第29話 配信終わりに

 配信が終わり、時計を見ると、外はすっかり夕方になっていた。

 疲れがどっと押し寄せてきた俺は、椅子に深く腰を下ろしながら大きなため息をつく。

 隣ではルナが椅子をクルクルと回しながら、椅子ごと伸びをしていた。


「はぁ~、お疲れ。やっと終わったわね」

「お疲れ。長かったな」


 配信なんて暇つぶしにやるものかと思いきや、ずっと喋りっぱなしだ。

 俺は講義では聞くばっかりで受け身だし、大学で教鞭振るっている教授はこんな感じなのだろうか。

 これを毎日やっていると思うと感心する。


「はー喉乾いた~燿もなにか飲む?」

「あぁ、頼むよ」


 ルナが段ボールから水を取り出した。今どきのラベルレスだ。


「別に水道水でいいのに」

「いいのよ、だって仮にも旦那さんだし」


 そういう問題か?

 だけど、素直に好意を受け取っておこう。


 そして、ルナは椅子の背もたれに体重を預け、ぽつりと呟いた。


「お腹も空いたなぁ~」


「そうだな、ずっと居座るのも悪いしこの辺で」


 俺は立ち上がり、背伸びをしながらそっけなく言った。

 配信で気を張っていたからか、なんだか妙に肩が凝っている。


「ねぇ」

「……ん?」


 だが、そのまま帰るつもりだった俺の動きを止めたのは、ルナが俺の袖を軽く引っ張る仕草だった。


「……何か作ってよ」

「え、俺が?」


 急なお願いに驚いた俺は振り返る。

 ルナが少し頬を膨らませながら視線を逸らしていた。


「だって私、家事とか全然できないし……」

「え、自炊してないのか?」

「言ったじゃない、いつもデリバリーばっかだって」


 そういえば、前に「人の手料理久しぶりに食べた気がする」と言っていたっけ。

 そっけなく返す俺に、ルナは一瞬目を伏せて、少し小声で言った。


「……もう一度、燿の料理が食べたいんだけど」


 その一言に、俺は思わず黙り込んだ。

 普段のルナらしからぬ、その可愛らしい態度。

 一瞬、何かの罠かと疑ったが、彼女の微妙に頬を染めた表情を見て、つい口元が緩む。


「はぁ……なんだよ、それ。」


 俺の態度が気に食わなかったのか


「何でもない! いいから、作ってよ!」


 ルナが恥ずかしさを隠すように、ワガママ姫のように言い返す。

 その様子が妙に愛らしく見えてしまい、俺はため息混じりに頷いてしまった。


「分かったよ。ただし、食材がなかったら無理だからな」

「……たぶん、ない」

「しょっぱなからアウトじゃねーか」

「だって、普段はデリバリーばっかりだし……食材もデリバリーする?」

「金が勿体ないだろ、全く……じゃあ買いに行くぞ」


 俺は呆れながらも、スマホで近くのスーパーの場所を検索した。


「……で、何が食べたい?」

「えっと……家庭的なの」

「家庭的って何だよ……具体的に言えよ」


「うーん……そうね、焼き魚とか?」

「じゃあ、焼き魚とみそ汁でいいか。」


 ルナはコクリと頷き、少し嬉しそうな顔を見せた。


「それならスーパーで揃うだろう」

「わかった、じゃあお金渡すから行ってきてね~」

「は? ルナもついてこいよ。好みが合わなかったらマズイだろ」


 そういうと


「別に、燿が作る料理だったらなんでも食べるし……」


 と、子どものように拗ねる。

 照れ隠しのように、俺は言った。


「わ、わかったよ。一人で行ってくるよ」


 そう言うと


「冗談だってば、私も一緒に行ってあげる」


 ルナが立ち上がり、俺に忠告した。


「今から着替えてくるから覗かないこと、いい?」

「の、覗かないって……」


 ルナはそう言うと、くるりと背を向けて自分の部屋へと向かっていった。

 俺は一瞬その背中を見送り、ため息をつく。


(覗くとか、そんなことするわけないだろ……)


 もし覗いたら警棒でも持って叩かれそうな気がする。

 あいつだったらしかねないな。


 そんなことを思いつつ、スマホをいじりながら待っていると、部屋の奥からガサガサと衣服を選ぶ音が聞こえてくる。なんだか落ち着かなくて、ソファの上で無駄に体勢を変えたりしていると、ルナが部屋から出てきた。


「お待たせ、行きましょ」


 カジュアルなスウェットにジーンズ。

 部屋着より少し外出感を出しただけの格好だけど、それが妙に自然で可愛らしい。いつも画面越しに見る彼女の派手なアバターとのギャップがなんだか新鮮だった。


「……何?」

「いや、別に」


 少し見とれていたのがバレたのか、ルナは怪訝そうな顔をして俺を睨む。

 俺は慌てて立ち上がり、先に玄関へ向かった。



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