高校一年・夏

第3話

四年前の夏の暑い日だった。大きなお日様が私たちの肌を焦がそうとサンサンと照っている。額から汗という汗が大量に流れ出てくる。私はそれを手の甲で拭き取りながら、ある一点に視線を集中させていた。

「凛!ゴールいけ!そのままいけ!」

 私は今、放課後のサッカー部の練習を見ている。暑いのにさらに汗をかいてしまう競技をしている彼らたちは、疲れているどころか太陽のように眩しそうな表情をしながら仲間のパスを呼んでいる。

「ナイス凛!」

 私がマネージャーでもないのにサッカー部を見ている理由は、好きな人がいるから。私の好きな人は、さっきゴールを決めた空先凛という人だ。サラサラの焦げ茶色の髪の毛に、サッカー部なのに白い肌が映えている。身長も高くて、顔もかっこいい。だけど彼には、一つ問題とされているところがある。

「キャー!凛くん!かっこいいよー!こっちに手振ってよー!」

 何人かの女子にキャーキャー騒がれても笑顔を見せるどころか、横目でみたあとスタスタと仲間の元まで戻っていく、塩対応男子なのだ。

 私はそこに惚れたのだ。なぜなら誰にでも笑顔を振りまく愛嬌男子より、誰にも笑顔を振りまかないクール男子の方が自分軸を持っていて、不思議な魅力を感じるからだ。振り向かせるのはまあ、大変そうだけど。

「お前らー、休憩していいぞー。十分後、再試合だからなー」

 サッカー部の顧問の飯田先生の合図で彼らたちは水筒を取りに行くなり、御手洗に行くなり各々動き出した。私は水道の隣で彼らの試合を見ていた。すると凛くんがなんと水道の方向に向かって歩いてきているのだ。え、これは、話しかけるチャンスなのでは...?! でも話しかけたら迷惑かな。そんなことをグルグル頭の中で考えていると、とうとう彼は水道まで来てしまった。彼は水道の水で顔を洗い始めた。私との距離一メートル。近すぎる。私にとってはテレビの中にいる人が目の前にいる感覚だ。

「りぃいんくん!! こ、こんにちはは!」

 どうしよう。口が勝手に動いて、なんとも変なイントネーションプラス噛み噛みの挨拶になってしまった。絶対第一印象最悪だ。

 すると彼は水道の水を止め、顔をあげて私の方を向いた。その顔は水が滴り、太陽の反射を受けいつもよりも輝いて見えた。

「......なんすか」

 冷たい。冷たいとは聞いていたし、その様子も見ていたけど、いざ彼の冷たさを自分で実感するとぜんぜん違う。

「と、隣のクラスの一年三組の、愛原咲笑...です!」

「....そうすか」

 ダメだ。こんなの会話にならない。面接みたいじゃんか。でも私が返答しづらいことを話しているのにも原因はある。

「...お、お友達になっていただけないでしょうか!!」

 とっさに出た言葉は友達になりたいという願望だった。話したことすらなくて、彼からしたら誰だか分からない人にお友だちになってくださいなんて言われたら困ってしまう。でも、出た言葉は取り消せない。彼から返ってくる答えに、胸がの鼓動が早くなる。

「......なんでですか」

 矢が私のメンタルを刺した。なんでですか=なんで俺とあんたが仲良くしないといけないんですか?ってことじゃんか。そんなにど直球に言わなくても。

「えっと.....その....」

 私がなんと説明しようかと思考を巡らせながらモジモジしていた。

「もういいっすか?」

 その様子に面倒くささを感じたのか、彼が澄ました顔で私の顔を見下ろしながら言ってきた。

 初めて真正面で見た彼の顔はとてもかっこよかった。だからか私は勢いに任せて言うつもりはなかったあの言葉を言ってしまった。

「好きなので!凛くんのことが好きなので!!だから友達になってください!これが私の理由です!」

 私が顔を真っ赤にしながらそう言った。顔が熱い。

 彼をみると少しびっくりした顔をしている。そして長いまつ毛をパチパチさせながら小さく口を開いた。

「........ありがと」

 彼は少し動揺しているように思えた。いきなり告白されたらそりゃそうか。『ありがと』という短い言葉でも、私は心が温かくなるのを感じた。好きな人からの言葉だといつも以上に心臓がふわっとなる。でも、友達になってほしいという頼みに対して彼は返事をしてくれていない。意図的な無視なのだろうか。だから再びこう言った。

「私を友達にならせてください。お願いします」

 私は誠心誠意を込めて深くお辞儀をした。彼と友達になるためにはこれくらいしないといけない気がしたんだ。

 三十秒間くらい吹奏楽部のトランペットの練習音や体育館でバスケの練習をしているシューズの音が響き渡った。その音はいつもよりも大きく聞こえ、まるで自分の映画の中ワンシーンにいるかのような感覚に陥った。

「......うん」

 確かにそう聞こえた。恐る恐る顔をあげると、彼の顔がさっきよりも優しげな表情をしていた。私の気のせいかもしれないけど。

「..ほ、ほんと?!ほんとに、いいの?!」

 私が再度確かめるかのように聞いた。すると彼はゆっくり頷いた。私は嬉しくて嬉しくてつい感謝の気持ちが溢れ出してしまった。

「ありがとう!嬉しい、ほんとに嬉しい!!ほんとに!ありがとう」

 私は多分相当笑顔で飛び跳ねてたのだろう。彼の瞬きの回数が多くなっていた。

「...じゃ、さよなら」

 彼は表情は変えずにそそくさとサッカーのコートに歩いて戻って行った。

 冷たいけど、超絶冷たいけど、相手にして貰えた私は今までにないくらい心がウキウキしてる。

「..名前...覚えて貰えたかな..」

 自己紹介をしたけれど、私の名前を呼ぶ様子すらなかった。多分右から左に聞き流しただけだろうな。大好きな人から名前を呼んでもらいたい。そしたらまた一歩前進したことになりそう。

 もう少しサッカー部を見ていようかと悩んだけど、さっき会話できたことに私は満足してしまった。


今思えばこのときの出来事は私達の中で一番の青春だったのかもしれない。



「ただいま〜」

 私は靴を揃えてリビングのドアを開けた。

 温かいライトに照らされた、小さなデスクに向かいながら母が仕事をしている。その周りには何枚か紙が落ちている。

 実は母は家でイラストレーター。最近調子がいいらしく仕事が大変そうだ。ここで母だけの紹介をするわけにもいかないから、うちの家族の残り二人の紹介をする。

 父は洋風レストランの店長。父の作る料理はとても美味しい。でも母の料理も美味しくて好きだ。そして最後にお兄ちゃん。お兄ちゃんは私達が住んでいる県にある大学の医学部2回生。すごく頭が良くてほんとに羨ましい。ちょくちょく兄から実習の話を聞くから、医学部の大変さを思い知る。聞いたこともない病名を聞いたりもする。

「おかえり〜。今日は早いのね」

 母がパソコンの画面を閉じ、椅子から立ち上がった。いつもよりも母の目の下のくまが気になる。

「今日はもう仕事終わったの?」

 私が冷蔵庫に向かった。喉が乾きすぎてお茶がほしいと私の脳が言っているのだ。

「そうよー。今日も疲れたわ〜。あ、もしかしてお茶飲む?母さんのも入れてちょうだい」

「わかった」

 冷蔵庫に向かっただけでお茶を飲むことを当てられるとは。でも冷蔵庫に行く理由ってそれくらいしかないか。

「今日、パパ帰り遅くなるそうよ」

 母がダイニングテーブルの椅子を引き、疲れた様子で座った。

「なんで?」

「今日予約が多いんですって。パパも大変よね」

 そう。うちのお父さんは帰りが遅くなる日が多い。レストランで働いてるから当たり前かもしれないが、身体を壊しそうで心配だ。いつも笑顔で溢れているお父さんだけど、その裏にはたくさんの努力と疲労が隠されているのだろう。

 コップにお茶を注いでいると、玄関のドアがガチャっと開く音がした。

「ただいまー」

 お兄ちゃんが帰ってきたのだ。彼はリビングのドアを開けて、体調が悪そうな様子で入ってきた。

「おかえり。匠海も今日早いのね。もしかして、体調悪い?大丈夫?」

 お母さんが私が入れたお茶を手にしてそういった。匠海というのがお兄ちゃんの名前だ。

「まあ、そんな感じ。本当は今、講義の真っ最中なんだけどね」

「え、それ帰っちゃだめなやつじゃない?」

 私が反射的に聞くとお兄ちゃんは難しそうな表情をした。

「.....まあ.....うん。......実はさ、新しい病気が見つかったんだ」

「ええ?新しい病気?どんな?」

 母は興味津々だ。というかそんな話を身内に話してもいいものなんだろうか?

「多分後々メディアが取り上げるとは思うんだけど、世界で10%の人しかならない稀な病気が見つかったんだ」

 なんか、現実味がない話だった。病気というものは誰しもがなる可能性がある。でも世界約79億人のうちの10%の確率なんてみんな自分がなるとは思わないだろう。

「なんて病気なの?」

 お母さんが麦茶を喉に流し込んでから聞いた。さっき入れてあげたのにもうなくなりそうだ。

「あんままだ人に言わないでよ?」

「当たり前よ」

 兄が釘刺し、母が頭を上下に振った。

「....確か氷体病だったかな」

「確かー?覚えてないっての?」

「風呂入ってくるー」

 お兄ちゃんがお母さんからの質問に応じずに早々と脱衣場に向かっていった。

「もう...」

 お母さんはため息をついてまた麦茶を飲んだ。その一口でもうお茶はなくなってしまった。

「じゃ、お母さんご飯作るわね」

 お母さんはゆっくり立ち上がってキッチンへと向かった。私は下にいても何もすることがないから、自分の部屋に上がって勉強することにした。


「はぁ.....」

 私は制服をハンガーにかけ部屋着に着替えた。何年も使っているクタクタの薄黄色のロンT。勉強をしようとカバンに手をかけたとき、さっきのことが脳裏に浮かんだ。

『.....ありがと』

『.....うん』

 あの言葉が頭の中で連呼される。話せたことがこんなにも嬉しいだなんて。ずっと追いかけていただけだった憧れの人。凛くんには私の存在なんてこれっぽっちも意識されてないんだろうけど、私は本当に大好きなんだ。

「...そらさき...りん..」

 私はベッドに座って彼の名前を唱える。彼の名前を口にするだけでドキドキする。また話したい。また私の顔を見てもらいたい。恋をするとこんなにも相手のことで頭がいっぱいになる。こんな感情知らなかった。

「..凛くんと連絡先交換したいなぁ...」

 恋する女の子なら誰でも思ったことがあるであろう、好きな人との連絡先交換。でも結構これはハードルが高いのだ。話しかけるだけでも結構緊張するのに、そこに頼み事までするとか緊張の最上級だ。もし断られときのことを考えたら、気まずくて仕方ないだろう。

 でも好きな人と結ばれたいのなら自分が動かなければならない。受け身体制でいても何も起こらない。だって相手は私のことを好きじゃないんだから。

「..確か明日は、サッカー部は顧問の先生いないから休みなはず....」

 なぜ私がサッカー部のスケジュールを把握してるのかというと、顧問の飯田先生と仲がいいからだ。先生は数学の先生でもあって、私がちょくちょく数学を聞きに行っているうちに仲良くなってしまったのだ。それで私がさりげなくサッカー部の日程について毎日聞いているのだ。

 明日部活がないということは、放課後凛くんと話せる機会があるということ。そんなチャンスめったに無い。

「よーーーし!頑張るぞーーーー!」

 私は大の字になって背中向きでベッドにダイブした。



翌日

「おはよう」

 通学中の横断歩道で友達の林山梨花に挨拶をした。少しウエーブに巻いた髪にクルッと上がったまつ毛がとても似合っている。

「あ、さーちゃん。おはぁ」

 彼女はいつものテンションで挨拶を返してくれた。彼女とは親友と言っていいのかは分からないけど、友達の中では一番仲がいい。

「昨日もサッカー部見てたの?」

 彼女が前髪を気にしながら聞いてきた。彼女のいつも綺麗に整っている前髪がとても羨ましい。

「..えへへ、バレた?」

「まぁね。大体いつもサッカー部見に行ってるの見えてるから」

「まじかぁ」

 バレてどうこうなる話じゃない。でも好きな人をストーカーしてるような光景を友達に見られて恥ずかしいに決まってるじゃないか。

「てか空先どうなの?振り向いてくれそー?」

 彼女が私の方を少し見ながら聞いてきた。彼女には私の好きな人のことを話している。というのも彼女は凛くんと同じ中学だったらしく、聞けることがたくさんあるから凛くんのことを話しているのはある。

「んーー。全然」

「でしょ?しんどいならやめときな?あの人超絶冷たいで有名じゃん。それなのに結構モテてるけど」

 彼女は結構本気で私に言ってきた。正直振り向いてくれないとは思ってる。だって私より可愛い子はたくさんいるし、私よりも前に凛くんを好きになった人もいるかも知れないし。だけど頑張ろうって思ったことはやめたくない。

「いやだよ。頑張るもん!私」

 「あーそー」といいながら梨花ちゃんは通学バッグを持ち直した。すると後ろから何か声が聞こえた。耳をすませてみると「凛くんだ、凛くんだ、めっちゃかっこいい」という女の子たちの声が聞こえてきた。凛くんが近くにいるのだろうか。

 私は辺りをチラチラと見渡した。

「何してんの?さーちゃん」

 彼女が不思議そうな顔をして私を見た。

「んーん、なんもー」

 そう言いながらも私は凛くんを探す。彼は背が高いからすぐ見つけられるはず。でも後ろに人が多くて少し探しづらい。でも見つからない。ということは結構近くにいるということ。


 見つけた。圧倒的に他とオーラが違う。私が歩いているやや右後ろを、彼は一人で堂々と歩いている。やっぱりすごくかっこいい。目が合いますようにと願いながら彼の方を見て歩く。

 お願い、こっちみて、こっちみて!私が目で訴えるとそれが叶ったのか彼がこっちを見た。

 え、嘘、伝わった?でも、絶対私の事分かってない。偶然、目が合っただけかもしらないし。そう思っていたら彼が私の方をみながら短く頭をさげた。

「え」

 私は、ややデカめな声が出てしまった。

「なに。どした」

「やばい、やばいやばいやばいやばいよーーー」

 私はそう言って走り出した。顔を真っ赤にして。

「ちょ、さーちゃん!」

 梨花ちゃんが私を追いかけて走ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 私は教室で膝に手を当て息を整える。

「さーちゃんどうしたの、いきなり...はぁ...走り出して..」

 梨花ちゃんは私よりぜいぜいしている。そんなに私足速かったのかな。

「..だって...凛くんが...」

「空先が何...」

「...凛くんが私に...挨拶してくれた..!」

 少し声を大にして言った。

「....はぁあああ?!」

 梨花ちゃんがほんとに大きい声で叫んだ。周りにいた少数のクラスメイトがこっちを見てびっくりしている。

「梨花ちゃん、声でかい...」

「いや、だってさ」

 そう言って梨花ちゃんは私の肩を組んで教室の隅に引き連れた。

「あんた、空先凛だよ?あの超絶冷たい、冷えっ冷えのそらさき、りん、だよ?そんなことあんの?」

 梨花ちゃんが空先凛を強調して私に言ってきた。私だってそんなこと分かってるし。でも事実だし。

「だからその空先凛くんが私にペコって頭下げてくれたの!」

 彼女はありえないというような表情をしている。

「...ちょっとさーちゃん、ワンチャンあるんじゃない?」

「..え?...何が?」

「何がじゃないわよ」

「え?」

 彼女がいつにも増して真剣な顔で小さい声でこう言ってきた。

「空先凛さ、さーちゃんに振り向く可能性、大だよ」

 私に...振り向く可能性が大..。その一文字一文字が頭の中で反響した。

「ええええええええええええ?!」

 私の口が勝手に大きな声を発した。だからまたクラスメイトに見られた。それもさっきより増えたクラスメイトにも。絶対迷惑だ。ごめんなさい。

「...え、私、そんなに脈アリ..?」

 私がデレデレした顔をしながら聞いた。

「まあ多分さーちゃん存在感厚そうだから気づいて礼してくれたかもだけど、あいつが女の子と仲良くしようとしてる時点でレアなのよ」

「仲良くしようとはしてなさそうだよ?ただ単に礼儀としてお辞儀しただけだよ」

「そうかもしれないけど、そもそも空先凛は女子と目を合わせるとかしないってば」

 そう言われてしまったら、変に期待をしてしまう。絶対そんなことはないとわかってる。でも、もしかしたら、もしかしたら.....って思っちゃう。

「まだ出会ったばかりだからあっちは意識なんてしてないと思うよ」

 そう言うしかなかった。そうだったらいいなとか、そうなってほしいなとかは言えなかった。もしダメだったとき、期待しすぎた反動で苦しくなってしまうから。

「私はさーちゃんが一生懸命努力してるの知ってるからさ。だから.......あんまりネガティブにならないでよ」

「え?」

 彼女の声はいつもより優しかった。だからか分からないけど、すごく心に響き渡った。

「もし空先がさーちゃんに振り向かなくても、それはさーちゃんの魅力に気づかなかった空先が悪いから」

「梨花ちゃん......」

 彼女はこうやって時々優しいことを言ってくれる。いつもは優しくないというわけではないけど、私がネガティブになっているときは特別優しい。

「だから頑張りな。さーちゃんなら大丈夫だから」

「........頑張る....絶対振り向かせるから..!.....私が凛くんの彼女になってみせる」

 友達の存在というものは本当に大きんだなと思う。気持ちがネガティブになりそうなときでも、たったひとつの言葉で自分の心を燃やす原動力になるんだから。無理かもしれないことでも自分が動けばきっとなんとかなる。そう思えるような声掛けを彼女はしてくれた。

「頑張れ」

 そう、小さいけど力強い声で言ってくれた。



 昼休み、私はせっかくお母さんが作ってくれた弁当を家に忘れてきてしまったことに気がついた。だから今私はダッシュで購買に向かっている。私が狙っているのはサンドイッチ。安くて美味しいから、早く行かないとなくなってしまうのだ。

 急げ急げ。私のお腹がサンドイッチを欲している。そのときだった。

 階段を降りているとき、誰かにぶつかってしまった。でも私は誰にぶつかったか分かってしまった。だってこの匂いは、凛くんの匂いだから。すると、彼は一度止まって私に向かって「あ、すんません」と短く言い、スタスタと階段を降りて行こうとした。でも私はそれが悔しくて、声をかけてしまった。

「....凛くん...!....あの...ぶつかっちゃってごめん..」

 彼は立ち止まってゆっくりと私の方を見た。

「....別に、大丈夫っす」

 すごーく涼しい顔をしてそっと呟いた。

 絶対私のこと分かってない。だって分かってたら「あ、昨日の....」って言うはずだもん。やっぱ覚えてもらえるわけがないよね。しかも凛くんに話しかける女の子は何人もいて、私だけが特別なわけじゃない。そう分かってるけど..分かってはいるんだけど。

「......覚えて....ない..?」

 私は希望をかけて聞いた。自分で言うのもなんだけど、私のあの迫力は彼でも覚えているはずだ。

 すると彼が私の目を見つめて、目を逸らした。

 その仕草に、私は希望が散ったと思った。

「..覚えてますよ」

 彼が目線をしてに向けながら、小さく口を開いた。

 希望は散っていなかった。名前は覚えてくれてないみたいだけど、でもちゃんと覚えていてくれた。

「覚えててくれたの...?」

「...まあ....」

「名前は..覚えてる....?」

 覚えててくれたら私は泣いてしまうかもしれない。それと同時に名前呼んでくれたら心臓が止まってしまうかもしれない。

「...........あい..はら..さん...っすよね」

 私は驚きすぎて一瞬声が出なかった。覚えてくれていないと思っていたから。名前を呼んでもらえたことが、私にとってすごく特別で、幸せだ。

「....ありがとう....。ありがとう..。覚えててくれて、ありがとう.....」

 私は震えた声で感謝を述べた。こんな幸せなこと、あってもいいのだろうか。

「別に、お礼を言われるぐらいのことじゃないっすよ」

 そう言って彼は階段を降りていった。彼はお礼を言われるぐらいなんともないのかもしれない。でも私はそれくらい幸せなことなんだ。

 そのあと私は幸せな気持ちで売店に行った。しかしお目当てのサンドイッチは売り切れていた。だから代わりにクリームパンを買ったけど全然悲しくなかった。むしろクリームパンに愛着が湧く。


「梨花ちゃんただいま〜」

 私はスキップをしながら教室に戻った。それも満面の笑みで。

「おかえり〜。サンドイッチ買えたみたいね。すごく嬉しそう」

 彼女は、ピンク色の弁当箱に入っている美味しそうな卵焼きを食べながら、私に微笑み返した。

「甘いな〜梨花ちゃん。私はそんなことでスキップなんかしないぞ〜。それにサンドイッチ売り切れてた」

「え?じゃ、なんでそんなに嬉しそうなのさ」

 私は彼女の真向かいの席に座って口元を手で隠した。

「凛くんと、話してきました...!」

「え、ガチ?なんでなんで?どういった流れで?」

 彼女は目を見開き、弁当を食べる手を止めた。

 私はさっきあったことを全部話した。その時の感情も含めて。

「へ〜。そんなことが...。てか匂いで分かるさーちゃんさすがすぎるわ」

「でしょでしょ〜。もう名前も覚えててくれて私は....最高に幸せ.....」

「そりゃ覚えてるでしょ。空先、人の名前覚えるの早いから」

「え、そうなの?」

 意外だった。私の偏見だけど、ほんとに偏見だけど、人の名前とか興味なさそうだもん。申し訳ないけど。

「うん。ま、あいつ頭いいしさ」

「だよね〜。いつか勉強教えてもらえる日がくるかな......」

「来たらいいですね〜」

 彼女はわかめごを頬張り、私はさっき売店で余ってたクリームパンを食べた。とても濃厚で甘くて、最期まで食べるのが惜しかった。サンドイッチの事なんて、もうとっくに忘れていた。


 放課後。

 私は昇降口付近で凛くんを待っている。連絡先を交換するんだ。出てきたらなんて話かけよう。愛原だよ。って言う?いや、だからなんですかってなるわ!でもこれストーカー行為な気がしなくもない。そう思ったけど、その気付きに蓋をした。

 なんだかんだ十五分くらい待った。昇降口の人数も二、三人くらいになっている。

 携帯をたまにそうしながら待っていると、ようやく凛くんが出てきた。やっぱりかっこよすぎる。

 話しかける勇気を持って、ドキドキしている心臓の音を体感しながら彼のところまで向かった。

「......凛くん!!!.....やっほ.....!」

 できる限りの笑顔で話しかけに行った。すると彼は私を数秒間、長いまつげをパチパチさせながら見つめてきた。

 彼に見つめられてる。彼の目に私が映っている。

「あの、さっきどこも打ってないっすか?」

「へ?」

 なんの話をしているのだろうか。人間違えをしてる可能性が高い。うん、ありえる。

「えっと、なんのこと....?」

「昼ぶつかったときの話っすけど」

 私は昼のことなんてとっくに記憶から消えているんじゃないかと思っていた。でも覚えてくれていた。というか心配してくれてる?なんて優しいんだろう。

「打ってないよ大丈夫。凛くんこそ打ってない?」

「俺はなんとも。大丈夫なら良かったす。じゃ」

 またまたスタスタ行こうとするので私は凛くんの腕を掴んだ。細身にしてはがっしりしている腕。

「なんすか」

 私の方に顔だけ向けて冷たく言われた。結構精神に来るけど、でも今動かないと私は一生後悔してしまうだろう。

「.....連絡先を....交換したい...です..」

 自信がなくてだんだん声がしぼんでいった。顔が燃えるように熱い。どうしよう。

 彼は目線を地面に落とした。その目は何を言おうとしているのだろうか。

 でも、この感じは嫌って言われる。絶対。しかも顔が嫌そうだ。

 私はなんだか怖くなって発言を取り消そうと試みた。

「.....ごめん、やっぱりい」

「いいっすけど、俺やり方よくわかんないです」

 彼は私の言葉を遮った。一瞬のことだったからよく分かんなかったけど、今いいよって言った。私の耳にはそう聞こえたけど、もしかしたら空耳かもしれない。

「......いいって言った...?」

「はい」

「なんで?」

「......なんで?」

「なんで交換してくれるの?」

 自分が交換しよって言ったけど、信じられなかった。だって本当に顔が嫌そうだったし。

「...別に....愛原さんが....こう.....頑張って言ってるような気がしたんで」

「え?」

 私が頑張って言ったのを分かってくれてたってことだろうか。なんて優しい人なんだろう。沢山の人に冷たいって言われてるけど、本当は本当は心優しい男の子なんだ。

「.....優しいね。凛くんは」

 そう言いながら彼の顔を見つめた。心の温まりから自然とその言葉が溢れ出た。その時、彼の瞳が揺れていることに気づいた。

「......どうしたの凛くん」

 そう言うと凛くんは急に我に返ったかのように私から目を逸した。今の目がすごく印象に残った。

「.....やり方わかんないんで俺のスマホ勝手に操作してください」

 そう言うと彼はスマホを私に渡してきた。凛くんのスマホを今、私が、持っている。非現実的だ。

「あ、りがとう」

 私はそう言ってスマホを受け取った。そのとき彼のスマホのロック画面が見えた。朝日に照らされたきれいな空の写真だった。

「....綺麗な写真だね」

「はい」

「空、好きなの?」

「まあ」

 相変わらず冷たいけど、短くても会話ができている事実が私には嬉しかった。

 私は自分のスマホと凛くんのスマホを操作しながら連絡先を追加した。自分の連絡先欄に凛くんの名前があって、彼の方にも私の名前があるのが言葉では表現できない嬉しさがあった。私は彼の連絡先欄を見ていて気づいたことがあった。友達の連絡先が見るからに2つしかなく、しかも女の子の連絡先が一つも入っていないのだ。=私だけ。もしかしたら違うかもしれないけど。だから彼に聞いてみた。

「凛くん.....他の女の子の連絡先ないの......?その.....見ちゃったっていうか....その.....」

 彼は首を傾げていた。私の発言が理解できないのか、それとも私の発言がそもそも違うのか。一体どっちなんだろうか。

「.....女の子と連絡とるようなことってあるんすか?」

 予想の斜め上を行った回答だった。女の子と連絡取る意味がわからないということだろうか。それとも連絡したくないということなのか。でも、そうなら彼は矛盾している。

「じゃあ、なんで私と連絡を交換するの許してくれたの?私が頑張って頼んできたのが分かったとは言ってたけど、それが私を連絡先に追加する理由になるの?...」

 そう言うと彼は「友達っすから」と当然のような口調で言ってきた。

「友達って思ってくれてたんだ」

「はい。なってくれって言われたんで」

 彼は私をちゃんと友達だと思っててくれてた。でも、なんかそれは複雑な気がした。自分から友達になってとは言ったけど、本当は恋愛対象として私を見てほしい。けどそれを今思うのはわがままだ。

「.....ありがとう。あ、携帯返します」

 私は彼に携帯を返した。少しだけ名残惜しかったけど。

「どうも。そんじゃ俺帰りますね。さよなら」

 彼はカバンを背負い直し、校門のほうに足を向けたその時だった。

「空先くんだよね....?」

 多分私の隣のクラスであろう女の子が、私の後ろの方から凛くんに声をかけた。

 彼は応答はせず、彼女の方を振り向いて立ち止まった。彼女は凛くんのところまで走ってきた。隣にいる私は気まずすぎて、二人を見ていてもいいのかわからない。

「あの、私、五組の川本七海です。えっと、連絡先交換したいです....!」

 まさかのこの子も連絡先交換を提案...!? タイミングが何とも言えない。やっぱりライバル多いよね。みんな凛くんと連絡とりたいに決まってる。私だけなわけがないじゃんか。

「ごめんなさい。俺帰ります」

 彼は間髪いれず断った。それも結構冷たく。いつも冷たいんだけども。彼女は今にも泣きそうな顔をしている。なぜか悲しくなった。恋敵なはずなのに、胸が痛くなった。

「....なんで..?」

「あんまり連絡先交換するの好きじゃなくて」

 その理由に私は納得できなかった。だって好きじゃないのなら私と交換しないはずだから。

「...........そっか.....。連絡先、交換したかったなあ.....」

「すんません」

 彼女しばらく地面を見つめてから涙をこらえて歩いて校門を出ていった。そりゃ、泣いちゃうに決まってる。私と連絡先を交換してくれているのは嬉しいけど、なぜか今自分はずるいことをしているんじゃないかという気持ちになって自分に対して嫌悪感を抱いた。

「......私.....ずるいなあ....」

 私は空を見上げて嘆いた。自分が頑張ってこうなってきているのだと信じたい。けど彼女だって頑張っていると思う。だからこそ彼女の立場になると苦しくなる。

「友達にずるいとかあるんすか」

 凛くんは曇りなき瞳で私を見てきた。ただ普通に思ったことを言ってきただけだろう。でもその言葉が私にとっては嬉しかった。なんとなく特別だと言われているような気がした。

「......ない、ね」

 私は彼の瞳を見つめ返した。やっぱりこの瞳を見ると気持ちが抑えきれなくなる。

「凛くん。私は凛くんのことが男の子として好きだからね。これはこの先ずっとそう」

 今までで1番緊張せず思ったことを口に出せた。彼は表情を変えない。何も効いてないんだと思う。それでもちゃんと受け取ってくれてる気がした。

「.......そうっすか。でも...なんでそんなに俺の事を好きって言うんすか」

 迷惑ということなのだろうか。 好き好き言われるの嫌いってことかなのかな。そう一瞬思ったけど、でもそれはなんだかニュアンスが違う気がした。普通に聞きたくなって聞いてきただけだと思うことにする。

「凛くんの姿を見てると、自然と勇気が湧いてくるんだよね。冷たいって有名だけど、でも本当はすごく優しい男の子だし。私、凛くんが初恋なんだ。だからかな、毎日毎日凛くんのことで頭がいっぱいだよ」

 私は彼に感謝を伝えるかのようにゆっくりと語った。本心だし。彼はどうせ表情ひとつ変えないんだろうなって思ってた。でも彼は、私の事を優しい目で見つめていた。

「凛くん....?」

「......ありがとう..」

 そのありがとうに温もりを感じた。まだ二回ぐらいしかありがとうは言われてないけど、一回目より確実に優しさがこもっている。

「こちらこそ...ありがとう」

 お礼を言うのは私の方だ。毎日が楽しいのも全部彼のおかげなんだから。

「.....っす。じゃあ、帰りますね。また」

 今度こそ彼は校門に向かって歩き出した。

 こんなに彼とお話できたのは初めてだ。そしてさっき彼は「また」と言った。前までさよならとか帰りますしか言わなかったのに。その些細な変化が私は嬉しかった。

「うん!またね」

 私は彼の背中に向かって手を振った。もちろん手を振り返してこない。でもそれでいい。振り返してくれるまで私が努力するから。


 私は早速帰って、凛くんとのトーク画面を開いた。何か送りたいけど何を送ればいいのかわからない。いきなり送ったら迷惑かな。でも交換してくれたわけだし。

 でもこのまま送らなかったら進展がない気がする。勇気を振り絞ってキーボードを立ち上げた。

〈凛くん!愛原です!〉

 う〜ん。愛原ですって言っても凛くん知ってるしな。そう思ったけど、他に言う言葉が思いつかないから思い切って私は送信ボタンを押した。

 待つこと四十分。返信が来ない。スマホ見なさそうだもんなあ。ずっと勉強してそう。もしそうなら邪魔だったかもしれない。

 ピロン。通知が鳴った。今現在、私が連絡を取っているのは凛くんのみ。彼であってくれと思いながら私は薄目で画面を見た。

〈どうも〉

 そうきていた。どうもって。たった三文字。というかどういう「どうも」なんだろう。

 ピロン。また鳴った。

〈返信おくれてすみません〉

 返信返してくれるだけでありがたいのに、遅れたことに対して謝るだなんて。しかもたった四十分。なんていい人なんだろうか。でもこのあとになんて送ればいいのかがわからない。話題を変えるにしても彼の興味のある内容ではないと思う、多分。聞きたいことはいっぱいあるけど、色々考えちゃって何も聞けない。葛藤を続けながらも、とりあえず返信しようと思い素早くキーボードを打った。

〈優しいね凛くん!〉

 送ったはいいけどいざ文字に残るとなると少し恥ずかしい。しかもこれじゃ既読スルーをされてしまうかもしれない。いや、未読スルーかも。彼は絶対ビックリマークとか絵文字とかつけないタイプだ。ついてたらギャップ萌えだ。

 すると、さっき送ったメッセージが既読になった。私はとっさに画面を閉じた。開いてたらなんか期待してるみたいになっちゃうから。

 ピロンっと私の携帯が鳴った。急いで開いた。

〈なにがですか〉と凛くんから来ている。ちょっと笑ってしまった。優しさだと思っていない彼の行為は自然に出る優しさなんだろう。

〈返信そんなに遅れてないのに謝ってくれた人初めてだからさ笑〉

 そう送ったらすぐ既読になった。なんてくるかな。連絡を取るだけでドキドキするなんて。こんな気持ち知らなかった。

〈そうですか〉

 返信はそっけないけどそれでいい。それが凛くんだから。

 とりあえず第一関門はクリア。次に私がすることは、電話をすることだ。




 次の日の朝。

「眠た〜」

 そう言いながら太陽が差し込んだリビングへと繋がる階段を降りた。昨日は長く凛くんと話せたことが嬉しすぎて、あまり寝れなかった。夢にまで出てきたのだ。

「咲笑、おはよう」

 お父さんとお母さんはダイニングテーブルに座りながら穏やかな表情で挨拶してきた。もう皿には目玉焼きや、パンが盛り付けられていて二人とも食べ始めている。

「うん、おはよー」

 私はそう言いながらテレビ横にあるボックスの中のリモコンを手に取り、テレビをつけた。今日の占いを見るのが毎日の朝の習慣なのだ。

「続いてのニュースです。世界で十%の人口しかならない新たな病気が見つかりました」

「え?」

 これかな、お兄ちゃんが言ってたのって。ニュースでこういうことも発表するんだ。

「.......によると、氷体病という、原因は分からず身体に氷の結晶ようなものが現れる病気が発見されたそうです。まだ詳しい情報は分かっていませんが、かかってしまえば、ほぼ 百%の確率で死に至るそうです。しかしまだ治療法は見つかっていないとのことです」

 アナウンサーの女性は深刻な顔をしながら、声をトーンを低くして話している。

 ほぼ百%。かかれば死ぬということ。自分がなるわけはないけど、怖くなった。

 10%とは言えども、誰かがなってしまう。私もその%に入ってしまうかもしれないのだ。

「咲笑〜ご飯できてるぞ〜」

「う、うん」

 私はお父さんの声かけに我に返り、急ぎ足でダイニングテーブルへと向かった。



「さーちゃんおっはー」

 梨花ちゃんが私の席の前に座ってきた。今日もまつ毛が綺麗に上がっている。

「おはよー」

「ちょっとさ自販機ついてきてくんない?」

 梨花ちゃんがそう言ってきた。彼女が自販機に行こうって言うなんて珍しい。というのも彼女はダイエットしているらしく、いつも家から一リットルの水を持ってきている。今日は多分忘れちゃったのだろう。

「いつもの水はどうしたの」

「忘れてきちゃった」

 私の予想は的中。たまには別の飲み物を飲むのも気分転換になるだろう。


「う〜ん......どれにしようかな....」

 梨花ちゃんが自販機の前で何本かのペットボトルたちと睨み合いをしている。うちの学校には水は売ってないから選ぶなら必然的に水以外のものになってしまう。

「お茶は?」

「お茶か.....まあお茶でいっか」

 納得がいかなそうだったけど、彼女は麦茶のボタンを押した。

「お茶ゲット〜.........あ、みて、あの女の子、男子に告白してる」

「え?」

 私は彼女が指さした方に目をやった。こんな朝から告白とは、私だったら緊張で朝ご飯すら食べれないだろう。

「ん......?......え、凛くん.....?」

 告白をされていたのは凛くんだった。相変わらずモテてる。どうしよう、もしあの告白にOKを出してしまったら。自分の考えに心臓がドクドクと鳴り始めた。

「さーちゃん取られちゃうよ?」

 考えていたことを先に梨花ちゃんに言われてしまった。いざ友達から言われると現実味をすごく感じる。

「もしかしたら空先、あの告白にOKしちゃうかもよ?」

「そんなぁ.....」

 もしそうなったら、私は生きていけれなくなる。ここまでの頑張りが水の泡になってしまう。それは、嫌だ。

「あ、帰っていった」

 女の子は悔しそうな表情をして歩いて行った。凛くんには笑顔を見せて去っていったけど、私には涙が出ているように見えた。

「..........振られたんだね」

「うん....」

「これ言っちゃ悪い意味に聞こえるかもだけど.............良かった」

 梨花ちゃんは私を優しい目で見てきた。勝ったねと訴えてきているのではなく、咲笑なら大丈夫だと言ってくれているように思えた。

「.......そうだね。......凛くんは.....どんな女性が好きなのかな...」

 私は彼の姿を目で追いながらそう嘆いた。どんな人が好きで、今までどんな恋愛をしてきたのか。私には分かりっこない。

「......梨花ちゃん。戻ろっか」

「空先に話しかけなくていいの?」

 本当は話しかけたい。私の存在をアピールしたい。私をもっと意識して欲しい。

「...凛くんも...人間だよ」

「...?」

「告白を断るのも...胸が痛いと思うから...。だから今は、そっとしておくべきだと思うんだ」

 時には、いや、常に恋愛は相手の気持ちを考えることが一番となる。自分の欲だけで相手を傷つけてはならない。それは私にも分かるんだ。

「.......そっか。さーちゃんらしいね」

「.......うん。.......じゃ、帰ろっか」

 私達は静かに階段を登って教室に帰っていった。凛くんが私達をそっと見ているのを知らずに。




「あ〜美味しい...」

 梨花ちゃんがさっき買った麦茶を喉に流し込んでいる。

「あんまり一気に流し込むとお腹痛くならない?」

「ならないならない。バカは痛くならないって聞くでしょ」

「そんなの聞いたことない」

 彼女は再び喉に流し込んだ。それを見ていると喉が乾いてくる。自分でも水筒を持ってきたけど、ペットボトルに入った飲み物に惹かれるのはなぜだろう。

 まだホームルームまではかなり時間がある。私も買いに行こうかな。そう思い席を立ったとき、教室の扉が開いた。

「おっはよ〜、今日暑くね?」

 と、手で顔を仰ぎながら入ってきたのは、私が幼稚園のとき一緒で、梨花ちゃんは小・中一緒だった同じクラスの木下駿河。

「おっはー。今日早くない?いっつもギリギリなのに」

 梨花ちゃんがペットボトルのキャップを締めながら言った。

「今日は朝練しようと思って来たけど、先生に事前に言うの忘れてて、コート借りれなかったんですー」

「どんまーい」

 梨花ちゃんが少しいじるように言った。駿河はテニス部で、いつも熱心に部活動に取り組んでいる。

 二人は親友らしいので、こういういじり合いも日常茶飯事なのである。私は幼稚園のときしか駿河とは一緒ではなかったけど、その当時、よく一緒に遊んでた男子だったため、長年の時を経ても普通に話すことができた。そりゃ、再開した時はびっくりだった。

「あ、そうそう。朝コンビニ寄って朝ご飯とお茶買ったら、なんかもう一本お茶ついてきたんだけどいる?」

「ほしい」

 駿河が手に持ったレジ袋をから麦茶を取り出したので、私は反射的に答えた。駿河が持っているのはちょうど私が欲しかった麦茶なのだ。

「お、おう。咲笑、今日は水筒持ってきてねえのか?」

 駿河が私の勢いに引いたのか、若干間を置いてから答えた。

「持ってきてるんだけど、梨花ちゃんが美味しそうに飲んでるから飲みたくなっちゃった」

「ふーん。よく分かんねえけど、まあ、やるよ」

 納得がいかなそうな駿河から、冷たい麦茶を受け取った。今日は特別暑いから、持ってきた水筒のお茶もすぐなくなりそうだ。この麦茶の出番もそれほど遅くないだろう。

「てかさ、昨日咲笑、空先にナンパしてただろ」

「え?!」

 駿河が机の椅子を引きながら、さりげなく言ってきた。しかも言い方に悪意がある。

「な、ナンパじゃないよ!ただ話してただけ!!」

「ナンパだよ駿河。さーちゃん、昨日やっと空先に話しかけれたんだから。成長したもんだよ」

 梨花ちゃんも駿河の味方をした。意味合い的には合ってるんだけど、話しかけてたって言われる方が百倍良い。

「やっぱ咲笑、空先のこと好きだったのかー。なんとなくそんな気はしてたけど」

「え、駿河知らなかったの?!今までも私とさーちゃん、その話してたじゃん」

「いや、だって名前は出してなかっただろ?!サッカー部のイケメンの、冷たい、とかしか言ってなかったじゃんかよー」 

 会話から凛くんって分かりそうな内容なのに、分からなかったとは。どれほど駿河は鈍感なのだろうか。 

「それに、咲笑たちが俺の前で空先の名前を出さないのは、なんか理由があるんじゃないかと思って、咲笑の好きな人は空先だって決めつけなかったのによ」

 駿河は私のことを思って、わざと理解しないようにしてたのか。相当な優しい人だと思った。普通だったら、空先のことが好きなんでしょ?とか言うのに。

「それにさ、好きな人誰?とかズケズケ聞くもんじゃねえだろ?咲笑が言ってくるまで俺は待ってたんだよ」

「駿河、あんた、いい男だね」

 梨花ちゃんが駿河の頭をくしゃくしゃに撫でた。駿河は目を細めている。

「ま、駿河もさーちゃんを応援してやってよ。この子、すっごい頑張ってるから」 

「....あ.....ああ。....そうだな」

 梨花ちゃんの声掛けに、駿河はぎこちない笑顔と微妙な返事で返した。それに梨花ちゃんは何か気付いたような顔をした。 

「...そうださーちゃん!カフェ行こうよ!」

「か、カフェ?」

 いきなりの梨花ちゃんの話題転換に、一瞬頭が回らなかった。

「話したいこと山程あるでしょ?たまには女子トークっていうのも大事だしー」

「いっつも二人で女子トークしてんじゃねえかよ」

「女心が分かってないな〜。外で話す機会っていうのも大事なんですー」

 駿河のツッコミに梨花ちゃんは煽るように返した。その返答に駿河は、また納得のいかなそうな顔した。

「はいはい、ぜひ楽しんでください」

 駿河はそう言うと、男子が集まってきた教室の後ろに向かっていった。

 梨花ちゃんは、少し意味深な顔をして駿河を目で追ってから、また私に目線を戻し、話し始めた。

 しばらく話すとチャイムがなり、HRが始まった。 






「次体育か〜。私体育きらーい」

 梨花ちゃんが体操服袋を抱きしめながら言った。一限の論理国語を終え、二限目の体育をするため、私達は暑い中廊下を歩きながら、体育館に向かっている。

 梨花ちゃんは一見体育が好きそうな女の子に見えるけど、実は体育が大嫌いなのだ。それなりにできるくせに。

「私も嫌だよ。でも凛くんの姿が見られるから、まだいいかも!」

 うちの学校は一組と二組、三組と四組.......というふうに隣のクラスと体育が合同なのだ。男女ですることは違うけど。でも今日はドッジボールで男女合同。少し気が進まない。

「絶対前髪崩れちゃうもん」

 梨花ちゃんが前髪を整えた。毎朝学校に登校したあとに必ずヘアアイロンで髪を巻き直している。私からすると・女子高校生って感じ。

「私見学しとくから、さーちゃん頑張ってね」

「え?なんでしないのよ」

「だって男子と一緒とか無理〜」

 私も嫌なのに。だってドジなところとか凛くんに見られたら幻滅されちゃう。あいつダサって絶対なる。でもそんなこと言ってたら体育の評定が悪くなってしまうから言えない。


 ピー。試合開始の笛がなった。人数が多いからコートがすごく大きい。それでもぎゅうぎゅうだ。

「凛く〜ん!!!かっこいいよ〜!」

 まだ投げてもないのに何人かの女子がキャーキャー言っている。なんか、いやだなあ。別に凛くんがあの子達に笑いかけているわけではないけど、私以外の人の存在に目を向けてほしくない。そう思ってしまう。わがままだけど私だけを見ていてほしい。そう思うのは、あの子達が自分より可愛いからかな。

「おい、咲笑〜なにぼーっとしてんの」

 と話しかけてきたのは駿河だ。センター分けの前髪が、朝、梨花ちゃんにくしゃくしゃにされて若干形がおかしいけど、原型は保てている。それにちゃんと横に並んで立たれるとで無駄に背が大きいことに目が行く。

「別にぼーっとしてないもん」

「いやしてたぜ?どーせ、空先のこと考えてたんだろ」

「う....」

 咲笑は凛くんが好きだと駿河が梨花ちゃんから言われてから、普通に凛くんのことを話してきた。

「それにしても空先は表情筋かてーよなー。体育なんだからもうちょっと笑えばいいのに」

 駿河が凛くんの姿を目で追いながら笑いながら言った。それにつられて私も凛くんを目で追う。その無表情さがまた魅力的なんだよな。

「咲笑はいつから好きなの?空先のこと」

 駿河が私を見下ろして聞いてきた。そんな話今する時間じゃないのに。

「....入学して少し経ったとき...から」

 無視するわけにもいかないから私は普通に答えた。

「ふーん.......。そんな経ってねえな」

 駿河が意味深な顔をしながら前を向いたとき、甲高い笛の音がした。

 誰か当たったみたいだ。よく見るとうちのコートにいる女の子だった。彼女は嬉しそうだった。おそらく凛くんが当てたからだろう。

「あの子、今無理やり当たりに行ってたぜ。どれだけ空先のこと好きなんだよ」

 駿河は笑って言った。

 そこまでして意識してもらいたいんだ。分かる気がする。でも私はそんなことはしない。ちゃんと本気でやる。これでも私は優等生なんだ。

 私は転がってきたボールを手にとって勢いよく投げた。

「いでっ」

 しかし私は運動音痴なもので滑って自分がコケてしまった。

「ちょ、咲笑、大丈夫か?」

 駿河だけじゃなくみんなが私を見ている。さすがに恥ずかしすぎる。あんなことでコケる人なんてそうそういないだろう。どれだけ私は運動音痴なんだろう。

「だ、だだ大丈夫大丈夫!試合続けて!私一旦抜けます!」

「おぶるよ。乗って。足捻っただろ」

 駿河が腰を低くして言って来たけどそんなの恥ずかしすぎる。それに駿河は普通にモテるからファンから反感を買う。しかも凛くんも見てるんだし。

「ううん大丈夫!転んだだけだから」

 そう言って平然なふりをして保健室に歩いていった。本当は本当は駿河が言ったように右足を捻って痛いのに。


「失礼します....」

 保健室に来たけど先生がいない。自分である程度はできるはずだし大丈夫だと思うことにする。

 椅子に座って足首を見た。腫れてはないけど、ズキズキ痛む。こういうときってどうするのが正解なんだっけ。保冷剤で冷やすんだっけな。でも先生がいないのに冷凍庫をあけてもいいのか分からなかった。

 保健室にいても何もできないから私は戻ろうと扉を開けた。

 私は幻でも見たのかと思った。

 目の前に凛くんがいるのだ。

「.....凛...くん?!.....なんでいるの?」

「手、捻ったんで」

 凛くんが手をひねるとは。どんな馬力で投げたんだ。

「....あ.....そうなんだ.....大丈夫?」

「はい」

 彼は表情筋を一つ変えずに、返事した。

「.....そっか。よかった。じゃあ、戻るね」

 そう言って廊下に出ようとすると、左腕を掴まれた。

「.....え...」

 凛くんはまっすぐ私を見ている。凛としている瞳はいつも以上に好きだ。

「あの、足捻ってますよね」

 気づかれていた?というかあのヘマを見られていたってことだよね。恥ずかしすぎる。

「.....そんなあ。いやだなあ。捻ってるわけないじゃーん」

 そう嘘をついてみても凛くんは腕を離さない。全部分かっているかのように。

「....私のことより凛くんは自分の心配しなね」

 心配はしていないと思うけど、心配させないようにできる限りの笑顔を作った。すると彼は私を静かに引き寄せ、保健室の中に入れ、扉を閉めた。

 待って待って。何この展開。どういう状況?理解が追いつかない。

 彼は私をベッドに座らせ、私の捻った右足を椅子に置いた。

「.....いいよ、凛くん。.....私は大丈夫」

「いいから。絶対腫れてるんでさっさと足見せてください」

「.......でも」

「早くしてください」

 彼の強烈な冷たい口調に従う他なかった。

 いや、こんな展開少女漫画すぎて頭が真っ白。それに恥ずかしすぎて心臓飛び出そう。これは絶対夢だ、夢。

「痛かったら言ってください」

 そう言って彼は冷凍庫から保冷剤を取り出し、机から取り出したテーピングをしだした。

 そっか。凛くんはサッカー部だから捻挫の処置の仕方とかはよく分かっているんだ。

「....ごめんね.....迷惑かけて.....」

「別に大丈夫っす」

 それから沈黙が流れた。何を話していいのかわからないのもあるけど、なんでここまで私に構ってくれるのかを考えてしまった。絶対にありえない答えも頭に浮かべながら。

「できました」

 足首に目を移すと、きれいにテーピングが巻かれていた。それになぜか気持ちが高まってしまった。

「好き」

 私は凛くんの目を見ながら言ってしまった。この前と同じように彼の瞳孔が開いた。何回も本人に言っているけど、何度でも口から出てしまう。

「好きだよ。凛くん。今、すごく言いたくなった」

 彼は私を見たまま動かない。それはいつもの反応だ。

「.....愛原さん」

「...はい」

「なんでそんなに好きって言うんですか」

 彼は立ち上がり、私を見下ろして言った。いつもの冷たい口調ではなく、優しい口調だった。

「....迷.......惑...?」

「そうじゃなくて、好きって言える勇気がすごいなと思って」

「.....え.....?」

 迷惑じゃないんだ。すごいなって言ってもらえたことより、迷惑じゃないって言ってくれたことのほうが嬉しかった。

「......凛くんさ、何かあったの....?」

「..え?」

「なんとなく、何かあったのかなって」

「........なんもないっす。どこか俺におかしいとこありましたか」

「......いや...」

「ですよね」

 私の勘違い、か。彼のいつもと違う態度は、彼の気まぐれだろうか。少し気まずくて部屋の中を見渡していると扉が開いた。

 駿河だった。凛くんの方に一瞬視線を向けてから、私の方に目線を向けた。

「駿河?どうしたの?」

「様子見に来たんだけど...。ほらなんか処置の仕方分からなそうだし」

「う..」

 図星をつかれた。不意に凛くんの方を見ると、駿河の方をじっと見ていた。

「てかなんで空先いんの?」

「あ、凛くん手捻ったって」

「なわけねえだろ。だって空先、ボール投げてないし、それにトイレ行ってくるって言って出て行ってたし」

 どういうことなんだ。駿河の文脈から考えると私のためにわざわざ来てくれたってこと?

「.....そうなの..?凛くん」

「......ていうかなんで駿河さんはここに来たんですか」

 見事にスルーされた。絶対今の聞こえてたはずなのに。答えてくれたっていいじゃんか。

「さっき言ったじゃねえか。様子見に来たって」

「ほんとっすか」

「は?」

「愛原さんの事が気になってるから見に来たんじゃないんですか」

 何を言ってるんだ凛くん。いつもより冷たさが倍増だ。こんな態度は初めて見た。

「ああ、そりゃ気になってるよ。怪我したって言ってんだから」

 駿河も対抗して言う。駿河の表情もだんだん険しくなってきた。空気が重い。

「そっちじゃなくて」

「は?」

 さっきから空気がピリピリしている。凛くんもそうだけど駿河の口調も怖くなっている。呼吸がしにくい。

「......すんません。俺帰ります」

「凛くん!」

 凛くんは足早に駿河の横を通り抜けて保健室の扉に手をかけた。

「じゃ。また」

 そう言って凛くんは出て行った。

「凛くん.....」

 私は静かになった空間で、凛くんの出て行った方を見つめていた。

「.......な、んかごめんな咲笑」

 駿河が気まずそうな顔をして下をむいている。

「別に駿河が悪いわけじゃないじゃん」

 とは言ったものの、駿河が来てなかったらもう少し凛くんと一緒にいれたな、なんて考えてしまった。ほんとに最低、私。

「.......空先が咲笑のとこに俺より先に行ったのが嫌だった....だけ..なんだ」

 ああ、私のことが好きなんだ。言われたわけではないけど、私の勘がそう言っている。

「.....俺...さ...実は」

「あ、もう体育館に戻らないと!駿河も急ぎなね!」

 その先に言われる言葉が分かったから、私は逃げようとした。気まずくなるのが分かってるから。たとえ駿河から告白されても私の心は変わらないから。でも駿河が私の腕を掴んだ。

「離してよ。体育、これ以上保健室にいたら評価さがっちゃう」

 私は駿河とは目を合わさずにそう言った。

「俺が今言おうとしてたこと分かってるだろ」

「........」

「だから言わせてよ」

「.....分かってるよ」

 私は静かな声ではっきり言い、駿河を見つめた。

「分かってるよ!でも今じゃないじゃん....。私は凛くんが好きなの。それは駿河も分かってるでしょ?」

「.....それは」

「.....ごめん」

 私は足を怪我したことを無視して走り出した。

 体育館にもう少しで着く途中で私は足を止めた。足が痛いはずなのに、それよりも心の方が痛い。

「......最低だな.....私」

 逃げた自分、駿河の気持ちより凛くんのことを考えた自分に腹が立つ。

「さーちゃん?」

 梨花ちゃんがきょとんとした表情をしながら体育館の方から走ってきた。

「足、もう大丈夫なの?てか駿河と会った?あいつ、さーちゃんの様子見に行くって」

「.......」

「.......さーちゃん....?」

 梨花ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできて、我に返った。

「あ、ごめん。今体育館に戻るところ。梨花ちゃんは?どうしたの?」

「質問に答えて。駿河と会った?」

「.......」

「会ったんでしょ?」

「................まあ」

「なにその微妙な返事。もしかして駿河となんかあった?」

 やはり梨花ちゃんは鋭い。どうせここでなんにもないよって言っても問い詰めてくる。

「.......それが」

「咲笑!!」

 後ろから駿河の声が聞こえた。なんでこんな時に。

 気まずくなるから私は逃げようとしたのに、梨花ちゃんに腕を掴まれた。

「梨花ちゃん...!」

 私は小声で怒った。でも梨花ちゃんは聞こえているくせに無視した。

「駿河〜!咲笑はここだぞ〜!!」

 それだけじゃなくて大きな声で駿河に手を振っている。そんなことされても困る。

 駿河は一瞬で私達のところに走ってきた。

「......咲笑..」

 ばらついた髪の隙間から私の目を悲しそうな目で見つめてきた。

「さっきは咲笑の気持ちも考えずに物言って、ほんとごめん」

「........うん」

「......だから、また一緒にお話したりしたいから.....許してほしい」

 駿河は私なんかよりずっと大人だな。自分から空気を悪くして勝手に逃げ出したのは私の方なのに。全部私が悪いのに。

「........私も、ごめん。逃げ出した」

「........ううん、咲笑は何も悪くないよ」

 駿河が優しい眼差しで私を否定した。それでも私が悪い。

「いやいや、私が」

「違うって俺が」

「私が」

「ストーーーーーップ!!!!」

 梨花ちゃんの大きな声が響いた。あまりにも大きな声だったので、木霊が聞こえた気がした。

 駿河がびっくりした目で梨花ちゃんを見た。

「私がとか俺がとかどっちでもいいし!!」

「いや.....でも私」

「はいはい、仲直り!!」

 梨花ちゃんが私と駿河の肩を優しく叩いた。

「梨花に言われなくても、仲直りするし!」

 駿河が梨花ちゃんに対抗するように言った。

「よく言うよ。さっき、なっさけない顔してたくせに!」

「う..」

 駿河が黙り込んで赤面した。

「ふふっ」

 私はそれがなんだか面白くて吹き出してしまった。

「笑うなよ!つうか咲笑も情けねえ顔してたじゃねえか」

「そんな顔してないもん」

 梨花ちゃんのおかげで一件落着。温かい太陽に照らされた渡り廊下で私たち三人は気が済むまで笑い合った。この一瞬一瞬が木漏れ日色のスローモーションの思い出として、私の脳内に保存された。三人でいれば、全部うまくいくんじゃないかって思えた。

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