第20話 会いたい

 <燿の視点>


「……どう送るんだ、これ。」


 スマホを手に持ちながら、俺は一人で悩んでいた。

 中庭でユメちゃんにルナとの面会を懇願されてから、どうにかルナに会う約束を取り付ける必要があるのだが、内容をどう伝えるかで頭を抱えている。


 まず「話したいことがあるんだけど」とだけ送ったら怪しまれるに決まってるし、変に理由を説明しても疑われるのは目に見えている。

 そもそも、ルナと俺の関係は今や形だけの「夫婦」だ。

 余計な誤解を生むわけにはいかない。


 悩んだ末、とりあえずメッセージを打つ。


『ちょっと話したいことがあるんだけど、時間取れるか?』


 これなら無難だろう。

 いや、無難すぎて逆に怪しまれるかもしれない……もっと凝らすか。


 少し考えた後、続けてメッセージを送る。


『俺たちにとって、ちょっと大事な話なんだ』 


 ……おい、なんだこれ。

 大事な話って……自分で打っといて意味深すぎるだろ。


 送信を取り消して修正しようと思ったが、既読を付けられてしまい直すに直せなかった。

 やっちまったなと思いながら画面を見続ける。


 数分後、ルナから返信が来る。


『なによそれ』


 明らかに機嫌が悪い……!

 いや、いつものことだから気にする必要はない……多分。

 俺は慌てて追加でメッセージを送る。


『いや、そんな深刻な話じゃないんだ。ただ、ちょっと会って話したいことがあって』

『だからそれが何なのよ?』

『あー、うーん、言葉で説明するのが難しいというか……』

『説明が難しいって、何?』


 どんどんルナの返信が鋭くなっていく。

 俺は焦りながらスマホを握りしめた。


『いや、本当に大したことじゃないんだ。ただちょっとルナに……』

『“ルナに”? 何よ、怖いんだけど』


 あー、やばい。余計に怪しまれてる。

 なんとか説得しにいかないと。


『怖くない! 全然怖くないから!』

『その必死さが逆に怖いのよ!?』


 確かに、メッセージだけを見ると挙動不審に見えるかもしれない。

 俺は深呼吸をしてから、さらに打ち込む。


『えっと、ただちょっと会って話したいだけなんだよ。それ以上でもそれ以下でもない』


 これでどうだ。

 すると、少しは落ち着いてくれたようだ。


『うーん……でも“俺たちにとって大事な話”って何なの?』

『それは、だから、会った時にちゃんと説明するから』

『……もしかして何かの告白?』


 告白……そうかもしれないな。

 ユメちゃんがルナに言いたいことがあるそうだから。


『まぁ、そんな感じだ。あまり深く考えないでくれ』


 間違ってはいないだろう。

 そう思ってのつもりだったが。


『……じゃあ何? ここでは言えない話なの?』


 おっしゃる通り、そうなんだよ。


『だから、それはその……曖昧にしておきたいというか』

『曖昧にするから怪しいって言ってるの!』


 このままでは埒が明かない。

 俺は覚悟を決めて送ることにした。


『とにかく会ってくれれば分かるから!』


 数秒の間があった後、ようやく返信が来た。


『分かったわよ。でも、本当に変なことじゃないでしょうね?』

『本当に変なことじゃない。絶対に!』


 絶対とは言い切れないが、多分変なことじゃないだろう。

 ただお話をするだけなんだから……!


『……信じるから』


 返信を見て、俺はようやくスマホを置いた。

 ここまで引っ張ったせいで、逆に警戒心を煽ってしまった気がするけど……まぁいいか。


 これが、彼女にどんな誤解を与えているかを俺は知らないでいた。





 <ルナの視点>


 スマホの通知音が鳴り、ソファに寝転んでいた私は手を伸ばした。

「耀」からのメッセージだ。画面を開くと、彼からこんな内容が届いていた。


『ちょっと話したいことがあるんだけど、時間取れるかな?』

『俺たちにとって、ちょっと大事な話なんだ』


 連続した二つのメッセージ。

 これには開いた口がふさがらない。


『……は?』


 思わず眉をひそめた。


 ……なんなの、この意味深なメッセージ。

 普段の耀はこんなことを言わない。

 これはどう考えても、何か裏があるとしか思えない。


 私はすぐに返信を打った。


『なによそれ』


 少しして既読が付き、返事が来る。


『いや、そんな深刻な話じゃないんだ。ただ、ちょっと会って話したいことがあって』

『……深刻じゃないのに“大事な話”って……何よそれ』


 疑念が湧く。

 こんな曖昧な言い回し、逆に気になるじゃない。

 私はさらにメッセージを送った。


『だからそれが何なのよ?』

『あー、うーん、言葉で説明するのが難しいというか……』

『何それ、意味不明なんだけど』


 頭を抱えたくなるような曖昧な返事に、私は苛立ちを覚えつつ、さらに追及する。


『説明が難しいって、何?』

『いや、本当に大したことじゃないんだ。ただちょっとルナに……』

『……“ルナに”、何?』


 なんだか胸がざわつく。まさか、これって……。


『“ルナに”? 何よ、怖いんだけど』


 すぐに耀から返事が来る。


『怖くない!全然怖くないから!』


「余計に怖いわよ!?」


 私はスマホを握りしめながら深呼吸をする。

 こういう時の耀って、本当に言葉が足りない。


『えっと、ただちょっと会って話したいだけなんだよ。それ以上でもそれ以下でもない』


 結局、曖昧なことを言われると、こちらの想像がどんどん膨らんでしまう。


『うーん……でも“俺たちにとって大事な話”って何なの?』

『それは、だから、会った時にちゃんと説明するから』 


「……もう、本当に訳分かんない」


 モヤモヤが膨らむ一方で、なんだか緊張してきた。

 何が大事な話だって言うの?


 まさか、これって本気のプロポーズとか?

 どこで私に惚れちゃったの……!?


 いやいや、それは考えすぎ……だと思いたい。


『もしかして何かの告白?』


 試しに聞いてみたら予想外の答えだった。


『まぁ、そんな感じだ。あまり深く考えないでくれ』


「は、はぁっ!? な、なによ、なにを告白してくるの!?」


 顔が真っ赤に染まる。

 ますます分からなくなってきた。


『……じゃあ何? ここでは言えない話なの?』

『だから、それはその……曖昧にしておきたいというか』

『曖昧にするから怪しいって言ってるの!』


 すると、燿はこう言った。


『とにかく会ってくれれば分かるから!』


 結局、耀を信じて会うしかないのか……と、私は覚悟を決める。

 最後に確認するようにメッセージを送った。


『分かったわよ。でも、本当に変なことじゃないでしょうね?』

『本当に変なことじゃない。絶対に!』


 彼の言葉を信じたい。

 そう思って出た言葉がこれだった。


『……信じるから』


 メッセージを送り、私はソファに倒れ込んだ。

 緊張、不安、恥ずかしさ……いろいろな感情が混じり合い、頭がぐるぐるする。


『……何なのよ、もう』


 私は深呼吸を繰り返しながら、耀の話を聞く覚悟を決めた。

 だけど、燿は私にとんでもない告白をしてくることは、この時の私は知る由もなかった。

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