第22話 勘違い

 カフェに入ると、燿は一番端の席を選んだ。

 人目に付かない所を選ぶのは流石であると同時に、卑怯だなと思った。


 店内は静かで落ち着いた雰囲気だ。

 彼が気を使ってくれているのかもしれないけど、なんだか居心地が悪い。私は席に腰を下ろすと、無言でテーブルに視線を落とした。


「あ、改めて……今日はお時間いただいてありがとうございますっ!」


 突然、隣の女の子が頭を下げた。

 その礼儀正しい態度に、少し驚きつつも私は「別に」とそっけなく答えた。


「どうせ暇だったし」

「そ、そんなっ、ルナさんはお仕事されているじゃないですか」

「好きな時に出来るお仕事だけどね」


(何なのこの子……!? き、気遣いが出来て良い子じゃないの……)


 燿とどういう関係なのか全然分からない。

 けれど、初対面で性格が良い子だということは分かるし、男ウケもよさそうだ。


 それに、彼がさっき言った「大事な話」とこの子が関係しているのは確かだ。

 でも、その理由がまるで見えてこない。


「で、話って何なの?」


 私はとうとうストレートに切り出した。

 すると、燿が一瞬困ったような顔をして、隣の女の子に視線を向ける。


「あー、その……説明してくれる?」


 はぁっ、何それ!? 説明を彼女に振るの?

 いやいや、これが自分の奥さん相手なら普通は自分で説明するものでしょ!!


「えっと……その……燿くんが無理してるんじゃないかなって思って……」


 女の子がもじもじしながら話し始める。

 その内容が頭に入る前に、「燿くん」という呼び方が妙に引っかかった。


(燿くん、って何!?)


 心の中で思わずツッコミを入れた。

 しかも、内容も「無理してるんじゃないか」って……どういうこと?

 何を無理してるっていうの?


「無理……?」


 思わず言葉が漏れる。彼女はさらに焦った様子で続けた。


「だ、だから、その……頑張りすぎてないかなって……。」


(……こ、交際の話!?)


 ようやく意味が飲み込めた。

 でも、次の瞬間、別の疑念が浮かび上がる。

 この子、私の何を知ってるの? それとも、燿のファン?

 いや、どっちにしても、なんで私がこんな話を聞かされてるわけ?


「ちょっと待って、それって私が原因ってこと?」


 自分でも驚くくらい感情的に問い詰めてしまった。

 その女の子——いや、星野由芽はさらに慌てて首を振る。


「ち、違います! 本当にそういうことじゃなくて……!」

「じゃあ何なのよ!」


 怒りとも苛立ちともつかない感情が口をついて出た。

 彼女の言葉はどこか中途半端で、言いたいことが伝わってこない。

 その曖昧さが、私の中で疑念を膨らませていく。


 燿が横から「おいおい、落ち着けよ」と言ってくるけど、そんな簡単に落ち着けるわけがない。

 どうせ燿が好きだから欲しいって言いたいんでしょ。


「無理してる、って言ったわよね。燿が、私との関係で無理してるってこと? それとも、あなた自身のことが理由で……!」

「違います!」


 彼女は叫ぶように否定するが、その顔は真っ赤に染まっている。

 何が「違う」のか、具体的な説明がまるでない。その態度に、私はさらに追い詰められるような気持ちになった。


「燿くんは優しい男の子だから、頼まれたことはなんでもしちゃうし、断れない男の子だから、私が代わりに言いに来たんです……!」

「ちょっ……!?」


 なによこれ。

 これじゃまるで、私が燿を無理やり結婚に引き込んだ悪役みたいじゃないの!?


 ……いや、傍からみればそうなのかもしれない。

 だから私を悪者に仕立てあげて、燿を奪おうっていう魂胆なのね。

 無害そうに見えてなんてズル賢い子なの、だけどね——


「ちょっと言わせてもらうけどね——!」


 気づけば、私は勢いよく身を乗り出していた。


「私は、燿を無理させてるつもりなんてないわよ!」


 静かに、でもはっきりと言葉を紡ぐ。

 これだけは誤解されたくなかった。


「そりゃ……形だけの夫婦かもしれないけど。でも、私は彼のことを思って行動してるつもりなのよ」

「どこがですかっ!」


 その言葉に圧倒される。

 確かにたくさん喧嘩をしたし、無理をさせたかもしれない。

 だけど、離婚に応じようと思ったし、ちゃんと向き合う為にここにきたっていうのに、どうしてここまで言われなきゃいけないの……。


「少なくとも、彼が苦しむようなことはしてない。してないはず……なのに」


 自分の言葉が少しだけ震えるのを感じた。

 胸の奥が締め付けられるような気がする。


 あ、そっか。この気持ち……燿に対して感じている気持ちだ。


「それを、外野から無理してるなんて言われる筋合いはないわ」


 由芽はその言葉に少し目を見開いていたけど、すぐに口を開いた。


「そ、そういうつもりじゃなくて……その、私は……!」

「じゃあどういうつもりなのよ!」


 私の言葉に、彼女は小さく息を吸い込む。


「……燿くんが“配信で”無理をしてるんじゃないかって……それが心配で……!」

「——え?」


 思わず口を閉じた。

 配信? 何の話?

 頭の中で、さっきまでの怒りが霧散していくような感覚があった。


「だ、だって、燿くんはそんなに人前に立つのが得意じゃないのに……私なんかが見ていても分かるくらい、彼はすごく頑張ってて……。」


 由芽の言葉が止まらない。

 だが、その内容は私が想像していたものとは全く違う方向を向いていた。


(配信の話……? つまり、私が企画したあの婚活企画に付き合わせてることが原因ってこと?)


 私は徐々に自分の勘違いに気付き始めた。

 けど、そう思った矢先、由芽の表情がぐっと真剣なものになり、彼女は言葉を続けた。


「ルナさん、私知ってますよ。配信って、本当に大変なことで、すごくエネルギーを使うことだって……! それに、視聴者の期待に応えなきゃいけないから……!」


 その熱量に、私は完全に気圧されてしまった。


(え……何、この子……私への気遣いハンパなくない……!?)


 今度は私の頭が混乱し始める。

 結婚とか離婚の話じゃなくて、彼女の心配は純粋に「配信活動」についてだったらしい。しかも、どうやら彼女も私と同じように配信活動に情熱を抱いているらしい。


「そ、そうかな……?」

「そうですよ! だから慣れてない燿くんをルナさんのペースに合わせていたら疲れちゃいます! だ、だから……っ」


 私は小さく頷くしかなかった。

 それ以上、何を言えばいいのか分からない。

 彼女の優しい想いがまっすぐすぎて、今までの怒りがどこかへ消えてしまったからだ。


 横で黙って様子を見ていた燿が、ようやく口を開いた。


「え、えっと……ユメちゃんの言いたいこと、分かってくれたか?」

「……まぁ、分かったわ」


 まぁ、女を使って代弁させるのは気に食わないけれど、とりあえず話は終わったみたいだ。


 私の中ではまだモヤモヤが残っている。

 燿に対する気持ちを伝えたものの、彼女の反応が思った以上に違った方向に行ったせいで、何だか全然スッキリしない。


(結局、私は何を勘違いしてたんだろう……)


 そう思いつつも、次にどう彼と向き合うべきかを考えずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る