第27話 いざ、ルナの部屋へ
「今日の配信、アンタも一緒に謝るからね。ちゃんと家に来なさいよ。」
突然ルナにそう言われた時、俺は口を開けて固まった。
言われた内容よりも、その軽々しい言い方に驚いていたのかもしれない。
「いや、なんで俺がお前の家まで行かなきゃならないんだよ」
「だって、リモートでやるより一緒の方が視聴者も楽しめるじゃない? 後ムカついたら叩けるし」
「お前か俺を何だと思ってるわけ?」
「賃貸の壁ですが?」
「……ストレス解消になるの、それ?」
俺が抗議する暇もなく話が進んでいく。
彼女が「準備して待ってる」なんて、可愛いことを言ってるように聞こえるが、俺を叩く準備なんかされてもたまらない。
だが、いつものように押し切られ、俺は渋々彼女の家へ向かうことになった。
よく考えてみると、女の子の家に入るのはこれが初めてだった。
いや、ルナと俺は形式上夫婦だってことになっているが、プライベートな空間に足を踏み入れるのはまったく別の話だ。
何か期待してるとか、そういうわけじゃないが、妙に緊張してしまう。
(そもそも、ルナの家ってどんな感じなんだ?)
あの冷静で計算高い性格からして、きっちり片付いた部屋だろうか。
いや、でも彼女の毒舌っぷりを考えると、意外とゴチャゴチャしてる可能性も……なんて、考えが堂々巡りしているうちに、ルナのマンションに着いてしまった。
インターホンを鳴らすと、ルナが部屋着姿で出迎えてくれる。
「はーい」
「よ、よう」
ドアが開くと、彼女の普段のキリッとした配信時のイメージとは違い、柔らかい雰囲気のルナに少し驚く。
「遅いわよ。まぁ、来たからいいけど……入って」
「ああ……お邪魔するよ」
靴を脱ぎ、恐る恐る部屋の中に入る。
そこに広がっていたのは、白を基調とした清潔感のあるインテリアだった。
床には毛足の長いふかふかのラグが敷かれ、部屋全体が落ち着いた雰囲気に包まれている。けれど、所々に可愛らしいぬいぐるみや装飾品が散りばめられていて、彼女の趣味が垣間見える。
特に、棚に整然と並べられた小さなフィギュアや雑貨は、ルナらしさを感じさせた。
「ふーん……意外と普通の部屋だな」
思わず口に出してしまうと、ルナがムッとした表情で振り返る。
「何よ、それ。どんな部屋を想像してたわけ?」
「いや、もっと汚らしくてゴチャゴチャしてるかと思ってた」
「失礼ね! 女の子の部屋にゴチャゴチャしてるなんて言うなんて、どれだけデリカシーないの?」
そう言うと、ルナは手近にあったクッションをこちらに投げてきた。
俺は慌ててそれを片手でキャッチする。
「冗談だって。まぁ、綺麗な部屋で安心したよ」
「なによそれ、褒められてる気がしない!」
俺が苦笑いを浮かべると、ルナは鼻を鳴らして向こうを向いた。
「ふん、ちょっと片付けや準備してたところだから座って待ってなさい」
ソファに腰掛けると、俺はもう一度部屋を見渡した。
確かに整然としていて居心地が良い空間だが、どこか生活感が薄い気もする。
それに気づいた俺は、つい口を開いてしまう。
「なぁ、ここって本当にお前が住んでるのか?」
「どういう意味?」
「いや、なんかキレイすぎて生活感が薄いっていうか……あんまり使われてる感がないっていうか」
「変なところ褒めるのね」
すると、ルナは面倒くさそうに肩をすくめた。
「だって普段はほとんど仕事の準備か、配信してるだけだもの。家の中でゴチャゴチャする必要ないじゃない」
「そんなものなのか?」
「それに、視聴者から部屋見せてって言われた時に汚いとイメージ下がっちゃうじゃない」
「なるほどな……お前らしいっちゃらしいな」
「なんでここで納得するのよ、失礼ねっ」
だってお前の素を知ってしまってるから……とは、火に油を注ぎそうなので言わなかった。
とにかく、部屋に来てみてルナのギャップでいっぱいだったからだ。
だけど、どこか女の子らしさが漂っていて——
「どうしたのよ、キョロキョロして」
「し、してねぇよ」
「そう、ならいいけど。別に私の部屋は見せ物じゃないんだからね」
そんな会話を交わしながらも、俺はやはり緊張を隠しきれなかった。
ルナが隣で配信の準備をしている間も、何をしていいか分からず、妙にソワソワしてしまう。
(仮にも夫婦って設定なのに、こんなことで動揺するってどうなんだよ……)
自分の手元を眺めながら、なんとも言えない気持ちになっていると、ルナが不意に口を開いた。
「何ボーッとしてるの。ちゃんと謝罪文くらい考えておきなさいよ」
そもそも、なんで俺が「謝罪配信」に付き合わされてるんだ?
最初にルナの提案内容を聞いたとき、俺の心には疑問符しか浮かばなかった。
「ていうか……なんの謝罪だよ?」
「奥さんの私が三角関係に巻き込まれたことに対する謝罪よ」
「え……っ!? いやいや、それ俺が悪いってことになってるじゃねえか!?」
「実際、誤解を生むようなことをしたのは事実でしょ?」
ルナはさらりと言ってのける。
確かにユメちゃんとのやり取りがややこしい方向に行ったのは俺のせいかもしれない。
でも、そもそもの原因を作ったのはルナだろ?
「それにしても、俺だけが悪いって配信内容はどうなんだよ……」
「そういうことにしておいた方が丸く収まるの。視聴者は『どっちが悪いか』って明確にしてあげないと混乱するからね」
「……視聴者の混乱とか知らねえよ」
俺がぼやくと、ルナはクスリと笑いながら肩をすくめた。
「大丈夫よ、所詮ネットの中でのプロレスみたいなモノだから♪」
その余裕たっぷりの態度に、俺はどうにも反論できなくなる。
「……で、台本とかないの?」
「あるわけないじゃない、面倒……じゃなくて、時間がなかったんだから」
「あ、おい今めんどくさいって言おうとしただろ」
「配信に情熱注いでる私が言うわけないじゃない、それに燿を信用してるから任せてるのよ」
「信用……」
「そう、燿ってお願いしてないことまでやってくれるタチじゃない。だから私はアンタを信用してるのよ」
その言葉が少し嬉しかった。
上手く乗せられているような気もするが、俺は返事をする。
「……わかったよ」
「くすっ、それでいいのよ」
俺は深く息を吐き、頭の中で謝罪の言葉を思い浮かべ始めた。
一方で、この部屋の空気に馴染むには、まだまだ時間がかかりそうである。
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