恋に焦がされる夏本番

第4話

今私は自分の部屋でアイスを食べながら、凛くんからの連絡を待っている。一回も凛くんから連絡が来ないのだ。今は夜の八時。これ以上待ってたら朝が来る。

「やっぱり脈なしなのかなー」

 私はアイスを加えたままベッドに寝転んだ。いつも私からのLINE。絶対返信はくれるけど返信もそっけないし。そうやって期待しちゃだめだって分かってはいるけど、あのドッジボールの事があってから地味に期待してしまっている自分がいる。凛くんが優しいだけなのかな。でも興味ない女の子のこと気にかけたりするもんなの?全然凛くんの心情がわからない。


〈今、暇?〉

 結局自分からメールを送ってしまった。

「あー、送っちゃったー.......」

 後悔ではないけど、後悔に似ている感情が湧き出た。凛くんは私からメールが来ることに対してどう思っているんだろうか。迷惑じゃないとは言っていたけど、彼からメールがこないと、私とメールしたくないのかなとか思っちゃう。

 ピロン

〈はい〉

 返信きたけど、現実と少しも変わりのない冷たさ。その冷たさがたまにすごく沁みてしまう。

 暇と聞いておいて特に話題もなかった。ひたすら世間話をするにも凛くんは嫌だと思って、次に何を送ればいいのかが分からない。

 その時ふと頭に浮かんできた。

 電話だ。いきなり難関すぎるけど、でもこの難関を先延ばしにするのはもっと大変な気がする。

 結構緊張するけどそれでも何か一つ、今日進展させたかった。

〈凛くん、よければ電話しない?〉

 私はすぐ画面を閉じて、横にあったクッションを抱きしめた。断られたら悲しくなるし、いいよって言われても緊張する。

 胸の鼓動が鳴り止まない。心臓の音が大きすぎる。

 ピロン

 私は薄目で画面を開いた。怖い。いいですよって来てる若干の期待をこめて画面を見た。

〈電話は、ごめんなさい〉

 絶望。電話したくないってことじゃん。私の初恋終了。悔しくて涙が出てきそう。

 ピロン

〈そういう意味じゃないです〉

 よく分からない文章が送られてきた。聞き返すのも図々しいと思って既読スルーにした。凛くんはLINEが苦手そうだからなんか色々と間違えたのだろう。

 私は沈んだ気持ちで寝る準備をして、目を閉じた。今日はいい夢は見れないだろう。


 次の日の朝、昇降口前。

「あ」

 凛くんとばったり会ってしまった。何が気まずいとかはないけど、電話断られたという事実があるから目を合わせづらい。でもおはようって言わないのは変だし。

「凛くん.......おはよ....!」

 なるべく元気なトーンで挨拶してみた。自分を装うためでもある。

「っす..」

 彼は目をこすりながら眠たそうに言った。とても可愛いなと感じた。挨拶だけして終わるのも変だと思い、何か話そうと私は口を開いた。

「....り」

「凛くーーん!!おはよーー!」

 何人かの凛くんファンの女の子たちが私の声をかき消した。彼女たちは凛くんを取り囲んだ。

 ああ、だめだ。話せない。不意に彼の顔を見た。心底嫌そうな顔をしている。さすがの私も怖くなったのでその場から立ち去ろうとしたその時だった。

「あなた最近よく見るけど、凛くんとはどういう関係なの?言っとくけど凛くんは私達のものなの」

 ファンのリーダーであろうその子が私を睨んで言ってきた。他の人達も睨んできた。視線が痛くて、怖い。

「......私は......その...」

「声小さくて聞こえないんですけど」

「....えっと...」

 どうしよう。声が出ない。怖い。彼女たちの中に先輩もいるから余計に声が出ない。

「黙ってちゃ分かんな」

「だる」

 凛くんが静かな声で呟いた。その冷たさに辺りが静まり返った。

「...凛くん、だるって何?」

 リーダーの彼女が可愛らしく首を傾け、私に向けた声のトーンとは明らかにことなる、きゅるっとした声を発した。

 凛くんは後頭部を掻きながら、彼女たちを冷たい目で見つめた。

「朝からうるさいっす」

「え.....」

「てか俺、いつから君たちのものになってんすか」

「いや、私たちはただ、この子が凛くんと」

「....だから、そういうのがだるいっていってんすよ」

 凛くんは明らかに不機嫌だ。この前の駿河の時とは違う、また新しい表情。

「.....凛くん、今日どうしたの?いつもはそんなこと、私達に言わないじゃない」

「関係ない人いじめるとか、やばいっすよ。人の気持ち考えたらどうですか」

「っ....」

 彼女たちはひどく落ち込んだ顔をした。多分、こんなにはっきり言われたのが初めてなんだろう。

 でも彼女たちだけでなく私も落ち込んでいる。

「もういいっすよね」

 そう言って凛くんは上履きに履き替え、早足で教室に上がっていった。

「....関係......ない.....」

 その言葉が頭にこびりついてしまった。あなたは俺には関係がない。そういう意味なんだろうな。

 階段を上がっていく彼の後ろ姿と私との距離に、追いつけないほどの距離が出来てしまっている気がした。


 教室

「はぁ........」

「どうしたの、さーちゃん」

 梨花ちゃんが私の席の前に座った。

「なんかさ、全然脈ナシだなーって思ってさ..」

「なんで?」

「さっきね、凛くんとバッタリ出会って、凛くんファンの子に私が色々言われちゃって。そしたら凛くんがこの人は関係ないって言ってさ....」

 梨花ちゃんは首を傾げた。

「...なに?」

「それさ、さーちゃんを守るために言っただけじゃない?」

「..どこが?」

「どこがって言われたらよく分かんないけど、脈ナシではないよ」

 そんなこと言われたらますます分からなくなってしまう。でもこれで脈アリって言われても納得出来ないし。

「大丈夫だって」

「だって電話も断られたんだよ?」

 普通好きな人との電話はOKするはずだし。LINEも送ってこないし。

「何か理由があったんじゃない?」

「....理由..?」

「だから、今から聞いてきたら?」

 梨花ちゃんが立ち上がって私の隣に立った。

「なにを?」

「なんで断ったのかとか」

「無理無理無理無理」

 そう言っても梨花ちゃんには届かず、強い力で私を立たせ、教室のドアを開け、私の背中を押して廊下に投げ出した。

「...もう...」

 投げ出されても凛くんがここを通るとは限らないじゃん。教室に行くのは絶対嫌だし。偶然でもない限り、凛くんとすれ違うこともできない。

 だが、偶然というものは存在するようで、たまたま凛くんが通りかかった。

「....凛くん.....」

 私の声はとても小さかったはずなのに、彼が私の方を向いた。

「....凛くん、えっと」

 私が戸惑っている中、凛くんはゆっくり歩み寄ってきた。

「なんですか?」

 いつもと変わらない声のトーン。

「.....聞きたい、事が.....あって」

「はい」

 言いづらい。なんか彼女気取りになってるみたいで。なんで私との電話断ったの?などというセリフは彼女でもない私が言ってはダメだ。

「.......や、やっぱいいや!....ごめん!引き止めて」

 私が踵を返して帰ろうとした。

「......電話のことですか?」

 彼の透き通る声が響いた。

 もしかして凛くんは、気にしていた?

「.....あっ...えっと....」

 私はぎこちない笑顔をしながらゆっくり振り向いた。

「...電話....迷惑だった..?」

 そう聞くと、凛くんは私を真っ直ぐな瞳で見つめてきた。その瞳は何を言おうとしているのだろうか。

「....嫌でした」

「....っ...」

 やっぱりそうじゃんか..。迷惑だったんじゃん。

「俺の気持」

「ごめん。もう誘わないよ。迷惑だから断ったの分かれよって感じだよね笑」

 私はとても悔しくて、悲しくて、情けなくてこれ以上凛くんと話すことはできないと思ってしまった。だから、その場から離れる以外の選択肢が分からなくて教室に走って帰った。

「.....最後まで...聞けよ..」


                     ✿


 あの日から私は毎日毎日放課後凛くんの部活を覗いていた。でもどこか気まずいままなのは変わってない。凛くんと目が合えば逃げたりしていた。気づけばもうそろそろ一学期が終わる。なのに私は少しも行動できず、凛くんは振り向いてくれない。


「さーちゃん、私今日用事あって早く帰らなきゃいけないの!ごめんね!バイバイ!」

「ううん!大丈夫!バイバイ!」

 放課後、梨花ちゃんが急いで学校を出ていった。最近一緒に帰ってたから久しぶりの一人になる。でも今日は放課後学校に残って、夏休みの宿題を早めにやっておこうと思う。あとが楽だし。

 教室でやることにしたけど、参考書を借りるために図書室に少しお邪魔させてもらう。

「...失礼しまーす....」

「どうぞ〜」

 図書室には司書の先生と数人の生徒がいた。勉強をしている子もいれば、友達同士でお話をしている子もいた。私は参考書が置いてある本棚へと向かった。

「....うーん...。どれにしよう」

「何に迷ってんの?」

 声がした方を見てみると本棚の横からひょっこりと顔を出した駿河がいた。

「え、なんで駿河がいるの?」

「んー?俺図書委員」

「あ、そうだった笑」

「それで、何探してんの?」

「英語の参考書探してる」

 そう言うと駿河は一番下の段から薄い冊子を取り出した。

「これおすすめだよ」

「え?でも他の参考書より薄くない?」

 明らかに他の参考書より薄かった。これに必要な文法全てが書いてあるのだろうか。ほんとにおすすめなのだろうか。

「参考書っていうのは分厚いかどうかより分かりやすいかどうかなんだ。この本は俺も実際に使ってて分かりやすいんだ」

 実は駿河は頭が良い。学年トップクラス。そんな駿河が言うなら間違いないだろう。

「そうなんだ。ありがとう」

 私は駿河から参考書を受け取った。

「てか、普通に自分で買ったら?」

 まぁ、ごもっともだけども。単に買いに行くのが面倒くさいと思っているのは秘密にしておく。

「参考書は高いし、自分に合わなかった時に買った時のお金がもったいないなって思ってしまうからさ」

「まぁたしかに。トライアル期間ってのも大切だしな」

 駿河は私に笑って見せた。ちょうど良く焦げた肌に白い歯が映えている。

「あ、俺先生に呼ばれてるんだった。じゃあ、またな!」

「うん、ありがとう!」

 駿河は走って図書室を出ていった。駿河はいつも忙しそうにしている。まだ一年生であるのに執行部にも入っていたり、部活動だってテニスの県大会で何度か優勝している。その中でコツコツと勉強をし、優秀な成績を納める彼は誰が見ても高校生の理想そのものだろう。

 私は駿河に教えてもらった参考書を手に、カウンターまで行き、本を借りる手続きをした。こうやって本を借りるのは久しぶりだ。

 教室に戻るとさっきまでいたクラスメイトは一人としていなかった。捗りそうだ。

 放課後の一人の教室は好きだ。誰にも気にされず、自分の好きなように好きなことをできるから。私は窓側の一番後ろの席に座って、参考書と課題のワークを開いた。自分の席は一番前だけど、後ろで勉強したくなったので借りようと思う。

 吹奏楽部のトランペットの音、野球部の掛け声、風の囁く声が聞こえる。窓から見える絵の具で塗ったような青色の空は、夏の存在を際立たせる。

「.....Sin....んー」

 私は数Ⅰの勉強を始めた。数学はほんとに嫌い。誰かに教えてもらいたい。でもそんなこと言ってられないから、参考書とにらめっこしながらただひたすらに課題を進めた。

 二十分後。

「はぁ、疲れた....ってまだ二十分しか経ってない...」

 勉強をしていると時間の流れが遅く感じる。楽しい時間はあっという間にすぎるのに、苦の時間はカタツムリ並に遅い。

「..あの」

 聞きなれた声がした。この声は私の胸を鳴らす人の声。

「....え、凛くん..?....なんでそこにいるの?」

 凛くんは教室の一番前の扉の前に立っていた。数週間ぶりに見た彼の瞳。その中に私が映っているのはあのとき以来だ。

「なんとなく来ただけです」

 なんとなくで私の教室に来た凛くんは何を考えているのだろうか。気まずさをなくしに来たのだろうか。

「.......そっか....」

 あの日から一度も話していなかった。気まずいから連絡もとっていなかった。だから私はドキドキする胸の鼓動をおさえて再び参考書に目を移した。それに気づいているかのように、凛くんは私の机の横に来た。窓から入ってくる夏の匂いのするそよ風は、ふたりきりの教室をドラマチックに演出してくれる。

「.......なに?.....」

 久しぶりに話せた嬉しさがバレないように、参考書を見ながらなんとも思ってないような口調でそう聞いた。

「数学分からなさそうだと思って」

「...え」

 瞬時に凛くんの方に顔を向けた。私がバカに見えるということだろうか?それともからかってる?

「.....そんなにバカっぽい?...」

 凛くんの目を見て聞くと、彼は目を逸らした。

「..そういう意味じゃなくて、悩んでるような顔をしてたんで」

 私の思い違いだった。凛くんの声のトーンだと勘違いしてしまう。

「...そっか..。まぁ、たしかに悩んでる。数学嫌いだし」

「......そうっすか」

 相変わらずの塩対応な言葉。いつもどおりでも気まずい空気は変わらない。

「...勉強、教えてくれる?」

 その空気を壊すために、少し上から目線で言ってみた。

「あ、はい」

「え?」

 すごくすんなり受け入れてくれた。なんでっすかとか言ってくるかと思ったのに。なんだか初めから教える気でいましたかのような声のトーンだった。

「....教えて、くれるの?」

「はい」

「...部活は?」

「今日ないっす」

 ないなら普通帰るのでは?なんでわざわざ気まずい感じの私の教室に来たんだろう。

「......なんで家に帰らないの..?.....」

「...なんで...?」

「凛くんが学校に残るのはなんで?」

 凛くんは考える素振りをみせた。何か思ってることがあるのだろうか。なんとなく来たとは言ってたけど、なんとなくで凛くんは来るものなのだろうか。凛くんの性格上そんなことはしない気がする。

「....俺が....多分....愛原さんのこと好きだからっす」

「.............え?」

 今、好きって言ったよね。私の事好きって言ったよね。え、え、え、?そんなことありえないありえない。夏のこの教室のせいで変な夢を見てしまっているんだ。そうだ。絶対。だってありえないもん。そんなことありえないもん。

 私は呆然としながら両手のほっぺを引っ張った。夢なはずなのに痛い。めっちゃ痛い。

「....私のこと...好き...なの?」

 この現状を把握するために私は事実確認をした。

「はい」

「...いつから?」

「..覚えてないけど、愛原さんに惹かれてました」

「.....っ..」

 私は机の上に泣き崩れた。そんな、叶うなんて思ってなかったし、それにそれに..。

「...電話.....断ってきたし....連絡も....1回も..っ...くれなかったじゃん....っ」

「.....それは」

「....私との電話、嫌だったって言ってたじゃんっ.....」

 私は両手で顔を覆った。目から温かい涙が溢れ出してくる。

「.....嫌だって言ったのは、愛原さんが嫌いだからじゃないです」

「....っ.....え?....っ...」

「..好きな人と電話したら、自分の気持ちが伝わってしまいそうで嫌でした」

「....え?」

「...それに俺が積極的に関わっていったらまた悪口言われると思って」

 私が勝手に勘違いしてたってこと?ただ私の事が嫌いだと思ってた。避けられてると思ってた。

「電話いやだって言った時最後まで聞かずに逃げていったから、どうしたらいいか分かんなくて」

「......ぁあああ..言葉が.......っ足りな...っすぎるよ...っ」

 思い込みが激しかった自分が嫌になった。なんであの日、逃げ出しちゃったんだろう。ほんとに私は馬鹿だ。

すると凛くんが私の席の前に私の方を向いて座った。

「....愛原さん...。顔、見せてください」

「....やだ..。顔、やばいもん、今」

こんなぐちゃぐちゃな顔、凛くんに見せられない。せっかくしてたメイクも涙で流れてしまった。目が真っ赤で腫れているだろう。

「.....いいから」

冷たい口調で言われた。そうすると体が無意識に反応して、手が顔から離れた。だめ。この顔は見せられない....はずなのに..。

「愛原さん」

「....なに..」

「...まだ、俺の事好きっすか?」

なんだその質問。どれだけ私が凛くんのことを想っているのか凛くんだってわかってるんじゃないの。決まってんじゃん。そんなの決まってんじゃん。

「...だいすき..」

「じゃあ、彼氏にならせてください」

「..え?」

そう言って顔をあげると、凛くんは私に唇を落とした。

暖かくて、甘くて、切なかった。その瞬間はスローモーションのように感じた。苦の時間ではないのに、時間がゆっくりと流れているようだった。

凛くんが私からゆっくりと顔を離した。

「.......返事....もらえますか?」

「.....私でよければ.....っ凛くんの彼女にさせてください」

叶わないと思ってた。もう、振り向いてくれないって思ってた。神様は運命をたくさん動かしてくる。こんな幸せなことがあってもいいのかな。どうかこの幸せがずっと続きますように。



それが叶うことなんてないのに。

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