第31話 料理

 買い物を終えて部屋に戻ると、俺はすぐに冷蔵庫に食材を入れていく。

 といっても、使う食材はキッチンに置くので入れるのはほとんどエナジードリンクの缶ばかり。


「はぁ……余計なモン買いやがって」


 当然、これにお金は出さなかったのだが、いつの間にかルナが別会計していたようだ。

 だから会計の時は「助かる~」なんて言いやがった。

 まったく、全部支払わせればよかったと後悔している。


「それはさておき、準備するか」


 エプロンを手に取った。

 キッチンで食材を並べていると、背後から「ふぅ~」と大きなため息が聞こえる。


 あれ、なにしてるんだ?

 振り返ると、ルナがソファに倒れ込むように座り、そのまま寝転がってしまった。

 買い物中は元気そうにしていたくせに、急に力が抜けたみたいだ。


「おい、手伝うんじゃなかったのかよ」

「後でね~。ちょっと休憩……」


 と、ルナはだらけた声で言い、クッションを抱え込んで目を閉じた。

 さっきの約束はどうなったんだよと言いたかったが、その姿があまりに無防備すぎて、少しだけ呆れつつも笑ってしまう。


「ほんとワガママ姫かよお前は」


 だけど、寝ぼけているのかルナはこんなことを言う。


「へへ、だって燿がいるから安心できるんだもん~」


 ルナは目を閉じたまま幸せそうに呟いた。

 その言葉に一瞬ドキリとしたが


「えへへ~むにゃむにゃ……」

「なんだ、ただの寝言かよ……」


 俺はなんでもないふりをしてキッチンへと向かったのだった。



 ————————————————————



 そして、ご飯の準備開始。

 まずはお米を炊くところから始める。

 一人暮らし用の炊飯器を引っ張り出し、米を研いでセットする。


(前に炊いたご飯もちゃんと食べてくれたし、今回も美味しく炊けるといいけどな)


 炊飯器のスイッチを押して、次はみそ汁の準備だ。

 野菜を刻み、鍋に水を張ってコンロに火をつける。

 ネギ、大根、そして豆腐を順番に入れて煮立たせていく。


(みそを溶くタイミングを間違えなければ大丈夫だろう)


 みそ汁の鍋を横目で見ながら、次はぶりの照り焼きを作ることにする。

 買ってきた新鮮なブリの切り身をフライパンに並べ、まずは軽く焼き色をつける。

 

 照り焼きソースの材料——醤油、みりん、砂糖、酒を適量混ぜ合わせておく。

 フライパンの中の切り身に火が通り始めたところで、ソースを流し込み、弱火で煮詰めていく。


 すると、背後からルナの声が聞こえた。


「あ……いい匂いね」


 振り返ると、ソファに寝転んでいたはずの彼女が、いつの間にかキッチンに立っていた。


「お前、休憩するんじゃなかったのかよ」

「だって、いい匂いがするから気になっちゃって……。」


 ルナは鼻をひくひくさせながらフライパンを覗き込んできた。

 その仕草がなんだか子どもっぽくて、少し笑ってしまう。


「ほら、熱いから近づきすぎるなよ」

「うん、分かってる。でも、こうやって作ってるのを見ると安心するね」


 ルナはそう言いながら、カウンター越しにじっと俺の作業を見ている。


「安心ってなんだよ」

「ちゃんと“私のために”ご飯を作ってくれてるなぁって」

「その強調のしかた、やらしいなぁ~」

「だって、本当のことでしょ?♪」


 いつになく上機嫌なルナ。

 やはり、お腹が空いているのだろうか。


「ちゃんと美味しいご飯が出てくるって分かったら安心するのよ。燿って、料理してる時だけちょっと頼りがいがあるし」

「褒めてんのか、それ」

「も、もちろん?」

「なんで疑問形なんだよ」

「ふふっ」


 ルナは明るい笑顔を見せながら言ったが、そのまままたソファへ戻っていった。

 どうやら自分で動く気はさらさらないらしい。


「まったく、もうすぐ出来るから大人しく待ってろよ」

「はぁい」


 まったく、俺はお前のお母さんじゃないんだぞ。

 ルナの気の抜けた返事を受けて、俺は料理を再開する。


 炊きたてのご飯、煮立ったみそ汁、そして照り焼きにしたブリを皿に盛り付ける。

 ついでに買っておいた漬物も添えて、ようやく食卓の準備が整った。


「すご~い! ちゃんと家庭的じゃない♪」


 ルナが手を叩きながらテーブルの前に座り、目を輝かせている。


「ほら、冷めないうちに食えよ」

「はーい……って、アンタは食べないの?」

「え?」


 ルナが手を合わせてこちらの方へ視線を向ける。


「燿も食べるでしょ? ほら、いただきますしないと」

「あぁ……そうだったな」


 思わずルナの食べる姿を見守るところだった。

 ちゃんと食べてくれるか心配だったのかもしれないが、それは杞憂なのだろう。


「じゃあ、いただきまーす」

「いただきます」


 一口目。ルナはご飯とぶりを口に運ぶなり、満足そうに頷く。


「うーん、美味しい~♡」


 そして、みそ汁も一口啜ると彼女は良い感想を述べてくれた。


「うんうん、美味しいわね、やっぱり燿の作るご飯は最高ね♪」

「そうか、それなら良かった」


 俺も自分の分を口に運ぶ。ぶりの照り焼きの甘辛い味がご飯によく合う。

 みそ汁も、ちょうどいい塩梅に仕上がっていた。


「はぁ~これで私、しばらく燿の料理なしじゃ生きていけないかも」


 ルナが冗談めかしてそう言うのを聞いて、俺は少しだけ照れくさくなった。


「それは困るから、自分でも料理くらい覚えろよ」

「えー、それじゃ燿が作る理由なくなっちゃうじゃん」

「……お前、どこまで俺を頼るつもりだよ」


 二人で笑い合いながら食卓を囲む時間は、なんだか妙に居心地が良い。

 こういう平和なひとときも、悪くないなと思いながら、俺は黙々と食事を進めた。

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