第2話 ギーグ

 トタンで出来た扉は錆び付いていて、いかにもみすぼらしい。だがこの『シティ0049』の南南東貧困街ではスタンダードな造りだった。トタン製の屋根、外壁、扉、石床で作られた家は、この辺りでは上等な住処といっても言い過ぎではない。


 ヘッドレスは防砂スーツのまま住処に身を滑り込ませ、脳ミソの入った筒をお手製の鉄テーブルに置き、砂を叩き落とした。


「お帰り、ヘッドレス」


 同居人が帰宅したのを察知し、隣の部屋から線の細い青年の声が迎えてくれる。ヘッドレスは軽く相槌を打ち、まずは防砂スーツの厚手の手袋を取り、ブーツを脱ぎ、ヘルメットを外して、最後に前チャックを開けて防砂スーツを脱いだ。


「働く男の汗と匂いは神々しいね、人類が誕生した古の時代から、改善されないものの一つだ」

「先にシャワーを使う、報告はそれからだ」


 防砂スーツの下にはタンクトップとボクサーパンツ姿の鍛えられた男性の姿があった。唯一奇妙な点があるとするならば、彼の頭は存在せず、代わりに繋がっているのがキュルキュルとモーター音を作動させて動くマシンアームである。


 マシンアームは漆黒の素材で構築されているが構成物質は判明しない。首から一本の支柱が伸び、真ん中の肘で折れ曲がり、先端には五本指が付いている。掌にはまるで目のように真っ赤な球体がはめ込まれていた。


 頭部の腕はどの方向にも折れ曲がるのか、背後にある汚れたタオルを器用に取り、シャワー室へと入っていった。


 数分後にシャワー室から出てくると、チェックのワイシャツを着用した癖毛の眼鏡男がまじまじと脳ミソを観察していた。


「まさか脳ミソを持ち帰るとはね。僕の普通の生活が台無しだな、ヘッドレス」

「普通な奴はここにはいない。俺たちは、普通じゃない世界にいる。それだけだ。」

 

 ナードはふむっと鼻を鳴らし、改めて脳を観察した。


「……さすが『悪喰のヘッドレス』、今晩の夕飯にしては生々しいチョイスだ。僕は遠慮したいけど」

「猿の脳ミソは喰えると聞くが……そういえばこいつは何の脳ミソだ?」


 所々茶色に汚れたティーシャツと履き潰したジーンズ姿のヘッドレスは、脳ミソの前の椅子に座った。


「そうだね、これは——」


 男はずれた眼鏡を持ち上げなおして、顎に手を当てる。

 彼の名前はナード。本名か偽名か分からないが、ヘッドレスは特に気にしたことはない。あるきっかけからヘッドレスのサポート役として手を貸していた。


「僕も初めて見るけど、大脳の大きさからほぼ人間だと思う。男女によって差もあるようだけど専門外だし、見た目からじゃ判断できないね」

「なら喰うのはやめよう、人の頭ならまずそうだ」

「確かに」


 ナードは苦笑いしながら椅子に座りなおす。その場で人差し指を上から下に振ると、指が走ったサイズのディスプレイが宙に現れた。


 次いでテーブルに指を走らせると、走らせた大きさのキーボードが表示される。


「ではミッション報告会だ。今月の食事はこれにかかっているよ、ヘッドレス」

「通信が切れてからはエフェクトマシンの内部調査をした。生存者はなく、中は血まみれの状態だった。機体の下半身は食い千切られていた。多分人喰いの仕業だろう」


 撮影したインスタントカメラをナードに渡し、頭部腕の赤い球体が脳ミソを見つめる。


「依頼内容はモノリスオリジナル製のエフェクトマシンの状態調査、及びパイロットの生死確認だ。任務自体は問題ないだろうね、写真は現像して郵送で送っておくよ」


 問題は、とナードは言葉を続ける。


「このグロテスクな生ものだね。どうする気だい?」

「視線を感じて調べたら、エフェクトマシンの内部に内蔵されていた。理由は想像つくか、ナード?」

「一つは最新型の生体AI。けどそれにしてはかなり生々しい、精密すぎる。二つ目はコアパイロットの脳ミソを直接、エフェクトマシンに繋いだ。けど人道的観点から、三社とも人体兵器化に関する研究は凍結したはずだ」


 キーボードを叩きながら電脳ニュースを呼び出し、ディスプレイをヘッドレスに見せる。

 記事の内容は一年ほど前の物だが『モノリス・オリジナル社、インフィニット社、ブレイブ・クサナギ社、共に生体部品開発を凍結協定を結ぶ』と書かれている。


「今更人道的とはよく言ったものだ」

「富裕層は表向きはクリーンじゃないといけないからね。真偽のほどは闇の中さ」


 ヘッドレスは小さな溜息をつき、表情があれば少し困った顔だろう——天井を頭部腕の掌が仰いだ。





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