨花ちゃんも思ったのか、「空先よ、もうちょっといい言葉をかけてやりな」と帰ってしまいそうな彼に声をかけた。すると凛くんも凛くんだった。
「.....あー、そうっすね」
そう言い、私に近づいた。
「さえちゃん、授業頑張りましょう」
私の頭にぽんっと右手を置いてから、教室に向かっていった。
私は顔が真っ赤になって体中が熱くなった。そんな、不意打ちすぎるって。
「....あれ、ほんとに、空先....?」
梨花ちゃんと駿河が同時に呟いた。そして周りにいた数名の同級生も凛くんと私をびっくりした目で交互に見ていた。
チャイムが鳴り、HRが始まった。私は今、本当に夢心地だった。凛くんが私の彼氏で、私は凛くんの彼女。これは現実なのかと疑いたくなる。
「さーちゃん」
梨花ちゃんが私の前の席から振り返って、小声で私の名前を呼んだ。
「..なーに」
私も小声で聞き返す。なんて聞いてくるのかはだいたい予想がついてる。
「....どっちが、告ったの..?」
そんなことかと思った。確かに気になるだろうと思った。もし私が告っていたとしてもなんでOKしたのか分からないだろうし、だからこそ、凛くんが告っているとは思うはずがないだろう。
「....凛..くん」
私がそう言うと梨花ちゃんは静かに目を見開いた。驚くのも当然だ。私だって驚いたから。
「...え、まじ?」
「...まじだよ」
「なんて言われたの?」
「えっとー」
凛くんの言葉を言おうとした。でも。
「林山さん。ちゃんと聞いていますか?? 明後日から夏休みなんですからきちんとしてください」
教壇で話している担任の津田先生に注意された。
「...すみません...」
梨花ちゃんは渋々前を向いた。
そのあと五分くらい先生の話が続いた。梨花ちゃんはだるそうに耳を傾けていた。
「はい、では以上でホームルームを終わります」
先生の言葉と同時にチャイムが鳴り響いた。
すると教室にガヤガヤが戻った。そして梨花ちゃんはまた、私の机の方に振り返った。
「で!なんて言われたの!!好きだよって言われた?それとも、付き合ってって言われた?」
いきなり質問攻めにあった。
「えっと......。確か、愛原さんに惹かれてました...だったかな...」
「ひゃーーーーーーー!!!」
梨花ちゃんの大きな声がクラス中に響き渡った。でかいのなんの。その反応は嬉しいけど恥ずかしい。
「声大きいよ!」
「どこで告られたの!!」
「....教室..」
「ここの?!」
「...うん....」
「空先.....いいやつじゃないか」
なんで教室で告られた=いいやつなんだろうか。
「あ!そういえば、今日も水忘れたんだよねー。さーちゃん自販機までついて来てくんない??」
「え、また忘れたのー?」
「寝坊しちゃって」
確かに今日、梨花ちゃんは来るのが遅かった。いつもは私よりも早く学校に着いているのに。
「仕方ないなー」
「ありがと!」
梨花ちゃんが財布をカバンから出してから、私達は一階の自販機へと向かうため廊下に出た。
廊下はいつもより人がいた。そして見られているのがわかる。自意識過剰とかではなくて本当に見られている。凛くんの彼女という事実が一瞬にして広まったのだろう。
梨花ちゃんも私が見られていることに気づいたのか、腕を組んできた。
と、その時だった。
「愛原咲笑さん.....だよね...?」
女の子四人が私達の前に来た。そのうちの一人は、私が凛くんと連絡先を交換していたときにあとから来た七海さんだった。周りの人達がさっと私達に視線を向けた。
「......そうです」
「なに?さーちゃんになんか用ですか?」
私が震えた声で答えたあと、梨花ちゃんが少し強めの口調で問いかけた。
「......凛くんの彼女ってほんと?....」
「...嘘だとは思うんだけど、みんなが聞いてこいって言っててさ」
リーダー核っぽい女の子二人が笑いながらかつあんたは認めないぞとでも言うような口調で言ってきた。
認めたくないと思う。私よりも先に凛くんのことを好きになっていた可能性だってある。
それでも。それでも、私が凛くんの彼女なのに変わりはない。凛くんが私を認めてくれたのに変わりはない。だから胸を張って言える。
「私が凛くんの彼女です」
そうきっぱりと言った。私の声は廊下を通り抜ける風のようにすとんと響いた。
横にいた梨花ちゃんの瞳が潤った気がした。
「......まじなの?...」
一人が認めたくなさそうな口調でその一言を吐いた。
「.......うん」
みんなに認められなくていい。愛する人が認めてくれればそれでいい。全員から認められることなんてないんだから。
「釣り合わないって思われてるかもしれない...。なんで?って思ってる人の方が多いと思うし...。だけど、凛くんは私を選んでくれたから..。だから凛くんが私を信じてくれたように、私も私を信じてる.....から..........その....」
肝心な最後を濁してしまった。しかも考えればすごく恥ずかしいこと言ってない?私。結構自信満々に自分のこととか凛くんのこととか話しちゃったし。周りの人みんな見てるし。どうしよう、顔が熱い。今すぐどこかに行ってしまいたい。
「........だから.......えっと...」
「....ほら、わかった? これが空先がさーちゃんを選んだ理由」
「え....?」
梨花ちゃんが真っ直ぐな瞳で彼女たちに言った。
「あなたたちから見たら、さーちゃんが不釣り合いに見えるのかもしれない。でも自分のことを信じることができて、一途に人を思う優しい心があるの。ただ空先があなた達が知らない人と付き合ったからって簡単にさーちゃんの存在を否定しないで。知らないくせに嫉妬しないで」
「...梨花ちゃん...」
「よし。さーちゃん、自販機行くよ!」
梨花ちゃんは私の手を取って走りだした。女の子たちはただ呆然と私達を見ていた。
梨花ちゃんは、なんて素敵な人なんだろう。自分のことではないのに誰かのために一生懸命になれる彼女は、とても強い人だ。
自販機に到着。お互いに息が切れている。梨花ちゃんの足が速すぎるのだ。
「はあ、はあ....。梨花ちゃん、さっきは.......ありがとう...はあ..」
「.....はあ...そんな....礼を言われるようなこと....してないよ....」
梨花ちゃんにとってはそうなのかもしれない。でも私は嬉しかった。私にはこんなに素敵な味方がいるんだって。
「お礼に飲み物買ってあげる!」
「え!まじ!最高!!............ってさーちゃん財布持ってきてないやん!」
「あ」
今までもすごく大切で大好きな友達だったけど、今はそれでは表せられない気持ちが心にある。友達でもなくて親友でもない感じ。私のヒーローがふさわしいのだろうか。
その日の授業を一生懸命終えて、放課後になった。本当は凛くんと一緒に帰りたいけど彼は部活があるから無理だ。
「さーちゃん、愛しの彼氏と一緒に帰らないのー?」
梨花ちゃんがスクールバッグを私の机において、少し茶化して言ってきた。
「凛くんは部活があるんですー」
私だって帰りたいよ。でもそんなワガママは言ってられない。
「そうだったそうだった。また部活でも覗き込めばー?」
また茶化してきた。
「もうそんなことしませんー」
今考えればあのときの私のアプローチの仕方はストーカー級だったのかもしれない。絶対凛くん怖かったよね。
「じゃあ梨花ちゃん一緒に帰ろうよ」
「実は、今日塾があるのよー。最悪でしょ」
「え、まじかー」
梨花ちゃんは親に強制的に塾に入れられたらしい。成績が悪いわけではなく、むしろいい方だけど、国立大学を目指しているから行かなければならないらしい。見た目的にちょっとギャルっぽく見られているけど、嫌々でも行く梨花ちゃんを素直に尊敬する。
「ごめんね〜。また一緒に帰ろ!じゃ、急ぐね!」
梨花ちゃんは急いで帰って行った。私も国立を一応目指してるから梨花ちゃんみたいに頑張らないといけない。
教室に誰もいなくなってから、私は一人寂しくカバンを肩にかけて教室をあとにした。
下駄箱で靴を履き替えて、夕焼けで輝いた玄関の階段を降りた。明日で一学期が終わる。それがなんだか寂しく感じた。
その時だった。
「愛原さん?」
凛くんの声がした。声がした方を見ると、サッカー部の数人がユニフォームを着てこっちに向かって来ていた。
え、気まずいよ。
「....り...凛くん...。や、やっほ〜...ははは.....」
「お、空先の彼女ちゃん?」
「はい、そうっす」
「え!」
サッカー部の先輩らしき人たちが驚いていた。そりゃそうだ。
「お前、彼女いたん?!」
「はい」
「意外だわ」
やっぱ意外って思われてるんだ。それは凛くんが恋愛に興味なさそうだと思われているからだろうか。
「....愛原さん、ちょっといいっすか」
凛くんがそう言うと、他のサッカー部の人達は空気を読んだのか先に運動場に向かっていった。
「どうしたの?凛くん」
私達は人影のない所に移動した。
「......その......」
凛くんは少しいいずらそうな顔をしている。まって.......なんか私悪いことしたっけ。
「.......もしかしてさ!.......」
「え........?.......」
彼が私を抱きしめてきた。
彼の優しい匂いがふわっと香った。とても温かい。
抱きしめられたのは初めてだった。
でも、いきなりどうしたのだろうか。
「....り、凛くん!!....ど、うしたの?!」
「....今日.....電話.....しませんか......」
「.....電話.....?」
確か凛くんは、電話が嫌いなはずだ。だからなぜこんなことを言ってきているのかが分からない。この疑問を確かめようとした。だけど。
「いいっすか....?」
こんなに泣きそうな彼の声に聞く勇気がでなかった。
「い....いいけど...全然...」
「ありがとうございます.....」
そう言うと凛くんは私から離れた。
「....凛くん....なにかあったの...?」
こんなに甘々な彼を初めて見た。いつもそっけない彼をここまでに変えてしまった原因とは何だろうか。
「.....今日ずっと咲笑ちゃんが頭にいて、なんか.....こう.....」
彼は一生懸命に感情を説明しようとしている。多分、説明ができない原因があったのだろう。なんだかその姿がとても愛おしかった。
「...凛くんすっごく顔赤いよ〜?」
少し茶化してみた。
「.....見ないでください.......じゃっ.....」
恥ずかしがりながら彼は走って行ってしまった。
いきなりすぎる出来事に心臓がバクバクしながらも一つ違和感を感じた。
凛くんの身体がなぜかとても冷たくて、腕に結晶のようなものが刺さっていたような気がしたのだ。
『氷体病って言う病気が見つかったんだよ』
『全身に氷の結晶のようなものが現れるそうで』
氷体病。その言葉が頭をよぎった。
「....まさか...笑......気のせい気のせい」
ピロン。スマホの画面に新着メッセージ1件という通知がきた。
〈何時からできますか〉
凛くんからだった。なんか不思議な感覚だった。片思いのときは私が一方的に連絡をしていて、電話もできなかったから実感が今も沸かない。
今すぐにでも声を聞きたい私は〈今からできるよ〉というメッセージを送った。するとすぐに既読がついて着信がかかってきた。
「........もしもし...」
初めての電話に緊張しながらも、声を出した。
「......もしもし..」
電話越しの凛くんの声は少し低くて居心地が良い。
「......今日..大丈夫でしたか..?」
「...え?.....何が.....?」
「....色々言われたんじゃないかなと..」
彼は私を心配してくれていたんだ。やっぱり凛くんは優しい。
「大丈夫だったよ。梨花ちゃんもいてくれたし」
「.......良かったです。安心しました。........もし何か言われたら絶対言ってくださいね」
「......うん...わかった。.......ありがとう」
お互いに電話が初めてだからか、やっぱりどこかぎこちない。無言の時間が少し切ない。
「........俺から誘っておいたのに申し訳ないんですけど...」
もしかしたら、やっぱりしたくないと言うかもしれない。そんな気がした。
「....やっぱり、電話無理かもっす....」
予想的中。多分気を使って誘ってくれたんだ。なのに浮かれてた私、なんだかバカみたい。
「そうだよね...。ごめんね...。なんか..やっぱ」
「心臓バクバクで無理かもっす.....」
「..........え......?」
まさかのそっちだった。
そういえば前に電話断ってきた理由を聞いた時、気持ちが伝わりそうで嫌だって言っていた。
急に思い出してしまい私も心臓がバクバクしてきた。
「....じゃ、じゃあ、や、やめる?!」
勢いに任せて意志とは関係の無い提案をしてしまった。私のバカ。
「...あ......そうですね....。明日たくさん話しましょう」
「........うん..。そうだね........」
期待した返事とは違って、少し寂しかった。やっぱり凛くんと長時間電話することは一生の課題なのかもしれない。
でも、少しだけど電話できた。その事実が何よりうれしかった。
翌日。一学期最終日。今日は午前中で終わる。
そして今、絶賛終業式中。すごく眠たい。校長先生の話が長すぎてなんにも内容が入ってこない。
でも列の一番前のわたしは寝ることなんて許されない。出席番号後ろがよかったな。でも後ろすぎると逆に寝づらいかも。真ん中の方がバレづらいと思う。絶対梨花ちゃんの出席番号の位置は前すぎず後ろすぎなくてちょうど良さそう。梨花ちゃんのことだからどうせ寝ているだろうな。
私と隣の駿河は意外だけどちゃんと話を聞いている。成績優秀者はやっぱり違うな。
結局校長先生の話が20分も続き、私の意識が危なかった。
「疲れたー」
梨花ちゃんが教室に戻る途中の渡り廊下で結構でかめな声で言った。
「梨花ちゃんはまだいいじゃん。後ろなんだからさあ」
「え、なんでよ。もしかして私が寝てるとでも思ったの?」
あの梨花ちゃんが寝ていなかったなんて予想外だった。
「ちゃんと起きてたの?!」
「当たり前じゃん。寝てるに決まってる」
「え、どっち」
「ちゃんと寝てました。素晴らしい」
やはり寝ていた。普通の授業でもたまに寝てるのに、集会で起きているわけがない。
その時だった。
「いてっ」
ざわめきの中で男子生徒の声が耳に届いた。
梨花ちゃんは気づいていないみたい。だから梨花ちゃんの話を聞きつつ声がした方にも声を傾けた。
「なんか今結晶みたいなの刺さったんだけど」
「え?」
「おい、空先。なんか腕、変なのついてんぞ」
嫌な予感がした。結晶って。やっぱり結晶がついているのだろうか。
「なんでもないよ。なんか当たったんならごめんな」
「じゃあジュース奢れよー」
「わかった」
この不吉な胸の鼓動はなんなのだろうか。ありえない。そんなことありえるはずがない。だって10%だよ。世界の人口のうちの10%だよ。それが凛くんなわけがないじゃん。大丈夫。絶対なにかの勘違い。大丈夫。そう言い聞かせるしかなかった。
「やっと明日から夏休みだ〜!!!」
梨花ちゃんはHRが終わった途端に大きく背伸びをした。これから長い夏休みが始まる。嬉しいけど少しさびしい。
「梨花ちゃんは塾の夏期講習とかあるんじゃない?」
「さーちゃん、そのワードはタブーだよ!せっかくの夏休み気分が受験モードに変わっちゃうじゃん!」
「あ、ごめん」
一年生のうちからこうやって受験勉強を頑張る友達に囲まれていると、自分は何をしてるんだと思ってしまう。
「あれ、空先珍しいじゃん。さーちゃん迎えに来るなんて」
「え?」
振り返ると凛くんが立っていた。涼しい顔をしている彼のおかげで少し暑さが飛んでいきそうだ。
「迎えにきました」
「王子様か」
梨花ちゃんがツッコミを入れた。梨花ちゃんはさっき凛くんが迎えにくるなんて珍しいって言ってたけど、珍しいもなにも今回が初めてだ。
「凛くん、部活はないの?」
「今日はないっす。明日からはけっこう連続であります」
「そっか。大変だね〜」
最近飯田先生のとこに行ってなかったからサッカー部のスケジュールを把握できてなかった。
今日部活がないということは、一緒に帰ることができるんだ。片思いだったときとは違う。
「じゃあ、凛くん帰ろっか」
「はい」
私はスクールバッグを肩にかけた。教材が結構入ってるから重い。
「じゃあ、梨花ちゃん。帰るね」
「うん。また連絡する!」
「わかった。じゃあね!」
こうして一学期最後の教室をあとにした。廊下、階段、下駄箱、正門と二人で歩いてきたけど、前みたいにヒソヒソと言われることはなくて、むしろ「羨ましい」「憧れだな」という声が聞こえてくるようになった。
セミが鳴り響く田舎の夏の道路を彼氏と二人で歩いている。ふと10メートル先に昔ながらの駄菓子屋さんを見つけた。外の旗には「アイスクリーム販売してます」という文字が書かれていた。アイスを食べたくなってきた。
「愛原さん、アイス買いませんか?」
その旗を凛くんも見つけたのか、私に提案してきた。彼も私と同じことを考えていたことが嬉しい。
「私も食べたいって思ってたんだ!買おっか!」
二人で小さな駄菓子屋さんに入って、ソーダ味のアイスバー、ソフトクリームどちらにするか迷っていた。
「咲笑ちゃん決まりましたか?」
「.....うん!アイスバーにする!」
頭の中で議論をし、迷った結果アイスバーにすることにした。ソフトクリームも美味しそうだけど。
「じゃあ俺はアイスクリームにします」
「じゃあ?」
「はい。咲笑ちゃんどっちも食べたそうだったので」
ここでまた凛くんは優しさを発揮した。私が迷ってるのをわかって、先に私に何にしたのかを聞いてから私が迷ってたほうにするなんて。どこまで優男なんだ。
「ええ?バレてた?」
「バレバレっす」
「恥ずかしいなあ」
「じゃあ、買ってくるのであそこのベンチで座っててください」
「あ、え、買ってくれるの?」
てっきり自分のは自分で買うつもりだったから少しびっくりした。凛くんははじめから私の分も買うつもりだったのだろうか。
「はい。一学期頑張ったご褒美っす」
「ええええ。嬉しい。だいすき」
彼は本当にどこまで素敵な人なんだろう。冷たい人なんかじゃない、むしろ甘々な人だ。ああ、だいすきだな。そう思った。
「........」
「....凛くん?」
彼の顔が真っ赤になっていた。多分私がだいすきって言ったからだとは思うけど、でもそんなことはずっと言ってきていたわけだし。というかこんなにすぐ赤面する人だったの?
「......ベンチ、座っててください」
「あ、う、うん」
私は言われるがままに外のバスの時刻表がそばにある、二人がけのベンチに座りに行った。凛くんのあの赤面具合は本当にどうしたのだろう。
それにしてもここの通りは風通しがいい。青い空の中太陽が眩しく照っているけど、ここは木々が日陰になって比較的涼しい。
私はずっと夢だった。放課後に友達や彼氏と寄り道して、アイス食べて、くだらないお喋りをする。高校生っぽいなって感じがする。都会じゃなくても田舎は田舎なりの素敵な高校生活ができる。こういった昔ながらの駄菓子屋さんがあるのも田舎の特権だろう。
「涼しい〜」
「おまたせしました」
後ろの方から凛くんの声がした。
「あ〜ありがと〜」
彼は私の左に腰掛け、ソーダ味のアイスバーを渡してくれた。
「ここ、涼しいっすね」
「だよね。風が気持ちい」
私はアイスバーを袋から取り出し、いただきますと言って、小さく一口がぶりと食べた。
「ん〜!冷たくて美味しい!!」
「俺のも冷たくて美味しいです」
彼の口が三日月型になっている。とても嬉しそうな顔だ。それを見て私も自然と笑みが溢れる。
「あ、咲笑ちゃんこれ、食べますか?」
彼がソフトクリームを差し出した。
「...え?.....」
すごく食べたいけど、私の中に少し恥じらいがあった。凛くんはそのことには気づいていないのだろうか。
「さっきすごく悩んでいましたよね」
「......食べても.....いいの....?....」
「そのために買ったんっすから」
彼の耳が少し赤い。良かった。同じ気持ちで安心した。私だけが意識しているんじゃなくて良かった。
「じゃあ.....いた...だきます」
私は彼が持ってくれているソフトクリームを小さく口に入れた。とてもひんやりしていて、なめらかで濃厚だった。
「ん〜!!おいしい〜!」
「......よかったっす...」
彼はさっきよりも顔が赤い。ほんとによく赤くなる人だ。
「凛くんってさ、結構照れ屋さん?」
私は少し意地悪に上目遣いで聞いてみた。もっと照れてほしかった。
「........ちがいます..」
さらに赤くなった。言葉と行動が矛盾している。そんな彼もとても愛おしかった。
「じゃあ、はい」
私はちょっと意地悪をしたくなって、自分の食べかけのアイスを差し出した。
「.....え....?..」
「..お返し」
凛くんは真っ赤な顔で私を映した瞳が揺らしている。その揺れ方は戸惑いと恥ずかしさの両方が含まれているのだろうか。
「.......でも..」
「あれ?もしかして照れてるの凛く〜ん?」
少し茶化してみた。茶化したら食べてくれるだろうと思ったのだ。
でも、自分の思い描いていた想像と違って、凛くんは私の肩に頭を預けた。
「.....え....?凛くん....?どうしたの?」
私は少し不安になった。怒らせてしまったのかもしれないと。本当に嫌だったのかもしれないと。
「いい加減にしてください」
「ごめ」
「ほんとに今、咲笑ちゃんのこと好きすぎてやばいんですから」
「..........え..?」
思ってもいなかった回答が彼の口から飛び出した。
肩が熱い。これは夏の暑さのせいだろうか。ここは風通しがいいはずなのに。
「咲笑ちゃん、もうこれ以上....俺を夢中にさせないでください...」
凛くんってこんなこと言う人だったっけ。彼の顔は見えないけど絶対真っ赤だと思う。彼にこんなことを言われている今が信じられない。
「......ご、ごめん......」
私も顔が熱くなってしまい、なんて返したらいいのか分からなくてごめんと言う言葉を発するしかなかった。
「.......」
「ねえ、凛くん..」
「.....はい」
「夏休み、一緒に遊ばない?」
私は気恥ずかしい雰囲気を変えるために、デートの誘いをいきなりしてみた。タイミングが合っているのかどうかは分からない。
彼は顔を起こして私を見つめた。驚いているようだった。
「.....え...」
「嫌だったらいいんだけど」
「明日はどうっすか」
「え」
彼は食いついて早速日時を提案してきた。まさか明日を提案してくるとは。
「.......さっき確認したら、明日も部活....なかったっす..」
凛くんの声が小さくなっていった。照れて、私をまっすぐ見てくれていないところがすごく可愛かった。その表情は冷たいと有名な凛くんのそれではない。
「じゃあ、明日遊ぼ!どこ行く?」
「.....食べ歩きとか....します...?」
「食べ歩き!!いいね!ここから遠い?」
「すぐっす。あまり知られてないけど、結構いろんな店があります」
行ったことがあるということだろうな。それは友達や家族と行ったのか、もしくは彼女といったのか。彼女とじゃなかったらいいのに、なんて思ってしまっている。
「....この前、家族で行ったとき....すごく美味しかったんだよね」
「........え......?」
私は驚きを隠せなくて彼の顔をまじまじと見てしまった。別に家族と行ったことには驚いていない。ちょっと安心してるだけ。
私が驚いたのは別の理由。
「凛くんって.....タメ口話せるの?!」
初めて凛くんのタメ口を聞いたのだ。今まで一回も聞いたことがなかった。初めからずっと敬語で話してきていたから敬語に対しては違和感を持ってはいなかったけど、その敬語がいきなりタメに変わるのは想定外だ。
「あ.....いや、すんません」
彼はなぜか謝ってきた。悪いことなんてしてないのに。もしかして私が気を悪くしたと思ったのかな。
「なんで謝るの?」
彼の言葉の意味が知りたくて聞いた。
「......なんか...俺....タメ口...友達と家族以外で使うのが苦手だったんすけど......勝手に..出ちゃってました」
勝手に出ちゃったということはそれだけ心を許してくれているからだろうか。それとも家族のお話をしたから気が楽だったからなのか。どちにしろタメ口が聞けたことが嬉しかった。でもこれを幻にはしたくなくて、彼に提案してみた。
「タメ口で話してくれて全然いいんだよ?同い年だし」
「....無理です...」
「なんで!」
「.....緊張します...」
緊張しなさそうな外見に見えて意外とする人なんだ。ちゃんと人間で安心した。
「....まあ、凛くんは、敬語の方が凛くんっぽいし、いいよ」
凛くんが敬語で話そうがタメ語で話そうが私が凛くんを好きなことに変わりはない。どちらにしても凛くんの意思を尊重したいと思った。
「ありがとうございます...。それで、明日何時にしますか?」
「あ〜、10時とかはどう?」
「わかりました」
「頑張って道調べていくね!」
極度の方向音痴だけど、彼とのデートとなると話は別だ。意地でもその場所にたどり着かなければ。
「....道..分かんなくなったら連絡してください..」
「わかった!」
ちょうどお互いにアイスを食べ終えたので、家に向かって帰ることにした。
途中の交差点までは同じ道だったけど、そこからは別の方向になり、お互いに一人で夕暮れの道を歩いて帰った。
「ドキドキして眠れなかった..」
私は翌朝五時に目が冷めた。何がなんでも早すぎる。でも二度寝はできなさそうだったから少しずつ準備をしていくことにした。服装に少し悩んだけど、薄ピンクの半袖のワンピースに薄い生地のカーディガンを羽織ることにした。
メイクはあまり濃くなりすぎないようにネットで調べてやってみた。意外と上手く行ったけど時間がかかって気づけば八時になっていた。
ここから食べ歩きの場所が近いにしても、私が道に迷うことは絶対なので、早めに家を出ることにした。
「あれ、咲笑、今日どっか行くの?」
リビングのソファに座っているお母さんが私の格好をジロジロと見てきた。
「....まあ...ね」
デートだと悟られないように、語尾を濁した。もしバレたとしても特になにか言われるわけではないが、あれこれ聞いてきそうなので黙っておきたい。
「あらそうなの。彼氏さんによろしくね〜」
「うん........ってえ?!」
お母さんにはっていうか梨花ちゃん以外には言っていないのになんでデートってわかるのだろうか。もしかして私が前に口が滑って言ったとか?
「その格好と表情みたら分かるわよ」
流石はお母さんだ。勘が鋭い。
「.......これ、合ってる....よね」
私はスマホの地図アプリを見ながら道を進んでいる。自分の現在地のマークがコロコロ変わってしまって分からないのだ。
「なんでこんなに動くの」
便利な道具を持っていても使い方をしらないとなんの役にも立たない。
でもかれこれ30分は歩いている。もうすぐつかないとおかしい。もしかしたら時間通りに間に合わないかもしれない。そうなれば凛くんを待たせてしまうことになる。
その時、スマホの画面が震えた。凛くんからの着信だった。私は慌てて電話に出た。
「もしもし、凛くん!!もしかしてもう着いてる?! てか待ってるよね!!ごめんね。アプリの使い方分からなすぎて」
絶対待っているに違いない。まだ約束の時間ではないけど、私が来るのが遅いと思って痺れを切らしたんだ。どうしよう。
「大丈夫っすよ。とりあえず後ろ見てください」
「..後ろ?」
言われた通りにゆっくりと振り返った。
私の約二十メートル後ろに、彼がスマホを耳に当てながら立っていた。
「....凛くん....なんで」
私は彼のいる方に向かって走り出した。
たどり着くと、彼は困ったような少し笑みを含んだ顔で私を見つめた。
「...凛くん、なんで...私のいるところがわかったの..?」
「なんとなく、ここの場所で迷いそうだと思ったんで」
ああ、本当にいつも彼は優しさで溢れている。私のために探しにきてくれた。なんて素敵な人なんだろう。
でも、私は彼を直視できなかった。
「愛原さん?どうしたんすか?」
彼の私服姿がかっこよすぎてちゃんと見ることができない。少しベージュかかったセットアップコーデが彼に似合いすぎている。
「.....かっこいい...」
ぽろっと本音が口から出てしまった。その瞬間に彼の顔が赤くなったのがわかった。
「.......ありがとうございます......その........咲笑ちゃん....も....かわいいっす.....よ」
彼は私から目をそむけてそう言った。目の前にいるのが本当に凛くんなのだろうかという疑問が頭の中に出てきた。ずっと片思いしていた人からのかわいいという褒め言葉は、本当に自分を可愛くしてくれる魔法の言葉のようだった。
「....ありがとう...じゃあ....行こっか」
「はい」
私は凛くんについていく形で目的地へと向かった。時折見せる、彼の少し苦しそうな表情は気のせいだろうか。
目的地は昨日彼の言っていた通り近かった。人が多いわけでもなく、美味しそうなお店が列を作っている。見る限りスイーツ系が多いようだ。
「凛くん、何食べる?」
彼を待たせてしまった謝罪に、好きなものを買ってあげようと思い、この質問をしてみた。
「そうっすね。ジェラート、この前食べられなかったんで食べたいっす」
「じゃあ、それ食べよ!」
私たちは一緒にカラフルなガーランドが飾られているキッチンカーに向かった。
メニューにはいちご味、チョコ味、レモン味の三種類があった。どれもとても美味しそうだ。
「愛原さん、何にしますか?」
昨日のように彼は私に先に聞いてきた。多分、私と彼の食べたいものが被った場合に、味を変えようとしているんだ。
「まだ決まってないから、凛くん先に決めて」
「......そうっすか」
彼は何を選ぶのだろうか。レモン味を選びそうだけど、案外チョコ味とか?
「........じゃあ.........いちご味にします」
意外にも一番甘そうないちごだった。もしかしたら彼は甘党なのかもしれない。
「....愛原さんは......何味にしますか」
「じゃあ、レモンにしてみる!」
思い切って普段の自分なら選ばないであろう味を選んでみた。彼とのデートで特別を感じたかった。
「......わかりました。じゃあ、あの木陰で待っていてください」
これもまた昨日と同じ展開。デジャヴを感じる。多分私の分まで買ってくれようとしている。それでは私の策略が駄目になってしまう。だからここは意地でも私が買う。
「今日は凛くんが待ってて!私が買います」
「え、いや、それは駄目っす」
言われる言葉はだいたい予想はできていた。そんな簡単に凛くんが折れるわけがない。でも、今回は私は折れない。
「いえ、買います」
「なんでっすか」
「凛くんにお礼したいの」
「お礼?なんのですか?」
こういうときだけ、あの冷たい凛くんに戻るのはやめてほしい。だって怖いもん。
だがしかし、私はこういうときの対処法を彼と一緒にいるうちに学んできた。彼が折れるたった一つの方法。それは。
「だーーいすきな凛くんに、いつもそばにいてくれてありがとうっていうお礼をしたいの」
それは、だいすきという単語をいれることだ。彼は大抵、そういう言葉には弱い。そして必ず赤面する。それから言葉を詰まらせる。だからこの隙をついて私が買う。
「..........あ......えっと」
予定通り彼は言葉を詰まらせた。
「じゃあ、買うね。すみません、いちご味とレモン味ください!」
「はい、かしこまりました!この車の横のベンチでお待ちください!」
「わかりました!」
私は凛くんの裾を引っ張ってベンチに連れて行き、隣同士で座った。左にいる彼の顔はまだ赤い。
「......あの」
彼の静かな声が聞こえた。そして私の目をそっと見た。
「........俺も.....同じ気持ち....です..」
「え?」
「さっき咲笑ちゃんが....その.....だいすきって言ってたから..」
私はこのとき、もう一度恋人同士なことを自覚した。両思いなのは当たり前だけど、彼からの告白の返事のような言葉にあのときの感情を思い出した。
「......ありがとう...」
きっと今私は顔が赤い。早くおさまれ。
「...あれ、咲笑ちゃん顔が赤いっすよ。どうしたんすか」
凛くんがいじわるに私に顔を近づけてきた。昨日私がやってたみたいに。
「........どうもしてない...」
彼との距離が近すぎてまともな返答ができなかった。
あと少し動けば、唇が当たってしまいそうだ。彼もそれを感じたのか、さらに顔が赤くなった。
「おまたせしました!いちご味とレモン味のジェラートです!」
キッチンカーからさっきのお姉さんが私たちのジェラートをもって出てきた。それによって私たちは我に返った。
「あ、ありがとうございます..!!」
「......ありがとうございます」
私たちはそれぞれ、焦りながら受け取った。
左にいる彼の顔を見てみると、なぜだか少し寂しそうな顔をしていた。
「じゃあ、凛くん、食べよっか」
「...そうっすね。いただきます.....」
彼はいちご色のジェラートを少しスプーンですくって口の中に入れた。
おいしい?そう聞こうとした。でも、その時。
「.........いっ...」
彼がスプーンを落として、地面に倒れ込んだ。
「凛くん!?凛くん!!ど、どうしたの!?大丈夫!?」
私は自分の分のジェラートを無意識に投げて彼の身体を揺すった。
「.......っ.....さ......寒い....」
「..........え....?」
今、七月だよ?そんな、寒いなんて。でも、もしかしたらアイスを食べたから寒くなったのかも。いやでも、まだ一口しか食べてないし。収拾がつかない。どうしたらいい?私はどうしたらいいの。
「....り、凛くん、ま、待ってね」
多分こういうときは救急車を呼ぶことが正しい。
私は震えた指先で電話番号を打った。119か110かはどっちでもいい。とりあえず連絡しないと。
「だ、大丈夫ですか?!」
さっきの店員さんが気づいたのか、私たちのところへ駆け寄ってきた。
「あ、あの、彼氏が....た、倒れちゃって...それで...っ」
目から涙が溢れてきた。凛くんを守るために自分がなんとかしないとという重圧に押しつぶされそうだった。もし私が判断を間違えたら、と。
「大丈夫よ。私が救急車呼ぶから、彼氏さんの隣にいてあげて」
「あ、ありがとうございます.....っ....」
お姉さんは携帯を取り出し、私たちの方に視線を向けながら通話を始めた。
「.......寒い..」
彼はさっきよりも顔色が悪い。そして、震えだした。
「ま、待ってね、私のカーディガン...」
私は自分のカーディガンを彼にかけてあげた。その時、服の上からでも分かるくらい、氷のような結晶の感触があった。
「......え...」
『氷体病っていう世界で十%の人しかならない稀な病気が見つかったんだ』
その言葉が私の頭をよぎった。
ずっと彼の違和感を無視してきていた。なわけない、ありえないと。大好きな凛くんがそんな病気にかかるわけがない。
でも、この症状が氷体病じゃなければ説明がつかない。ニュースで言っていた症状と一致してしまっている。
『かかれば、ほぼ百%の確率で死に至るそうです』
ニュースの内容が一気に蘇ってきた。
「......死....ぬ......死んじゃう.....」
私は急に怖くなって彼を抱きしめた。強く、強く。
「......凛くん.....どこにも....いかないで..」
私は涙とともにその言葉をこぼした。どんどん視界が濡れていく。恐怖と不安と悲しみで心がぐちゃぐちゃだった。
彼は返事をしない。でも、私の瞳を壊れるような儚い目で静かに見つめていた。
そしてその瞳から一筋、氷ような涙が頬を伝った。
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