第24話 友達になろう

 カフェでのやり取りがようやく終わり、店内の静けさが戻ってきた頃、俺は深いため息をついた。

 正直、周囲の視線が痛くていたたまれなかったけど、二人がどうにか話を終えたことにホッとしていた。


「まぁ、耀に無茶なことさせるのは控えておくわね、確かに配信慣れしてない一般人をゲストに参加させるのはリスクもあるし」

「ごめんなさい、私が心配性で……」

「いいのよ、耀に良い友達がいるってことを知れたんだから」


 ルナは少しだけ安心した表情を見せて


「じゃあ、これで……そろそろ行くわね」


 帰ろうとしたその時、ユメちゃんは思い立ったようにルナの腕を掴んだ。


「あ、あの! 月夜さん!」

「……え、なに?」


 ルナが少し不機嫌そうに眉を上げる。

 その視線に、ユメちゃんは一瞬たじろいだものの、意を決したように言葉を続けた。


「その、私……月夜さんと……友達になりたいです!」


 その場が一瞬静まり返る。

 唐突な出来事に俺は何も言えず、二人の反応を待ってしまった。


「……は?」


 案の定、ルナはぽかんとした顔でユメちゃんを見つめる。

 その表情には明らかに「何言ってんの、この子?」という困惑が漂っていた。


「いや、その、さっきは色々と言いすぎちゃったけど……でも、本当に月夜さんの配信、すごいと思ってて!」


 それに対し、照れくさそうにルナは返す。


「別にただ喋ってるだけよ」

「ううん、お話上手で私、配信してる人に憧れてたの。だから、もしよかったら……その、友達に……!」


 ユメちゃんは本気でルナに憧れており、同時に仲良くしたいと思っていたようだ。

 彼女はモジモジしながら言葉を絞り出している。その様子に、ルナはますます困惑を深めているようだった。


「……いや、別に私、友達とか……」


 ルナが言葉を濁した瞬間、俺は気付いた。

 素直じゃないコイツのことだ、もしかしたら自分の気持ちを上手く伝えられないのではと思い、口を挟むことにした。


「いいじゃん、友達になってやれば? 昨日の敵は今日の友って言うしさ」


 俺の言葉に、ルナは「はぁ?」と顔をしかめ、ユメちゃんも「あ、あの、昨日って何ですか……?」と戸惑った様子で首を傾げる。


(あ、また余計なこと言っちゃったか?)


 俺が内心で反省している間に、ルナが冷ややかな声で言った。


「……昨日の敵って何よ。それ、私のこと?」

「いやいや、別にそんな意味じゃないって! ただ、さっきまでちょっと言い合いしてたからさ、なんかそういう例えが……」

「燿くん、その例え、全然フォローになってないんだけど」


 ユメちゃんが苦笑いしながら突っ込んでくる。

 その言葉に俺も苦笑いで返すしかなかった。


「でもさ、せっかく話したんだし、友達になるのも悪くないだろ?」


 俺がそう言うと、ルナは少し考え込むような表情をした。


「……でも、私、友達とかあんまり得意じゃないし」

「えっ、そんなことないよ! 月夜さん、きっと友達たくさんいそうなのに!」


 ユメちゃんがすかさずフォローを入れる。

 その一言に、ルナは少しだけ頬を赤く染めながら小さく首を振った。


「そういうのじゃなくて……私、人と深く関わるのが苦手なのよ」


 なるほど、自分の不器用な性格のせいで、他人を傷付けることを恐れているのだ。

 その気持ちが分かるからこそ、俺は背中を押した。


「それでもいいんじゃないか? 別に深い関係にならなくても、まずは軽く連絡先交換するだけでもさ」


 俺の言葉に、ルナは少し考え込んだ。

 ユメちゃんは緊張した面持ちでルナの反応を待っている。


「……まぁ、別に連絡先くらいなら……」


 そう呟くように言ったルナの言葉に、ユメちゃんの顔がパァッと明るくなった。


「本当っ!? やったぁ! ありがとう月夜さんっ!」


 ユメちゃんが嬉しそうにスマホを取り出し、ルナに差し出す。それを受け取ったルナは、少し気まずそうにしながらも、連絡先を入力して返した。


「これでいい?」

「うんっ、ありがとうっ♪ これで私たち友達だねっ!」

「……そうね」


 ルナが少し照れ臭そうに答える。

 その様子を見て、俺は心の中でホッと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、またご連絡するね! 燿くんも、またゼミで!」


 ユメちゃんが嬉しそうに手を振りながら店を出ていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は再び深いため息をついた。


「……なんで俺、こんな調整役みたいなことしてるんだろうな」

「知らないわよ。ていうか、あんたの例え話のせいで妙に気まずかったんだけど」


 ルナがじろりと俺を睨む。

 その視線に、俺は思わず肩をすくめた。


「いや、でも、結果オーライだったろ? お前、友達ができたんだしさ」

「……まぁ、そうかもしれないけど」


 そう呟いたルナの表情は、どこか照れ臭そうだった。


(まぁ、こんな日があっても悪くないか。)


 俺はそんなことを思いながら、店の外に出たルナの後ろ姿を追いかけた。



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 あれから数日が経ち、俺はどこか達成感に浸っていた。

 ルナとユメちゃんの間に芽生えた小さな友達関係。

 それを俺が後押ししたことで、彼女たちが繋がりを持てたと思うと、なんだか嬉しかった。


「燿くん~月夜さんと連絡してみたよー♪」


 ゼミでユメちゃんがそんなことを報告してくれるたびに、俺も蒼汰もなんとなく安心した気持ちになる。


「えー、俺も仲良くなりてえ! 燿、どうにかして紹介してくれよ!」


 蒼汰がいつもの調子で軽口を叩く。


「いやいや、ルナだってそんな簡単に誰にでも心を開くわけじゃないだろ。お前みたいな奴がぐいぐい行ったら、逆に嫌われるぞ。」

「何だよそれ! 俺だって距離感くらい分かるっつーの!」


 蒼汰の軽口に苦笑いしながら、俺は心の中で少しだけ考え込んでいた。


(VTuberとしてのルナにリアルで接しすぎるのは、やっぱりあんまり良くないんじゃないかな……)


 素人意見だけど、そんな風に思う自分がいる。

 けど、ルナとユメちゃんが楽しそうにしているなら、それでいいかなとも思っていた。



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 そして、ある日の夜だった。

 新しいVTuberがデビューし、話題沸騰だということを耳に挟み、仲間との話題を共有するためにチャンネルを覗きにいった。


「まぁ、ルナと結婚したんだからこういう話も抑えておかないとな」


 VR空間には動画を見れるモニターがある。

 さっそく起動し、付けてみると驚愕する内容がそこにはあった。


「は、はああああぁぁぁぁあぁぁっ!?!?」

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