第21話 大事なお話
「……本当に行くのか、これ?」
スマホを握りしめながら、俺はため息をついた。
横で待機しているユメちゃんは、いつもより明らかに気合いが入った格好をしている。
普段はラフなニットやデニムが多い彼女が、今日はふんわりとした白いブラウスにタイトなスカートを合わせていた。
しかも、髪まで丁寧にまとめている。
「ユメちゃん……どうしたんだ何その格好。気合い入れすぎじゃないか?」
俺が思わず口にすると、ユメちゃんは顔を赤くしながら振り返った。
「だ、だって、相手は燿くんの奥さんなんでしょ!? ちゃんとした格好じゃないと失礼かなって……」
「……まぁ、そうだけど」
その言葉を聞いて納得はしたが、普段とのギャップに少し驚いている自分がいた。
ユメちゃんがこんな風に気を使うのは珍しい。
「それとも、変かな……?」
不安そうにするユメちゃんに俺は反射的に答えた。
「そ、そんなことないって! いや、いつもより可愛く見えるから、なんていうか……」
ユメちゃんは顔をぽっと紅く染める。
「え、そうかな……?」
「そうだよ、だっていつもと雰囲気違うし!」
「えへへ~女の子の変化に気付ける男の子は良い旦那さんになれるんだよ、って違う! 私は月夜さんって子にちゃんと話にきたの!」
「分かってるよ、ほら行こうか」
俺たちはルナとの待ち合わせ場所である駅前に向かって歩き続けた。
待ち合わせの駅前に着いた俺たちは、辺りを見回した。
ルナはまだ来ていないようだ。
よく分からない連絡を送ったのだから、もしかしたらこのままドタキャンされる可能性もあるかもしれない。
「燿くん……なんかドキドキしてきた」
「いやいや、ユメちゃんが頼んだんだろ」
「だって初対面だし、燿くんにあんなことさせる子だから……いや、気を引き締めていかないと……!」
「だ、大丈夫だと思うぞ」
そう言いながらも、俺も自然とスマホに目を落とす。
ルナからの「今向かってる」というメッセージを確認して少し安心した。
約束をすっぽかすような人間じゃないことは知っている。
「あ、来たんじゃないか?」
すると、遠くから黒髪をなびかせながら歩いてくる人影が目に入った。
その姿は、普段VRの中で見るルナのアバターを彷彿とさせるほど整った雰囲気をまとっていた。
「あ……あれ、もしかして……」
ユメちゃんが小声で呟いた。その言葉に俺も頷く。
「間違いない、ルナだ」
「え、えぇ、えええぇぇぇぇぇぇっ!?」
ユメちゃんが俺に耳打ちをした。
「ちょ、ちょっと!? あんなかわいい子が来るなんて聞いてないよ!?」
「そうだっけ、ちょっと凶暴な奴って言ったかもしれないけど」
「虫とか殺せなさそうな見た目して、どこが凶暴なの燿くんー!?」
ルナが近づいてくるにつれ、俺たちの緊張感もどんどん高まる。
やがて、彼女は俺たちの目の前に立ち止まった。
「……え、こんにちは」
ルナが少し控えめに挨拶をする。
その声はどこか不安げで、いつもの配信で見せる堂々とした態度とは大違いだ。
「お、おう。来てくれてありがとな」
「ちょっとその子誰? 何も聞いてないんだけど……」
ルナは怪訝そうな顔をしながら、俺の横に立っているユメちゃんをじっと見つめた。
彼女の視線を受けたユメちゃんは、緊張からか肩をすくめたが、すぐに深呼吸をして自己紹介を始めた。
「あ、あの、初めまして……星野由芽といいます。燿くんの、えっと、ゼミの同期です」
その調子にやられたのか、ルナは丁寧に返事をした。
「……こんにちは、月夜ルナです」
なんだ、そんな顔もできるんじゃないかと言いかけたが、やめた。
二人の間に微妙な沈黙が流れる。
その空気があまりにも居心地悪く、俺は慌てて会話のきっかけを作ろうと口を開いた。
「あ、あのさ、話があるっていうのはこの子のことで……」
「えっ……?」
ルナの眉間に皺が寄る。
一体何を考えたのか——それは怒りともとれるし、哀しみにも取れて複雑だ。
まぁ、話せばわかってくれるかもしれない。
それに、誤解も解いてもらわないといけないしな。
「えっと……まぁ、とりあえず座ろうか。あそこのカフェ、空いてるみたいだし」
「ここじゃダメなの?」
「まぁ、大事なお客さんってところだしな、ちゃんとした所で話そう」
そう言って、近くのカフェを指差す。
二人とも小さく頷き、俺たちは店内に入った。
<ルナ視点>
「……え、こんにちは。」
口から出た声が自分でも驚くほど控えめだった。
普段の配信で見せる堂々とした自分とはまるで別人だ。
それでも、なんとか挨拶をしたけれど、燿は「あ、おう。来てくれてありがとな」と少し気まずそうに返してきた。なんか怪しい……。
目の前には、燿。
そして、その隣に——知らない女の子。
肩にかかるサラサラの髪、白いブラウスにタイトなスカート。控えめだけどどこか気合いが入った服装に、私の心にざわつきが生まれた。
(……誰よ、この子)
思わず燿に視線を向けるけれど、彼は目をそらして何も言わない。
余計に疑念が膨らんでいく。
「ちょっと、その子誰? 何も聞いてないんだけど……」
自分でも思わずきつめの口調になってしまった。
だって、こういうのって普通、事前に伝えるものでしょ?
何も聞いていない状態でこんな可愛い子を連れてこられたら、誰だって疑問に思う。
その問いに、女の子が少し怯えたような様子を見せながら、おずおずと自己紹介を始めた。
「あ、あの、初めまして……星野由芽といいます。燿くんの、えっと、ゼミの同期です」
その言葉を聞いた瞬間、私は心の中で軽く動揺した。
ゼミの同期……? でも、なんでそんな子がここにいるの?
だけど、黙ったままでは悪いかなと思った。
「……こんにちは。月夜ルナです」
とりあえず返事をしたけれど、頭の中はモヤモヤでいっぱいだった。
目の前の子が、なんというか、素直で礼儀正しい感じなのも逆に苛立つ。
こっちだって色々緊張してるっていうのに。
「あ、あのさ、話があるっていうのはこの子のことで……」
「えっ……?」
燿が切り出した瞬間、思わず声が漏れた。
次の瞬間、眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。
(どういうこと? この子が話の中心? いや、待って——まさか)
嫌な予感が胸をよぎる。
燿が何を言おうとしているのか分からないけれど、いろいろと悪い想像が浮かんでしまう。
例えば、この子と付き合うために私と別れるとか……いやいや、そんなはずは——。
「えっと……まぁ、とりあえず座ろうか。あそこのカフェ、空いてるみたいだし」
「ここじゃダメなの?」
燿にそう尋ねたのは、待ち合わせた駅前の雰囲気が悪くなかったからだ。
少し人通りは多いけど、わざわざカフェに移動する理由が分からない。けど、彼は少し困ったような顔をしてこう答えた。
「まぁ、大事なお客さんってところだしな、ちゃんとした所で話そう」
その言葉に、私は首をかしげた。
今の「大事なお客さん」って何? 私のことじゃないよね?
だって、私たちは一応“夫婦”だし。
じゃあ、隣にいる女の子のこと? いやいや、なんでその子が“大事”なの?
そこで脳裏に浮かぶのは一つしかなかった。
(……まさか、離婚の話とか?)
頭の中でそんな考えが一瞬よぎり、慌てて振り払った。
いや、ないない。そんな深刻な話をこんなカジュアルにするはずがない。
でも、だったら……何? モヤモヤが止まらない。
(え、これって……ひょっとして彼女?)
その可能性に行き着いた瞬間、心臓がズキリと痛んだ。
いやいや、ないでしょ。そんな話をわざわざ私にする意味が分からない。
それとも、彼女ができたから私ときっぱり縁を切りたい、とか?
「……はぁ」
ため息をつくと、燿がこちらを見て「どうした?」と首をかしげてくる。
その顔が妙に無神経に見えて、イラッとした。
「別に」
そっけなく返事をして、黙って彼についていくことにした。
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