廃墟退廃世界のヘッドレス - 夢見る脳の少女 -

ひなの ねね🌸カクヨムコン初参加🌸

第1話 頭無しと頭のみ


 守られたペットはいつも幸せだが私は時に思う。

 一日の終わりに訪れる就寝。

 死が無くなった今では一時の闇にしか沈めないのは生物として幸せなのだろうか。

 過ちを背負う者ならば、さらに。

                 ——著オリジン=モノリス 甘美な闇穴より



 走馬砂そうまさの嵐の中では、ただ歩くだけでも過去の幸福に溺れる。

 ……だが俺は、そんな夢を見られるほど幸せだった記憶がない。


 再世 三〇三四年、四月。


 目が役に立たない砂嵐の中を、ずんぐりむっくりとしたシルエットが一つ揺れた。頭部のライトが瞬きながら、のそのそ歩いていくのが分かる。

 砂嵐は止む気配がない。この砂嵐は走馬砂そうまさと呼ばれ、何千年も前から吹いている災害だから止まないのも当然であった。


 寸胴の影は足を止め、辺りを見渡して、小さな丘影を見つけた。丘の陰に身を隠すと激しい砂嵐に隠れていた全身が現れる。

 数年漂っていた宇宙服を素人が手直ししたような不格好な防砂スーツを着た人物が一人。


 厚手の手袋で体中に付着した砂を叩いて落とし、フルフェイスの口部分から背中に伸びる太長いコードが外れないか再確認している。

 最後に砂にまみれた顔面のシールドを乱暴に拭いて地面に腰を落とした。


「目当ては何処だ、砂で見えやしない」


 ラジヲから洩れたようなノイズ混じりの声。中年で落ち着いた響きはあるが、流石に疲労の色は隠せない。


「住処で溝ネズミでも焼いてる方がマシだった」

「防砂スーツだけでシティから二キロも離れたんだ。金メダルを貰えるほどの表彰ものだよ、ヘッドレス」


 ヘッドレスと呼ばれた男のぼやきに返答するのは、声だけで分かる線の細い青年の声だ。


「金メダルじゃ腹は膨れない」

「ごもっとも。走馬砂そうまさが強すぎて正確な位置は掴めない——けどその辺りには違いない。どうだい巨大な人工物はあるかい?」

「見当たらない、視界はゼロだ。なあ本当に人海戦術じゃ無理なのか?」


 普通の人間が外に出ただけでどうなるか分かっているが、これだけの走馬砂そうまさだ、さすがのヘッドレスもぼやきたくなる。


走馬砂そうまさに晒された人間はものの数秒で"幸福"を見る。通信してる僕ですら、今にも見えそうな気がするよ」

「シティにいながら人生で最高潮の幸せが見れるなら安いもんだろう?」


 走馬砂そうまさ

 この科学が発達して人間が死を克服した世界において尚、科学によって証明できないものの一つ。

 走馬砂そうまさに晒された者は、その人間が人生で最も幸せだった瞬間へと誘われ、そのまま生きていた事すら忘れて走馬砂そうまさの中を彷徨うと言われている。


「こんなものが世界を覆っているなんて未だに信じられないよ。まるで地球が人間だけを殺そうとしてるみたいだ」


 冗談めかしに男は笑う。それは電脳界隈では都市伝説のように囁かれている事だった。


「そうだとしても、俺たちは生きるだけだ。死ぬ為に生きてるわけじゃない」


 生命は生まれたときから死に向かうのだから、死ぬ為に生きているともいえるのだが、ヘッドレスはどうにもそれが府に落ちなかった。意味もなく終わりに向かうだけを受け入れたくないのだろうと自己分析した。


 彼は身体を起こして振り返り、丘の表面を手で払う。

 ——と鈍色の装甲板が姿を現す。更にこすると真っ黒な長方形マークが浮き出た。


「砂まみれだがモノリスオリジナル製のエフェクトマシンの装甲板だ」

「それだヘッドレス。ロウェル反応の残滓がある。けど——想定よりも走馬砂そうまさの通信障害が酷い。今にも途切れ——」


 最後の言葉を言い終える前に通信は切れ、ヘッドレスは肩を竦めた。

 お手製のスクラップ通信機でここまで誘導できたのだから上々な成果だ。帰りは奴のナビゲートに頼れないが、走馬砂そうまさが少しでも止めば通信も復旧するだろう。


 ヘッドレスは斜め掛けの鞄から様々な工具を取り出し、砂を手で払いながら装甲板の部品を次々と剥がしていく。時にはドライバーやニッパーを使い、合間に手動のこぎりを使用し、一時間経過した頃には装甲板の奥、生体エンジン部と考えられる空洞が口を開けた。


 空洞の上部に手をかけて、ヘッドレスは内部に身体を滑り込ませる。

 着地した瞬間に砂を踏み、人型駆動兵器であるエフェクトマシンの腰から下は既に無くなっていることに気が付いた。


「上半身のみか、喰い千切られたな」


 球体型の空洞内は所狭しとコードが這いずり回り、砂と人工血液痕によって猟奇殺人現場さながらの荒れようだ。またエフェクトマシンの操作は脳波によって行われているが、この機体にはマニュアル時の手動操作系統のシステムは設置されていなかった。情報通り、お目当ての最新型のエフェクトマシンで間違いないようだ。


「さて問題はどうやってこいつを持ち帰るかだ」


 運が良ければそのままエフェクトマシンに乗って帰還すればいいだろうと考えていたが、読みが甘かった。

 多少壊れていても修理すれば何とかなるだろうとも思っていたが、全壊状態では動くこともままならないだろう。


 業務用シェルマシンでここまで来れればよかったが、走馬砂そうまさの中では文明の品々は稼働せず、全く役に立たない。走馬砂そうまさの中で動けるのはエフェクトマシンのみなのだ。


「ならエフェクトマシンでくればいいじゃないかって? 無茶言うな」


 自分で考えた案を当たり前のように却下する。

 エフェクトマシンは世界に十三機しか確認されていない特殊な機体だ。その最新型、十四機目の事故の噂を聞きつけ、危険を承知で走馬砂そうまさの中を歩いてきたが事態は最悪だった。


「まあ、俺以外は走馬砂そうまさの中を歩けないから、回収は不可能だろうが勿体ないな」


 辺りを見回してパイロットがまだ生きていないか確認するが、この血液の量だ。身体は残っていても絶命しているだろう。


「惜しいが、俺も早く人喰いに見つかる前に離脱するか」


 入り口に手をかけてコックピットから出ていこうとするが、ヘッドレスは足を止める。


「もしかしたらパーツは良いもん使ってるかもしれないな」


 全壊したとはいえ曲がりなりにも、あのモノリス・オリジナル社製の極秘最新型エフェクトマシンだ。

 ダストボックスと呼ばれる貧民街で暮らすヘッドレスからすれば、相当高価に違いない。

 走馬砂そうまさの中に埋もれていくだけなら、モノリス・オリジナル社の社員がキレても、神様は許してくれるだろう。


「南無阿弥陀仏アーメンソーメン」


 胸の前で十字を切り適当に両手を合掌。

 古代に流行っていた宗教の真似をして、ヘッドレスはありったけの工具を取り出し、コックピット内の壁の至る所を切り刻む。ネジ止めがあればドライバーを突っ込み、少しでも隙間があれば鋸で地道に切り裂く。


 そのかいあってか数分もすれば見たこともないコードや配電盤を手に入れる事が出来た。ヘッドレスでは使い方は想像もつかないが、待機しているナードに渡せばそれ相応の形にしてくれるだろう。


 巨大なリュックに手に入れたを詰め込み、意気揚々とその場を後にしようとすると、首筋から背中にかけてひんやりとした視線を感じた。


「あ?」


 まるで誰もいない廃病院で金目の物を漁った後に脱出したときに感じる生気のない感情。

 しかし一般的な死を克服した人類において、今や幽霊はよく分からないものではない。

 見ている者の脳が錯覚を起こしている一種のバグのようなものだ。


 普段陥らない特殊な環境において、危機回避の観点から想像力が膨れ上がりすぎて、幽霊として認識してしまうのだ。

 だからこの氷のような視線は錯覚、のはずなのだが首や背中に手を回されねっとりとしがみつかれている感覚はぬぐえない。


「そのまま成仏した方が身のためだぞ。再び生を受けたって生身の身体は高いし、機械の身体じゃ不便も多いっていうぜ? といっても無理やり蘇らされることもあるからそうもいかんのだろうが」


 誰にともなくヘッドレスは言って、エフェクトマシン内を見渡して視線の元を辿る。それは球体型コックピットの——エフェクトマシンの背骨側、やや上、頭部方向に近いところで接合部分を見つけた。


 太腿に括り付けていたナイフを逆手に持ち替え、何度も繋ぎ目にナイフを叩きつける。一心不乱に繋ぎ目に隙間を作っていくが、埒が明かないと思うと、のこぎりに切り替えるとやっと開いた。


「なんだ、これは」


 天板の中には筒状になった部分にレバーが付いており、何やら言葉が彫られている。


「0099、生体識別番号か?」


 ゆっくりとレバーを右に回すと、中から冷気が漏れ出し、真空状態だった内部に空気が流れ込んでいく。


 徐々に光が差し込み、内部があらわになった時、ヘッドレスは息を飲んだ。


 西瓜が丸々一つ浮かびそうな縦長の透明な筒の中には、真っ青な液体が隙間なく詰まっている。筒には何らかの機能が備え付けられているのか小さくと唸っている気がする。


 中央に浮かぶのは人間の脳だ。眼球や脊髄は付いてない。

 脳ミソが入った筒をゆっくりと取り出し、背面にあるコード類を丁寧に外す。


 まさか脳ミソだけの生物に見られていたとは、と心の中で思ったが、このエフェクトマシンと今の今まで繋がっていたのだ。


 全て見られていたと思っても間違いない。


「写真を撮ったのは悪く思うなよ、俺も仕事なんだ。好き好んでブラッドバスを撮ってるわけじゃない」


 何も答えない脳ミソに言い訳して、両手で筒を抱きかかえる。

 ずっしりと重い。人間一人分の重さを感じているのは気のせいだろう。


 ヘッドレスは筒に砂が掛からないように、身体で庇いながら走馬砂そうまさの海に出る。

 走馬砂そうまさはびゅうびゅうと砂を天高く舞い上げていた。

 再び走馬砂そうまさに身を晒され、先が見えない砂嵐の中を一歩一歩確実に、砂に足を取られないように、ゆっくりと歩みだす。


 走馬砂障害により、ナビゲートは未だ繋がらない。

 シティ〇〇四九への帰り道は分からないが、太陽の位置と風向きを頼りにヘッドレスは進む。

 先の見えない世界は頭部のヘッドライトのみが頼りだ。


 脳ミソは何も語らないが、こいつも走馬砂そうまさの中で幸福な夢を見るのだろうかなんて考えもした。

 頭部のライトは上下に揺れ、やがて走馬砂そうまさの中に光は飲まれていった。




――――――――――――――――――――――

数ある物語から貴重なお時間で読んでいただき、ありがとうございます。


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