あなたと一緒に死ねること。
ようひ
いっしょに死の
「てか、一緒に死なん?」
親友の真美に言われたので、あたしは言った。
「いいね。死の!」
26歳の夏、あたしは死ぬことにした。
社会人4年目になっても仕事はぜんぜん慣れず、周りを怒らせてばかりだったので、それならいっそわたしがいないほうがマシなのでは?と思ったので勢いよく「やめます!」と叫んで退職した。死ぬほどかかってきた電話をガン無視して、これで自由の身だと喜んだのもつかの間。税金やら光熱費やら家賃の督促が来て一気にメンタルが地に落ちた。なんで生きるだけなのに金が必要なんだよ。そんなに金が必要ならどんなやつでも金が稼げるように社会を整えておけよバーカという気持ち。そして人間という生き物は傲慢なのだという厭世な気持ち。
つまり、もう生きるのに疲れたというわけ。
「あたしが死んだら、家族は泣くんだろうなぁ」
一人暮らしのあたしが実家によく帰るのは、家族と仲がいいから。家族のことは大好き。だけどあたしが生きていくのが下手だと家族は気付いていない。だってあたしが必死に隠したから。だから家族にはいつもこう言ってる。
「あたし、毎日が幸せだよ!」
ほんとはそんなこと、まったくない。仕事はできないし、人間関係下手だし、職場でまっさきに嫌われる。女の関係ってマジで意味わかんない。どうしてすぐに共通の敵を作って叩くんだろ?
まぁそんなことはもう過去の話。
「あたしが死んだらどうなるんだろ」
あたしがいつもやってること。それは自分が死ぬことを想像すること。首をつって死ぬとか、崖から飛び降りて死ぬとか、リストカットで死ぬとか、餓死とか溺死とか安楽死とか。
でもきまって思うのは――「死ぬのは痛そうだしヤだな」ってこと。
どの死に方も痛そう。安楽死は痛くないかもしれないけど、日本では非合法だし。わざわざ金かけて海外行って「死にます!」とサインしてようやく死ぬなんて面倒くさい。死ぬっていうのはサクッと死ねるから魅力的なのであって、回りくどい死など、そこら辺の痛みのある死と一緒でしかないのだ。
「もうむりぃ~死にたいよ~」
「おーそうか。つらかったなぁ優奈」
ライン通話越しに聞こえる親友の真美の声。あたしがメンヘラったときにいつも話を聞いてくれる。逆に真美がヘラったときはあたしが聞く。そんな関係が大学卒業しても続いている。
「この社会はまじでおかしい!なんで一生懸命生きてる人間が死にたくなるんだ!」
「それな。私たちはただがんばって生きてるだけじゃん。そこ肯定してほしいよね」
「日本は下級国民が死んでも気にしないんだろうね」
「上なんかそうだろ。自分が良ければそれでいいと思ってんだよ」
「日本なんてくだばっちまえ! さっさと滅亡しろ!!」
「ほんとクソみたいな世の中だよなぁ」
そんな話が延々と続いた中だった。
真美が「あのさぁ」と言った。いつになく真面目な声で。
「こんなクソみたいな世の中も人生もだいっきらいだからさぁ」
「うん」
「優奈、わたしと一緒に死なん?」
頭を叩かれたような衝撃が走った。
あたしは一瞬で返答した。
「死の!」
§
「おじゃましまうま」
「おいっす真美さん。あがってけろ」
「大学ん頃から変わってねーな。汚部屋すぎ」
「言わんといてぇな~」
真美は何も持たずにあたしの家に来た。とすんと床に座る。
「懐かしー。来るの大学ぶり?」
「もーそんななの? ウチらもババアだね」
「それな。会社でもババア扱いだったわ。もう辞めたけど」
「真美もやめたの?」
「だってそりゃ死ぬんだから。ちゃんと辞めとかないと面倒でしょ」
「よーいしゅーとー」
あたしはミニテーブルの上にドサッとビニール袋を置いた。
真美は「おおっ」と声を上げて袋を覗き込んだ。
「これがかの有名は自殺グッズですか」
「ひととおり調べてオーソドックスなものを用意してみました」
「すまんね。あとで割り勘するわ」
「死ぬのに割り勘もいらないっしょw」
「そりゃそーか。まぁ来世払いで」
「ペイペイで払ってね」
「らいらいっ」
真美が袋の中からグッズを出していく。
あまり数は多くない。調べてみたら自殺の道具って意外と少なかった。
「ロープは首吊り。包丁は刺殺。薬はオーバードーズで……トイレの洗剤と入浴剤?」
「それはガス自殺のやつ」
「へー。てかガス自殺ってどうやるん?」
「なんか入浴剤とトイレ洗剤を混ぜて有害ガス出すらしい」
「それけっこうみんな選ぶらしいけど、なんで?」
「えっとね、最初はめちゃくちゃ臭いらしいけど、すぐに嗅覚の麻痺が起こって、臭いが感じなくなるんだってさ。その後は静かに意識がなくなって、御臨終」
「じゃあそれにしよ」
どん、と真美が入浴剤とトレイ洗剤を置いた。
ふたつが並んでいると、今にも混ざりあいそうで怖かった。このふたつが人の命を奪うなんて。あたしたちが普段何気なく使っているものだ。包丁やらロープやらと明らかに危険な物と比べたら、あまりにも日常的なもの。死は身近にあるらしい。
「じゃあ、もう死ぬ?」
「最後の晩餐しよ。ピザ食いたいわ」
「さんせーい。道具買ってもらったし、今度は私の金で払うわ」
「あざまる。でもピザって高くない? こんな道具よりもはるかに」
「まーまー。来世で払ってくれ」
「り」
あたしたちはそれぞれスマホでピザのデリバリーを頼んだ。
真美はジェノベーゼの辛いピザを頼んだ。しかもデスソースを追加で頼んでいた。あたしからすれば、その辛さで死ねそうだ。あたしはマルゲリータのチーズマシマシトッピング。やっぱりピザといえばチーズっしょ。
デリバリーが来る間、あたしたちは愚痴を話した。
やっぱり人間社会って糞だわ。
サバンナだったら生き残れる自信あるわ。
もっと遠いところに生まれたかった。宇宙人とか。
逆に知能のない生命体のほうがよかったかもね。
来世はクラゲになりたいな。
あたしはミジンコかな。
ってかピザ遅くね。
死ぬってのに。
ねー。
あ。
「ピザ来ましたー」
「さいこー!」
遅れて届いたピザは、最高だった。冷蔵庫から冷やしておいたビールを開けて、
「「かんぱーい!」」
昼間から飲むビールに、少し冷めたピザ。うん、最高!
ちょっとレンジで温め直すと、さらに最高!
「なんでこうして昼間からピザとビールを食えないものかね」
「100割世の中が悪い」
「ファッキン人生!」
そうしてピザを食べ終わった。あたしたちはまだまだ残っているビールを飲んだ。
ビールの缶がひとつずつ増えていき、買ってきたビールをすべて飲んだ。真美は顔が真っ赤になっていた。
「わたしゃあこれから死ぬぞ!」
「うおーしぬぞー!」
「あんた酔っ払いすぎじゃあないのぉ?」
「まぁみだってよっぱらってるぞぉ!」
「ひゃっひゃっひゃ!」
あたしたちは抱き合って笑った。こんなにぐらぐらになるほど酔っ払うのも大学生ぶりだ。お互いに失うものはなにもなかったし、これから先は死ぬだけだ。だったらこれだけ笑っていても、悪いことはない。
はー、と笑い涙をふいた真美は、笑顔のまま言った。
「じゃあ、死のっか」
あたしも笑ったまま、うなずいた。
「うん、死の!」
§
浴室の換気扇を止め、扉の隙間をガムテープで塞ぐ。
「おっけー。でけたよ」
「おーし。あとはこれを混ぜるだけかぁ」
狭い風呂場で、あたしたちは風呂桶を囲んだ。その中には未開封の入浴剤とトイレ洗剤。
これを開けて、桶に入れる。そうすれば、あたしたちは死ぬ。
「ってかなんでウチらなんで裸なん?」
「死ぬなら生まれたときの姿のまま死ぬっしょ」
「ロマンすぎ。死の美学ってやつ?ってか優奈の身体エロ!」
「男ウケは良かったよ。女からは嫌われたけどね。真美の身体もスレンダーですなぁ」
「モデル体型目指してみますた。ま、誰にも見せんかったけど」
「あたしが見てる」
「目つきがエロいんじゃ!」
風呂場でイチャイチャとしていて、すぐに静かになった。
あたしの心臓が高鳴っている。緊張のドキドキではなく、ワクワクの方だ。心臓が痛いほど脈を打っている。背中から飛び出してきそうだ。
それは真美も同じようで、真美はニヤリと笑った。
「私ら、これから死ぬんだよ」
「うん……死ぬね」
「死ぬ前にやり残したこと、ある?」
「ない」
「はっきり言うね」
「真美は?」
「ない」
「ないんかい」
「というより、来世はいっぱいやりたいことあるわ」
「なにしたいの?」
「男に生まれ変わりたい」
「あ、そういう系?」
「男になって、女同士の関係とか、ジェンダーとか、生理とか、そういう面倒さから開放されたい」
「男ねぇ……でも、自殺は男の方が多いって聞くよ」
「なんで男死ぬん?」
「さぁ……世間体とかじゃない?働けない男ってだけで社会的に死ぬじゃん」
「あー確かに。女はまだワンちゃんあるって感じするしね」
「男も大変だよ」
「じゃあ、優奈は来世どーすんの?」
「無になりたい」
「無?」
「空気とか、水とか、そういうの」
「意識ないじゃん。いいの?」
「意識っていうのが生き物の不幸そのものだと思うんだよ。意識があるから思考がある。思考があるから不幸がある。何も考えない方が幸せだから。思考そのものがない存在になりたい」
「ミジンコでいいじゃん」
「ミジンコも考えてるよ。だから」
「優奈は考えすぎってよく思ってたよ」
「真美だって考えすぎてる」
「だから私たちはこれから死ぬんでしょーが」
「そうだったね」
「そろそろ、混ぜる?」
「うん。混ぜよっか」
入浴剤を桶に入れる。
トイレ洗剤を開けて、桶に入れた。
お互いに顔を見合わせる。真美はなんとも言えない顔をしていた。
「優奈、すごい顔してるよ」
「そういう真美だって」
あたしたちは桶を見た。
入浴剤とトイレ洗剤が混ざって、ポコポコと気泡が出てきた。
「うわっ、クサっ!?」
「え?――うっ!?」
思わず鼻を抑える。腐った卵をもっと強烈にしたような臭いに襲われた。
強烈な吐き気が込み上げてくる。真美は側溝に吐いていた。びちゃびちゃと緑色の液体がこぼれる。ジェノベーゼだ。
あたしはなんとか吐き気をこらえた。チーズが口の中まで戻ったけど。
「やばっ、これはきつ~」
「大丈夫だよ、真美。もうすぐに楽になるから!」
「ほんとか~!? あっ……あれ?」
そうして少しして、真美が力なく笑った。
「臭い、しない! ほんとだ! 何もしない!」
「ね! あーこんな感じなんだ。これは楽だね!」
調べた通り、硫化水素中毒が進んでいるようだ。
「このあとってどうなるん?」
「臭いが感じなくなったら、あとは流涙、結膜炎、角膜混濁、鼻炎、気管支炎、肺水腫だね」
「ふーん。あんまりひどい感じはしないのか。もっと穴から血が吹き出すかと思ってた」
「それだったらヤバいね」
そう言ってあたしが黙ると、真美は「ちょっとちょっと!」と笑った。
「一緒に死ぬってんだから、黙ってないでよ!」
「ごめんごめん。真面目に死のうとしてた」
「わたしたちは不真面目に死ぬんだから。ほら、なんか話そ」
「なんかって、なに話す?」
「なんでもいーよ」
「じゃあ……人生で一番楽しかったことは?」
「はぁ~!? クソ真面目かよ!」
「急に雑談するのむずくね?」
「それはわかりみ。ってか楽しかったことなんて、あるか?」
「ないかな」
「うーん……今出てこない……ムリ。別の話題にしよ」
「じゃあ、好きな食べ物!」
「小学生かよ!」
「あたしは寿司とラーメン!」
「私も寿司とラーメン」
「そーいえば、大学ん頃に近所にあったラーメン屋、おいしかったよね」
「あれね。魚介系の濃厚なスープが最高だった。おいしかったんだけどね~、潰れちゃったね」
「店主と仲良かったのに。あの人も言ってたね。『世の中はクソ』って」
「誰しも恨んでいるんだろうな。このクソみたいな人生」
「あたしたちはお先にあがるけどね」
「おつかれさまでしたーって感じ」
ズルズルと真美が鼻をすする。
あたしの視界は涙で濡れた。硫化水素ガスの症状が進行している。
「やば、ちょっと頭が重くなってきた……」
「あたしも。これはキてるね」
「でもつらい感じはないね。やっぱり楽に死ねるんだな~」
「流行するわけだよ」
「最初にこの死に方を見つけた人はどう思ったんだろう」
「みんなに教えなきゃ!って思ったのかな」
「だろうね。死ぬってやっぱり魅力的だもん。最高の救いだよ」
真美は「へへ」と力なく笑った。
あたしの身体もぐったりと脱力してきた。壁に背を預けた。
「あー……ちから、入らなくなってきた」
「ねー……でも、不快な感じはない」
「むしろ、心地いい感じがする……」
「インフルのときってこんな感じしない……?」
「わかるー……周りのものがおっきく見える感じ……」
「自分がちっちゃくなってる感じでしょ……」
「どっちも同じだろ……」
浴室の中が静かになる。お互い、喋る力がなくなってきた。
「ねぇ……優奈?」
「うん……なに、真美?」
「手、繋がない……?」
「いいよ……はい……」
あたしたちはよろよろと手を伸ばして、手を繋いだ。力加減がわからず、強く握ってしまった。それは真美も同じだった。
「うわ……ちっちゃあ……」
「真美の手、すべすべだね……」
「ふふ……優奈の手はカサカサ」
「仕事しすぎたからね……」
「…………」
「…………」
「あー……やばい、意識がなくなってきた……」
「あたしも……いよいよ、あたしたち……死ぬんだね……」
「そうだね……」
そうして真美が「ははは」と力なく笑った。
「どうしたの、真美……?」
「いやさ……さっき……『人生で一番楽しかったこと』って聞いたじゃん……」
「うん……」
「あったよ……今、思ったわ……」
「あたしも……今、思った……」
「じゃあ……せーので言う……?」
「うん……いいよ……」
あたしたちは顔を見合わせて、ぐったりと笑った。
「「せーのっ……」」
あなたと一緒に死ねること。 ようひ @youhi0924
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