第26話 ルナの計画
俺はモニターを閉じ、スマホを手に取った。
胸がざわざわと騒ぎ、手が震えて仕方ない。
ルナに送るメッセージの文章を頭の中で考えるが、適切な言葉が見つからない。
「ルナ、大変だ。カフェでの会話が配信されてる」
画面に表示された文字を確認し、送信ボタンを押す。
しばらくして既読がつく。
少しの間、返事はない。
だが、数分後、短いメッセージが届いた。
「知ってる。その話をしようと思ってたの」
「は?」
ルナは静かに語り始める。
この時まで、俺の全く知らない事実をルナは隠し持っていたのだった。
——————————————
<ルナ視点>
あの日のカフェでの出来事が終わり、少し気が抜けてきた頃のことだった。
私はいつものようにVR空間で次回の配信準備をしていた。
チャットログや視聴者の傾向を確認しながら企画の方向性を練る作業は、地味で退屈だが欠かせないルーティンだ。
そんな時、スマホにメッセージが届いた。
送り主はユメからだった。
『月夜さん、私、VTuberやってみたいんです!』
その一言に、思わず指が止まる。
あの真面目そうなユメがVTuber? 冗談だろうと思いながら、彼女に電話を掛けることにした。
「VTuber……やりたいの?」
「はいっ!」
呆れた私は、つい冷たい返事を取ってしまう。
「やめておきなさい、コメントなんてセクハラばかりよ」
「せ、セクハラ!?」
「そうよ、世の男性方から『結婚してくれー』『太もも見せてくれー』なんて意見はしょっちゅうよ」
「そ、そうなんだ……」
「誰がアンタたちに太ももなんか見せるもんですか、一回許したら調子に乗って『あれ太った?』とか言い出して、ふざけるのも大概にしなさいよ」
「つ、月夜さん……?汗」
しまった、ついヒートアップしてしまった。
少し困った様子を見せるユメだったが、こう切り返してくる。
「そ、そうなんだ……けど、月夜さんみたいになりたいんです!」
「私みたいに……?」
熱意に溢れる返答に、私は一瞬言葉を失った。
だけど、自分の意見はただ一つ。
「やめておきなさい。VTuberなんて甘い世界じゃないわよ」
と、冷たく突き放すように返したが、それでもユメからは諦めないメッセージが続く。
「でも、月夜さん、すごく楽しそうに見えるんです! あんな風にたくさんの人に見てもらえて、素敵だなって思って……。」
ユメの熱意が伝わってくるたびに、内心複雑な気持ちになる。
確かに、表向きは華やかだ。可愛いアバターに囲まれ、視聴者からの好意的なコメントを受けているように見えるだろう。
しかし、その裏側は想像以上に泥臭い努力と計算の積み重ねだ。
「ユメ、分かってる? VTuberなんて今や飽和状態よ。デビューしても埋もれてしまうのが大半なの」
送信ボタンを押しながら、どこかで「これで諦めるだろう」と思っていた。
だが、返ってきたメッセージは予想を超えるものだった。
「それでもいいんです! 私、月夜さんみたいになりたいんです!」
その言葉に、私は少し心が揺れた。
真剣な瞳を見ているような気がしたからだ。
だけど、冷静に考えれば、彼女が成功するためにはただの「憧れ」だけでは足りない。
何か特別なきっかけが必要だ。
「分かった。じゃあ、一つ提案があるわ」
「何ですか?」
ユメからすぐに返事が来る。
私は少し考えながら、とあるファイルを送り付けた。
「これは……えっ?」
不思議そうな顔をしたユメがファイルを開いたようだ。
私は不敵な笑みを浮かべてこう告げた。
「この間のカフェで録音した音声、覚えてる?」
「え、えぇぇっ!? あれ、録音してたんですか!?」
驚いた様子のユメからのメッセージに、私はさらりと答えた。
「ええ、あの時は何がなんだか分からなかったから、防衛手段としてね。だけど、使う機会がなかったから放置していたの」
「ぼ、防衛手段……」
若干引きつりながら「私って信用なかったのかな……」と返事をする彼女に、私は少し笑いながら次の提案を送った。
「それをデビュー配信で流してみたら?」
「えぇっ!? そんなの流したら絶対炎上しますよ!」
案の定、ユメは慌てふためいている。
しかし、私はそれを見越して次の手を打った。
「炎上商法って知ってる? 炎上させれば、一気に話題性が上がって視聴者を獲得できる効率の良い手段よ」
「そ、そんな方法があるんですか……」
「大丈夫。私があの修羅場にいたことを暴露してくれればいいの。あとは、あなたがそこにいる“中立的な存在”として話せば、視聴者の注目を集められるわ」
けれど、ユメは優しい子だった。
「で、でも月夜さんに迷惑が掛かるんじゃ……」
「そんなことないわ、これで私も一気に注目を集められるからwinwinの関係よ。まぁ、やるかやらないかは貴女の自由だけれど」
私を心酔しているユメにとって、この提案はおそらく魅力的に映ったのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女から元気よく返事が返ってきた。
「分かりました! やってみます!」
私は、その熱意が消えないよう背中を後押しする。
「いい? 必ずやりきりなさい。中途半端だと逆効果だから。」
「はい! 私、月夜さんを超えてみせます!」
その言葉に、私は少しだけ微笑んだ。
(ふふ、超える? 面白いじゃない)
翌日、「夢乃かなえ」としてデビューしたユメの配信を見て、私は一人静かにモニターの前で笑みを浮かべた。
(どこまでできるか、見せてもらおうじゃない)
彼女がここからどこまで登り詰められるのか、それとも燃え尽きてしまうのか。
いずれにせよ、このゲームが面白くなるのは間違いない。
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<再び燿の視点>
VR空間でルナと向き合うと、彼女はどこか余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。
「ルナ、あの配信はどういうことなんだよ?」
「別に。私がユメに録音を渡しただけよ」
そのあまりに軽い口調に、俺は思わずため息をついた。
「……録音を渡したって、お前なぁ」
「だってユメがデビューしたかったんだもの。私がちょっと手を貸してあげただけ」
いやまぁ、友達想いなのは良いことだが
「ちょっと手を貸しただけで、俺たちの会話が世界中に流れるとか、どういう了見なんだよ!?」
ルナはため息をつき、肩をすくめた。
「うるさいわね。どうせいつかはこうなるからいいじゃない」
「ならねえよ、ってなんでだよ?」
「アンタが私に飽きて浮気するから」
「絶対しねえよ!!」
「え、今の本気で言った?」
「あ、いや、今のは……ってそういう話じゃねえよ」
急な墓穴を掘らされて恥ずかしい。
なんか少し顔が赤くなってしまった気がする。
ルナは苦笑しつつも、こう補足した。
「まぁ、あれが最近結婚したての私だってバレてくれればいいのよ。だってその方が私の話題性も上がるし、絶対に面白いし」
「いいのかよ……てか、炎上なんてやめとけよ……」
随分と身体を張る奴だなぁと思った。
俺の抗議にも関わらず、ルナはその場で立ち上がり、楽しそうに言うのだ。
「とりあえず、謝罪配信をするから——あんたも付き合いなさい」
「おう、わかった……って、なんで俺が!?」
ルナは自信満々に告げる。
「だって旦那でしょ? 旦那としてサポートするのは当然じゃない?」
ふと、俺はあの結婚式で行う誓いの言葉を思い出した。
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?
——俺には難しそうだ。
俺はその強引さに、ただただ頭を抱えるしかなかった。
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