第34話 トラブル

 蒼汰から助言を受けて少し悩んだ後、すぐにゼミ発表について相談したいとルナに連絡を送った。

 俺は「なんで」「めんどくさいわ」と言われることを内心恐れていたのかもしれない。

 だが、意外にもすぐに返事が返ってきた。


「いいわよ。けど、条件があるの」


 条件?

 何を要求してくるのか、と思ったら大したことではなかった。


「家事手伝い、ちゃんとしてくれるなら相談に乗ってあげるわ」

「え、そんなことで?」

「なによ、文句あるの?」


 願ったりかなったりだ。

 その一文に、俺は小さく息を吐いた。


「それくらいお安いご用だよ」


 どうやら彼女の家で話をするということらしい。

 そう返事をすると、すぐに「じゃあ、来なさい」という一言が届いた。

 どうやら決定らしい。

 そんなわけで、俺は彼女の家に向かうことになった。



 ————————————————————————



 彼女の家に到着し、インターホンを押す。

 しかし、返事がない。妙に静まり返った玄関先に、俺は少し首を傾げた。


「ルナ、いるのか?」


 返事がない。

 試しにドアノブをひねると、鍵が開いていた。


「あっぶねえな、戸締まりくらいちゃんとしとけよ……」


 女の一人暮らしなのだから、なおさらだ。

 拍子抜けしながらも、俺は慎重にドアを開けた。


「お邪魔しまーす……」


 中に入ると、リビングには誰もいない。

 だが、奥の部屋から物音が聞こえてきた。恐らくルナがいるのだろう。


「ルナ? 勝手に入るぞ?」


 声を掛けながら足を進める。

 すると、扉が半開きになっている寝室の中で、信じられない光景が飛び込んできた。


「え、あっ!?」

「ちょっ……何やってんの!?」


 俺の叫び声に、ルナは慌てて振り返る。

 その瞬間、彼女の顔がみるみる真っ赤になった。


「な、何よ!? 勝手に入ってくるなんて非常識よ!」

「げ、玄関で声かけただろ!? 返事くらいしてくれよ! そしたらこんなことには……」


 目のやり場に困りつつ、俺はその場から飛び退いた。

 視界の端に映ったのは、ルナがワンピースを脱ぎかけた状態。白い肌がちらりと覗き、思わず心拍数が跳ね上がる。


「も、もういいから出ていって!」


 ルナの怒声が飛び、俺は慌ててドアを閉めた。胸を押さえながら廊下に立ち尽くす。


(なんだよこれ……)


 まさかの展開に、俺はただ頭を抱えるしかなかった。


 …………


 ……


 気まずい再会だ。


 しばらくして、ルナがリビングに現れた。

 今度はきちんと着替えたようで、白いブラウスにシンプルなスカート姿だった。

 だが、その顔は明らかに怒りに満ちている。


「ちょっと、勝手に入ってくるなんてどういうつもり?」

「いや、それは悪かったよ。でも、返事がなかったから……」


 俺の言葉に、ルナはため息をつきながら椅子に腰掛けた。


「まぁ、いいわ。で、相談って何?」


 怒りが完全に収まったわけではなさそうだが、とりあえず話を聞いてくれるつもりらしい。話が早くて助かった。

 俺は席に着き、ゼミ発表の話を始めた。


「その、ゼミの発表なんだけど……俺、人前で話すのが苦手でさ」

「……ふーん。それで?」


 ルナは腕を組みながらじっと俺を見つめる。

 その視線が妙に鋭くて、俺は少しだけたじろいだ。


「前回の発表で失敗したから、今回はどうにかしたいんだ。でも、緊張して声が震えるし、上手く話せなくて……」


 正直に打ち明けると、ルナは小さく頷いた。


「要するに、話し方のコツを教えてほしいってことね?」


 俺は少しだけ驚いた。

 ヤケに素直に、しかも真面目に話を聞いてくれるのだから。


「そ、そういうことなんだ、ルナだったら得意だろうと思ってさ」

「ふぅん、それで私にねえ……?」


 ルナは不適に笑う。

 頼られたのが嬉しかったのか、少し考えるように顎に手を当てた。


「話し方のコツ……まぁ、確かに配信で話術は使うけど、それが発表に役立つかどうかは分からないわよ」

「それでもいい。少しでも参考になれば助かる」


 俺の必死な様子を見て、ルナはわずかに微笑んだ。


「いいわ。じゃあ、特訓してあげる」

「えっ、ほんとか!?」

「ただし! 条件があるわ」


 ルナの口元が不敵に歪む。


「条件って、何だよ……?」


 その瞬間、俺は嫌な予感を覚えたが杞憂に終わった。


「簡単なことよ。私の家事を手伝いなさい。それくらい、できるでしょ?」

「え……?」


 俺は面を食らった表情をしてしまう。

 だけど、彼女は切実な顔で語るのだ。


「お風呂やベランダを掃除して欲しいのよ。一見キレイに見えるかもしれないけど、実は排水が詰まっててどうしたらいいか分からないの……」


 ルナはルナの方で切迫した状況を迎えていたらしい。

 だけど、俺にとっては好都合だ。


「分かったよ。協力する」


 俺の返事を聞いて、ルナは満足そうに頷いた。


「本当? 流石燿ね。じゃあ、さっそく始めましょうか。まずは話し方の基礎からね」

「え、いきなりかよ……」

「当たり前じゃない。早く何とかしてほしいもの」


 こうして、俺のゼミ発表に向けた特訓が始まった。

 これがまた、予想以上に大変なものになるとは、この時点ではまだ知る由もなかった。



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